魔国の暴君
「三年前に魔王さまは、この魔界の最南端に大規模な港を築き、軍備を整えると人界に侵攻を開始した」
シューは静かに魔国について語り始める。
「魔将の一人ゾルダンさまの研究の成果によって魔物の使役に成功した魔軍は、人界を瞬く間に支配していった。そして人界の四分の一を支配した時、この魔国で大事件が起こった」
「大事件?」
「ああ、魔王ゾロアストさまには一人子供がいてな。その子供がたった一人で魔王さまに反旗を翻した。そして、魔王さまを倒してしまい、自分自身を魔王と名乗り始めたんだ」
「代替わりって事か」
真羅はつまらなそうに呟く。
日本でも戦国時代などでは、子供が親に謀反を起こして討ち取ってしまうことなど珍しくない。この魔国でも似たようなことが起こったのだろう。
「だが、この現魔王さまが問題でな。ヤツは暴君なのさ」
「暴君? 圧政でもしてるのか?」
「そんな生易しいものじゃない。逆らう者は幹部だろうが一般人だろうが容赦なしさ。いや、それだけじゃない。魔王は弱者を嫌っていて、特に人間族を毛嫌いしている。人界から連れて来た人間と亜人の奴隷は皆殺しさ。この国のために働いてくれていたのにな……」
「そうか……彼らはもう……」
真羅は目を伏せて黙祷する。
微塵も悲しんではいないが、無意味に散った人命に思うところがないわけではない。
「弱肉強食……と言いたいが、肉にすら成れないとはな……」
「まったくだ。本当に彼らは無駄死にだよ。魔王さまに慈悲の心は無いんだ……」
「それならまだ俺の方が有用に使えたのに……」
「え?」
真羅の心無い呟きに、シューは一瞬耳を疑うが、恩人である彼がそんなことを言いはずがないと、聞き間違いだと思うことにする。
「まぁ、彼らのことは残念だが、問題はそれだけじゃなくてな……魔王さまは自国の民であっても弱者は許さない。弱い者は容赦なく始末する。女性や老人であってもだ」
シューは悔しげな顔で拳を握り締める。
恐らく、身近な者も魔王によって処分されてしまったのだろう。
「子供は?」
真羅が疑問を口にする。
子供は弱者だ。
例外的に真羅自身は幼い時からある程度の力は持っていたが、基本的に子供とは皆弱者である。国の未来とも言える子供すら処分してしまったら、この国に待つのは滅びだけだ。
「さすがに子供までは始末しなかったが、ある一定の年齢になっても決められた水準の力や技能を得ていなかったら処分されてしまう。そういう法を定めやがったんだ」
「そうか……まあ、子供まで皆殺しにされなかったのは良かったと言うべきか」
「だが、年老いていた親父は処分されちまった……クソッ!!」
当時のことを思い出したのか、シューは憤りながら部屋の壁を殴りつける。
「鍛冶師として長年にわたって国に貢献してきた親父であっても、使えなくなったら用済みとばかりに殺しやがったんだ!! チクショウッ!!」
「……」
悔しげなシューの目には涙が浮かんでいた。
父親のことを心の底から尊敬していたのだろう。
そんな父親を理不尽に奪われたのだ。その悲しみは計り知れない。
「すまない。見苦しいものを見せた……」
「気にするな」
冷静さを取り戻したシューは謝罪するが、当の真羅は特に気にした様子はない。
「貴方の怒りは尤もだ。恥じる事も隠す必要も無い」
「……そう言ってもらえると助かるよ」
真羅からの言葉に、シューの心は僅かだが軽くなる。
だが、真羅に大切な人を失う悲しみは分からない。
何故なら、彼に大切な人というモノは存在しないからだ。
根っからの魔術師である真羅が信じるモノは神秘だけであり、彼が大切にしているモノも神秘だけだ。
例え、親や師を失ったとしても、彼が悲しむことはない。むしろ、自分以上の実力者は自らの手で引導を渡したいとすら思っている。
結局のところ、この魔術師は人でなしなのだ。
「……この国の現状はそんな感じた。魔王の代替わりで全てが変わってしまった」
「聞く限りだと、暴君と言うのも生易しいな。しかし、魔王は人界を侵攻してどうするつもりなのやら……労働力にする気も無く、領土や資源にも興味なさそうだが?」
一通り話を聞いた真羅は新た疑問を覚える。
奴隷を全員処分した以上、労働力を必要としているわけでない。かと言って、自国民を間引きした以上、新たな領土や資源も必要としているようには思えない。
「さっきも言ったが、魔王は弱者を嫌っている。人間や亜人の存在自体が気にくわないんだろうよ」
「あー、なるほど。そりゃ本当に正真正銘の暴君だな」
弱者を嫌っていることに関しては一貫している魔王の行動に、真羅は呆れを通り越して感心してしまう。
「まったくだよ。幸いなことに陰口程度なら見逃してくれてはいるが、面と向かって言ったら、オレも殺されちまうだろうな」
「へー、多少は器が広いみたいだな。今度、城前で暴言でも吐いてみるかな」
「いやっ、それはマズイだろ!?」
流石にそれは限度を超えているため、シューは慌てて真羅の自殺めいた行為を止める。
「仕方ない。暴言は止めておくか」
「勘弁してくれ。どこまで見逃してくれるのかは分からないんだから……」
「ふむ」
冷や汗を拭うシューに対し、真羅は顎に手を当てて何かを考え込む。
「色々教えてくれて有難う――あっ、レイルシア。その辺で彼女の治療を止めて」
真羅はシューに礼を言いながら、ウーを治療しているレイルシアを止める。
「え? まだ、右手しかできてないよ?」
「こればっかりはしょうがない。これ以上の負担は子供にはキツイからね。続きは明日だな」
「そっか。分かったよ」
レイルシアは浄化の光による治療を止めて、意識のないウーに毛布を掛ける。
「さっき聞いたけど、治療が終わるまでは家を借りるが良いか?」
「お前さんたちは恩人なんだ。治療が終わるまでとは言わず、この国に滞在するならいつだって使ってくれてかまわねえよ。礼だってしたいしな」
「そうか、それはこっちも助かるよ」
座布団に横になっていた真羅が徐に起き上がる。
「貴方は鍛冶屋だったよな?」
「ああ、そうだが?」
「なら、俺に剣を一本打ってくれないか?」
「それなら任せてくれ! 礼もあるし、最高の物を作ってやるよ!」
真羅の頼みを聞いたシューが、任せろとばかりに自身の腕を叩く。
「ちょうど上質なミスリルがあるんだ。それで打ってやるよ!」
「いや、素材はあるんだ」
そう言うと真羅は、懐から以前に精霊の森で倒した竜の角を取り出す。
それは明らかに懐――といよりも真羅の身体より大きい。
「こいつは……まさか!? 伝説の緋色刃竜の角!?」
「ん? 名前は知らんが、緋緋色金を含んだ竜の角だ。これで剣を打って欲しい」
真羅は片手で竜の角を差し出すが、この重量を片手で持っている彼が異常なだけで、シューが持ち上げるには魔法で身体を強化する必要がある。
明らかに真羅の配慮が足りていない。
「そんなデカいのどこから? いや、空間魔法か。初めて見たぜ……」
シューは突然出て来た巨大な角に驚くが、彼も魔法に携わっている職人のため、その原理を推測すると、魔法で筋力を強化して角を受け取る。
「こんな伝説の竜の角をお目にかかれるなんてな。鍛冶師としては嬉しいが……」
「加工は無理そうか?」
「いや、それは問題ない。だけど、ヒヒイロカネの加工には時間が掛かる。そうだな……」
シューは隣の部屋の工房に竜の角を移すと、顎を撫でながら考え込む。
「一ケ月……一ケ月くれ。一ケ月でこいつを仕上げてやる」
「時間は気にしないでくれ。急を要する訳ではないから……ああ、形状は片手で振れる大きさなら何でも良いよ」
「片手剣な。了解した。最高の一振りを打ってやる」
「今日はもう遅いし、取り掛かるのは明日以降で良い。今は娘さんの傍にいてあげなよ。何時意識を取り戻しても可笑しくないから」
「おっと、そうだった。ウーが目覚めていなかったな。どうにも鍛冶師としての血が騒いでしまった……」
伝説の竜の角を前にし、娘のウーのことを忘れかけていたシューは恥じるように頭を掻く。
「取り敢えず、俺達は休ませてもらうよ。レイルシアも、彼女の完治はまだ先だ。今日はもう休みな」
「そうだね。集中してたから疲れちゃったよ。ボクも休ませてもらうよ」
レイルシアもシューから座布団と毛布を借りて眠ることにする。
本当なら霊体化して眠った方が効率が良いのだが、シューたちがいるので正体を隠すために実体化したまま眠りにつく。
「ああ、実家に帰ったと思って存分にくつろいでくれ。オレはウーの傍にいるよ」
シューはウーが眠っているベットの横に腰掛けると、彼女の頬を撫でる。
「流石に親子の邪魔は無粋だな」
一年振りに再開した親子の邪魔をしないように、真羅は二人から距離を取った場所に座布団を移動させると、そこで眠りについた。
深夜、皆が寝静まった時間。
真羅は静かに目を覚まして起き上がる。
「レイルシア……」
真羅は眠っているレイルシアを優しい声をかけて起こす。
「ん、んっ……ふあー、なーに? シンラ」
起こされたレイルシアは、眠気眼で真羅の方を向く。
「夜遅くに悪いが聞いてくれ……」
いつになく真剣な様子の真羅に気付き、レイルシアは欠伸を嚙み殺して無理やり覚醒する。
「どうしたのシンラ? そんな真面目な顔をして?」
「真面目な話だよ」
レイルシアは真剣な声音の真羅の顔を見る。
彼の瞳には何か決意の籠った光が宿っていた。
「レイルシア――俺は、今から……魔王を倒そうと思う」




