呪われた地
かつてこの世界にあったのは、たった一つの大陸だった。
しかしその大陸は、光の女神と闇の魔神たちの戦いで真っ二つに割れ、敗れた魔神を封印したその大陸の片割れは“魔界”と呼ばれるようになった。
魔界――魔神によって呪われた地。
女神の光たる太陽を拒み、空には常に暗雲が立ち込めており、その恵みを受け取れない不毛な土地。
だが、そこに住まう者たちは人界の者よりも強靭であり、過酷なこの地でも懸命に生きている。
そこに住まう人々――彼らは魔人族と呼ばれ、人界では魔物の一種のように考えられているが、それは間違っている。
彼らは魔界に流れ着いた人間が、闇の精霊と魔神の影響を受けて変質した人類であり、過酷な魔界に適応して他の人類種よりも強力な力を持っていた。
魔力も身体能力も人間を遥かに凌駕しているが、その分繫殖能力が低く個体数は少ない。
そんな彼らは古から目指し、欲している。
豊かな土地を、緑溢れる自然を、光の恩恵たる太陽の恵みを。
そのため彼らは古代より、虎視眈々と人界を狙っていた。
光の届かぬ暗雲の下、魔国と呼ばれるその場所に、その城は佇んでいた。
魔王城、最上階――魔王の間。
垂れ下がる薄布の向こう。その者は玉座に腰掛けていた。
布のせいで影しか見えないが、頭部に生えた鬼のような二本の角から、人間ではないことが分かる。
玉座の前に一人の魔人族の男が片膝を着き跪いていた。
エルフ族と並び長寿である魔人族故に、正確な年齢は分からないが、その者は人間で言う五十代ぐらいの壮年の見た目をしており、漆黒のローブを纏ったいかにも魔法使いという風貌をしていた。
「人界にいる魔将たちが、人間族の国――ノーテット帝国に総攻撃をかけました」
「……」
玉座の主から返答はないが、魔法使いの男はそのまま報告を続ける。
「“魔物使い”ゾルダンの使役する魔物は強力です。“付与術師”アンバー、“暗黒騎士”ランスロットも参戦しておりますので、間もなく攻め落とせるでしょう」
「……」
玉座の主は何も答えない。
「“赤腕の拳闘士”シャルアにつきましては、やはり、例の救世主とやらに討たれたようです」
「……」
やはり、玉座の主は口を開かない。
「報告は以上になります」
「……」
男が報告を終えても、玉座の主は何の反応も示さない。
「私はこれにて失礼致します」
男は礼儀正しく頭を垂れると、そのままこの場を後にした。
「……」
一人になっても、玉座の主は黙ったままだった。
しばらくの間、この場を沈黙が支配していたが、玉座の主がその沈黙を破って徐に口を開く。
「――つまらん」
放たれた言葉は不満だった。
「救世主とやらが力を持っていたとしたも――」
影の双眸が輝く。
「――余に敵う者などいるはずもない……」
その言葉には絶対の自信――ではなく、悲哀が籠っていた。
「……」
玉座の主は再び口を閉じ、この場を沈黙が包むのだった。
「陛下は一体何をお考えになっているのか……」
魔王の間を出た魔法使いの男が独り言つ。
現魔王は、父親である先代魔王を殺して今の地位を得ている。
魔人族というのは、古代より人界の支配を目指していたが、海に隔たれているために長い間それを実行に移す事ができなかった。
航海技術の発展、それと魔物の使役の成功によって、人界への侵攻の準備が整い、ついに先代魔王は人界侵略を実行に移した。
魔人族の快進撃は凄まじく、瞬く間に人界の四分の一を侵略した。
しかし、その後に事件が起こる。
若い魔人族――魔王の子がたった一人で父親である魔王に反抗し、その側近共々討ち取ってしまったのだ。
これにより魔界だけでなく、人界に侵攻していた軍を含めて大混乱を招き、人界の侵攻は中止され、侵攻中の軍は一時撤退することになった。
そして、魔王の子は、自らが魔王と名乗ると、その玉座に着いた。
「余が新たなる魔王だ……文句があるヤツは来い。即座に消してやる」
そう宣言した。
先代魔王に忠誠を誓っていた一部の魔人族が敵討ちを行うとしたが、その反乱は数秒で鎮圧された。
新たなる魔王は、反逆者をその圧倒的な力で皆殺しにしたのだ。
この一件によって、新たなる魔王に反抗的な者はいなくなった。
その後、魔王は全軍にこう命じた。
「人界に生きとし生きるモノ全てを一切の例外なく皆殺しにしろ」
この命令に対して、魔人族たちは大変混乱した。
先代魔王の侵攻の目的は、人界の豊かな資源と労働力の確保だ。
資源は当然だが、人間族や亜人族も、数が少ない魔人族にとっては重要な労働力になる。
現に今まで支配した土地に住まう人々は、皆奴隷として魔界に連れ帰っていた。
しかし、それを良しとしなかった魔王は、その連れて来た奴隷たちを皆殺しにした。
反発した魔人族の市民と共に。
今までは労働力として奴隷は重宝されていたため、突如としてそれを取り上げられることに反発した戦闘員ではない一般市民がいたのだが、魔王はその者たちを奴隷ごと自らの手で消滅させてしまったのだ。
これには一般魔人族だけでなく、軍の者まで驚愕した。
しかし、誰も魔王の行いを否定することはできなかった。
現魔王は反発する者に対して、一切の容赦がないからだ。
魔王は力と恐怖で魔界を支配していた。
この魔法使いの男は、魔王軍の幹部なのだが、そんな彼でも魔王の真意は分かっていなかった。
「いや……陛下のお心など私ごときに理解できるわけがない……」
魔法使いの男は考えるのをやめる。
考えたところで理解はできないし、魔王の機嫌を損ねれば、自身も始末されてしまう。
「誰か……陛下に理解者がいればよいのだが……」
男は再び独り言つと、自身の持ち場へと戻るのだった。




