火と水の加護
ノーテット帝国。
人界における魔人族のと戦いにおける最前線。
しかし、その国の皇帝は、現在病により床に伏していた。
そのため、現在のこの国を仕切っているのは、その娘である皇女だった。
「救世主か……」
帝都の城の一室。皇帝の執務室にて。
ノーテット帝国第一皇女――ジュビリー・イア・ノーテットは深い溜息を吐く。
アーセル王国にて女神が残した秘術により、異世界より救世主が召喚された。
召喚については、アーセル王国の独断ではなく、周辺諸国も賛同していたため、事前にそのことは知っていた。
しかし、召喚されたのは、戦いとは無縁の環境で育った若者たちであった。
女神の加護によって強大な力を有しているようだが、正直戦力としてどこまで期待して良いのか判断がついていなかった。
ジュビリーが執務に戻ろうとした時、突然部屋の扉がノックされる。
「失礼します! 殿下に火急の報告が!」
現れたのは、彼女の側近の騎士だった。
彼はひどく慌てているようで、返事を待たずして室内に入ってくる。
「なんだ? 騒々しい――」
「――フォーリス要塞に巨大な魔物が攻めてきました!」
ジュビリーが騎士を諫めようとするも、彼は焦った様子でそれを無視して報告を告げる。
「魔人族が侵攻を再開したのか?」
ここ数年の間、大人しく息をひそめていた魔人族の軍勢が活動を再開したのだ。これは至急に対処せねばならない。
ジュビリーが騎士に指示して、軍部の重鎮たちを集めようとしたした時、開いていた扉から別の騎士が駆け込んでくる。
「殿下! フォーリス要塞から魔法による報告が新たに!」
「どうした? 何があった?」
ジュビリーが冷静な声音で訊ねると、騎士は少し困惑した様子で言い辛そうに口を開く。
「それなんですが、報告は余り要領を得ない内容でして……」
「良いから、言ってみろ」
「はい。それなんですが……突如として、燃え盛る巨鳥が現れ、現れた魔物を倒してしまったか思うと、その後に新たなる巨大な魔物が出現し、一頻り暴れた後に、謎の光と共に消滅し、フォーリス平野に大穴が開いたそうです……」
「はあ?」
本当に要領を得ない内容に、ジュビリーが困惑したような声が漏れる。
「ともかく、魔物は消滅し、脅威は無くなったようです」
「炎の巨鳥に謎の光? 女神様か精霊様が力を貸してくれたのか? そんなことがあり得るのか?」
報告の内容から、とても人間の所業とは思えず、ジュビリーは女神や精霊の介入を疑う。
「とりあえず、状況の確認が最優先だ! フォーリス要塞の兵士に調査を命じろ!」
突拍子も無い内容に対して、返って冷静さを取り戻したジュビリーは騎士に指示を出す。
「まったく……いったい何か起こっているのだ……」
状況を把握できないジュビリーは、頭を掻きながら、思わず困惑の呟きを漏らしてしまった。
一方のその原因は――
「あー、魔力が回復するー」
――温泉に浸かっていた。
真羅たちはまだスリーチ王国を出ておらず、この国の温泉に入浴していたのだ。
「ねー。この国には、火光の精霊と水光の精霊の二人の力で出来た温泉があったことを思い出してよかったよ」
このスリーチ王国があるこの地には、神代に光の最高位精霊の二人の力の影響で生まれた温泉が存在していた。
魔界に旅立つ前にそのことを思い出したレイルシアによって提案され、真羅たちはその温泉に浸かってから魔界に行くことにした。
「さすが、最高位精霊の力で出来た温泉だ。魔力が見る見る回復していく」
実を言うと、真羅は温泉になど興味はなく、普段も湯船に浸かることはせずにシャワーだけで済ませてしまうことがほとんどであった。
今回温泉に入浴しているのは、この温泉に魔力を回復する効能が秘められていたからだ。
「正直、魔力を結構消費していたからな。こういう回復スポットがあったのは助かった……ところで……」
「ん? 何?」
「何でレイルシアが男湯にいるんだ?」
先ほどから感じていた疑問を、真羅が問い質す。
廃墟となった温泉施設を勝手に利用しているだけなのだが、ここは一応、男湯だ。レイルシアがいるのはおかしい。
「――? 温泉っていうのは、男女別に入るの?」
「そうだよ。昔の日本は混浴だったらしいが、この国じゃ男女別だ。さっさと、女湯に行け」
「えー? でも、ボクたち精霊に性別はないよ?」
レイルシアの言う通り、精霊は生物ではないので性別はない。真羅の精霊も見た目こそ男性型や女性型に分かれてはいるが、その体に性別の概念はない。
この世界の精霊たちは見た目こそ人間の女性に近いが、厳密に言うと性別はなのだ。
「乙女を自称してただろ? 心が女の子なら、女湯に行け……それと……」
真羅が周囲を見渡すと、そこには複数の精霊が男湯に入浴していた。
「お前らもだ! 何で、女型の子まで男湯にいるんだ!」
この男湯には、五色の御遣いの面々を始め、リンネやミズキといった女性型の精霊たちまで浸かっていたのだ。
「えー、いいじゃん! 男の子ばっかりズルい! あたし達だってシンくんと一緒に入りたいんだもん!」
皆に代表してルビアが文句を言い、それに同意するように女性型精霊たちが頷く。
リンネなどの問題児は分かるが、真面目なエルマやフィルまでもが頷いていることに、真羅は頭を抱える。
「そうだぜ! 何で女どもがいるんだ! テメェらは出ていけ! ここは主とオレら用の湯だ!」
喧しくなってきた女子たちに対し、真羅の隣を陣取っていたマミルが立ち上がり、文句を垂れている者たちに噛みつく。
「うるせえ! 犬っころこそペット用の風呂にでも浸かってろ!」
噛みついて来たマミルに対して、今まで黙っていたラムルが言い返す。
「誰が犬だ! これ以上男湯にいるってんなら、この胸を噛み千切って、無理やり男型にしてやんぞ!」
「やってみろよ! 発情期の駄犬が!」
マミルとラムルが取っ組み合いの喧嘩を始める。
その様子を見ていた精霊たちは、男型がマミルを応援し、女型がラムルを応援し始める。
「はー、せめて黙って入れよ……」
マナーもへったくれもない子供たちを見て、真羅は再び頭を抱える。
そうしている内にも、精霊たちの不毛な争いは広がっていった。
「アタシも助太刀するわ!」
紺碧の髪の少女――アンナが、マミルに向かって雷を放つ。
彼女は雷は水中でも正確に操ることができるので、周囲に被害は出ない。
「当たるかよ!」
マミルが雷を回避するべく空中に逃れると、背後にいたモノクルを身に付けた青年――ギムレに雷が直撃して爆発する。
「ぎゃあー!?」
爆発したギムレは水死体のように温泉に漂い、その体から血汗である酒が流れ出る。
「あー、温泉が酒風呂に……」
漂うアルコールの匂いに、真羅は溜息を吐く。
「どしたー? そんな溜息吐いて?」
湯船の中から突如、リンネが現れて真羅に抱き着く。
「湯が温いのか? わたしが熱くしてやるよ」
リンネが発熱して温泉の温度を上げて、この場を熱湯地獄にようとしたため、真羅は素早く彼女を湯船の外に放り投げる。
「あん♡」
洗い場の床に頭からダイブしたリンネから卑猥な声が漏れるが、それを気にする者はこの場にはいなかった。
「魔力の回復ぐらい、ゆっくりしたいんだがな……」
虹の橋や千倍の魔法を使用したため、真羅の魔力は結構な量を消耗していた。
しばらくこの温泉に浸かっていれば回復するとはいえ、周りが煩いので、ゆっくり休むことができないのは辛い。
「どうしました? 主」
水色の髪に水晶のような瞳の少女――人型になったミズキが傍に寄ってくる。
「いや、賑やかだなって思っただけだよ」
真羅は率直に思ったことを口にする。
煩いのは好まないが、子供たちが元気な分には全く問題はない。
「だが……」
真羅が背後に振り返ると、そこにはクロアとシロナが魔具としての姿――衣類の状態で温泉に浮かんでいた。
「入るなら、せめて人型になれ。洗濯でもしてるのか?」
一部の魔具精霊は、ミズキとは異なり、魔具としての姿で温泉に浸かっていたのだ。
「ふふっ」
自身の姉妹とも言える者たちの蛮行を目にしたミズキは、なぜかお淑やかに微笑む。
「まあ、お前らにマナーをどうこう言うのはお門違いだな」
自由気ままに振舞う精霊たちを見て、真羅も子を見守る親のような穏やかな笑みを浮かべる。
人ではない精霊である彼女らに、人の道理を説く意味はないのだ。
「はあー、良い湯だなー」
精霊たちの奇行は無視することにして、真羅はこの温泉を堪能することにした。
「あっ、それと言い忘れてたんだが……レイルシア」
「何?」
「温泉は服のまま入るもんじゃないぞ? 魔具は兎も角、他の奴らは皆、裸だろ?」
「え? そうなの?」
他の精霊とは異なり、唯一服のまま温泉に浸かっていたレイルシアに対し、真羅はどうでも良さそうに指摘する。
「まあ、精霊の服は魔力で編まれた物で、身体の一部みたいなものだから問題無いと言えば問題無いのか」
精霊の身に纏っている物は、基本的に魔力によって作り出された物なので、本人の一部とも言える。
そのため、傷つくことはあっても汚れたりはしないので、湯船に浸けても影響はないのだ。
「脱いだ方がいい? シンラはボクの裸を見たいの?」
「どーでも良い」
純粋なレイルシアの邪な意図はない純粋な問いかけに対し、真羅は心底どうでも良さそうに答える。
「君は裸を見られて恥ずかしいのか?」
「えっ、別に」
「だろ? だから好きにしたら良い」
精霊であるレイルシアには、人間の少女のような一般的な恥じらいはない。
魔力的なやり取りをするキスならともかく、裸を見られる程度はなんとも思わないようだ。
その後、レイルシアは周りに合わせて服を脱いだが、それを気にする者や指摘する者はいなかった。
基本的に魔霊たちは、外部の者に関心を示さない。彼女のことなど興味が無いのだ。
「後、五分ぐらいで全快するな。そしたら、魔界に行くかな」
魔力の回復を肌で感じた真羅は、そう独り言つと、直後に吹き飛んできたマミルに直撃して、そのまま湯船に沈んでいくのだった。




