魔剣の襲来
少女は手にした漆黒の剣の切っ先を、真羅に向けてくる。
「まさか、あの魔物を一撃で倒すなんてねー。人の言うランクで言うとSSはあったのにー」
少女の笑みは年相応の無垢なものであり、そこには一切の悪意がなかった。
「あれー? 剣と同じ顔?」
変わった一人称を口にした少女は、真羅の【鏡花の仮面】の力に不思議そうな表情を浮かべる。
彼女の目には真羅の姿が、服装以外は自身とまったく同じに見えているのだ。
「あー、なるほどー。幻影の魔法かー」
「……」
キョウカの力はただの幻とは異なるのだが、真羅は特に答えることはせずに否定をしなかった。
「すごいねー、剣の目を欺くなんてねー」
「あの魔物の封印を解いたのはお前か?」
少女の称賛を無視して、真羅は先ほどのボルケーノトータスについてを訊ねる。
「そうだよー。キミが強そうだったから、試してみたのー」
「ほーん。で? ご感想は?」
少女の告げた真実に対して、真羅は驚くこともなく彼女の真意を探る。
「うん! 合格! キミ、いいよー」
「何が?」
少女の言葉の意味が分からず、真羅は適当に返す。
すると、少女はニヤリと笑い。
「知らなくていいよー。ただ、剣に斬られてねー」
そう言うと突然、少女が剣を構えて襲い掛かって来た。
「嫌なこった」
その行動に対して、真羅は想定通りだとばかりに、右手で水月を抜刀して迎え撃つ。
「やー」
「うー」
気の抜けるような掛け声と共に、両者の剣が振るわれる。
しかし、二人の掛け声とは裏腹に、その剣は鋭くどちらも必殺の力を秘めていた。
――ガキンッ!
二振りの剣が衝突して拮抗する。
「へー」
「む?」
少女が感心するような声を漏らしたのに対して、真羅から漏れたのは困惑の声だった。
(剣が……いや、斬撃が柔らかい?)
真羅が漏らした困惑の原因は、少女の剣の手応えが全くなかったからだ。
(此奴、強い)
一手斬り結んだだけで、真羅は相手が強者だと理解すると、左手でもう一刀の水月を抜刀して、少女の胴へ斬り掛かる。
「おっと」
それに対して少女は、剣を回すように右手の水月を弾くと、その勢いのまま左手の水月も弾いてしまう。
(想像以上の達人だな……)
その動きを冷静に観察していた真羅は、相手が自身の想定していた以上強者だと認識を改めると、地面を蹴って距離を取る。
(今までに出会った事が無いほどの達人……母さんクラスだな)
真羅が知る中で最も剣技に優れているのは、彼の母親であるセイラであり、彼女の武芸は魔術など用いなくても極みに達していた。
この目の前にいる少女もその域に達しており、はっきり言って剣での勝負では真羅に勝ち目はないほどの実力差があった。
(唯一抜きん出て並ぶ者無し。これはイギリス競馬の格言だったか? 母さんの武術はそれほど抜きん出ていたが、目の前にその剣に並ぶ者が現れたな)
真羅はこの世界に来てから初めて、自分以上の実力を持った者と相対したことを実感した。
彼の口角が上がり、その顔に不敵な笑みが浮かぶ。
今までにない強者との戦いに、思わず心躍らせてしまう。
(戦い自体に興味は無い。だが、強者との闘争は、俺を高みに引き上げてくれる)
不敵な笑みを湛えた真羅は、両手に二刀の水月を構え、左右から少女に斬り掛かる。
「ほっ」
しかし、少女は漆黒の剣を横にすると、その切っ先と柄頭で左右から襲い来る不可視の水月を受け止めてしまう。
「曲芸かよ」
その芸当に真羅は思わずツッコミを入れると、そのまま剣を破壊するべく力任せに押し込もうとするが、水月の刀身は微塵も動かない。
(魔法で強化している様子は無い。この剣は魔剣だな)
少女を冷静に観察すると、魔法の類いは使用しておらず、純粋な剣技と魔剣のみで真羅の水月を受け止めている。
それを見極めた真羅は、次の一手を打つ。
「――流れろ! 流水!」
水月を二刀とも流水モードにして、魔剣ごと少女を斬り裂こうとする。
流れる流水モードの水月の刀身は、高水圧カッターのようになっており、生半可な魔剣など容易く両断するのだが、この少女の魔剣は生半可なモノではないようでびくともしなかった。
「ならば!」
流水モードでは効果がないと判断した真羅は両手の水月を手放す。
そして、そのまま流れるような動きでもう一刀、三本目の水月を抜刀すると、居合斬りの要領で逆袈裟斬りを放つ。
「へー、すごいねー」
しかし、少女は驚くことなく笑みを湛えて、真羅の渾身の一撃を容易く、その漆黒の刀身で受け止める。
だが、真羅もその程度は想定しており、静かに呪文を紡ぐ。
『――爆ぜろ』
破裂の魔術。
「――!?」
ゼロ距離での爆撃に、この時少女は初めて困惑した表情を浮かべながら吹き飛ぶ。
「生憎、俺は剣士じゃないんでな」
真羅が不敵な笑みを浮かべて、水月の切っ先を少女へ向ける。
元より真羅は魔術師であって剣士ではない。初めから剣のみでの勝負など、彼はする気はなかった。
完全に不意を突いた一撃であり、少女の腹部に決して小さくはないダメージが残る。
「魔法を使ってからー、剣士ではないのは分かってたけどねー」
しかし、少女は何ともないように平然と立ち上げる。
「別にいいんだけどねー」
少女も漆黒の剣の切っ先を真羅に向ける。
「その傷で平然と立つのか……タフというか、ダメージが入っていないようにも見えるが――」
《――シンラ》
そこそこの深手を負った少女が平然としていることに、真羅が疑問を懐いていると、レイルシアが念話で話しかけてくる。
《あの剣……すごく嫌な気配がする。気を付けて……》
《剣? あの魔剣か? 確かに生半可なモノじゃなさそうだけど……》
真羅は改めて少女の剣を見る。
ブラックメタルとも異なる見たこともない素材で形成された漆黒の長剣。その刀身からは禍々しいオーラが溢れ出しており、闇に関連した力を内包していると推測できる。
《――闇……もしかして奴は闇の精霊と契約しているのか?》
魔剣を観察していた真羅が、太郎のように闇の精霊と契約していることを疑う。
《いや、彼女に精霊との繋がりが感じられないし、普通の魔人族の女の子だよ……でも、なんだろう? あの剣からどこかで見たような、闇の力を感じる……》
《レイルシアがそう感じたのなら、闇の精霊に関係している可能性が高いな》
レイルシアの忠告を聞き、真羅は魔剣の秘密を暴くべく、その魔眼に光を灯す。
「へー、魔眼を持っているんだー」
真羅の瞳が黄昏時の空のような瑠璃色に変化したことに気付き、少女が感心したように無邪気な声を上げる。
「目は良さそうだけど、剣の技を見切れるかなー?」
「……俺の魔眼に剣技を見切る力は無いよ……でも――」
真羅の魔眼が輝きを増す。
「――貴様の神秘を暴ける」
その言葉と共に真羅の姿が消える。
そして、次の瞬間、少女の背後に真羅が現れる。
「――空突」
水月による鋭い突き。
「よっ」
死角からの一撃だが、少女は難なく左に跳んで躱す。
「――読み通り」
しかし、その回避した方向から水月の切っ先が現れる。
「む?」
少女は驚きつつも身を捻ってその切っ先を躱そうとするが、魔剣を持った右腕に掠めてしまう。
――魔闘技、空突。
一撃目の突きを放った後に、空間を捻じ曲げて別の方向から剣の切っ先を出現させ、二撃目の突きを繰り出す技。
連続して死角から放たれた初見殺しの技だが、少女はその異常なまでの反応で直撃を避けてしまう。
「これも回避するか……」
必殺の一撃を躱されたことで、真羅から僅かだが驚きの声が漏れる。
「いやー、今のはびっくりしたよー」
少女は何事もなかったかのように無邪気な笑みを浮かべているが、右腕からは赤い血が滴り落ちている。完全に避けきることはできなかったようだが、大したダメージにはなっていないようだ。
「今度は剣も面白いものを見せてあげるよー」
そう言うと少女は、両手で魔剣を掴んで上段に構える。
「えーい」
気の抜けるようなかけ声と共に剣が振り下ろされる。
その動きは恐ろしく洗練されており、真羅の眼をもってしても見切ることができなかった。
(――何か不味い)
少女との距離は確実に剣の間合い以上に開いていたが、真羅の身体は本能的に剣が振り下ろされる前に動いており、その場を転がるように移動していた。
そして、次の瞬間、触れていないはずの彼が立っていた地面が彼方まで両断されていた。
「おいおい、マジか」
その光景を目の当たりにした真羅から、珍しく驚愕した声が漏れる。
「魔法――いや、魔力も無しに、純粋な剣技――剣気のみで神秘を起こしやがった」
少女の今の一撃は、魔術の類いは使用しておらず、純粋な剣術のみで引き起こされていた。
(冗談じゃない……剣に関しては、母さん――それ以上の化け物じゃないか)
剣技のみで神秘を引き起こすことは、真羅の母であるセイラも可能だが、それでも魔術師である彼女の本領は魔術であり、あくまでも魔闘技の達人なのだ。
純粋な剣技のみを比べたら、この目の前にいる少女の方が勝るであろう。
「まあ、剣での戦いなら勝ち目がないが……手なら幾らでもある」
真羅は徐に立ち上がると、手に持っていた水月を消す。
「――ミズキ」
親しみの籠った声でその名を呼ぶと、真羅の手にミズキが現れる。
《幸いにもレイルシアの事は気付いていないみたいだ。君はそのまま待機していてくれ》
真羅は【霊刀水月・真打】を構えると、念話でレイルシアに待機を指示する。
《分かったよ。でも、かなりの強敵みたいだけど、援護はしなくてもいいの?》
レイルシアはその指示を了承するも、相手の力量を察して援護を申し出るが、真羅は静かに首を横に振る。
《手の内を出来るだけ温存したい。ヤバそうになったら、そっちの判断で援護してくれ》
《了解だよ。気を付けてね》
《ああ、気を付けないとな》
彼は念話中も一切、目の前の少女から目を離していない。
一瞬でも目を離せば、即座に斬り裂かれてしまいそうであり、真羅の顔からは不敵な笑みが消えていた。
「やるぞ、ミズキ。相手は極上だ。久しぶりに全力で斬れる」
優しい手つきでミズキの峰を撫でると、魔剣を構える少女に向き直るのだった。




