魔界の魔物
真羅とレイルシアは港を後にすると、魔界の山々を空を飛びながら越えていた。
「流石、魔界だな。魔物だらけだ」
真羅が地上を見下ろすと、そこには通常の生物は一切おらず、至る所に魔物が生息していた。
一見すると通常の動物に見えるモノも、悪魔のような角や翼が生えていたり、明らかに本来の種より身体が大きくなっていたりと、完全なる魔物の楽園と化していた。
「魔界の環境は過酷だし、一般生物は生息出来ないんだろうな」
真羅の推測は正しく、通常の生物は魔物が溢れる魔界では生きていけない。例外は、変質により適応した魔人族だけである。
闇の精霊と魔神の影響を受けて変質した魔人族は、ある意味では人間が魔物化したモノと言っても良いかもしれないが、この魔界で生きていくには通常の生物は厳し過ぎる。
「魔物がこんなに生息しているなんてね……正直、なんて言って良いのやら……」
光の女神の眷属であるレイルシアからしたら、闇の魔神の眷属である魔物が溢れかえっているのは大分問題だが、今の彼らは魔神の支配を受けているわけではない。
魔神が打ち倒された以上、彼らは通常の生物と同じく懸命に生きているだけであり、この魔界という過酷な環境でも必死に生き抜いているのだ。
心優しいレイルシアは、そんな彼らの存在を否定することはできなかった。
「この時代の魔物は、通常の生物とそう大差は無い。別に悪さをしている訳じゃないんだ。無闇に命を奪う必要は無いだろ?」
「そうだね……彼らも一生懸命に生きているんだからね」
真羅の魔物に対する意見を聞き、レイルシアは素直に納得することにする。
魔神の支配がない以上、魔物たちに悪意はない。
他の光の精霊ならば、一匹残らず駆逐したかもしれないが、レイルシアにはそんな酷い事はできなかった。
「そろそろあのデカい山の麓に着く。名前は確か……ウーシュ火山って言ったっけな」
真羅は港にいた魔人族の兵士から読み取った情報を思い返す。
この巨大な山は、ウーシュ火山という、魔界最大級の活火山であり、標高は優に日本最大の山である富士山を超えている。
そんな火山を越えようと、二人が更に高度を上げようとした時、真羅が何かに気付く。
「――? 止まれ、レイルシア」
何の前触れもなく突然出された指示に、レイルシアは戸惑いつつも従う。
「急にどうしたの?」
「……」
レイルシアが問いかけるが、真羅は黙ったまま答えず、周囲を警戒するように魔眼を光らせていた。
「……一旦降りよう」
「何か感じたの?」
真羅のただならぬ様子に、レイルシアは彼が何かを探知したのだと気付く。
「ああ、一瞬だが視線を感じた。恐らく、田中太郎以上の相当の手練れだ」
真羅はほんの一瞬だけだが、刃のように鋭い視線を感じた。
それだけだが、彼はこの視線の主が、今までにない強者だと見抜いて警戒したのだ。
「こんな所に魔将以上の猛者がいるの? もしかして闇の精霊?」
「分からない。だけど警戒は必要だ」
そう言うと真羅とレイルシアは、徐々にゆっくりと高度を下げ、火山の麓に着地した。
「――キョウカ」
真羅が親しみの籠った声で誰かの名前を呼ぶ。
すると、彼の顔に表面が鏡のようになっている無貌の仮面が現れる。
「それは――ボク?」
真羅の仮面に興味を持ったレイルシアが覗き込むと、彼の顔だけでなく容姿全てが自身と瓜二つに変化していた。
「この子は【鏡花の仮面】。仮面の魔具精霊。見た者と同じ姿に見えるようになる。ついでに声とかも変わる」
そう、レイルシアに対し、真羅は彼女の姿と声で説明した。
「見た者によって変わるってことは、他の誰かが見た場合、その誰かの姿に見えるってこと?」
「そう言う事だ。さっきの視線は無くなったが、今そいつが見たら、そいつの姿に見えているだろうよ」
「なんか違和感がすごいんだけど……」
レイルシアの声での説明されたことで、彼女はその違和感に若干困惑する。
「直ぐに慣れるさ。それよりもレイルシアは霊体化していてくれ。相手に感知される」
「分かったよ」
レイルシアが言われた通りに霊体化したのを確認すると、真羅は火山に視線を移す。
「ん?」
《どうしたの?》
何かを感じた様子の真羅に、レイルシアが霊体化したまま念話で尋ねる。
「この火山……魔力を感じる。生きてるぞ」
《生きてる? 火山が?》
「ああ、恐らく魔物が封じられている。まあ、魔物自体は封印されて休眠状態になっているようだが……」
真羅の感知能力によると、この火山に世界の魔力ではなく、強大な生物の魔力が感じられた。
通常の火山などの山々には、世界の魔力であるエーテルが霊脈を通じて流れているが、このウーシュ火山には生き物の魔力であるオドが流れており、これは火山内に強大な魔物が封じられている証拠だ。
「あれを起こすのは、この山の生態系を壊してしまう。取り敢えず、場所を変え――」
その時、突如として地震が起こる。
「――何だ? 唯の地震じゃないな?」
真羅が疑問を口にすると、火山自体が震え出し、周囲の地面が隆起する。
――ゴゴゴゴゴゴゴアアアアアアアアッッッッッ!!
火山の麓から巨大なナニカの頭部が現れ、凄まじい声量で咆哮する。
「うお? 亀? また?」
地面から出て来たのは、巨大な亀の頭部だった。
頭部に続き、火山の周囲から四肢も飛び出してくる。
「あの火山、甲羅なのか?」
どうやら、この亀の甲羅の部分がウーシュ火山になっているようだ。
火山部だけでも明らかにメガキャノンタートルより大きい魔物だが、真羅は疑問こそ口にしたが焦りはなかった。
《あいつは――ボルケーノトータスッ!》
「ミズガメの次はリクガメ? この世界の亀はデカすぎないか?」
この巨大な魔物の名を聞いた真羅が、半ば呆れるように呟く。
しかし、それも無理もない。この世界に来てから見た亀は、そろって強大な魔物なのだから。
《神代の魔物で、火山を背負う超巨大魔物! メガキャノンタートルを優に超える最大級の大きさを誇る化け物だよ!》
「ほーん。倒し切れずに封印されたってとこか……ん? 何かこっち向かって来てね?」
レイルシアの説明を聞いていると、ボルケーノトータスがゆっくりとだがこちらに迫って来ていた。
《危ない! シンラ! 避けて!》
「いやー、あれをこのまま放置する訳にはいかないだろう……」
富士山を超える大きさの火山が迫って来ているが、やはり真羅に焦った様子はなく、彼は冷静に右手を前に突き出した。
「ちょっと!? まさか受け止めるつもり!? さすがに無謀だよ!!」
向かってくる火山を片手を受け止めようとしている真羅に対して、レイルシアが思わず実体化して彼の肩を引っ張ってしまう。
「さすがにこのままじゃ厳しい。だから――カイリ」
再び親しみの籠った声で誰かを呼ぶ。
すると、彼の右腕に鈍色の武骨な腕輪が現れた。
「この子は【怪力乱神の腕輪】。常軌を逸した超常の身体能力を齎す腕輪の魔具精霊」
真羅が魔霊について説明している間にも、ボルケーノトータスはこちらに迫っており、あと数秒で衝突してしまう。
「あっ! あぶないッ!!」
レイルシアが叫ぶが、真羅は微動だにしない。
衝突の間際、レイルシアが思わず目を瞑ってしまうが、契約者をおいて逃げるわけにはいかない。
――ドゴッ!!
凄まじい衝撃音が響くが、いつまで経っても想定していた衝撃が来ない。
レイルシアが恐る恐る目を開けると、そこには――
「思ったよりも軽いな……」
――真羅が片手でボルケーノトータスの顎部を押さえていた。
「なあ!? この巨体を片手で!? どうなってんの!?」
常軌を逸した光景に、レイルシアが困惑の叫びを上げるも、真羅は冷静にボルケーノトータスを片手で押し返した。
「動くなよ。お前が動くと生態系に影響が出る」
真羅に押し返されたボルケーノトータスは、元居た位置まで後退する。
「そこから永遠に動くな」
真羅の口から底冷えするような声が漏れると、彼はカイリを身に付けたまま大地を蹴り、大きく跳躍する。
「お前は相当デカいが、まだ軽い……世界の重みを知ると良い」
空へと舞った真羅は、そのまま重力に引かれて、ボルケーノトータスの頭部に向かって落下する。
「――星拳」
真羅はボルケーノトータスの頭部に向かって拳を振るう。
ボルケーノトータスにとっては、彼の拳など蚊に刺される程度の大きさだろう。
しかし、衝突瞬間、世界から音が消えた――
――ドンッ!!
一拍遅れて、凄まじい衝撃が響く。
「うわああああ!!」
レイルシアが思わず顔を両腕で覆ってしまう。
そして、しばらくして衝撃が止むと、レイルシアが両腕を下ろして真羅の方に視線をやると――
「思ったより脆いな」
――ボルケーノトータスの頭部が完全に消滅しており、その頭部があった場所に真羅が佇んでいた。
「少しやり過ぎたか? まあ、良いか……カイリ、ありがとう」
真羅は礼を言ってカイリを戻す。
彼は何事もなかったように突っ立ているが、その地面には隕石でも落ちたようなクレーターができていた。
火山を含めてボルケーノトータスの頭部以外は健在だが、そこ頭部があった場所の自然は完全に消え去っている。
「ちょっと!? 何をしたの!?」
明らかなオーバーキルを目にしたレイルシアは、真羅に詰め寄って問い質すも、なんと彼は無邪気な笑みを浮かべていた。
「俺の必殺技の“星拳”。使ったのは二回目だが、今のところ必殺だな」
自慢するようにレイルシアに拳を見せつけるが、彼女からすれば凶器を突き付けられるようなものなので、さっと後退する。
「そんな逃げなくても、もう解除してあるから大丈夫だよ」
「そう言う問題じゃなくて――いや、もういいや」
説明されたとしても、どうせ真羅の言っていることなど理解できないため、レイルシアは考えるのをやめた。
「別にそう難しい事をした訳じゃないんだがな……」
「説明してもらわなくても、キミが常軌を逸していることは知ってるよ。正直、ボクの目にはボクの姿に見えるから違和感がすごいけどね……」
「まだ慣れないの? キョウカ。レイルシアに限定して解除して」
真羅がキョウカに指示を出すと、レイルシアに目には仮面を着けた元の姿の彼が映る。
「そんな限定解除ができるなら、早くやってよ……」
「ちょっとだけ調整が面倒くさいんだ。俺じゃなくてキョウカがやるんだけどな」
「……」
真羅が自慢げにキョウカを指差すが、彼女に会話の意志は無いようで無言のままだった。
「あれ? ちょっと機嫌悪い? ああ、そっか。素顔を見られるのが嫌なんだっけね」
「素顔? 彼女の? その鏡の仮面が素顔なの」
「うん。人型にもなれるけど、恥ずかしがりやで顔を見られるのが嫌いなんだ」
「それは……なんかゴメンね」
「……」
キョウカの事情を知り、レイルシアが申し訳なさそうに謝罪をするが、彼女は無言のままだった。
「かなり人見知りだからな……同じ魔霊に対してもこんなだし、気にしなくて良いよ」
「そっか……」
今までに敵意を向けてくる魔霊はいたが、このような形でコミュニケーションが取れないのは初めての経験だった。
「それよりも、さっきの視線の主はどうしたんだろう?」
レイルシアはこれ以上キョウカの事を触れないようにして話題を変える。
「恐らくだが、あの亀の封印を解いたのはそいつだ」
「え? ボルケーノトータスは意図的に復活させられたの?」
「そりゃそうだろ? こんな偶然あるかよ?」
真羅の推測に対して、レイルシアが驚くが、彼からしたらこの場で自然に封印が解けた方が不自然だった。
「それに何かが近づいて来てる……レイルシア、霊体化してくれ」
「わ、分かったよ」
真羅の雰囲気が変わったため、レイルシアは再び霊体化して身を潜める。
「この感覚……かなりヤバイ相手だな」
《そんな相手がこの近くに? ボクには何も感じな――え?》
「君も気付いたな」
レイルシアの探知にも、濃密な魔力を持つ何者かが引っ掛かる。
その魔力の持ち主は、ボルケーノトータスの火山の火口部から物凄い勢いでこちらに近づいて来ていた。
「来るぞ! レイルシアはそのまま待機していてくれ」
真羅は戦闘態勢に入ると、彼らの目の前に何かが飛び降りてくる。
「キミ……やるねー」
現れたのは、漆黒の剣を手にした年端も行かぬ魔人族の少女だった。




