不死鳥 VS 炎天
魔王城、火炎の間。
「わたしの相手はアンタ?」
可憐さと美しさが両立した紅金の髪の少女――リンネは、不敵な笑みを浮かべて、目の前にいる魔人族の男に尋ねる。
「はっ、ナマイキなガキが!」
男の年齢は魔人族故に正確には分からないが、見た目は人間でいう四十歳後半の中年の姿をしており、筋骨隆々の大柄な体格をしている。
自身の身体に匹敵する巨大な戦斧を担ぎながら、好戦的な笑みを湛えた男は、リンネの艶やかな肢体を舐めるように見渡す。
ちなみに今回、リンネはちゃんと服を着ており、翼は隠している。
「テメエみたいなのに負けるなんて、ガイアスの小僧も情けねえ! 所詮、ヤツは四天王最弱の新参者! 俺様たちと肩を並べるなんざ、荷が重すぎたか!」
男はリンネがガイアスを倒してきたと思っているが、彼女はガイアスをアンヤに任せて先に進んできている。
この時点ではまだガイアスはやられてはいないのだ。
「おっと名乗ってなかったな。俺様は四天王が一人! “炎天”のファミック!」
四天王の一角、炎天ファミックは名乗ると、その巨大な戦斧を片手で持って構える。
「名乗るもんなの? じゃあ、一応名乗っておくよ――わたしは六血の一角、リンネ。別に覚えなくていいよ」
相手に興味がないリンネは、どうでも良さそうに名乗る。
「ろっけつ? なんじゃそりゃ?」
「さあ? なんだろうね?」
リンネはファミックの疑問を適当にはぐらかすと、その燃え盛るような魔力を滾らせる。
「これから死ぬヤツは知らなくていいよ」
リンネはつまらなそうに発言するが、この言葉は本心からのものであり、相手を挑発する意図はない。
「ほざけ!」
リンネの言葉を挑発を受け取ったファミックは、魔力を高めて呪文を唱える。
「――紅蓮のマグマよ! 我が斧に宿れ! ――――エンチャント・ボルケーノ!」
ファミックの戦斧がマグマのように煮えたぎる。
どうやら魔導品のようで、斧が溶ける様子はないが、凄まじい熱を帯びている。
「その華奢な身体! 俺様の斧で焼き切ってやる!」
ファミックは戦斧を大きく振りかぶると、そのまま床を蹴ってリンネに襲い掛かる。
「くたばれ!」
ファミックはリンネに接近すると、その巨大な戦斧を彼女に目掛けて振り下ろす。
戦斧は彼の狙い通りにリンネを捉え、彼女は肩から腰にかけてざっくりと切り裂かれてしまう。
しかし――
「――うーん。違うな」
胴体を切り裂かれたのにも拘らず、リンネは何事もなかったように平然としていた。
切り裂かれた切り口は、付与された魔法の効果によって燃え盛っているが、リンネは全く気にせず不満げに首を傾げているのだ。
「はっ! その痩せ我慢、いつまで続くかな!」
平然としているリンネを、ただの痩せ我慢だと決めつけたファミックは再び戦斧を構え、彼女に向かって斬り掛かる。
「遅いな」
しかし、リンネは襲い掛かる戦斧の刃を、片手の親指と人差し指の二本で容易く掴み取ってしまう。
「なに!?」
必殺の一撃を簡単に掴み取られたため、ファミックは驚愕の声を上げる。
「バカなッ!? 俺様の一撃を素手でだと!? そもそも灼熱の斧を掴んで無傷のはずは!?」
「ぬるいなー」
リンネが軽く戦斧を押すと、ファミックは吹き飛ばされるように大きく後退する。
「くっ、なんて力だ!? あんな細腕なのに!」
力には自信があったファミックは、自身を片手で押し返したリンネの膂力に驚く。
だが、彼の四天王の一角、相当の手練れであり、すぐに体勢を整えて戦斧を構える。
「これならどうだ! ――力よ! 湧き上がれ! ――――ハイフォースアップ!!」
ファミックは身体能力強化の魔法を行使すると、戦斧を振りかぶり、リンネに向かって突進する。
「真っ二つにしてやる!!」
ファミックの魔法で強化された渾身の一撃がリンネに襲い掛かるが、彼女は落ち着いて人差し指を突き出す。
炎の戦斧とリンネの細い指が激突する。
結果は――
「かるいなー」
――リンネの指が、ファミックの戦斧を簡単に受け止めてしまった。
「ウソだろッ!?」
自身の一撃を、非力そうな少女の細指に防がれてしまったファミックは、目の前の事実に驚愕して固まってしまう。
その隙にリンネはファミックの腹に軽く蹴りを入れる。
「――グボッ!?」
その蹴りはリンネからすれば小突いた程度であったが、ファミックにとっては今までに感じたことがないほどの衝撃だった。
蹴り飛ばされたファミックは、受け身を取ることすらままならず、背後の壁に激突して小さなクレーターを作る。
「――カハッ!!」
内臓を深く損傷したファミックは、壁に磔にされたまま吐血する。
「バ、バカな!?」
魔人族故の強靭な身体によって命こそ無事だったが、常人ならば即死していてもおかしくはないダメージだ。
その点はさすがは四天王と言えるだろう。
「もう終わり?」
壁から剥がれて地面に崩れ落ちるファミックを見て、リンネは心底つまらなそうに尋ねる。
本人もまさか四天王と呼ばれるほどの者が、こんなあっさりと戦闘不能になるとは想定外のことである。
「この程度で終わるわけがないだろ!!」
しかし、ファミックは四天王の一角。魔界でも有数の実力者である。
彼は激痛を無視して気合で立ち上がると、回復魔法で自身を治療する。
リンネはそれを妨害するなく黙って見守る。
「追撃しねーとはな……俺様を嘗めてるな……」
余裕綽々の様子のリンネを見て、ファミックは怒りが込み上げてくる。
先代魔王の時代から四天王を務め、魔王軍においても古株であるファミックとって、主である魔王以外に見下されるのは久々のことであった。
「……もう、容赦しねー」
ファミックは怒りと共に、自身の魔力を滾らせる。
「本気で仕留めてやる……」
業火の如く燃え上がる魔力。
ここからは本番だとばかりに、ファミックは怒りに任せて魔力を爆発させる。
「それが本気? 今更って感じだけど……まあ、いいや」
リンネは落ちていた戦斧をファミックの足元に向かって蹴飛ばす。
しかし、ファミックがそれを手にすることはなかった。
「斧。いらんの?」
「……ああ、俺様の本領は魔法にある。もう斧はいらん」
「あっそ。別にどうでもいいけど」
リンネは興味なさげに棒立ちになる。
「俺様を本気にさせたこと! 後悔させてやるッ!!」
余裕の態度を崩さないリンネに対して、更なる怒りを滾らせたファミックは、彼女に向かって腕を突き出す。
「――地獄の業火よ! 全てを焼き尽くせ! ――――インフェルノバーン!!」
顕言と共に、巨大な業火が現れる。
「灰になれ!!」
怒声と共に、地獄の業火が放たれる。
「灰ねぇ」
業火を前にしてもリンネの表情は変わらず、つまらなそうな顔で棒立ちをしており、そのまま炎に吞み込まれてしまう。
「ハッ! ざまあねえ!」
必殺の魔法を真面に喰らったのを見て、ファミックは勝利を確信する。
「小娘が! 俺様を嘗めるからこうなる! ぎゃはははっ!」
ファミックが高笑いをしている間にも、炎は更に燃え上がっていき、次第にリンネの姿が見えなくなっていった。
「これじゃ、灰ものこらねーか! ハハハハッ!」
リンネが完全に燃え尽きたと判断したファミックは愉快気に嗤う。
「これで少しは溜飲が下がったぜ……だが、よく考えたら、あの小娘…かなりエロい体してたな」
ファミックは嗤いながらも、リンネの魅惑的な体つきを思い返し、勿体ないことをしたと少し後悔する。
「まぁ、どのみち侵入者は始末しないと、俺様が陛下に殺されちまうか……あの小娘の未来は初めから決まっていたってことか……だが報告は必要だな」
ファミックは無理やり納得すると、自身の使命を思い出し、魔王への報告のために次の階へ繋がる扉の方に向き直る。
「なっ!?」
その時、ファミックは驚愕する。
彼の視線の先には、自身の魔法で封じたはずの扉が、なぜが開いていたのだ。
「なんでだ!? 俺様の結界は、俺様と陛下以外には解けないはず! なんで開いているんだ!?」
想定外の事態にファミックが困惑していると、彼の背後の業火が不自然に揺らめく。
「うーん……やっぱ、燃えないな」
炎の中から子鳥が鳴くような可憐な声が響く。
「今度はなんだ!?」
ファミックの困惑が増す中、炎の中に人影が浮かぶ。
「火力も弱いが、それが問題じゃないな……」
炎の中から無傷――いや、業火に包まれ燃え上がっている状態のリンネが平然と出て来る。
「やっぱり、真羅に嬲ってもらわないと燃えないわな」
リンネは生粋のマゾだが、それは主である真羅に対してだけであり、他の人物に嬲られてたとしても快感を覚えられない。
今回、初めて真羅以外の人に攻撃されたのだが、リンネは何も感じなかった。
というより、全ての攻撃に関して全くのダメージを感じなかった。
四天王などという御大層な肩書を名乗っていたため、多少は期待していたのだが、正直完全な期待外れである。
「なぜ!? 全身を焼かれて生きている!?」
リンネが残念そうに溜息を吐いていると、絶賛困惑中のファミックが問い質してくる。
「こんなちんけな火で? 死ぬわけないじゃん! 馬鹿なの? はあー」
リンネは心底呆れるように再び溜息を吐く。
リンネの正体は、不死鳥の幻血。
――【幻血覚醒・不死鳥】
それがリンネの魔術としての名である。
――不死鳥。
ヨーロッパに伝わるフェニックス、古代エジプトのベンヌ、日本における火の鳥。世界各地に伝説として伝わる不死の鳥。
死しても再び蘇る「死と再生」の象徴。
それがリンネであり、どんなに傷付こうとも、炎と共に蘇る、不死身の怪鳥。
幾ら燃やしたとしても、炎と共に再生してしまう。
そんな彼女を火属性魔法で倒そうなど、どう考えても不可能なことだ。
「もういいよ……厭きた」
全身が燃え上がっているも、内心は完全に冷めきってしまったリンネは徐に歩き出す。
「ひ、ひい」
その様を見たファミックは恐怖により身動きが取れなくなる。
彼は自身の魔法に絶対の自信を持っており、それが全く通用しないなど初めての経験だった。
リンネは静かにファミック前まで歩いて来ると、その手を彼の肩に置く。
すると、炎が意志を持ったように燃え移る。
「返すよ。この温いの」
そう言うと、リンネを覆っていた炎が全てファミックに移動する。
「ぎょええええええええええッ!!!!!!!」
全身を炎で包まれたファミックは絶叫する。
しばらくの間、のた打ち回っていたファミックだが、次第に力尽き、炎が燃え尽きる頃には完全に意識を失い、全身大火傷の大惨事になっていた。
「はあー」
その情けない姿を一瞥したリンネは、三度溜息を吐く。
「わたしの勝ち……本当につまらなかった……でもいいか。後で真羅に遊んでもらお」
リンネの勝利宣言。
その時の彼女の顔には、勝利の喜びは微塵もなく、この後のご褒美を期待した卑猥な表情が浮かんでいた。




