闇の契約
「はあ?」
真羅の突拍子のない発言に、レイルシアが何言ってんだこいつという顔になる。
「契約すれば良いんよ。此奴と」
「正気?」
闇の精霊に対して契約するという狂気の発想に、レイルシアは真羅の正気を疑う。
「正気だよ。あー、でもレイルシアとの契約とは違うよ」
「――? どういうこと?」
真羅の言葉の意味が分からず、レイルシアは彼の真意を尋ねる。
「レイルシアとの精霊契約は対等な関係だけど、此奴と結ぼうとしてるのは違う。主従の契約だ」
「主従の契約? そんなことできるの?」
レイルシアは聞き覚えのない契約方法に首を傾げる。
「ああ、あくまでも俺が上で此奴が下。絶対服従の契約。それを結ばせる」
そう言うと真羅は、鞘に納まった魔剣の精霊を地面に突き刺す。
「聞いていたろ? 魔剣の精霊、お前を俺の僕にする」
「ふんっ! そんなの誰がするかー!」
しかし、案の定、魔剣の精霊はその契約を拒絶する。
「負けた以上、お前に拒否権は無いぞ。だが、悪い事ばかりじゃないだろ」
「――?」
真羅の言葉の意味が分からず、魔剣の精霊が疑問符を浮かべる。
「お前が欲しがっていた俺の身体を、戦闘時に限定するがお前は好きに使えるようになるんだ。戦闘以外に興味無さそうなお前には良い条件だろ?」
「……本当にいいのー?」
真羅の出した条件に、魔剣の精霊は無い目を輝かせて食いつく。
魔剣の精霊が求めているのは、自身を振るう使い手の身体と強者との戦闘だ。
剣である彼女はそれ以外に興味がないし、むしろ理想の身体を得ることができるうえ、戦闘のみに集中して行えるなど願ったり叶ったりだ。
「お前の力が必要になるのは、強者との戦いの時だ。暇な時でも定期的に稽古で強敵を用意してやる。俺と契約すれば絶対服従になるが、その代わりにお前の求めていたモノは全て手に入る」
「……」
魔剣の精霊は黙り込んで考える。
真羅の出した条件は、はっきり言って双方にメリットしかない。正直、考えるまでもないのだが、ここまで好条件だと疑いが生じてしまう。
「……キミは何を求めてるのー?」
魔剣の精霊は駆け引きなどをせず、素直に真羅の真意を尋ねる。
「そりゃ、お前の力が欲しいんだよ。お前が俺の身体を求めたようにな」
真羅は正直に真意を話す。
彼からすれば偽る理由はないし、これから長い付き合いになるのだ。良好な関係を構築するために誠意をもって答える。
「……分かったよー。どうせ、抵抗できないしー」
「おーけー。つー訳で、レイルシア。良いかい?」
魔剣の精霊の了承を得た真羅は、レイルシアの方に視線を向けて尋ねる。
「ダメって言ってもやるんでしょ? どのみち放置はできないし、ちゃんと手綱を握るならいいよ」
「ありがとう」
レイルシアから許可を得た真羅は、礼を言うと左手を握り込み、掌を軽く流血させる。
そして、血を流した左手で魔剣の精霊の柄を握ると、彼女を中心に契約の魔法陣が展開される。
彼は何気なく無詠唱で行っているが、精霊との主従の契約は本来大規模な儀式が必要である。
「契約には名前が必要だ。お前の名は?」
「名前ー? 闇の精霊にそんなものはないよー」
「そうだったな……」
真羅は魔剣の精霊の柄を握ったまま、暫し思案に耽る。
(魔剣か……安易に有名な魔剣から名を付けるのものな……此奴には真っ当な剣になってもらいたいしな。聖剣や宝剣の名前から付けるのもありか……よし、決めた――)
魔剣の精霊の刀身を覆っていた鞘の魔具が消え、握った柄からその刀身に真羅の血が流れ滴る。
「――お前の名は、“デュランダル”だ」
告げられた名と共に、地面に描かれた魔法陣から魔力が流れて、魔剣の精霊改め、デュランダルに流れ込む。
そして、その名と滴る血が彼女を縛ると、真羅の魂と繋がりを得る。
「デュランダル……それが剣の名前……」
――デュランダル。
シャルルマーニュ十二勇士の筆頭騎士ローランが所有していた宝剣。
フランスの叙事詩「ローランの歌」に登場する剣で、柄は黄金で水晶が埋め込まれており、その見事な姿とは裏腹に凄まじい威力を誇り、死を覚悟したローランが敵の手に堕ちないように、大理石へ叩きつけて折ろうとしても傷一つつかなかったと伝わっている。
闇の魔剣には似つかわしくない名前だが、真羅は真っ当な剣になってほしいという願いを込めてこの名をつけることにした。
「俺の故郷に伝わっている宝剣の名前から取った。でも、デュランダルじゃ、ちょっと精霊の名前らしくないな……よし、愛称は“ラン”にしよう」
「ラン……」
ランは自分の名前を噛み締める。
欲しいモノは全て力尽くで奪ってきた彼女にとって、何かを人から与えられるのは初めての体験だった。
「ラン、俺の名は真羅。神威家の魔術師、真羅だ」
「シンラ、ねー。キミの名前はシンラ……うん、覚えたよー」
真羅が自己紹介を終えると、ランの姿が闇に包まれる。
そして、闇が晴れると、中から十歳前後の見た目をした少女が現れる。
「この姿になるのは久しぶりだなー」
魔剣の刀身と同じ闇色の瞳と髪を持つ少女。髪は短く、胸も平らなため、一見すると少年のようにも見える少女だが、これがランのもう一つの姿なのだろう。
「それが人型か」
特に驚くことなく、真羅は【鏡花の面】を外して素顔を見せると、ランに手を差し出す。
「改めて宜しくな」
「それが素顔なのかー。こちらこそよろしくねー、シンラー。いや、あるじー?」
ランは差し出された手をがっちり掴み握手を交わす。
「別に名前で良いよ」
「分かったよー、シンラー」
真羅の手を掴んだまま、ランの体が再び闇に包まれたかと思うと、次の瞬間に彼の手に魔剣が柄が納まっていた。
「やっぱりー、こっちの方が落ち着くねー」
真羅の手に納まったランは、その場でくつろぎ始める。
「早くも馴染んだな」
とても僕の態度とは思えないが、それを真羅が咎めることはしない。
彼は基本的には放任主義であり、精霊の自由を尊重している。
「レイルシアの紹介がまだだったな」
真羅は思い出したように、ランを持ったままレイルシアの方に向き直る。
「いや、君達知り合いだっけ?」
レイルシアのことを紹介しようするが、よく考えると彼女らは神代から面識があるようで、その必要があるのかを確かめる。
「ほぼ面識はないよ。戦いの場で何度か見かけただけだから」
「そっか。じゃあ、ラン。彼女はレイルシア。俺の相棒の銀星の精霊だ」
「あー、キミが銀星かー。聞いたことがあるよー」
「それはお互いさまだね。まぁ、これからよろしくね」
二人は元は敵同士のためか握手は交わさないものの、それほど険悪な雰囲気はない。
ランに魔神に対する忠誠心がないことが大きいだろう。
「ところでランは三千年間単独で行動してたみたいだけど、魔神の復活に関して何か知ってるの?」
一応の挨拶を交わしたレイルシアは、気になっていた魔神についてをランに尋ねる。
「あー、魔神ねー。正直、アイツ嫌いだしー、復活とか興味ないから、どうなってるのか全く知らないよー」
「そう……」
どうやらランは他の闇の精霊との関わりが薄いようで、魔神の復活については何も知らないようだった。
「闇の精霊達については収穫なしか……まあ、しょうがないな」
ランの今までの発言から、情報源として期待していなかったので、真羅に落胆する様子はない。
「それよりも、レイルシア。その女の子は無事? ランの呪いで変質が起こっているみたいだけど?」
「変質?」
真羅に指摘されて、レイルシアは改めて魔人族の少女を見る。
少女の腕や脚の一部が黒く変質しており、手の甲や頬などには闇色の鱗が形成されていた。
「あちゃー。ランの呪詛で変質しちゃってるな」
「これが変質……治せないの?」
「治せなくはないけど……」
真羅は魔眼に光を灯して、少女の容態を診察する。
「うーん。この変質度だと、治療するのに時間が掛かるかな。一瞬で治す事も出来るけど……まだ子供だし、身体への負担を考えるとじっくり治した方が良いね」
「治せるんだね。よかったー」
真羅の診察結果を聞き、レイルシアが安堵の声を漏らす。
「闇の精霊による変質だし、レイルシアの浄化の力で治療出来ると思うよ」
「え? ボクの力で治せるの?」
「寧ろ、そっちの方が確実だと思う」
レイルシアは自身の力で治療できると知って驚く。
レイルシアの光は闇を浄化する力を持っており、少女がその闇の影響を受けて変質した以上、最も治療に適しているのは彼女の光の力だろう。
真羅からすれば当然の認識だが、当のレイルシアにはその自覚がなかったようだ。
「まあ、治療に関してはこんな魔物の蔓延るような場所じゃなくて、この子を送り届けてからにしよう」
戦いの余波で周囲から魔物が消えていることは確認済みだが、それでもこの魔物の生息地では落ち着くことは難しい。この少女を家に帰し、そこで治療するのが無難だろう。
真羅は意識のない少女の頭に手をかざし、彼女の記憶を読み取る。
「ふむ。この少女の名前は“ウー”。鍛冶屋の娘らしい。その親の店に流れ着いたランに操られたらしい」
「ウーちゃんね。ランはどのくらいこの子を操っていたの?」
「一年前に前の身体が朽ちちゃったからー、その時にたまたま活きの良さそうなのを見つけたから乗り換えたよー」
「一年か、道理で変質が進んでるはずだ」
真羅は魔人族の少女ウーの変質度に納得する。
彼女の変質は数日で起こるような状態ではない。明らかに半年以上の月日をランの影響を受けて変質した症状だった。
「まあ、しゃーない。ラン。この子を運ぶから自分で歩いてくれ」
「イヤー」
「えー」
主従の契約をした直後に、いきなり僕に反発される。
真羅の言葉が命令ではないことが原因だが、彼にランの自由意志を縛るつもりは全くなかった。
「仕方ないなー。御遣い達にでも預けておくか」
「わー?」
真羅は自身の世界にランを放り込むと、ウーをお姫様抱っこで持ち上げる。
「ランはどうしたの?」
「俺の世界の“天空”の神殿に放り込んだ」
「大丈夫なの? 魔霊たちが反発しない?」
レイルシアは以前に真羅の中でマミルに襲われたことを思い出す。
契約してそれなりに経つ彼女ですらこれなのだ。契約したばかりのランなど間違いなく攻撃されるだろう。
「御遣いしかいない所だから問題ないよ。レイルシアも行く?」
「いや、遠慮しておくよ」
五色の御遣いたちはレイルシアに対しても友好的だが、一部の者に問題があり、ルビアは無邪気に抱き着いてきて放してくれないし、ディアは研究サンプルでも見るような好奇の目を向けてくるので、あまり積極的には会いたくなかった。
「送ったのは俺の私室だから、誰もいないんだが……まあ、良いか」
ウーを抱えた真羅は、魔国がある北に向き直る。
「じゃあ、行こうか。魔国サンレンスに」
そう言うと真羅は、地面を蹴って空に飛び上がるのだった。




