二人の想い
「――っ!? ここは?」
レイルシアがふと気付くと、見知らぬ荒野のような場所にいた。
「ナニモンだ! テメェ!」
状況を確認する前に、レイルシアは突如として地面に押さえつけられる。
「オレの縄張りに入って来るとは良い度胸だ!」
レイルシアを押させつけていたのは、狼のような獣耳を尻尾を持った少年。
「テメェの正体なんざどうでも良い! 侵入してきた以上、喰い千切ってやる!」
少年の刃物のように鋭利な牙が、レイルシアの頭に向かって襲い来る。
「えっ!? ちょっと!?」
状況が呑み込めずに困惑したまま悲鳴じみた声を上げるレイルシアだが、ここで予想だにしない者の助けが入る。
「――ダメだよ! “マミル”!」
突然響いた可愛らしい声に、獣耳の少年――マミルの牙が止まる。
「その子はシンくんの契約精霊だよ」
レイルシアの前に現れたのは、“天使”だった。
「ルビアか……」
マミルから不機嫌そうな声が漏れる。
そう、レイルシアを救ったのは、真紅の髪と紅玉のような瞳を持つ天使のような少女――“紅の御遣い”ルビアだった。
「ルビア!」
久々に再会した疑似精霊の少女に、思わずレイルシアはその名を口にする。
「やあ! エルフの隠れ里で会って以来だね!」
ルビアは無垢な笑みを浮かべる。
「どうしてキミがここに? いや、そもそもここはどこ?」
「あれ? 分からないの?」
ルビアは心底不思議そうに、可愛らしく首を傾げる。
「ここは、真羅の世界。その中の“火山”の領域だよ」
「火山?」
言葉の意味を理解できずにレイルシアは問い返してしまう。
「そうだよ。マミルはいい加減に放してあげなよ」
「チッ」
ルビアの言葉に対し、マミルは心底不本意そうにレイルシアを解放する。
「ありがとう……」
「……」
レイルシアは解放してくれたマミルに一応礼を言うが、彼は無言で不機嫌そうな表情でこちらを睨んでくるだけだった。
「ほらっ、見てみ!」
そんなマミルとは対照的に友好的な笑みを浮かべたルビアは、レイルシアの後方を指差す。
ルビアが指差した方を見ると、そこには巨大な火山がそびえ立っていた。
「さっき会ったと思うけど、あの火口に“リンネ”がいるよ」
「えっ? リンネが?」
先ほどメガキャノンタートルとスリーチ王国を吹き飛ばした不死鳥を思い返す。
非常に美しい見た目をしているが、個性的な性格――性癖をしている彼女には、余り積極的に関わりたいとは思えない。
正直、どう言葉を返せば良いか分からずに固まっていると、黙っていたマミルが口を開く。
「ハッ! テメェみたいな未熟精霊のどこが良いのやら!」
どうやら、レイルシアが真羅と契約したことが気に食わないようで、ド直球な嫌味を放ってくる。
「こらこら。大切な仲間にそんなこと言っちゃダメだよ!」
「チッ、ちょっとばかり先に生まれたからってエラそうに!」
不機嫌な様子のマミルは、諫めようとしたルビアにも牙を剥く。
「あははっ、相変わらずの狂犬ぶりだねー!」
しかし、ルビアからすれば慣れっこのようで、変わらずに純真無垢な笑顔を浮かべている。
「それよりも、レイルシア! シンくんの指示でここに来たんでしょ? 外に送ってあげるよ!」
可愛らしい笑みを浮かべながらルビアは手を差し出す。
「うん……お願いします」
差し出されたルビアの手を取った瞬間、その視界が光に包まれた。
光が収まると、レイルシアの目の前には想像を絶する光景は広がっていた。
「お帰り」
魔物化した太郎は完全に消滅しており、その跡には巨大隕石でも直撃したかのような大穴が開いていた。
「……」
レイルシアは言葉を失う。
一応は範囲を考慮していたのか、メガキャノンタートルの亡骸より南側――フォーリス要塞に方向には被害は出ていなかったが、それでも想像を絶する威力があり、明らかに遺跡で見た“集魔”の威力を超えている。
「これでも威力は抑えたんだけどね。これ以上スリーチ王国に被害を出す訳にはいかないからな」
真羅は「はっはっは」と愉快気に笑っているが、この光景を見て笑うことなどできない。
「全力の“集魔”は、国の一つぐらい簡単に消滅させるからな。今回は暇そうだった子だけ呼んで、魔力の収束もかなり加減したからな。想定通り、この程度の被害で済んで良かったよ」
これでも手加減していたようで、レイルシアは自身の契約者に対して恐怖を覚える。
「まあ、“集魔”は俺一人の力じゃなくて、魔霊達、皆の力を合わせるものだけどね。一人一人の力は小さくても、集まれば大きな力を生む。これって素晴らしい事じゃないか?」
皆で力を合わせる。
言っていること自体は正しいし、素晴らしい事だとと思うが、それがこの結果では素直に賛同できない。
「……改めて、キミが規格外の存在だってことを理解したよ……確かに、これなら魔王だって倒せるかもね……」
「――? ありがとう?」
アスタロトとの会話を聞いていなかった真羅は、一応礼を言ったものの、レイルシアの言葉の意図を理解できずにいた。
「暗黒の精霊が、キミなら魔王に勝てるかもって言っていたんだよ……」
「へー、魔王ってそんなに強いのか?」
今まであまり関心の無かった魔王について、真羅は徐々に興味を惹かれていた。
「ヤツの話だと、闇の魔神より強いらしいよ。この世界で最強の存在とも言ってたね」
「そんなにヤバイのか? 勇志達には荷が重すぎないか?」
神を上回る力を持つ魔王。
女神から力を与えられたとはいえ、元々が一般人である勇志たちには正直、かなり厳しい。というより、現状では確実に不可能だろう。
真羅は顎を撫でながら、「うーん」と唸り声を上げて考え込む。
「……やっぱり俺が何とかするしかないのか?」
この世界の神をも超える魔王に勝てるかは分からないが、真羅の力ならば勇志たちよりは可能性は高い。
真羅は色んな意味で“人でなし”だが、さすがに友人たちを見殺しにするほど、人である事を捨てたいとは思ってはいない。
「はー、俺は戦闘者じゃないのになー。まったく、そう言うのは、“ツルギ”や“フレザ”の仕事だろうに……」
今後の事を考えて、真羅は深い溜息を吐く。
例え、これだけの破壊力や戦闘力を持っていても、彼は研究者であり、探求者だ。戦いによって自身を高めるという考え自体は持っているが、積極的に戦闘を行いたいというわけではない。
「ねえ……シンラ……」
真羅が一人で悶々としていると、どこか不安げな表情のレイルシアが徐に口を開いた。
「ん?」
「ボクは……キミの契約精霊として相応しいのかな?」
それは真羅と出会ってから、レイルシアがずっと胸に秘めていた想いだった。
しかし、その言葉からは自信が感じられず、自分を卑下しているようにも見える。
「どうした? 急に?」
質問の意図が分からず、真羅は質問に対して質問で返してしまう。
「さっき暗黒の精霊にも“弱っちい”って言われたし、キミの狼みたいな魔霊の子にも“未熟”って言われた……彼女たちが言うようにボクは未熟で弱い。そして、キミはボクが必要に無いほど強い」
レイルシアは胸に秘めていた想いを吐露する。
「キミという規格外の存在に、ボクみたいな精霊は不釣り合いじゃないのかって、そう思ったんだ……シンラ……キミはボクと契約したことを後悔してるんじゃないかって……」
真羅という最高の魔術師に、未熟で弱い精霊など、明らかに釣り合っていない。
本来、契約精霊とは契約者を守るモノであり、契約者よりも劣っている精霊など契約する意味は無いだろう。
そんなレイルシアと契約してしまった真羅は、この事を後悔しているのではないか。
彼女の心は不安と罪悪感でいっぱいになっていた。
「は?」
レイルシアが明かした気持ちに対して、真羅は心底「何言ってんだ?」という表情を浮かべしまう。
「君は、俺が精霊を力の有無で選んでいるとでも思っているのか?」
「え?」
真羅からの意外な回答に、レイルシアは疑問符を浮かべてしまう。
「俺は人間は兎も角、精霊を力の有り無しで判断なんかしないし、レイルシアと契約した事を後悔した事は無い」
そう言い放った真羅の顔が、いつになく真剣なものへと変貌する。
「俺は疑似精霊も含めて精霊を道具だなんて思った事は無いし、レイルシアの事を役に立たないだなんて思った事も無い」
「……本当に?」
「ああ。そもそも役に立つ、立たないは使う奴次第だ。指示する奴が無能ならどんな高位精霊を従えていたとしても力なんか引き出せない。レイルシアを役に立たないだなんて思うなら、それは俺の問題であり、君が責任を感じる必要はない。それに未熟なのは、それだけ“伸びしろ”があるって事だ。これから成長すれば、レイルシアはどんな闇の精霊にも負けないぐらい強くなれると思っている」
真羅は自身の想いをはっきりと告げる。
レイルシアの事を未熟ではあるが、高いポテンシャルを持っていて、成長すれば、スミレやアスタロトなんて目じゃないほどの力を手にすることができると彼は考えていた。
「それに……」
話の中で突如として、真羅の表情が優れなくなり、言い辛そうに一旦話を中断すると、覚悟を決めたように再び口を開く。
「……俺の魔霊たちは意見こそするが、俺の間違いを正してはくれない……結局のところ、俺から生まれたモノ――俺自身の子供であり、分身とも言える存在だからかな……間違っていても、誰もそれを正す事は出来ないんだ」
自身の欠点を吐露しながら、真羅は不甲斐なさそうに頭を掻く。
「魔霊も含めて、俺が精霊を生み出したのは、家に伝わる魔術だからってのもあるが……最大の理由は、自分という存在を増やすためだ」
「存在を増やす?」
「そう。何事も一人で成すには限界がある。だから俺は自分を増やす事にした。その結果が疑似精霊であり、魔術精霊たちだ」
人間一人の力では限界がある。だからこそ人々は力を合わせる。
魔術師だってそうだ。いくら強大な力を持っていても個人には限界がある。だからこその魔術結社というものが存在し、魔導連合という組織が誕生している。
「でも結局のところ、この子達は俺であり、思考は似通ってるんだ。“集魔”みたいに力を合わせれば巨大な力を生み出す事は出来る……しかしな、幾ら頭数を増やしたって、彼らが俺から生まれ出たモノである事は変わらない。成長こそするが、出来ない事はやりようがないんだ」
真羅は改めてレイルシアに向き直る。
その顔には、闇の中に一筋の光を見出したかのような笑みを湛えていた。
「だが、レイルシア……君は違う。俺が間違っていたら、ちゃんと指摘してくれるし、怒ってくれる。それは魔霊たちには出来ない事だ」
真羅は希望に満ちた表情で、レイルシアの未だに不安や怯えを宿している瞳を直視する。
「俺がレイルシアに求めているのは、“力”じゃない。対等に接してくれる“相棒”でいて欲しいんだ」
真羅は自身に秘めていた想っていた真意を告白する。
「相棒……」
レイルシアは思わずその言葉を繰り返す。
「改めて言おう――レイルシア……俺と共に歩んでくれ。闇に包まれた魔道を突き進む俺に、光を示してくれ」
それは愛を告げる求婚にも似た、真羅の背いっぱいの想いの“告白”だった。
魔導の探究ばかりで人付き合いも少ない彼には、気の利いた言葉を紡ぐ事はできないが、それでも噓偽りのない言葉。
その言葉は、レイルシアの秘めていた不安を取り除き、確かにその胸に届いた。
「本当に? ボクで良いの?」
「ああ。俺は後悔なんかしていない。レイルシアと出会えて良かったと思ってるよ」
「……そっか……ありがとう」
想いを告げてくれた真羅に礼を言うと、レイルシアは差し出された彼の手を取る。
「分かった……“銀星”の精霊、レイルシア。これからもキミと一緒に歩むことを誓うよ」
レイルシアもまた、自身の想いを、その決意を宣言する。
この時、二人は本当の意味で契約を結んだ。
互いの心が初めて繋がった瞬間であった。
「あー、お互い結構な恥ずかしい事を口にしたな。この話はこれで終わりにしよう」
改めて我に返った真羅が照れくさそうに頬を掻く。
「うっ、言われてみれば、そうだね」
同じく自身の言動を振り返ったレイルシアは、恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「完全に話は変わるんだけど……スリーチ王国の様子を見に行かない? 大部分は消し飛んでるだろうけど、早めに対処すれば助けられる者は助けられるから」
話題を変えようとした真羅が思い出したように、先ほどリンネの“凰炎壊砲”が直撃してしまったスリーチ王国の安否の確認を提案する。
「そうだね。魔人族に支配されていたとはいえ、人間たちも捕らわれているかもしれないからね。早めに助けに行かないと……原型ぐらいは残っているといいけど……」
「ははっ、本当にね……このままじゃ俺らが虐殺した事になっちゃうな……」
本当に反省しているのかは分からないが、真羅は気まずそうな笑みを消して、大穴の向こうを見据える。
「行こう。魔人族の生き残りと戦闘になるかもしれないから、注意してな」
「うん。そうだね。気を付けて行こう」
お互い顔を見合って頷くと、真羅とレイルシアは宙に浮かび、大穴の先にあるスリーチ王国に向かって移動を開始するのだった。




