魔国サンレンス
「ここが魔国サンレンスか……」
ウーシュ火山こと、ボルケーノトータスの甲羅の山を越えた真羅たちは、魔人族の国――魔国サンレンスに辿り着いていた。
「魔人族の国って言っても人族の国とあんまり変わらないんだね。まぁ、ボクはミナマンディーしか知らないんだけど……」
「俺もこっちじゃ他にはアーセル王国ぐらいしか見たことないから、詳しい事は言えないが、これが普通なんじゃないか? 魔人族の人類である事に変わりはないし」
「そうだね。でも、ドルフィーに比べて人が少ないね」
レイルシアが周囲を見渡すが、人通りが疎らであり、ミナマンディー連合国の首都のドルフィーと比べて活気がない。
「魔人族は数が少ないからな。結構な数が人界に侵攻してたみたいだし、ここに残っているのは非戦闘員が大半だろう」
「魔人族と言っても、皆が戦士というわけではないんだね」
「そりゃそうだ。兵士は基本的に城にいるだろうし、残りの魔将もそこだろう」
そう言うと真羅は、正面にそびえる城に視線をやる。
見たことのない魔界固有の物と思われる素材で造られたその魔城は、彼が召喚されたアーセル王国の王城よりも大きい。
「魔王もそこか……ここからでも強大な魔力を感じる」
魔城の最上階からは異様な魔力を感じる。恐らくそこに魔王がいるのだろう。
真羅の顔に不敵な笑みが浮かぶ。
彼はまだ見ぬ強者に心躍らせていた。
「ちょっとシンラ、まさか今から戦う気?」
真羅の表情の変化に気付いたレイルシアが、訝しげな顔で尋ねてくる。
魔王はこの世界で最強の存在であり、アスタロトによるとその力は神すらも凌駕していると聞く。
さすがにそんな存在と無策に戦うのは看過できない。
「おっと、まだ敵だとは決まっていなかったな」
「まだ相手の戦力も分からないんだから。勝手に突っ込まないでよ」
「分かってるよ」
少し残念そうな顔の真羅は、背中の少女ウーを背負い直す。
「この子のお家は分かるの?」
「ああ、この少女の記憶によるとこの通りにあるはずだよ」
しばらく通りを歩いていると、鍛冶屋やしき看板の出た店が見えてくる。
「“鍛冶屋ウーシュ”ね……幸いな事に文字は人界の物と同じだな」
真羅が看板の文字を読みながら独り言つ。
この世界における言語は一つだけであり、神代文字や古代文字など現在では使われていない文字こそあるが、地球のように地域によって異なることはない。
それは魔界でも同様のようで、周囲の看板や掲示板などの文字は人界の物と同様であった。
「ウーシュってさっきのボルケーノトータスのことかな?」
レイルシアも看板を読みながら、同じ名前のウーシュ火山のことを思い出す。
彼女の疑問に対し、真羅はウーの記憶を読む。
「記憶によるとそれが由来らしい。この少女の名前も同じ由来のようだがな……まあ、それは良いか。流石に俺達の正体を見破れる奴はこの近くにはいなそうだし、早く彼女を届けてあげようか」
真羅はこの魔国に入る前に、自身とレイルシアの姿を魔人族に変化させている。今の二人は瞳が赤く、耳が人間よりも尖っていて、頭部には二本の鬼のような角が生えている状態だ。
もっとも、これは見た目だけの幻であり、実際に角に触ることはできない。魔術に長けた者ならば簡単に見破ることができるだろうが、幸いなことにそれだけの手練れには遭遇しなかった。
「そうだよね。親御さんも心配してるよね。早く送ってあげよう」
「だな。本格的な治療も必要だしね」
二人は店の前に辿り着くと、真羅が無造作に扉を開ける。
「失礼しますー」
軽い感じで挨拶をしながら真羅は店に入る。
「お邪魔します」
レイルシアも礼儀正しく頭を下げながら店に入る。
店の中には鍛冶屋らしく、剣などの武器や包丁などの日用品が並んでいるが、肝心な店員がいなかった。
「あれ? いないのかな?」
見渡しても店内に人の姿がなく、レイルシアが留守と疑うが、真羅の視線は店の奥の扉に向いていた。
「奥にいるみたいだな……すいません! お届け物でーす!」
人の気配を感じた真羅が宅配便のような口調で呼びかける。
すると、奥の部屋から、いかにも熟練の職人といった武骨な風貌の壮年の男が出て来る。
「なんだ……今日はもう店は――ッ!?」
現れた男の視線が真羅の背中に向く。
「ウー!! 無事だったのか!!」
男はウーを見ると眼の色を変えて走り寄ってくる。
「無事とは言えないが……まあ、命には別状ないぞ」
真羅は背負っていたウーを男に渡す。
「アンタがウー見つけてくれたのか!?」
「見つけたって言うか……出会ったといか……襲われたってのが正しいな」
「襲われた!?」
困惑の声を上げる男に対し、真羅はランが精霊であることを伏せてこれまでの経緯を説明する。
「魔剣に操られていたのか……そうか、あの剣はそんな危険な代物だったのか……」
「まあ、あんなモノはそうそう無いからな。気を付けるのも難しいさ」
「無名の剣豪が持っていた魔剣とは聞いていたが、まさか意志を持った剣だったとは……そんな物が実在していたとはな……長いこと鍛冶屋をやっているが、そんな物は始めてだ……」
「知らないモノには対処しようがないからな。仕方ないさ」
「そう言ってもらえると助かる……だが、礼は言わせてくれ。本当にありがとう」
男はウーを抱えたまま深く頭を下げる。
「気にしないでくれ。偶々遭遇しただけだからな。助けられたのは運が良かっただけだし……いや、まだ助かったとは言えないか……」
「ん? どういうことだ?」
「彼女は魔剣の呪いによって身体が変質してしまっている。早急に治療が必要だ」
「なんだと!? そんな危険な状態なのか!?」
ウーの症状を聞かされた男は慌てふためく。
「だが、心配するな。俺達なら治療出来る」
「本当か!?」
「ああ。だが、治療には時間がそこそこ掛かるし、安全な場所も必要だ。暫くの間、この店を使わしてくれないか?」
「構わない! むしろ、こっちが治療をお願いするんだ! 奥に部屋があるから、いくらでも使ってくれ!」
真羅とレイルシアは奥の部屋に案内されると、そこにあったベットにウーを寝かせる。
「そう言えば、自己紹介がまだだったな。俺は魔法使いの真羅。そんでこっちはレイルシアだ」
「レイルシアだよ! よろしくね!」
「シンラとレイルシアか。オレの名前はシューだ。見ての通り鍛冶屋をやっている」
二人は思い出したように自己紹介をすると、鍛冶屋の男――シューも名乗る。
「この国には始めて来たが、メインの大通りに店を構えているって事はかなりの腕前のようだな」
「お前さん、この国は初めてだったのか? 通りで、かなりの手練れなのに見たことがないはずだ」
「ん? 俺は魔法使いなのにそんな事が分かるのか?」
「自分で言うのは恥ずかしいが、オレは魔国一の鍛冶職人と呼ばれていてな。剣以外も魔法の杖や魔導品も造っている。使い手の力量はある程度なら分かるさ」
「あー、だから魔剣が流れて来たのか」
真羅はランが流れて来た経緯を察する。
未知の魔剣であるランは、前の体が朽ちた後、手にした者によって魔国一武器に詳しいであろうシューの下に流れ着いたのだろう。
その際にこの店で幼いウーがランに近づいてしまい、その際に軽く傷を付けて呪詛を流して操ったのだ。
幼い故に、ランの危険性を理解できなかったのは、不運としか言えない。
「オレのことはいいさ。それよりも娘の治療を頼む」
変質のことは詳しく知らないシューだが、娘のウーが危機的状況なのは理解できたようで、真剣な表情で真羅たちに治療を頼みこむ。
「命については心配するな。最低限の治療はその場でやったから問題はない。だが、このまま放置して変質が進めば、肉体に異常な負荷が掛かって崩壊する恐れがあるし、何より彼女の精神が持たないだろう」
真羅は黒く変質したウーの手に触れる。
「緊急時なら無理にでも一瞬で治すんだけど……それをすると激痛でショック死する恐れが高い。だから時間を掛けてゆっくり治療していく」
真羅の手に淡い緑色の光が灯り、少しずつウーの変質を治療していく。
「レイルシアの力でも出来るはずだ。手本として良く見ててくれ」
「分かったよ」
そうレイルシアに指示を出すと、真羅はそれから一時間ほど掛けて、ウーの手の甲の一部を治療する。
「ふー、これは根気がいるだろ?」
「これだけ時間を掛けて、これだけしか治療できないなんてね……」
治療の魔術を一時間かけ続けてもほんの少ししか治療できていないため、レイルシアがもどかしそうな表情になる。
「出来ない訳じゃないが、変質って言うのは起こすのも治すのも痛みを伴う。負荷を掛けないようにするにはこのくらいの速度でやるしかないんだ。特にこんな幼い子の場合は慎重にやらないと、後でどんな症状が出るか……」
「なるほどね……でもやり方は分かったよ。後はボクに任せて、シンラは休んでて。魔剣と戦った後なんだから」
「そうだな。今日のところは頼むわ……」
ウーの治療をレイルシアに任せると、真羅はシューに借りた座布団に横になる。
「すまないな、シンラ。オレも手伝いたいんだが、回復魔法はからっきしでな……」
娘の治療を真羅に任せっきりになってしまったため、シューが申し訳なさそうに頭を掻く。
「気にしないでくれ。これは通常の回復魔法とは異なるんだ。俺みたいな専門家じゃないと出来ないよ」
「そうなのか。初めて見た時から分かっていたが、お前さんは本当の達人なんだな。一時間も魔法を行使し続けたのに全く息が乱れてない」
レイルシアのように浄化の力を持っていない真羅は、変質を治療するには術式を編んで行使するしかない。そんな高度な魔術を一時間行使し続けたのにも関わらず、魔力どころか息一つ乱してない。
これは真羅が魔術を行使するのに全く負荷を感じていない証拠であり、彼は息をするようにごく自然に魔術を行使しているのだ。
「大した術じゃないからな。まあ、この手の浄化はレイルシアが専門だから、彼女に任せた方が確実だろ」
「彼女も相当な使い手だな。近くで見ると膨大な魔力が分かる」
「感じ取れるのは制御が行き届いていない証拠なんだがな……まあ、力は本物だから安心してくれて良い」
真羅は自身の魔力を完全に制御できていないレイルシアを見て、「まだまだ未熟だな」と呟く。
しかし、彼女は未熟なだけであり、それだけ伸びしろがあると言うことでもある。
真羅は真剣な表情で治療に集中しているレイルシアに、期待に満ちた視線を向ける。
「問題はないみたいだな……休むついでにこの国の状況について教えてくれないか? さっきも言ったがこの国に来たのは初めてなんだ」
レイルシアの治療に問題がないことを確認した真羅は、この魔国サンレンスについてをシューに尋ねる。
「やっぱり気になるよな。この国も随分変わっちまったからな……」
「変わった?」
「ああ、お前さんも知っていると思うが、前に魔王さまが代替わりしたんだ。それ以来この国は変わっちまった」
「その話、詳しく頼む」
真剣な表情になった真羅に、シューはこの魔国サンレンスについて語り始めた。




