吸血鬼 VS 地天
魔王城、大地の間。
四天王の一人が守護するその場所に、侵入者が現れる。
「おじゃましまーす!」
無邪気で陽気な挨拶が、大地の間に響く。
現れたのは一人の少女。
妖しげに輝く真紅の瞳を持つ、精巧な人形のように美しい少女。
「何者だ?」
大地の間の中心に佇んでいた魔人族の少年――四天王の一人は静かに口を開く。
「ボク? ボクはアンヤ。よろしくね!」
大凡侵入してきた者とは思えない明るい声の少女――アンヤは優雅にお辞儀をする。
「襲撃者がいると聞いていたが、おまえみたいな少女だったとはな……」
この場の守護を任されていた少年は、襲撃者の詳細は聞いておらず、アンヤの姿を見て、予想外だったと驚きの声を漏らす。
「えっ? ボク、男だよ?」
「え?」
衝撃のカミングアウトに、少年は困惑した声を漏らしてしまう。
アンヤは少女のような見た目をしているが、実は男型の精霊である。
その容姿から少女と見間違われることが多いが、彼は少年である。要は、男の娘なのだ。
「そうか……それは悪かったな」
「いいよー。よく間違えられるから」
言葉とは裏腹に、アンヤは頬を膨らませて可愛らしく拗ねていた。
その様は可憐な少女にしか見えない。
「まあいい。女であれ、男であれ、侵入者は排除するだけだ」
少年は気持ちを切り替えるように魔力を滾らす。
「おいらは四天王の一角! “地天”のガイアス! この大地の間は、おいらの結界で完全に塞がれている! 上の階に行くことも、逃げることもできない!」
「ん? 上の階への扉、開いてるよ?」
「へ?」
魔人族の少年――ガイアスは、アンヤが指差した背後の扉を見る。
すると、なぜか扉が開いていた。
「なぜ!? おいらの魔法で完全に封鎖していたはずなのに!?」
ガイアスは困惑する。
上の階へと続く扉は結界によって完璧に閉じていたはずだ。それが開いているのはおかしい。
「ぷー、くすくす」
困惑しているガイアスを見て、アンヤは愉快そうに笑う。
「おまえの仕業か!?」
「違うよー」
ガイアスが問い質すも、アンヤは即答で否定する。
「理由は知ってるけどね。でも君の相手はボクだよ」
アンヤは笑みを浮かべたまま魔力を高め、戦闘態勢に移行する。
「ふん! 侵入者がおまえ一人なら、おまえを倒せば全て片付く!」
ガイアスは取り出した魔導品の短剣を地面に突き刺す。
「――――ロックプレス!」
アンヤの左右に巨大な岩石が隆起する。
「潰れろ!」
ガイアスの声に呼応するように、二つの岩石は万力のようにアンヤを挟み潰す。
「おー、容赦ないね」
しかし、アンヤは何事もなかったかのように岩の背後からひょこっと顔を出す。
「うまく逃れたか! だが!」
ガイアスは地面から短剣を引き抜き、その切っ先をアンヤに向ける。
「――――ストーンバレット!」
呪文と共に無数の石礫を生成され、ガイアスが短剣を振るとそれが一斉に放たれる。
「今度は多いね」
飛んでくる石礫を、アンヤは笑みを浮かべたまま最小限の動きで回避していく。
「何ッ!?」
避けられるとは思っていなかったのか、ガイアスが驚きの声を上げる。
「君は土属性魔法が得意なんだね。流石は“地天”と名乗るだけはあるね」
「くっ! バカにして!」
余裕の笑みを浮かべるアンヤだが、ガイアスはそれを自身を嘲っていると捉えてしまい、怒りが込み上げてくる。
「小手調べは終わりだッ!」
怒気と共にガイアスの魔力が高まる。
「やっと本気を出すの? 遅くない? ボクが本気ならもう終わってたよ?」
「黙れッ!」
「何を怒ってるの?」
怒り心頭のガイアスに対し、アンヤは彼の心中を理解できず、可愛らしく首を傾げてしまう。
「――大地よ! 刺し穿て! ――――グランドランス!」
顕言に呼応して、地面が尖り、無数の槍のような形になってアンヤに襲い掛かる。
「――黒霧幻想」
しかし、大地の槍は全てアンヤをすり抜けてしまう。
「幻か! 本体はどこに!?」
ガイアスは目の前のアンヤが幻だと考え、探るように周囲を見渡す。
「残念だけど本物だよ!」
ガイアスが自身から目を逸らした隙に、アンヤはその指先に魔力を集中させる。
「――吸血眷属」
アンヤの指先から赤黒い蝙蝠の群れが出現する。
「なんだ!?」
現れた蝙蝠の群れはガイアスに纏わりつくと、その鋭い牙で噛みついてくる。
「こいつら! 血を吸ってやがる!」
次々と纏わりつく“吸血眷属”に襲われ続けるガイアスは、短剣でその蝙蝠たちを斬り裂こうとするも、幻のようにすり抜けてしまい倒すことができなった。
「ちっ! ならば! まとめて吹き飛ばす! ――吹き荒れろ! ――――サンドストーム!!」
斬撃の効果が薄いことを理解したガイアスは、自身の周囲に砂嵐を起こして蝙蝠を吹き飛ばす。
「これで本体を! ――ヤツはどこに?」
蝙蝠を一掃することができたが、肝心のアンヤの姿が消えていた。
「こっち、こっち」
背後から声が響いてきたため、ガイアスが振り返ると、その頬に陶器のように美しく細い指が食い込んだ。
「やーい、引っ掛かった!」
それはアンヤの指であり、彼は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべていた。
「ちっ!」
遊ばれていると覚ったガイアスは、舌打ちをしながら短剣を振るうも、アンヤはその背に蝙蝠のような翼を生やして上空へと逃れてしまう。
「どこを狙ってるの?」
「くそ! 逃さん! ――――デザートグラディウス!」
笑みを崩さないアンヤに対し、ガイアスは追撃の魔法を放つ。
地面から砂を圧縮した巨大な刃を形成し、アンヤに向かって放つ。
しかし――
「――えい!」
アンヤがその手を軽く振るうと、小さいが鋭いその爪で砂の巨剣を切り裂いてしまう。
「これでもダメか! ならば、最大の魔法をぶつけてやる!」
アンヤには上級魔法すら全く通じなかったため、ガイアスは自身の最大の魔法を披露する決意をする。
「――大地よ! 隆起し山となり、落ちよ!」
短く切り詰めた詠唱。だが、その籠められた魔力は並大抵ではない。
大地の間の天井を覆うように巨大な岩石――いや、小さいが山と呼べる規模の大きさの物が形成される。
「くらえ! 最大規模の魔法だ! ――――マウンテンクラッシュ!!」
山が落ちる。
「もはや逃げ場はない。おいらと共に埋まってしまえ!」
ガイアスは自身諸共にアンヤは圧殺するつもりだ。
侵入者の排除に失敗すれば、自身は処刑される可能性が高い。
そのため、死なば諸共という壮絶な覚悟で、この魔法は放たれている。
「自分ごとかー。思い切ったね」
しかし、アンヤは笑みを浮かべたままだが、その様子はどこか諦めたようにも見える。
「そのムカつく笑みを消してやるッ!」
山がこの大地の間の全てを押し潰す。
凄まじい衝撃の後、しばらくの間沈黙が続く。
「おらッ!!」
沈黙を破り、魔法で身体能力を強化したガイアスが、落ちた山を砕きながら這い出て来る。
「はあ、はあっ。終わった」
最大の魔法を使用し、大半の魔力を消耗したガイアスは息を切らしながら膝を着く。
「ふん! こうなってしまえばもはや助からないだろ!」
勝利を確信したガイアスは、拳を振り上げ宣言する。
「おいらの勝ちだ!!」
勝利の雄叫びが大地の間に響く。
だが、しかし――
「――いただきます」
ガイアスは首筋に鋭い痛みを感じる。
「ぐっ!? おまえは!?」
首を動かすことができなかったガイアスは、目だけを動かして横を見ると、そこにはアンヤが自身の首筋に噛みついていた。
「あは、油断したね」
アンヤはその可憐な口には不釣り合いな鋭い牙で、ガイアスの血を吸う。
「あっ、あっ、あ!?」
ガイアスは痛みとは異なる、感じたことのない快感に困惑する。
「痛みはないよ。むしろ、心地良いでしょ?」
「あっ!?」
アンヤに問いに対し、ガイアスは言葉を返すことができなかった。
彼は自身を襲う快楽から逃れようとするが、身体が全く言うことを聞かなかった。
「君の負けだよ。お休み」
「あっ――」
ガイアスは意識を失った。
それと同時にこの戦いの勝者が決まる。
「ボクの勝ちだね」
アンヤが少女のような可愛らしい笑みを浮かべて勝利を宣言する。
アンヤの正体。彼の幻血は、吸血鬼。その“真祖”である。
――【幻血覚醒・真祖の吸血鬼】
それがアンヤの魔術としての名である。
真祖とは、吸血鬼の始祖であり、世界中に存在する人の血を吸う怪物の起源である。
人間の血を吸う異形の怪物は、ヨーロッパの伝わるヴァンパイアが有名だが、その伝説が広まる遥か前から吸血鬼の話は伝わっている。メソポタミア神話や中国神話、ギリシャ神話など世界中のあらゆる伝説や神話には、闇に紛れて生き血を啜る怪物――吸血鬼が存在すると伝わっている。
真祖の吸血鬼とは、その始まりの存在であり、全ての吸血鬼の起源たる存在だ。
あらゆる吸血鬼の伝説に伝わる能力を兼ね備え、なおかつ、それらの弱点は持ち合わせない。それが真祖の吸血鬼。
吸血した相手を眷属にしたり、身体を自在に霧に変えたり、闇の眷属を生み出したりと、その能力は非常に多岐に渡る。
そのうえ、吸血鬼の有名な弱点である十字架は効かないし、心臓に杭を打ち込んでも死なないし、太陽の光の下でも平然と活動できる。
そんな完全なる吸血鬼が真祖であり、アンヤである。
先ほどのガイアスの魔法も、能力の一つである霧化によって躱しており、全くのノーダメージであった。
はっきり言って、魔人族の四天王とはいえ、人ごときが勝てるような存在ではないのだ。
「うーん、つまんなかったけど、まあいいっか!」
何の手応えも感じない勝利だったが、アンヤはパッと明るい笑みを浮かべる。
「これで真羅に褒めてもらえる!」
真祖の吸血鬼とはいえ、彼は魔霊であることに変わりない。
真羅に尽くすことが至上の喜びであり、彼の命令を遂行することが使命だ。
そんな使命を果たしたアンヤは、真羅に褒められること想像してにやけるのであった。




