刀の魔霊 VS 闇の魔剣
衝突したミズキと魔剣の精霊は鍔迫り合いになる。
「らっ!」
「くっ……」
剣の攻撃力は互角。
だが、使い手の膂力は違う。
ミズキの使い手は、魔術で身体を強化している真羅なのに対し、魔剣の精霊の使い手は、年端もいかない少女の上、結構な重症を負っている身だ。
明らかに真羅の方が優れている。
「ならー」
魔剣の精霊は純粋な力での戦いを避け、技による勝負に切り替える。
彼女は自身の刀身を反らして、ミズキの刀身を滑らせて受け流す。
「俺を忘れるなよ」
ミズキを受け流された真羅は、そのまま蹴りを繰り出すようにして足の裏から光弾を放つ。
「忘れてないよー」
至近距離からの魔術だったが、魔剣の精霊は驚異的な反射神経で、その刀身によって光弾を斬り裂く。
「剣は闇の剣。あらゆる光を斬り裂く、闇の刃」
魔剣の精霊は、自身を少女の右手で構えさせると、少女の左手に闇の剣を造り出して握らせる。
「二刀流?」
二刀による構えを見せる魔剣の精霊に、真羅は警戒するようにミズキ右手で構える。
「古代より人には達人が存在した。彼らと戦い、剣はその技を吸収してきた。中にはこんなのもある」
二刀を構えた魔剣の精霊は、左右から同時に斬り掛かってくる。奇しくもそれは、先ほど真羅が披露した二刀流の剣技に酷似していた。
「嘗めるなよ」
それに対して真羅は、魔剣の精霊の刀身を左手の掌で受け止め、闇の剣を右手のミズキで斬り裂いた。
「並の魔法じゃあミズキの刀身を受けられないし、俺の掌もそう簡単には斬れないぜ」
闇で造り出された剣は、ミズキの“切断”の力で斬り裂かれ、魔剣の精霊の本体も魔術で強化されている真羅の掌を斬り裂くことはできなかった。
しかし、自身の切れ味が通用しなかったのにも関わらず、魔剣の精霊は嬉しそうに笑っていた。
「剣技以上に魔法が得意なんだねー。ますますほしくなったよー」
「いや、そっちが本業なんだが……」
今になって魔術の腕を評価されて、真羅は複雑そうな表情になる。
「キミは光属性魔法が得意みたいだけどー、剣の刃は光を斬り裂く。その魔法は通用しないよ」
先ほどの光弾を見ていたためか、魔剣の精霊は真羅が光属性魔法が得意だと勘違いしたようだが、彼はそれを訂正することなく、受け止めていた刀身を力尽くで押し返すと、ミズキを上段に構える。
「剣のくせに意外にお喋りだな……でも剣で語った方が分かり易くない?」
正直に言うと、真羅は魔術師のため、剣で語るのはあまり得意ではないのだが、敢えて魔剣の精霊に合わせることにする。
「そうだねー。そっちの方が助かるかなー」
押し返された魔剣の精霊は、そのまま距離を取っており、少女の体勢を直すと自身の柄を両手で握らせる。
お互いがしばらくの間、様子を見るように動かずにいたが、真羅が一歩先に出る。
「流れろ! ミズキ!」
真羅がミズキを振り下ろすと、その刀身が鞭のようにしなって伸び、魔剣の精霊に襲い掛かる。
「――!?」
ミズキの刀身が不規則に動きながら伸びて来たことに、魔剣の精霊は一瞬驚くも、自身の刀身でその刃を受け流す。
「刀身が伸びるのー?」
不意を突くように放たれたミズキの一撃を、完全に防ぎ切った魔剣の精霊は、問い質す様にその切っ先を真羅に向けてくる。
「お前が“闇”なら、ミズキは“水”」
彼女の問いに対して、真羅はミズキを元の刀の状態に戻すと端的に答える。
【霊刀水月・真打】は簡易版の魔具である【霊刀水月】と同じように、その刀身に水の性質を宿している。
水という本来は不定形な物の性質を持っているため、その刀身の形や長さは自在であり、今のように鞭ようにしならせることもできるのだ。
「水属性の魔法だったのかー。キミは俗に言う二属性持ちってやつなのー?」
「違うぞ」
魔剣の精霊は先ほど使用した魔術から、真羅が光と水の二属性持ちだと考えたが、当の本人が即答で否定する。
「その属性持ちって考え方も好きじゃないが、その考え方で言うなら、俺は無属性だな」
属性を持つという考え自体が間違っているため、真羅はこの考え方を好んでいないが、敢えて自身を無属性だと語る。
属性適正を理解していない相手のため、この情報は与えても何の問題もない。
「無属性なのー? それはそれで珍しいねー」
「だろ? だが、それは剣にも魔術にも何ら関係ないがな」
何気ない会話をしながら、両者は同時に地面を蹴る。
「えーい」
「そーい」
気の抜けるような掛け声と共に、魔剣の精霊とミズキの刀身が激突して再び鍔迫り合いになる。
「らぁ!」
真羅が膂力の差で強引に弾くが、魔剣の精霊が負けじと斬り掛かり、そのまま激しい斬り結びに発展する。
しかし、剣の腕では魔剣の精霊に分があるようで徐々に真羅が押されていくと、次第に防戦一方になっていき、その身体に切り傷が増えていく。
(やはり、剣術じゃこっちが不利)
状況が不利になってきたことを覚ったため、真羅は防御を止めて攻撃に専念することにする。
「くっ、考えたねー」
その身を顧みずに、急に攻勢に転じた真羅に対して、魔剣の精霊は即座に彼の意図を理解する。
元々、魔剣の精霊の目的は真羅の身体であって、それに命に係わる致命傷を与えるわけにはいかない。そのため、彼女の剣は先ほどと比べて明らかに鈍っていた。
彼はそれを理解しているため、防御を捨てて攻撃に転じたのだ。
「――衝波」
ミズキを振るいながら、真羅は空いている手で凄まじい衝撃の魔拳を放ち、少女ごと魔剣の精霊を吹き飛ばす。
「今だ! ミズキ!」
吹き飛ばされた際に一瞬少女の体勢が崩いたため、それを見逃さずに真羅はミズキを魔剣の精霊に向けて投擲する。
「投げた!?」
意表を突く真羅の行動に、魔剣の精霊は驚きつつも、ミズキを迎撃しようとその身を振るおうとするが――
「あまいですよ!」
――突如、ミズキが人型に変化した。
「何ッ!?」
ミズキが人型になったことで、魔剣の精霊は驚愕して一瞬だけ判断が遅れる。
「――水刃!」
その隙を逃さず、ミズキが魔剣の精霊の刀身に手刀を叩き込む。
「うぐっ」
強烈な一撃を本体である剣に喰らい、魔剣の精霊は僅かに硬直する。しかし、彼女はそれに即座に対応するべく、少女を操りその身を薙ぎ払わせる。
「さようならー」
だが、ミズキはそのまま霊体化して姿を消す。
「なに!?」
渾身の一撃が空振ったことで、魔剣の精霊を持つ少女の体勢が崩れる。
そして、消えたミズキと入れ替わるようにして、いつの間にか真羅が目の前に来ていた。
「――極みの一刀!」
真羅が放った手刀が、魔剣の精霊を持っている少女の右腕を斬り裂く。
――極みの一刀。
拳に集中させた魔力を刃状に変化させて、渾身の手刀を放つ技。
大凡、魔術とは言い難い技であり、言ってしまえば魔力を込めただけのただの手刀だが、真羅の超一流の技術によって必殺の一撃になりゆる技。
魔人族の少女の体から、魔剣の精霊が離れる。
それを見逃す真羅ではない。彼は技を放った勢いのまま、飛び付くようにして少女の頭を鷲掴みにする。
「――ベルリ!」
真羅の呼び声と共に、少女を掴む彼の掌から光の波動が溢れる。
「しまった!?」
魔剣の精霊の存在しない口から焦りが漏れる。
真羅は【初心帰り】の能力によって、少女に掛けられていた支配をリセットしたのだ。
これでもう魔剣の精霊がこの少女を操ることはできない。
真羅は傷口から操られないように、念のため治癒魔術で重症の少女を治して全快させると、後方で見守っていたレイルシアに向かって彼女を投げる。
「その少女を頼む」
レイルシアが魔人族の少女をキャッチするのを確認すると、真羅は返答を待つことなく、地面に突き刺さった魔剣の精霊に視線を向ける。
「これでお前は唯の木偶の坊だな」
勝負は決したと、真羅は不敵な笑みを湛えて、魔剣の精霊を見下ろす。
(結構危なかった。本気で殺しに来ていたら不味かったな)
内心、真羅はほっとしていた。
今回、魔剣の精霊を無力化できたのは、彼女にこちらを殺す気がなかったからだ。
もし、全力で倒しに来ていたら、真羅も魔術を行使して全力で迎え撃つ必要があった。
「くそー! よくも剣の身体をー! 屈辱だー!」
「別にお前の身体じゃないだろ……」
悔しがる魔剣の精霊に対して、真羅は冷静に彼女を観察する。
使い手がいなくなったが、その力を失ったわけではない。まだ、何らかの手を残している可能性は十分にある。
「これで倒したの?」
真羅の戦いを見守っていたレイルシアが、決着が着いたのかと口を開いて尋ねる。
「どうだろ? 取り敢えず、圧し折っておくか?」
「え?」
真羅が想定外の物騒な提案をしたため、レイルシアは流石に驚くが否定もできなかった。魔剣の精霊をこのまま放置するわけにもいかないからだ。
「ありがとう」
真羅はミズキに礼を言って戻すと、不用心にも素手で魔剣の精霊に近づいて行く。
「もらったー!」
案の定、魔剣の精霊は宙に浮かび、自身の刀身を地面から引っこ抜くと、真羅に向かってその切っ先を向けて突っ込んでくる。
「その身体! 無理やりにでももらうよー!」
至近距離からの不意打ちに対し、不用意に近いた真羅は、その突きをまともに受けてしまう。
「シンラ!」
レイルシアから悲鳴が上げる。
「……」
しかし、当の真羅は無反応であり、何の行動も起こさない。
「ゼロ距離で呪詛を流し続ければ、いくら精霊の契約者でも操れる! ――って、あれー?」
魔剣の精霊は傷口から支配の呪いを流し込むが、一向に効果が現れないことに困惑の声を漏らす。
「……想定通りだ。馬鹿め」
真羅は変わらず不敵な笑みを湛えながら、右手で魔剣の精霊の柄を掴む。
「俺を操れないのはレイルシアの影響じゃない」
真羅は自身に突き刺さった魔剣の精霊を引き抜くと、左手の人差し指でその刀身を突く。
「俺を呪うには呪詛が足りない……いや、そもそも耐性を突破出来ていない……」
刀身を突いた真羅がそのまま何らかの呪文を唱えると、魔剣の精霊の刀身が鞘に包まれる。
「三千年間好き勝手やって来たんだ。いい加減、鞘に納まるんだな」
「そんなー!? 剣を封じたー!?」
魔剣の精霊から悲鳴が上げる。
真羅は魔術で生み出した鞘――魔具に魔剣の精霊を封印してしまったのだ。
「人間ごときがー!? 剣をー!?」
魔剣の精霊が驚くのも無理はない。
本領を発揮できない状態とはいえ、高位精霊をこうも容易く封じてしまったのだ。とても人間業とは思えない。
「シンラ? 大丈夫なの?」
魔剣の精霊に刺された真羅の身を、意識のない少女を抱えたレイルシアが案じる。
「問題無い。完全に想定通りだし、俺の身体が目的の以上、奴は急所を刺せないからな。大したダメージにもならない」
「そっかー。良かった」
そう話している内にも真羅の傷は治癒されており、その様子を見たレイルシアは安堵の息を漏らす。
「魔剣の精霊はどうなったの?」
「ああ、この魔剣は完璧に封印した。もう悪さは出来ないさ」
真羅は生み出した魔具の鞘を自慢げにレイルシアに見せつける。
「くそー! これを外せー! ゆるさないぞー!」
身動きができない中、魔剣の精霊からはお仕置きをされている子供のような言葉が、鞘から漏れ出て来る。
「口も封じれば良かったなか? つーか、口は何処?」
「さあ? 念話ではないみたいだけど……」
「出せー!」
「まあ、良いや。つか、いい加減黙れ」
「ぐえー!?」
喧しく騒ぎ立てる魔剣の精霊に対し、真羅はその柄を拳で殴って黙らせる。
「ソイツ、どうするの?」
「どうしようか?」
レイルシアの質問に対して、真羅は質問で返す。
真羅の封印は完璧とはいえ、魔具によるもののため、魔力が切れれば解き放たれてしまう。このまま放置するわけにはいかない以上、持って行くしかないだろう。
「まあ、監視するしかないんだけど……しかしな……うーん……」
処遇については決まったが、真羅が何か悩むように魔剣の精霊を見詰める。
「何か気になるの?」
「ああ、いやな……」
レイルシアの質問に対して、真羅は言い辛そうに口籠る。
「勿体なくない?」
「え?」
真羅から発せられた支離滅裂な意見に、レイルシアが困惑の声を上げる。
「もったいないって何が?」
「いやー、こんな凄い魔剣……封印しとくなんて、勿体ないような気がして……」
「……はぁ?」
レイルシアは真羅の言っていることを理解できない。
要はこの男は、貴重だと理由で、折角封じた魔剣の精霊を解放しようとしているのだ。
未知の神秘を目の前にした魔術師の悲しい性である。
「いやいや、ダメだって! 何解放しようとしてるの!? なんのために封じたの!?」
「そうですよ! そんなナマクラ、とっとと圧し折るべきです!」
レイルシアが真羅を止めようとすると、突如実体化したミズキまでもがそれに同調する。
「ミズキ、お前まで……」
「私がいるじゃないですか! 剣なんて要りませんよ!」
レイルシア以上に、ミズキは必死に真羅を止める。
彼女は真羅の愛刀だ。彼が魔剣の精霊を手にしてしまえば、自身の存在価値が危うくなると考えているのだ。
それを瞬時に理解した真羅は、子供をなだめるように、ミズキの頭を優しく撫でる。
「別にお前が不要だなんて微塵も思ってないよ」
「うう、ですがっ……」
「此奴の用途はミズキとは違う。俺に足りないモノを補ってくれるかもしれない」
「足りないモノ?」
ミズキは涙目の上目遣いで真羅を見詰め返す。
「俺は魔術師である以上、剣を極める事は出来ないからな……この剣技は俺の新しい力になってくれるかもしれない」
魔術師の道を歩む真羅は、剣の道を歩むことができない。一つを極めるためには、他の道に時間を割いている暇はないのだ。
だが、この魔剣の精霊には、三千年間の蓄積による極みに近い剣技が宿っている。
それを手にすることができれば、真羅は戦闘面に於いて更なる高みに至ることができる。
「此奴の力を得れば、ミズキを力を更に活かす事が出来るようになる」
「……分かりました」
自身の力を活かすため。
その言葉を聞いたミズキは、自分が不要にならないことを理解して渋々だが納得する。
「いやいや! 彼女が納得しても、ボクは納得してないからね!」
「えー、じゃあ、此奴をどっかに埋める? それじゃあ不安じゃない?」
「いや、そうだけど! だからって解放するのは絶対間違ってるからね!」
「だよねー。うーん、どうするか……あっ、そうだ――」
レイルシアと言い合っている中、真羅は何かを思いついたのか声を上げて手をパンッと叩く。
「――契約すれば良いんだ」
「はあ?」




