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九尾の狐 VS 剣天


 魔王城、剣聖の間。


 そこの中央には一人の女性が佇んでいた。


 その女性は艶やかな漆黒の髪を持っており、髪と同じ漆黒の鎧を身に着け、腰には一振りの長剣を携えている。

 彼女は兜だけは身に着けておらず、その頭部に生えた二本の角が、自身が魔人族であることを示している。

 

 その魔人族の女性は、兜を小脇に抱えながら瞑想をしていた。


「……」


 暫しの間、沈黙がこの剣聖の間を支配していたが、それは唐突に破られる。


 ――ギギギッ!


 剣聖の間の入り口の扉が開かれる。


「こんばんは」


 現れたのは、狐耳と九本の尻尾を持つ妖艶な女性。


 魔人族の女性は瞑想を止めて目を開く。


「何者だ?」


 魔人族の女性から鋭い刃のような殺気が放たれる。


「ワタシの名は、ヨウカ」


 しかし、狐耳の女性――ヨウカはその殺気に怯むことなく平然と名乗る。


「ほう。今のをものともせずか。さすがここまで来ただけのことはある」


 ヨウカの様を見た女性は、感心するような笑みを浮かべると、手にしていた兜を身に着ける。


「私も名乗ろうか……我が名はフラハ! この剣聖の間を任された“剣天”フラハである」


 兜を纏い完全武装をしたフラハは、腰に下げた剣を抜刀する。


「アンタ、剣士なのか? じゃあ、ワタシも」


 フラハが剣を抜くのを見ると、ヨウカもそれに対抗するように腰に差した刀を抜く。


「貴様も剣に覚えがあるようだな」


「別に剣士と言う訳じゃないが、多少は使えるよ」


「それは良かった」


 ヨウカが剣を得物にしていることが分かり、フラハは兜の中で楽しげな笑みを浮かべる。


「何が良いんだ?」


 フラハの様子を不審に思ったヨウカは尋ねる。


「そうだな。初めに言っておこう」


 そう言うと、フラハは自身の剣を見せつけるように構える。


「私の剣と鎧はブラックメタル製でな。あらゆる魔法を受け付けない。貴様が魔法使いだった場合は、勝負にならんだろう」


「なるほどな」


 フラハの明かした事実に、ヨウカは顎を撫でながら納得する。


 ブラックメタルとは、この世界にあるアダマンタイト並の強度を持ちながら、魔力を通さない魔力絶縁体の性質を持った神秘金属である。

 魔力を通さず、魔法を弾いてしまう性質があるため、彼女の武装は魔法使いにとっては天敵とも言える代物だろう。


「製造法も加工法も失われたって聞いたが?」


「それは私も知らない。この剣と鎧は、我が一族に伝わる家宝だ」


「そうか。でも良いのか? そんな事を教えて?」


 ヨウカはブラックメタルのことを明かしたフラハを訝しむ。


 もし、ヨウカが魔法使いであった場合、そのことを明かさなければ、彼女はかなり有利に立ち回れ、ヨウカに致命傷を与えられたかもしれない。

 それなのに、なぜ自ら明かしたのか。


「私には剣士として――剣聖としての矜持がある。そんな不意打ち紛いなことはしない!」


「正々堂々ってやつかい? そんな余裕ある?」


 剣士の矜持を理解できないヨウカは、それを侮りだと考え、不機嫌そうに刀を構える。


「貴様が只者でないことは見れば分かる。だからそこ正々堂々勝負したいのだ」


「はっ! 後悔するなよ!」


 話を終わりだとばかりに、ヨウカはフラハに襲い掛かる。


「喰らえ!」


 フラハに接近したヨウカは、その勢いのまま袈裟懸けに斬りつける。


「あまい!」


 しかし、“剣天”フラハはその斬撃をいとも容易く受け止めてしまう。


「へぇ」


 自身の一撃を受け止めたフラハに対し、ヨウカは初めて感心したような表情を浮かべる。


「手応えを全く感じなかった。アンタ、相当の達人みたいだな」


「仮にも“剣聖”の称号をもらっているのでね」

 

 相手が並大抵ではないことを理解したヨウカは、一旦フラハから離れる。


「逃げ腰か? さっきの威勢はどうした?」


 距離を取ったヨウカに対し、フラハは不敵な笑みを湛えて挑発する。


「なーに、こっからさ」


 ヨウカは刀を両手で構え直すと、今度はフラハに向かって力任せの唐竹割りを繰り出す。


「おっと」


 だが、その一撃は最小限の動きで躱されてしまう。


「隙だらけだ!」


 力任せの一撃を躱され、大きな隙を生じてしまったヨウカに、フラハは容赦なく首を狙って斬撃を放つが、これはヨウカの想定通りだった。


「隙なんかねーよ」


 ヨウカは渾身の一撃を放った後とは思えないほど軽やかな動きで刀を返し、フラハの斬撃を打ち払う。


「ほう」


 その常人離れした動きに、フラハは思わず感心してしまう。


「やはり、只者ではないな」


 自身の直感が間違えではないことを確信すると、フラハはヨウカに向かって真正面から斬りつける。


 それに対抗し、ヨウカも剣撃を放ち、激しい斬り結びに発展する。

 

「どうした! この程度か!」


 初めは拮抗していた剣撃だが、次第にヨウカが押されていく。

 

 ヨウカの剣の腕前は真羅に匹敵するが、彼女もまた剣士ではない。そのため、本場の剣の達人を相手にした場合、どうしても一歩劣ってしまう。


「そこだ!」


 攻防の最中、ヨウカが一瞬体勢を崩した隙を見逃さず、フラハは彼女の剣を大きく弾く。


「もらった!」


 フラハの漆黒の剣がヨウカの首に狙いを定める。


 そして、その斬撃は放たれる正にその瞬間、ヨウカの尻尾の一本が動いた。


「――雷尾」


 ヨウカの呟きと共に、尾の先から雷が放たれる。

 

「何!?」


 フラハは驚きつつも、その見事な反射神経で反応し、ブラックメタルの剣で防ごうとする。


 しかし――


「ぐああああああ!!」


 ――雷撃はブラックメタルの剣を伝わり、フラハまで届き感電させる。


「――ばっ、ばかなっ!? ブラックメタルの剣になぜ魔法が!?」


 雷撃を喰らったフラハは、片膝を着きながら困惑の声を上げる。


 魔力絶縁体のブラックメタル製の剣に魔法は通用しないはずである。

 だが、ヨウカの放った雷はブラックメタルを伝わり、フラハにダメージを与えた。


「残念だが、ワタシの雷は魔術ではない」


「何!?」


「そうだな。ワタシも特別に教えてやるか」


 困惑しているフラハを尻目に、ヨウカは自身の九本の尻尾を揺らめかせる。


「ワタシの尾はそれぞれ異なる能力を持っていて、それは魔術とは異なり魔力ではなく、妖力を源としている」


「妖力? 何だそれは?」


 聞き覚えののない言葉に、フラハは思わず問い返す。


「簡単に言うと、妖怪の力だな。魔力とは似て非なるモノだ」


 妖力とは妖怪の源となるエネルギーであり、人類には持ちえない力である。


 しかし、ヨウカの起源は妖怪であり、彼女の宿す幻血は“九尾の狐”である。


 ――【幻血覚醒・九尾の狐】


 白面金毛九尾とも云われる、日本史上最強最悪の妖怪。

 九尾の狐は、中国、インド、日本の三か国をまたにかけ、国を滅ぼし、千人以上の国王を殺害しようとした大妖怪であり、最低でも二千二百年は生きたと云われる妖狐である。

 日本の渡来したのは八世紀頃とされ、平安時代後期には玉藻の前の名で鳥羽上皇に仕え、その命を狙ったが、陰陽師によって正体を暴かれたと伝わっている。

 この玉藻の前は最終的には、那須野――今の栃木に逃げた後に討伐されたものの、自らの亡骸を猛毒を吐き出す殺生石に変え、死後も人々を呪い続けた。


 そんな悪名高い幻血を宿すのがヨウカである。


「別に騎士の決闘じゃあるまいし、能力も妖術も使っても文句はないだろ?」


 ヨウカの言う通り、これは正々堂々とした騎士の決闘ではなく、命を奪い合う殺し合いだ。

 彼女からすれば、剣に拘る理由はない。


「……別に剣での勝負とは言っていない。問題はない……」


 ダメージはあったものの戦闘不能になるほどのものではなかったようで、フラハは若干不満げだが力強く立ち上がる。


 どうやら、彼女は剣での勝負を望んでいたようで、それを破られたことが不満らしい。


「不満そうだな……そんなに剣で殺(や)り合いたいなら――」


 ヨウカが刀を構えると、彼女の九本の尾の先から刃が出て来る。


「――お望み通りしてやるよ」


 手に構えた刀と、尻尾から出た九つの刃の計十刀。

 この十刀流こそが彼女の本来の戦闘スタイルである。


「数ばかり増やしたところで!」


 フラハはヨウカの十刀流をハッタリだと考えて斬り掛かる。


 幾ら刀の数を増やしたところでそれを扱う頭を一つ。これだけの数を自在に操るなど余程の達人でも不可能だろう。


 しかし、彼女はその常識の範囲外にいるモノだ。


 ヨウカは手にした刀で斬撃を受け止めると、九本の尾はそれぞれが意志を持っているかのように動き出し、それぞれが独立しているかのようにフラハに襲い掛かる。


「なんだと!?」


 尻尾たちの連携のとれた攻撃に、フラハは防戦一方になる。


 それも無理もない。ヨウカの剣腕はフラハに及ばないが、それはあくまで一人の場合だ。


 ヨウカの剣技は、手練れの剣士十人分に匹敵する。

 彼女ほど腕前の者が十人。いかに剣聖でも捌き切れるものではない。


「くっ!」


 攻撃を捌き損なったフラハの兜が弾き飛ばされる。


「ほらほら、さっきまでの威勢はどうした?」


 ヨウカは攻撃の手を緩めない。


 絶え間なく降リ注ぐ連撃が、フラハの頬や鎧のつなぎ目などに細かい傷を作る。


「ほいっ、終了」


 フラハの頬に傷ができたことを確認したヨウカは、突如攻撃を止める。


「なっ!? どういうつもりだ!」


 急に戦いを中断したヨウカに対し、フラハは剣を構えて問い質す。


「もう終わったよ。アンタの負けだ」


「ふざけるな!! 私はまだ戦える!」


 フラハの言う通り、彼女は細かい傷こそ負っているが、致命的なダメージは負っていない。まだまだ戦闘継続は可能であり、この戦いの決着はついていない。


「そろそろ効いてくるよ」


「何を言って――くっ、なんだ!?」


 突然フラハが崩れ落ちる。


「――な、なにが……」


 フラハは全身から力が抜けていき、立ち上がるどころか、動くことすらできなくなってしまう。


「これも特別に教えてやるよ」


 そう言うとヨウカは、自身の尻尾の一つを指差す。


「ワタシの尻尾の刃には呪毒が籠っていてな。耐性の無い奴は掠っただけでもアウトだ」


「ひっ、ひきょう、な……」


 真実を聞かされたフラハは、微かに動く口で罵声を吐きながら意識を失う。


「卑怯って……別にワタシも好きで毒を持ってる訳じゃないんだが……」


 ヨウカの尾刃の毒は生まれつきであり、別に彼女が好き好んで塗っているわけでは無い。

 彼女からすれば、言いがかりも甚だしい。


「本気でやれば、アンタなんてイチコロなのにな。遊んでやっただけでも感謝して欲しいぜ」


 本来、ヨウカによってフラハは相手にもならない。

 今回、わざわざ剣で戦ったり、一尾の能力しか使用しなかったのは、彼女にとってこの戦いがお遊びに等しかったからである。


 もしヨウカが本気ならば、それは戦いになどならない。確実に一方的な蹂躙になっていただろう。


「それに、別に死ぬ訳じゃない。目覚めるのが何時になるかは分からないがな……まあ、久々に十刀流が使えたから、良い運動にはなったよ」


 ヨウカはつまらなそうに「感謝はしないがな」と言うと、刀を腰の鞘に収める。


「取り敢えず、仕事は終わりだ。真羅に褒めてもらえるかな」


 戦いを終え、主に褒められることを想像したヨウカは、恋する乙女のように可憐に微笑むのであった。


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