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聖剣の眠る国


 真羅とレイルシアが大穴を越えて、スリーチ王国のある場所に辿り着くと、そこには意外な光景が広がっていた。


「全くの無傷だと?」


 真羅から珍しく困惑した声が漏れる。


 強化されたリンネの一撃が直撃したにも関わらず、スリーチ王国は健在だった。

 もっと厳密に言うと、スリーチ王国の王都がある場所だけが無傷であり、それ以外の周囲はきっちり焼野原になっている。


「よく分からないけど……とりあえず、無事で良かったね」


 状況は全く理解できていないが、スリーチ王国の王都が無事だったことにレイルシアは安堵する。


「ふむ。それはそうだが……良く無事だったな」


 しかし、真羅はリンネの最大級の技で都市一つ消滅させられなかったのは、かなり不自然である。

 仮に大規模な結界が張られていたと仮定しても、あの一撃を防げるほどのモノが、すでに陥落した都市にあるとは思えない。


 真羅は魔眼を凝らして都市の外壁を見るが、特殊な素材で造られたわけではないようで、神秘的な力は確認できなかった。


「んー、壁が特殊って訳じゃ無さそうだけど……ん? これは結界の残滓?」


 外壁の周囲を見ていると、真羅の眼が魔法的な結界の残骸を発見する。


「これは……そうか、この都市に限定して一時的にかなり強力な結界が発生したのか……この王都の中心に何かがあるな……」


 真羅は結界の残滓から、この都市がどのように“凰炎壊砲(おうえんかいほう)”から逃れたのか、理由の一端を解明する。


「何か分かったの?」


 勝手に考察し、勝手に納得していた真羅に、レイルシアは少々不満げに尋ねる。


「ああ、どうやら、“凰炎壊砲”が直撃する瞬間だけ、この都市の中心から、この都市を覆うほどの巨大な結界が発生して、この王都を守ったんだ。結界はその一撃で壊れたけど、王都は間一髪無事だったみたいだな」


「え? あの一撃を防ぐほどの結界を?」


 真羅から真相を聞いたレイルシアは、その内容に疑問を覚える。


 神代に生まれた精霊であるレイルシアから見ても、あの爆発は常軌を逸していた。

 魔人族によって攻め滅ぼされた都市に、それを防ぐだけの結界を張る機能が残っているとは考え難い。


「俺の推測では、高位精霊の力の一端だと思うが……レイルシアに思い当たる奴はない?」


 真羅が不意にレイルシアに高位精霊のことを尋ねる。


 確かに彼の考察通り、並の人間には不可能な芸当であり、人以上の力を持った存在の力だと考える方が合点がいく。


「ボクも身を守ることぐらいはできたかもしれないけど、一国の都市の守るほどの規模の結界を展開するとなると、最高位精霊の七人ぐらいじゃないかな……」


「最高位精霊か……でも、そいつらって星になったか地上で眠っているんだろ? 現状でそんな力を使えるとは思えないけどな」


「そうなんだよね……あっ、忘れてた!」


 真羅との会話の中で、レイルシアが何かを思い出したように両手を合わせる。


「“聖剣”の精霊! このスリーチ王国には彼女が眠っているんだ!」


「聖剣の“精霊”? 魔導品(アーティファクト)の剣じゃなくて、精霊?」


 レイルシアが言った聞き慣れない言葉に対して、違和感を覚えた真羅が疑問を口にする。


「うん。女神さまの愛刀で、神代の戦いでは勇者の剣として戦った光の精霊だよ! 彼女なら、その規模の結界を晴れても不思議じゃない!」


「武器も精霊なのか……いや、俺にも魔具精霊は数多くいるから、別に不思議じゃないか」


 真羅は武器である聖剣自体が精霊であることに一瞬違和感を覚えたが、よくよく考えてみると自身の魔霊にも武器の姿をした者がいるので、なんら不思議なことではなかった。


「その精霊の力でこの国は助かったのか……でも妙だな」


 再び王都に視線を向けた真羅が訝しげな表情になる。


「どうしたの?」


「生命を感じられない……」


「え? どういうこと?」


 真羅の告げた言葉に、レイルシアは意味が理解できずに尋ね返す。


「人が誰もいないんだ。この国には」


 真羅の魔眼は魔力を含めた神秘的生命エネルギーを感知することができる。

 だが、その魔眼を全開にして確認したが、このスリーチ王国からは命を感じることができなかった。

 

 もし仮に、この国の住民が戦闘などにより全滅していた場合、残像思念や魔力の残り香を見ることができるのだが、ここにはそれすらもない。

 つまり、現在のこの国に人は存在していないのだ。


「まあ、考えても仕方がない。直接見れば分かる事だ」


 そう言うと真羅は、レイルシアを連れて王都の入口に向かうのだった。


 王都に到着して門から中に入ると、そこはもぬけの殻であり、人っ子一人いなかった。


「魔人族も人間も誰もない?」


 レイルシアから困惑した声が漏れる。


 しかし、その隣の真羅は想定通りだとでも言いたげな顔で、王都の中心に歩みを進める。


「恐らく、住民は奴隷か何かとして連れ去られたんだろう」


「でも、魔人族がいないのはおかしくない?」


 レイルシアは疑問を尋ねながらも、歩みを止めない真羅の後を追う。


「別に可笑しくはないだろ? 魔人族は他の種属より強靭だが、その分繁殖能力は低く数が少ない。フォーリス要塞に進軍する際に、人界にいる全戦力を投入したんだろうよ」


 真羅が言うように魔人族と言う種族は、人類種の中で最も強靭で強大な力を所持しているが、その分個体数は少なく、その数はエルフ族と大差ないとも考えられている。

 エルフ族は亜人族の中では最も数が少ない種属と言われており、それと同等の数しかいないとされる魔人族に余分な戦力はないはずであり、スリーチ王国の人間を生かしたまま労働力として連れ去ったのが、何よりの証拠である。


 人界で考えられている魔人族は、強大な力を持つ人型の魔物という程度の認識だが、それは間違いである。

 真羅が魔将であるシャルアの血液を解析したところ、彼らは人間から変質した種族であり、その成り立ちは亜人族と同じく、精霊の影響で変質して誕生している。

 亜人族との違いは、亜人族が光の精霊の影響を受けたのに対し、魔人族は闇の精霊や魔神の影響を受けていることだ。


 真羅の仮説では、古代の時代に魔界に移り住んだ人間が、その地に封印された闇の精霊と魔神の影響で変質して誕生したのが、魔人族である。

 また、血を解析した結果、亜人と同じく人間と極めて近しい種族で、人間とも交配が可能であり、魔物とは全く別の生物である。


「この大陸で魔人族に落とされた大国は三つ。スリーチ王国、エムズ王国、ウィーン王国。この国を落とした後、それぞれの国を魔将……シャ何とか、太郎、消し飛んだ付与術師の三人が管理していたんだろ」


「あれ? 人界にいた魔将は四人じゃないの?」


「四人目。魔物使いの魔将は恐らく、魔界であの亀の封印を解いて使役し、その甲羅に移動要塞を築いてから人界に来たんだろう。まあ、その頃には、シャ何とかは俺に倒されていて焦った奴らは、人界にいる全戦力を用いてノーテット帝国を落とそうとした。それがさっきの侵攻」


 真羅は不敵に笑いながら、魔人族の行動を推測する。


 実際、この推測は正しく、魔人族は人界の侵攻し、攻め落とした三つの大国をそれぞれ魔将が管理しながら拠点として使用し、人界の完全侵略に向けて軍備を整えていた。

 しかし、その最中、真羅たち救世主が召喚されたため、魔将の一人であるシャルアがそれに対応するべく、支配の及んでいない領土に潜入し、結果的に真羅に倒された。


 それに焦った残りの魔将は、人界侵攻の切り札として用意していたメガキャノンタートルと魔物使いの魔将を人界に呼び寄せ、全戦力で最前線であるフォーリス要塞とノーテット帝国を攻め落とそうとしたのだ。


 もっとも、それもたまたま居合わせた真羅の手によって防がれてしまったわけだが。

 魔人族にとっては災難としか言えない。


「まあ、悪さすると碌な事にならないって事だな」


「全部、キミが原因だけどね。結局、シンラが一番救世主として働いているじゃん」


「そう言えばそうだな……俺って働き者だなー」


 二人が軽口を叩きあいながら歩いていると、広場のような場所にたどり着く。


選定の剣(カリバーン)?」


 真羅が口から思わず言葉が漏れる。


 大理石でできた広間の中心には、真銀(ミスリル)で造られた台座があり、その中心に純白の剣が突き刺さっていた。

 その様は、まるでアーサー王伝説に登場する“王を選定する剣”のようであった。


「台座は真の銀(ミスリル)か……アーサー王伝説だと鋼だったな」


 アーサー王伝説における選定の剣カリバーンは、クリスマスの日に何者かによって教会の裏庭にある大理石にはめ込まれた鋼の台座に突き刺されたものとされ、その大理石には金の文字で「この剣を抜くことができた者がこの国の王になるべきだ」と書かれており、その剣はアーサー王以外誰も引き抜くことができなかったと伝わっている。

 

 また、若き日のアーサー王がその剣を引き抜いたのは、義兄であるケイが槍試合に剣を忘れてしまった際に、アーサーが剣を宿屋に取りに行ったのだが、皆試合を見るために留守にしていたため鍵がかかっており、忘れた剣を回収できずに困ってしまい、その際に教会の裏庭の台座に剣が刺さっていることを思い出して、代わりとしてそれを引き抜いて持っていたためだと伝わっている。


「紹介するよ! 彼女が聖剣の精霊、“エクスカリバー”だよ!」


「選定の剣なのに、名前はエクスカリバーなのね……」


 レイルシアが紹介した聖剣の名前に対して、真羅は多少違和感を覚える。


 ――エクスカリバー。


 それは地球において、最も有名な聖剣であろう。


 エクスカリバーはカリバーンと同じく、アーサー王伝説に登場する剣であり、アーサー王がぺリノア王との一騎打ちに敗北して剣を折られてしまった際に、代わりの剣として湖の乙女から授かった物と伝わっている。

 一説には、折れたカリバーンを湖の乙女の手によって打ち直されたものともされているが、別の剣とされることが多い。


 そのため、選定の剣(カリバーン)のような様の聖剣の精霊(エクスカリバー)に、真羅は少し違和感を覚えてしまっていた。


「しかも、鞘無し……エクスカリバーは鞘の方が重要なのに……」


 聖剣の精霊には鞘はなく、抜き身で刺さっていた。


 伝説におけるエクスカリバーは、鞘の方が重要であり、その鞘は治癒の力を持っており、どんなに傷ついても血は流れず、必ず治してしまうという。

 

 それなのに目の前のエクスカリバーには、その大事な鞘がなかった。


「まあ、異世界だしね。伝説とは違うか……」


 感じた違和感を、真羅は異世界だからという理由で納得することにする。

 

「彼女のことを知っていたの?」


「いや、初対面だが、名前の由来を知っていてな。向こうの世界で一番有名な剣の名前だから驚いただけだよ」


「そんなに有名な剣なんだ。どんな剣なの?」


 真羅の話を聞き、その由来が気になったレイルシアは、そのことについて尋ねる。


「伝説の騎士の王が持っていた剣で、刃は鋭く、柄には宝石が散りばめられていて、鞘も美しい。後、正義の剣で、心正しい者を斬る事はできず、逆に悪しき者には勝手に鞘から抜けて斬り伏せる力を持っている。って伝わっている」


「へー、正義の剣か……正義感の強かった彼女には相応しい名前だね」


 アーサー王伝説におけるエクスカリバーの話を聞いたレイルシアは、聖剣の精霊のことを思い出し、どこか懐かしむような表情になる。


「まあ、由来は別に良いとして……こいつ、眠ってるな」


 エクスカリバーは仲間であるレイルシアが近づいても何の反応を示さない。真羅が言う通り、休眠状態になっているようだ。


「本当だ……どうやって、結界を造ったんだろう?」


「恐らく、“凰炎壊砲(おうえんかいほう)”の脅威を接近を感じて、本能的に力を発揮したんだろ。まあ、寝ぼけて咄嗟に結界を発生させただけだから、覚醒はしていないみたいだな」


 どうやら、エクスカリバーは眠ったまま結界を発生させたようで、目覚めてはいないようだ。


「見た感じかなり深い眠りについてるな。そう簡単には起きなそうだ」


「エクは一度寝ると中々起きなかったからね……」


 “凰炎壊砲(おうえんかいほう)”という凄まじい破壊を前にしても眠りこけている同胞に、レイルシアは半ば呆れるように頬を掻く。

 

「このまま放置するわけにはいかないし、ちょっと強引に起こしてみるよ」


 流石に滅んでしまった国に放っておくわけにもいかず、レイルシアはエクスカリバーの柄に手をかけて引き抜こうとする。


 しかし――


「あれ?」


 ――エクスカリバーは台座から抜けなかった。


「むむむっ!」


 レイルシアがさらに力を込めて引き抜こうとするが、エクスカリバーはびくともしなかった。


「あー、やっぱり抜けないのか……」


 レイルシアがいくら引っ張っても、抜ける様子のないエクスカリバーに、真羅は「想定通りだ」とでも言いたげな顔で腕を組む。


「やっぱり、ってどういうこと?」


 真羅の意味ありげな言葉に、レイルシアは剣の柄から手を離して尋ねる。


「選定の剣は選ばれた者にしか抜けないのかお決まりだ。恐らく、その逸話も聞いていて、彼女も女神様か勇者様じゃないと抜けないようにしてから眠ったんだろ」


 選定の剣は選ばれた者にしか抜けない。


 真羅の予想だが、恐らく聖剣の精霊は、エクスカリバーの名前を付けてもらった際に、選定の剣の逸話も聞いていて、戦いを終えて眠りにつく際に、自身の使い手以外に抜くことができないように術をかけたと推測できる。


「見たところ、魔法が掛かっているのは台座だな……」


 真羅は魔法が施されているのが、剣ではなく台座であることを見抜くと、レイルシアに代わってエクスカリバーの柄を手にする。


「ふん」


 そして、いとも簡単に聖剣を引き抜いてしまう。


「えっ!? どうやったの!?」


 その光景を目の当たりにしたレイルシアは驚きの声を上げる。


「別に大した事じゃない。台座の術を一時的に解除しただけだ……しかし……」


 真羅は引き抜いたエクスカリバーの刀身を眺める。


 穢れなき純白の刃。触れるだけで闇を斬り裂いてしまうような霊圧。

 見た目は飾りっ気のないシンプルな長剣だが、その秘めたる力は凄まじく聖剣の名に相応しい。


「正義の聖剣なんて、悪の魔術師なんかには性に合わない。まあ、こいつには勇者という相応しい担い手がいる以上、俺は相応しくないがな……それに武器の精霊なら何人かいるし、俺には必要ないかな」


 来るべき日の勇志のことを考えて、真羅は聖剣をそのまま台座に戻す。


 それに彼には【霊刀水月・真打(ミズキ)】を始めとした、武器型の魔具精霊が複数いるため、現状武装は必要ではなかった。


「聖剣の精霊さん。今は眠ってな……(いず)れ君に相応しい勇者が現れるから……」


 今の勇者はまだ未熟だが、近いうちに彼女を手にして魔の軍勢と戦うことになる。


 この地を支配していた魔将を討ち取った以上、勇者が聖剣を入手する障害はなくなった。これ以上、真羅が手助けをする必要もないだろう。


「レイルシア……魔界に行こう……魔王についても、魔神についても、魔界に行けば何かが分かるはずだ」


 真羅はまだ見ぬ魔界への期待に、心を躍らせる。


 彼の人界における救世主としての役目は、十分以上に果たしたと言える。これで心置きなく人界を後にすることができる。


「うん! 行ってみよう! エクは勇者を待っているみたいだし、闇の精霊たちの動きも気になる。魔神の復活は阻止しなくちゃいけないからね!」


 レイルシアも真羅の言葉に同意する。


 闇の精霊たちが魔神の復活を目論んでいる以上、その魔神が封印されている土地である魔界に何か手掛かりがあるはずだ。


 二人は廃墟となった王都の大通りを、魔界の方角へ向けて真っ直ぐに歩いて行くのだった。



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