魔界に向けて
スリーチ王国を後にした真羅とレイルシアは、ライドに乗って人界と魔界の間の海――パサラサ海を渡っていた。
ちなみに、ライドには天馬ような翼はないが、水上でも空中でも問題なく駆けることができる。
「おっ、あれを見てみろ」
何かに気付いた真羅が、前方を指差す。
「何かあったの?」
ライドから身を乗り出し、レイルシアは彼が指差す方向に視線を向ける。
すると、そこには海底が隆起してできたような歪な形の小さな島があった。
「霊脈を辿って来たが……どうやら、あそこが収束地みたいだな」
「収束地?」
真羅が何気なく言った言葉に、レイルシアが疑問符を浮かべる。
「そう。人界と魔界、この二つ大陸から霊脈があの島に向かって流れている。つまり世界の魔力があの場に収束して溜まっているんだ。言い換えれば、あの島は人界と魔界のちょうど真ん中――世界の中心と言って良い場所だ」
「へー、そんな場所があったのか……あそこなら契約者がいない精霊でも自由に活動できそうだね」
真羅の説明に対して、レイルシアは珍しくすんなりと理解する。
神代に比べて霊力が薄くなった現代において、精霊たちは世界の魔力が少ない場所での活動が困難になってしまう。
しかし、霊脈に沿って世界の魔力が集まっているあの島ならば、精霊たちは問題なく活動することできる。
「霊脈の収束地があることは想定していた。そこに行けば、闇の精霊たちが魔神復活に向けて何らかの儀式を行っていると思ったが……外れだったな」
精霊が自由に活動できるということは、闇の精霊たちが悪巧みするには絶好の場所でもあるということだ。
真羅はこの場で闇の精霊たちが儀式を行っていると想定していたが、実際は誰もおらず、何かをしていた痕跡すらなかった。
「怪しげなことが行われていないなら、それは良い事じゃないの?」
「まあ、そうなんだけどね……取り敢えず、レイルシアも憶えておく良いよ」
真羅はライドの鞍の上で、背後にいるレイルシアの方に向き直る。
「あの霊脈の収束地は、何か魔術的な儀式をするのに最適な場所なんだ。もしそんな場所が必要になったら、あの島を使うと良いよ」
元々、霊脈と魔術儀式は密接に関わってくる。
霊脈とは世界の魔力が流れる道であり、霊脈を利用すれば、人間の魔力だけでは成し得ない魔術も行使することが可能になる。
魔術師の拠点というのは、その霊脈に沿って造られることが大半であり、魔術師たちは世界の魔力を利用して研究を行うのだ。
精霊という高位存在であるレイルシアが、わざわざ魔術儀式を行うとは思えないが、真羅は一応アドバイスとして教えることにした。
「ふーん」
案の定、レイルシアからは興味なさげな反応が返ってくる。
「まあ、頭の片隅にでも置いといてくれ」
真羅としても、闇の精霊たちがいない以上、現状この場に用はない。
「さて、魔界に行こうか。ライド!」
真羅が手綱を扱くと、それに反応したランドが加速する。
彼らは再び黒い風となり、高速で海を駆けるのだった。
「おっ、魔界が見えたぞ」
大陸が見えてくると、真羅は手綱を絞ってライドを減速させる。
魔界の最北端には魔人族が築いた港があり、どうやらここを拠点に人界への侵攻を行っていたようだ。
「あの港には魔人族が結構いるな……ここからはライドから降りて、隠れてゆっくり飛んで行こう」
「分かったよ」
「お疲れ、ライド」
二人がライドから降りると、真羅は彼に労いの言葉をかけて戻す。
「よし、今から簡単な認識阻害の術をかけるから、堂々と正面から行こう」
「大丈夫? 魔人族には魔力が強い者も多いし、見つかっちゃう可能性があるんじゃない?」
真羅の魔術に関しては信頼しているが、簡単な術では魔人族に見つかってしまうのではないかと、レイルシアは不安を口にする。
しかし、それを聞いた真羅は、なぜか不敵な笑みを浮かべた。
「それなら好都合。そんなに強い奴がいるなら、負かして道案内でもさせれば良い」
「……なるべく、争い事は避けてほしいかな」
闘り合う気満々の真羅を見て、レイルシアの顔が呆れるように引きつる。
「穏便には済ませるつもりだよ……まあ、あそこにはそんなに強い魔力を感じないがな」
真羅の探知能力は、あの港全域を捉えており、彼の能力で見た限り魔将のように力の強い者は確認できなかった。
「俺の探知にも引っ掛からないほど、魔力の制御に長けている奴がいたら、間違いなく魔将以上の技量を持っている。是非とも術比べをしたいな」
正直、今まで出会った魔将には、これと言って驚かされるような事はなかった。
シャルアのシンプル過ぎる魔拳とその膂力に驚いたぐらいで、術に関して驚いた事はこの世界に来てから無いのだ。
「取り敢えず、行こう。極力戦闘は避けるようにするよ」
「本当にお願いね。意味のない戦闘はやめてよ?」
レイルシアの言葉を尊重して、真羅はなるべく戦いを避けることに決める。
真羅自身もむやみやたらに殺生するのは良しとしていないし、生贄も好んでいない。必要とあらば殺害もやむを得ないが、積極的に行うわけではないのだ。
真羅が認識阻害の魔術をかけたため、二人は堂々と正面から港に侵入する。
「慌ただしいな」
魔界の港では、魔人族が慌ただしく動いていた。
「何かあったのかな?」
何やら緊急事態が発生しているようで、レイルシアがその様子を不思議そうに眺めている。
その様子を見た真羅は、呆れながら肩を竦める。
「何かあったって……人界に侵攻していた軍が壊滅したんだ。まだ状況は把握出来てないだろうけど、連絡が途絶えたんだから、そりゃ慌てるだろ?」
真羅が耳を強化して澄ませると、魔人族たちは「魔将たちと連絡が途絶えた!」とか「魔国に連絡を取らなければ!」など、突如として魔将や侵攻軍との連絡がつかなくなったために慌てているようだった。
「それもそうだね。魔王の居場所はどこなのかな?」
「そんなの直接聞いてみればいいだろ? ちょうど良さげなのかいるぞ」
真羅は何かを見つけたようで物陰を指差す。
指差す先には、一人の魔人族の兵士が物陰で眠りこけており、この状況に気付いていないのか、穏やかそうな寝息を立てていた。
真羅はゆっくりとその者の背後に降り立つと、兵士の頭に手をかざす。
「ふむ……」
魔術によって真羅は兵士の記憶を読み取ると、特に危害を加えることもなく、レイルシアの元へ戻る。
「闇の精霊については分からなかったが、魔王の居場所が分かったぞ」
「魔王の居場所って……まさか、戦うつもり?」
闇の精霊ではなく、魔王の情報を仕入れて来た真羅に対し、レイルシアは訝しむような視線を向ける。
「いやいや、俺は別に戦闘狂じゃないんだ。意味も無い戦いはしないよ。もし仮に戦ってしまったら、それはそれでアスタロトの思い通りになっちゃうし……」
謂れのない疑いをかけられた真羅は、首を横に振って否定する。
暗黒の精霊アスタロトは、魔王を障害だと言っており、もし彼が魔王を倒してしまったら、彼女の思うつぼである。
「さすがにそのくらいの分別はあるんだね」
「レイルシアは俺の事を何だと思ってるんだ……これまでに無益な戦いはした事が無いぞ?」
「ほんとー?」
レイルシアの訝しげな視線が強くなる。
「じゃあなんでタロウを魔物にしたの?」
「だって、レイルシアが助けて欲しいって……」
「助けてないじゃん! 余計な争いを起こしただけだよ!」
「……」
レイルシアの指摘に対して、真羅は何も言い返せなくなる。
あれは進化の魔宝の力を試す目的もあったが、対象が別に太郎である必要は全くない。
力を得る目的で味方を裏切るような人間に魔術を使いたくなかったために、進化の魔宝を使用したのだが、その結果として無用な戦いが発生することは簡単に予想できたはずだ。
完全に無益な戦いだったし、周囲への被害も大きい。
「まあ、絶対とは言えないけど、今後は気を付けるよ……それよりも、魔王のいる国は、あの山の向こうにあるみたいだ」
真羅は誤魔化すように話題を変えると、港の北側を指差す。
「魔界には小さな村や集落は幾つかあるみたいだが、国と呼べるのは一つみたいで、その魔王の治める魔国があの裏にあるようだ」
「あの大きい山の裏側かー……歩いて登ると大変そうだね」
真羅が得た情報に対して、レイルシアが率直な感想を口にする。
魔界には、人界よりも強力な魔物が跋扈している。そんな魔界にある山を越えるのは、通称の登山よりも遥かに難易度高い。
「ああ、歩いて行ったらな。でも俺達は飛べるんだ。飛んで行けば簡単に着くだろ。まあ、本来は迂回して通るみたいだけどね」
空中を移動できる二人にとって、山は大した障害ではない。魔国の魔人族たちは、危険な魔物が生息している山を迂回して通るのが常識のようだが、この魔術師と精霊にその常識は当てはまらない。
「それなら空を飛んでる魔物に注意だね」
「ああ、でも認識阻害が魔物にも効くから、大した問題じゃないよ」
「そっか。じゃあ簡単に魔国とやらに着きそうだね。とりあえず、着いたら闇の精霊について情報を集めよう。絶対この魔界で何か悪さをしてるはずだから」
「だな」
レイルシアの出した提案に、真羅は適当な返事で同意する。
魔国に着けば、闇の精霊や魔神についての情報を得ることができるかもしれない。
そもそも魔人族とは、闇の精霊と魔神の影響を受けて誕生した種族だ。彼らならば人間よりも闇の精霊について詳しい可能性が高い。
「ライドに乗れば直ぐに着くけど……今回はやめておこう」
「ん? どうして?」
「何か嫌な予感がするんだよ……慎重に行った方が良いかも」
真羅の勘が何やら不吉な未来を暗示している。
魔術師である彼の勘や直感は、通常のものと異なりほぼ完璧な精度を誇る。
その勘が嫌な予感を告げている以上は、何らかの問題に直面する可能性が高い。
「乗り越えられない壁は無い。敵がいるなら突破すれば良いだけだ」
「無用な戦いは避けてと何度も言ってるでしょ?」
「それが闇の精霊でもか?」
「……」
真羅の放った言葉に、今度はレイルシアが黙り込んでしまう。
この世界に来てから今までに彼が感じた不吉な予感は、皆挙って闇の精霊関係だ。今回も闇の精霊が絡んでいる可能性も否定できない。
「まあ、何も無い事に越した事はないからな。一応、心の片隅ぐらいに留めておいてくれ」
「……分かったよ……ボクも強くはなったし、もうそう簡単に後れを取るつもりはないからね」
真羅の勘が優れていることは、古代の遺跡で証明済みだ。当の真羅はそこまで気にしてはいないが、レイルシアは彼の勘を信じて気合を入れ直す。
「まあ、光に耐性があるアスタロトなら兎も角、今のレイルシアはそう簡単に負けないか……」
暗黒の精霊アスタロトが光の力に耐性を持っていたことは、真羅も想定外だったが、今のパワーアップしたレイルシアならば、闇の高位精霊が相手でもそう簡単に後れは取らないだろう。
魔力を滾らしているレイルシアを見て、真羅もまた自身の状態を確認する。
精霊の力が宿った温泉に浸かったことで、魔力は完全に回復している。今の状態ならば、精霊たちを使わなかったとしても、たかが闇の精霊ごときに負けはしない。
「問題は無しっと……じゃあ、魔国に向けて出発だ」
「うん! 行こう!」
二人は万全の状態である事を確認すると、魔国を目指して移動を開始するのだった。




