真羅の決意
「――魔王を倒そうと思う」
唐突に告げられた決意だったが、レイルシアの顔には驚きはなかった。
「……キミならそう言うと思ったよ。あんな話を聞いたら、ボクも黙ってられないよ」
レイルシアもシューの話を聞いていたようで、彼女もまた魔王は倒すべきだと考えていた。
「でも話を聞く限り――いや、ここからでも魔王の力は感じられる。本当に魔神以上の力を持っていてもおかしくないよ……それでも戦うの?」
レイルシアは真羅の身を案じるように尋ねる。
魔王に力を隠す気は一切ないようで、この国に入った時からその強大な力は感じられた。挑めば真羅でもただでは済まないだろう。
「正直に言うと、俺はこの国の人々の事はどうでも良い……だが、ここで見て見ぬふりをするのは、魔術師として――いや、人として何か間違っている気がするんだ」
それが真羅の真意。
人でなしである彼だが、善良なる人間――勇志に出会い少しずつ感化されていた。
お人好しの親友であり、この世界で正義の勇者になった存在。
今ここに勇志がいれば、迷わず戦う道を選んであろう。
「魔術師としては戦うのが正解とは言えない……俺達は戦闘者でもなければ、正義の味方でもない。勝ち目があるんだかも分からないし、神秘の探求にも、真理の探究でもない事に命を懸けるべきではない。しかし――」
真羅の瞳の光が一層強くなる。
「――この程度の事、解決出来なくて何が魔術師か!」
真羅の描く魔術師には不可能という言葉は存在しない。
彼は決意と共に立ち上がる。
「相手が強いから逃げる? 勝てそうにないから避ける? それが許される訳がない。魔術師に不可能など在って堪るかよ」
真羅の魔力が高まる。
普段は完全に制御されていて、一切体外に漏れ出すことのない真羅の魔力。
それが目に見えて分かるほど滾っているのだ。
それを目の当たりにしたレイルシアは、彼の意志が確かであることを理解する。
「分かった……ボクもその意志を尊重するよ」
レイルシアも立ち上がる。
想いを吐露した契約者に応えねばならない。
「ボクも戦うよ。魔神級が相手だと力不足かもしれないけど、キミを一人で戦わせるわけにはいかない」
「ああ、それなんだが……」
共に戦う決意をしたレイルシアに対し、真羅は言い辛そうに口籠る。
「……レイルシアはここに残ってくれないか?」
「え?」
早々に決意を折られたレイルシアは、驚きを隠すことができなかった。
「どうして!? 確かに力不足かもしれないけど、これでも以前よりは強くなったんだ! 足を引っ張ることはないよ!」
「ちょっと、静かに。シュー達を起こしてしまう」
真羅は珍しく、眠っているシューとウーを気遣ってレイルシアを諫める。
二人が眠っていることを思い出し、レイルシアは慌てて口を塞ぐ。
「別にレイルシアの実力が不足していると言いたい訳じゃない。君にはここに残ってウーの治療をしていて欲しいんだ。もし、俺達が二人共瀕死になったらウーを治せる者がいなくなってしまう」
「確かに……この調子じゃ、彼女の治療にはまだ時間が掛かるけど……」
真羅の言葉はもっともだが、レイルシアは納得しきれていない。
「理由は他にもある……今回ばかりは勝てる保証が無いからな。俺が負けた場合、救出を頼みたいんだ」
「救出って言われても……さすがにここからじゃあ、どっちが勝ったか判断するのは難しいよ?」
レイルシアもまたもっともなことを尋ねる。
戦闘によって魔力が入り乱れてしまうと、決着がついたとしてもどちらが勝利したか判断することができない。
「それは問題ない――ユキ」
真羅が名前を呼ぶと、彼の懐からハムスターの使い魔のユキが出て来る。
「この子なら俺の状態を判断する事が出来る。救出が必要になったら教えてくれるし、メッセージも送れる」
「……結構すごいんだね」
任せろとばかりに後ろ足で立ち上がって胸を張るユキを、レイルシアは感心するように見詰める。
「ユキを預けるから、状況は彼女を通じて伝えるよ」
ユキは真羅の手からレイルシアの肩に飛び乗る。
「後の事を考えると、ボクが残った方が良いのか……分かったよ。でも一人で大丈夫?」
レイルシアは再び真羅の身を案じる。
残ることに納得はできたが、最も危険である魔王の対処を真羅が一人で行うことには納得できていない。
「おいおい。忘れてないか?」
一人と言われた真羅が不敵に笑う。
「俺達は一人なんかじゃないよ」
真羅の中から無数の気配を感じる。
彼の中にいる血気盛んな一部の魔霊たちは、すでに臨戦態勢に入っている。
初めてと言える大舞台に、魔霊たちは皆興奮しているのだ。
「そうだった。キミは一人なんかじゃなかったね。これは確かにボクの出番はないかもね」
魔霊たち疑似精霊のことを思い出したレイルシアは、半ば呆れるように溜息を吐く。
この男は千を軽く超えるような戦力を有しているのだ。自身が抜けたぐらい大した戦力低下にはならないだろう。
「恐らくは総力戦になる。そんなのは俺も初めてだし、どうなるかは分からない。取り敢えず、この町に影響が出ないように気を付けるよ」
「そこは頼むよ! この魔都がなくなったら、救うべき人々までいなくなっちゃうからね」
「大丈夫。対策は有るさ」
そう言うと真羅は、ズボンのポケットから何らかの鉱石を取り出す。
「それは?」
「この石には鏡面結界の術が封じ込められていてな。これを使って魔王を異界結界の中に連れ込む。そうすれば、この町どころかあの城にすら影響は出ない」
「そんなすごい結界が張れるんだ」
「まあ、世界自体が壊れるほどの威力があるモノをぶっ放すと流石にヤバいけど……」
「……本当に大丈夫?」
「魔王が本気で世界を滅ぼそうとしたら……うん、止められないな」
「不可能はないんじゃないの!?」
前言を撤回するような発言に、レイルシアは思わず悲鳴が漏れる。
「心配するなって、そんな攻撃は俺が許さないし、鏡面界は物質界が無事なら直ぐに戻るから、そんな大事にはならないよ」
真羅は笑顔で楽天的なことを宣うが、レイルシアの不安はぬぐい切れない。
「やっぱり、魔王は下手に刺激しない方が良いように思えてきた……」
「それは駄目だろ? 勇者じゃ絶対勝てないし、俺が何とかするしかないだろ?」
「そうなんだけど……」
「それに――」
不安げなレイルシアに対し、真羅は両手を広げて自身の身体を見せつける。
「――本当に世界が壊れそうだったら……俺の世界に引きずり込めば良い」
「……それは……シンラが死んじゃわない?」
「心配するな。俺の世界はこの世界と違って強靭だ。ちょっとやそっとじゃ影響は無いし、俺の魂が無事なら修復も出来るから問題は無いよ」
「便利なんだねー」
規模が異なりすぎる価値観に、レイルシアは考えることを放棄する。
「まあ、そんな事態にはならないし、その前には決着をつけるさ」
「キミを信じるよ……正直、ボクにはそれしかできないからね」
「任せておけ! 朝日が昇る前に片付けるよ。って、ここは太陽が見えなかったね」
軽く冗談を言うと、真羅はレイルシアに背を向ける。
「今から行くの?」
「ああ、善は急げだ。それに実を言うと、眠っている間に準備を整えたんだ。もう作戦も決まってる」
「……そっか……気を付けてね」
レイルシアは引き留めることなく、真羅を見送ることにする。
本来なら引き留めてもっと入念に準備を整えさせるところだが、彼から立ち昇る闘気がそれを許さなかった。
シューの店を後にする真羅を、レイルシアは黙って見送る。
「本当に信じているからね。シンラ……」
真羅を見送ったレイルシアは、祈るように手を組む。
「光の女神、ストレイアさま……どうか、真羅を勝利に導てください……」
レイルシアの祈りは曇天の夜空に消えていくのだった。




