魔剣の正体
「さっきのとは違う魔具?」
真羅が新たに手にした【霊刀水月・真打】を見て、少女が不思議そうな表情を浮かべる。
「武器を新しくしたぐらいで、剣の技を防ぎ切れるかなー?」
その言葉は挑発ではなく、少女の純粋な疑問であり、彼女からすれば使用する刀を変えたところで、何の意味があるのか分からないといった様子だ。
「この子が本来の剣だよ。さっきの簡易版の魔具と一緒にしない方が良い」
少女の疑問に対して、真羅はもったいぶらず正直に答える。
今まで使用していた水月は、ミズキの簡易版の魔具であり、彼の本来の愛刀はこの【霊刀水月・真打】である。
彼女を使用してこそ、真羅の魔闘技は真価を発揮する。
「ミズキ、行くぞ」
真羅はミズキに呼びかけると、先ほどの少女を再現するように刀を振り下ろす。
「――ん?」
何かを察した少女は大きく横に跳ぶ。
そして、その次の瞬間、彼女の立っていた地面が彼方まで斬り裂かれる。
「これはー? 剣と同じ?」
先ほどの剣技をそっくりそのまま再現されたことに、少女は目を僅かに細める。
「結果は同じだが、原理は違うぞ」
「原理が違う?」
真羅の言葉に対して、少女は首を傾げる。
「俺はお前ほど剣気の扱いは上手くないんでな。これは魔具の力が大きい」
そう言うと真羅は、ミズキを横一文字に振るう。
すると、確実にミズキの間合いの外にある岩が斬り裂かれる。
「技術は異なるが、それぐらいは俺でも出来るんだよ」
「へー」
真羅の技を目の当たりにした少女は感心したような声を漏らす。
「うん、期待以上だよー」
少女は嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべると、魔剣の柄を両手で持って構える。
「なんとしてもキミを斬らないとねー」
「はっ、やれるものならな」
言葉と同時に真羅が飛ぶ。
「――六爪」
空中からミズキを一度だけ振る下ろすと、それだけで六つの斬撃が少女の向けて放たれる。
――魔闘技、六爪。
一振りで次元を捻じ曲げ、並行世界から斬撃を呼び出すことで、全く同時に六つの攻撃を放つ技。
しかし、相対する少女も只者ではない。
「えーい」
漆黒の魔剣を一閃。
それだけで同時に襲い来る六つの斬撃を粉砕する。
「だろうな」
それも想定済みだとばかりに、真羅は六つの斬撃を囮にして少女に接近する。
「斬り裂け! ミズキ!」
そして距離を詰めた真羅は、真っ向からミズキで唐竹割りを繰り出す。
「なんの!」
それに対して少女は、魔剣の横にしてその刀身を盾のよう使い、ミズキによる一撃を迎え撃つ。
――ガキンッ!
「何?」
真羅の口から驚きが漏れる。
「ミズキの“切断”でも斬れないのか……」
ミズキによる一撃を、漆黒の魔剣はその刀身で受け止めていた。
【霊刀水月・真打】の刀身には、“切断”の概念が籠められており、大抵のものは触れるだけで斬り裂いてしまう。
それは魔導品や魔具であっても変わらない。
現にリヒトの持っていた“深海の槍”は容易く斬り裂いていたし、例えオリハルコンやブラックメタル製の武具であっても結果は変わらない。
にも拘らず、この漆黒の魔剣は、その“切断”の概念を正面から受け止めても傷一つ付いていない。
(ミズキで斬れないと言う事は、彼女と同等かそれ以上の神秘を秘めていると言う事になる)
魔具精霊の力というのは、籠められた魔術の力であり、それ以上の格を持つ神秘には効果が薄い。
(いや、ミズキは競り負けた訳では無い。と言う事は、同格になる)
冷静に分析を行った真羅は、魔剣の腹を魔術で強化した足で蹴って、少女を大きく後退させる。
「痛いなー」
強化された蹴りで吹き飛ばされたためか、少女が初めて痛そうな顔をする。
その様子を見た真羅は、ある違和感を覚える。
(腹を爆破しても平然としていた奴がこの程度で痛がるか?)
破裂の魔術は神秘の位階自体は高くないが、殺傷能力はかなり高い。
少女は平然としているが、その傷は決して浅くないはずだ。
そのような者が、持っている剣越しに蹴られた程度でダメージなど通るのか。
「剣を足蹴にするなんてー。もう怒ったよー」
真羅が疑問を懐いていると、少女がぷんすかと怒ったように頬を膨らませる。
「くらえー」
気の抜けるような声と共に、少女は地面を蹴って正面から真羅に向かって飛び掛かる。
それも剣を手放してだ。
「む?」
魔剣を手放した少女に対し、真羅は何らかの罠だと考えるが、それと同時にチャンスでもあると思った。
(十中八九罠だが、罠など真っ向から破れば良い)
再び不敵な笑みを浮かべた真羅は、飛び掛かって来た少女の爆破の痕が残っている腹部に狙いを定める。
「喰らえ」
一切の容赦のない必殺の突きが、無抵抗の丸腰の少女に突き刺さる。
しかし――
「――かかったね」
少女がニヤリと笑うと、その胸部から何かが飛び出し、真羅の胸を貫いた。
「自分ごと貫いた?」
胸を貫かれながらも、真羅は冷静に状況を理解する。
少女は飛び掛かった来た後、手放した魔剣が独りでに動き、彼女ごと真羅を刺し貫いたのだ。
「――シンラ!」
相棒が窮地に陥ったため、レイルシアが思わず実体化して、魔剣ごと少女を光弾で吹き飛ばす。
「大丈夫? シンラ」
レイルシアが心配そうに真羅の身を案じるが、当の胸を刺し貫かれた彼は平然と傷口を弄っていた。
「問題無い。心臓は避けたさ……でも、分かった事がある」
「分かった? 何が?」
真羅の顔からはいつの間にか不敵な笑みが消えており、真剣な表情で吹き飛んだ少女を見詰めていた。
「奴は闇の精霊だ」
「え?」
真羅の告げた真実に対し、レイルシアが困惑した声を上げる。
「いや、彼女は魔人族だよ! それにあんなヤツ、神代の戦いでも見たことないよ!」
「ああ、あの子はただの魔人族だよ」
「――? どういうこと?」
レイルシアが疑問符を浮かべていると、吹き飛んだ少女が魔剣を手にしながら戻ってくる。
「まさかねー。精霊と契約してたなんてねー。どーりで剣が刺しても操れないわけだー」
自分の胸ごと刺し貫いたにも拘らず、少女は相変わらず平然とした様子でダメージを感じさせない。
「俺たちは勘違いをしていたんだ。刺された時に分かったが――」
真羅は治癒の魔術で胸に空いた穴を治すと、少女ではなく彼女の持っている魔剣に、そのミズキの不可視の切っ先を向ける。
「――あの魔剣が精霊だ」
真羅が暴いた真実。
それは魔人族の少女ではなく、手にしていた魔剣が闇の精霊だったのだ。
「剣が精霊? あっ、まさか!」
告げられた真実に対して、レイルシアが何かを思い出したように声を上げる。
「ヤツは――“魔剣”の精霊だ!!」
「魔剣の精霊?」
レイルシアの言葉に対し、今度は真羅が疑問符を浮かべる。
「思い出したんだ! アイツは魔神の持っていた魔剣だ! 形や大きさが違うけど間違えない! この邪悪な気配は確実に、魔神の愛刀だ!」
「魔神の武器か。聖剣と一緒で精霊なのか……通りで……」
レイルシアの懐いた確信に、真羅は納得したように魔剣を観察する。
一目見た時からただの剣でないことは分かっていたが、聖剣と並ぶ魔剣の精霊とは、彼も予想していなかった。
「早く傷を治して! ヤツは傷を付けた相手を操る事ができるんだ!」
「もう治療したよ……それに斬られた瞬間に支配の呪詛の事は解ったよ。まあ、この程度じゃあ、俺の身体は操れないがな」
レイルシアが魔剣の精霊の力について忠告するが、それよりも早く真羅は刺された傷を癒し、流された呪いも解呪していた。
「でも、この呪詛は自分と同じ高位の精霊は操れない。同様にその契約者もだ。高位精霊と魂が繋がっている者を操るほどの力は無い」
「その通りだよー」
真羅の分析に対して、魔人族の少女――いや、彼女の手にしている魔剣の精霊が答える。
「後、お前の目的も分かった」
「……へー? 分かったの―?」
魔剣の精霊が少女を操り、問い質す様に自身の切っ先を真羅に向けてくる。
「簡単さ。お前は卓越した剣技――いや、常軌を逸した魔剣技を備えているが、結局のところ“剣”だ。使い手がいないとその真価を発揮出来ない。魔神が封印された以上、自身を振るう者が――身体が必要なんだ」
「……せいかーい。その通りだよー。よく分かったねー」
真羅の推測に対して、魔剣の精霊は称賛しながら肯定する。
「でも、一つ訂正するけど、魔神の代わりってところは違うかなー」
「ん? お前の主は魔神だろ? 何が違う?」
「うーん。それはねー」
声音が不機嫌そうなものに変わり、魔剣の精霊の刀身が不気味に輝く。
「神代の戦いは魔神のせいで負けたんだよー」
「アイツって……闇の精霊が魔神をそんな風に呼ぶなんて……」
自身の主を「アイツ」呼びした魔剣の精霊の様子に対し、レイルシアが驚いたように呟く。
闇の精霊は皆、魔神のために行動しており、主に反抗的な態度を取る者など、彼女の知る限り存在しない。にも拘らず、この魔剣からは魔神への忠誠心が感じられない。
「だってさー。魔神って剣技ダメダメなんだもーん。力任せに振ることしかできないしー、だから聖剣に負けたんだよー」
「ふーん。なるほどねー」
詰まる所、この魔剣の精霊は、神代の戦いでの敗因が魔神の剣の腕だと考えているようだ。
神だからといって、剣技が優れているとは限らない。戦神や軍神といった武芸に優れた神ならばともかく、闇の魔神は剣技に関してはイマイチだったようで、魔剣の精霊はそのことが不満のようだ。
「だから、剣はねー。この三千年間、剣技を磨いて来たんだよー。でもねー。剣は剣だから……振るうための身体がいるんだよー」
「それって、まさか……」
魔剣の精霊の能力を知るレイルシアに嫌な予感が過る。
彼女の力は斬った者を操るものだ。それはつまり、この闇の精霊は――
「剣は人を操って剣を振るわせて来たんだー。その身体を使って、壊れたら新しい身体に乗り換えて、三千年間ずっと鍛えて来たんだー」
――人の身体を奪ってきたのだ。
「魔物じゃダメなのか?」
真羅が率直な疑問を口にする。
魔物の中にはゴブリンのように人型で、武器を扱うモノもいる。
闇の精霊ならば、女神の眷属である人類よりも、魔神の眷属である魔物の方が扱いやすいのではないか。
「アイツらはー、適してないんだよー。試したことはあるけどー、剣を振るうには人が最適なんだよー」
「だからその魔人族の少女を操っているのか……で、今度は俺に乗り換えたいと?」
「そうだよー」
魔剣の精霊は即答する。
確かにその魔人族の少女はまだ幼く、剣を振るうのには最適な身体とは言えないだろう。
「そりゃそうか。俺は剣の達人でもなけりゃ、そもそも剣士ではないが……その子供よりはマシか」
「えー? そうでもないよー」
「何が?」
「キミの剣技、十分達人の域だよー。正直ー、今までにないくらいー、剣を振るうのにぴったりの身体だよー」
「それは褒めてるのか?」
真羅は自身の剣技を母と比べているせいで過小評価しているが、実際は十二分に達人と言って良い腕前だ。
魔剣の精霊は数回剣を交えただけで、それをはっきりと理解しており、彼本人よりもその剣の腕を正確に評価できていた。
「褒めてるんだよー。でも、困ったなー」
魔剣の精霊は、少女の身体を操って困ったような表情を浮かばせる。
「光の精霊と契約してるんじゃーなー。先にそっちを始末しないとー」
「――ッ、そう来るよね!」
魔剣の切っ先がレイルシアに向けられる。
高位精霊であるレイルシアと契約している以上、真羅の身体を得るには、まず彼女を倒さなければならない。
それを理解しているため、魔剣の精霊とレイルシアはお互いに身構える。
「おいおい。お前の相手は俺だぞ? 刃を向ける先を間違えるなよ」
自身を無視して精霊同士で戦うとしたことに不満を覚えた真羅は、両者に割って入るように魔剣の精霊に立ち塞がる。
「むー、キミの身体をムダに傷つけたくないんだよー」
「そんな都合知らねーよ。そっちが喧嘩売って来たんだ。まずは俺を何とかしてみろ」
真羅は【霊刀水月・真打】の切っ先を魔剣の精霊に向けると、その不可視の刀身が、彼の意志に呼応するように一瞬煌く。
「俺の愛刀は証明したいんだよ。自分の方が剣として優れている事をね」
「へー、たかが魔具風情がナマイキだねー」
ミズキを精霊でなく、ただの魔具だと思っている魔剣の精霊は、不機嫌そうにその刀身を不気味に輝かせる。
「この子に斬れないモノは無い。俺もそう思っているよ」
「使い手も同じかー、分かったよー」
魔剣の精霊から殺気が溢れる。
どうやら、先ほどまでは真羅の無駄に傷つけずに手に入れようとしていたようで、本気ではなかったようだ。
「死なない程度に斬り刻むねー」
「はっ! やってみろ!」
魔剣の精霊の殺気に浴びた真羅の顔には、何故か楽しげな笑みが浮かぶ。
「レイルシア。奴は俺が何とかする。見守っていてくれ」
「ヤツが倒したいのはボクだよ? ボクが戦った方がいいんじゃない?」
魔剣の精霊がまず優先するべきは、真羅の契約精霊の処理だ。
それを理解しているレイルシアは、自身が戦うべきだと考えていた。
「いや、これは俺とミズキ――使い手と剣の戦いだ。レイルシアは手は出さないでくれ」
「分かったよ……キミが負けるとは思えないし。大人しく見守っているけど、危なくなったら介入するからね。ボクもキミを失う訳にはいかないんだから」
「大丈夫さ。奴を倒す術など幾らでもある」
これは剣と使い手の戦いであると同時に、剣の精霊同士の意地のぶつかり合いである。
ミズキと魔剣の精霊。どちらの剣が優れているかの勝負。
ミズキも魔剣の精霊も、どちらも剣の姿をしているため表情は読み取れないが、どちらも同じ想いを懐いていた。
――自分の方が優れている! あんなナマクラに負けるはずがない!
それを代弁するように、真羅と少女の顔には不敵な笑みを湛えていた。
「剣に――」
「ミズキに――」
「「――斬られろ!」」
真羅とミズキ、少女と魔剣の精霊。両者が同時に飛び出し、その刀身が激突した。




