暗黒の魔物
真羅が取り出したのは、古代の遺跡で手に入れた“進化の魔宝”だった。
「ちょっと!? 何をする気なの!?」
魔神の力の一端を取り出した自身の契約者に対し、レイルシアは驚きの表情で声を荒げる。
「此奴の願いを叶えてやろうと思ってな」
「いやいや! そんな方法じゃなくて!! 魔術で助けてよ!?」
想定外の救済方法に対して、レイルシアは思わず慌てふためく。
「人間に戻る事を望んだなら兎も角、こんな奴のために魔術なんか使いたくないね!」
レイルシアの制止を振り切り、真羅は進化の魔宝を太郎の生首に向けて掲げる。
「――さあ、進化の魔宝よ! その力を見せてみろ!」
真羅の声に呼応するように、進化の魔宝が不気味に光り出すと、次の瞬間にどす黒い闇が噴き出す。
噴き出した闇は凄まじい勢いで溢れ、太郎の生首を包み込んでいく。
「あー!? 何やってんのー!?」
どう考えても危険行為にしか思えない真羅の行動に、レイルシアが悲鳴を上げる。
「こいつの望みだからな。レイルシアだって助けるように言ったじゃん」
「こんな危険なモノを使ってなんて言ってないよ!? 絶対ダメだよ! これ!?」
責任転嫁をされたレイルシアは文句を言うが、真羅はどこ吹く風だ。
その間にも進化の魔宝から闇が溢れ続けており、膨大な量の闇の奔流が田中の頭部に流れ込んでいる。
闇が収まった頃には、太郎の頭は完全に見えなくなるほどの闇の球体が形成されていた。
「さあ、田中太郎! 進化の時だ!」
球状の闇が全て太郎の中に流れ込み、その頭部が闇色に変質して鋭い牙が生えて来たかと思うと、歪みながら肥大化していく。
「お?」
肥大化は凄まじい勢いで進み、あっという間にフォーリス要塞に匹敵する大きさになると、そこから獣と昆虫を混ぜたようなグロテスクな手足が生えてくる。
そして、元々髪の毛だったものは、全てが蛇のように唸る触手に変貌し、後頭部からは巨大な竜のような尻尾が生えてくる。
「うわー、キモ」
余りにも気色悪い姿に変貌した太郎を見て、真羅は思わずドン引きする。
「あー!? 明らかに遺跡の魔物よりヤバイモノになってるよ!」
レイルシアから再び悲鳴じみた声が上げる。
魔物と化した太郎は、明らかに遺跡で対峙した蛸の魔物よりも強大な力を得ていた。
「ハハハハッ!! スバラシイッ!!」
魔物と化した太郎から、気色悪く汚い声が響く。
「力ガ! アフレテトマラナイッ!! コレナラ! 魔王ヲ、イヤ、魔神スラ超エテイル!!」
「うーん、聞き取り難いな。声帯も変わってるのかな?」
「言ってる場合か!! どうすんの!? これ!?」
太郎の薄汚い声に対し、真羅は冷静に考察するが、レイルシアから鋭いツッコミが炸裂する。
「力ヲ得タイジョウ、キサマハモウ不要ダ!! ココデ殺シテヤル!!」
「ほーら。言った通り、感謝もへったくれも無い」
完全に恩を仇で返そうとする太郎の様子に、真羅は呆れて肩を竦める。
「シネ!!」
魔物化太郎がその強大な手を、真羅とレイルシアに向けて叩きつけてくる。
「遅いなー」
振り下ろされ手を冷静に観察する真羅は、その手が当たる直前に、レイルシアの首根っこを掴んで横に跳んで回避する。
「うわあ!?」
巨大な手が叩きつけられた衝撃は凄まじく、一撃で隕石が落ちたような巨大なクレーターが発生してします。
「ほー。デカい分、パワーはあるなー」
しかし、真羅の表情に焦りはない。
「飛ぶぞ。レイルシア」
真羅はレイルシアを荷物でも運ぶように小脇に抱えると、そのまま空中へ飛翔して、太郎の上空に移動する。
「羽虫ガ! チョコマカト!!」
高速で空中を移動する真羅に対して、魔物化太郎は苛立ったように、その巨大な腕を振るう。
「デカい分、スピードは落ちたな」
「ちょっとー!?」
真羅が振るわれた腕を接触寸前に躱すと、抱えられたレイルシアからは悲鳴が上がる。
「虫ゴトキガー!!」
今度は魔物化太郎の巨大な口から、燃え盛る炎が吐き出される。
「危ない!」
至近距離から火炎が放たれたため、レイルシアが焦りながら声を上げる中、真羅は冷静に空いてる方の手で水月を抜刀する。
「――焔斬」
真羅が水月を唐竹に振るうと、魔物化太郎から吐き出された業火を容易く斬り裂いてしまう。
「ナニッ!?」
炎を断ち切られたため、太郎から驚きの声が漏れる。
「温い炎だ。これならさっきの亀の方がマシだ」
魔物化太郎の吐息とメガキャノンタートルの魔力砲を比べて、真羅はあからさまに落胆する。
彼の想定では【虹の境界】を使用するぐらいの威力を期待していたのだが、実際は防御の魔術を使うまでもない威力だった。
正直がっかりである。
「コレナラドウダ!!」
真羅の発言に怒りを覚えた魔物化太郎は、今度は極寒の吹雪を吐き出してくる。
「危ないっ! ――銀星の光盾!」
真羅に防御や回避をする様子が見られなかったため、レイルシアが光の盾を形成して吹雪を防ぐ。
「おー、やるねー」
吹雪を容易く凌いだレイルシアの盾に対し、真羅は適当な称賛を送る。
「ぼさっとしないでよ!」
抱えられたままのレイルシアが文句を言うが、真羅は様子は変わらない。
普段のように不敵な笑みを湛えて、冷静に魔物化した太郎を観察している。
「エーイッ! ウットウシイッ!!」
吹雪を防がれたことで怒り狂った魔物化太郎は、今度はその触手に変貌した髪を伸ばしてくると、その先端から猛毒の液を発射する。
軽く数万本を超える触手から一斉に放たれる猛毒に対して、真羅は特に焦ることも無く、水月を手放して右手を突き出す。
『――失せろ』
短い呪文。
それだけで無数の触手から放たれた猛毒が一斉に消滅する。
「ナンダトッ!?」
魔物化太郎から驚愕の声が上がる。
この数の猛毒をただの一言で消し去ったのだ。驚くのも無理はない。
「結局この程度なのか……はあー」
猛毒を消し去った真羅は、落胆するように溜息を吐く。
仮にも魔将を元にして生み出された魔物なのだ。メガキャノンタートルぐらいは超えているかもしれないが、それでも真羅の期待した強さには至っていない。
「もう良いや」
これ以上の様子見はもはや意味を成さない。
魔物化した太郎に興味を無くした真羅は、その抑え込んでいた魔力の一端を解放する。
「――聖光×千」
またしても適当な呪文だが、彼の言葉は確かに力を持っていた。
真羅の目の前には、数千個の【聖なる光】が顕現する。
千倍の光属性上級魔法の重複呪文。
その様は巨大な光の壁が顕現しているようにも見えた。
「ナンダコレハッ!?」
魔物化太郎が驚愕の声を上げるが、真羅は答えずにその人差し指を軽く指揮棒のように振るう。
すると、数千個の魔法が一斉に魔物化太郎に襲い掛かった。
「――ッ!?」
圧倒的な数の暴力の前に、魔物化太郎は悲鳴を上げることすらできず、聖なる光に全身を撃ち抜かれる。
「へー」
真羅はここで初めて魔物化太郎に対して感心するような声を漏らす。
数千の魔法に撃ち抜かれた太郎だが、その驚異的な再生能力で生き残っていた。
「凄いな。あの様子じゃ、すぐに再生する。生物としては凄い再生能力だ……でも、もう良いよ」
魔物化太郎に対して素直な称賛を送ると、真羅は抱えていたレイルシアに向き直る。
「レイルシア。奴の動きを少しの間で良いから止められる?」
「動きを? そのくらいならできるけど……何をする気?」
真羅の意図が分からず、レイルシアは訝しげに問いかける。
「ちょっと、大技を使う。完成するまで時間を稼いで欲しいんだ。出来るか?」
彼の顔には悪戯を思いついた子供のような笑みが浮かんでいたが、その声音だけは真剣だった。
「分かった……やってみるよ」
「ありがとう」
レイルシアの了承を聞くと、真羅は彼女を魔物化太郎の方に向けて解放する。
「さてと……雷を司る魔霊たちよ。集え――」
レイルシアが魔物化太郎に接近していくのを見届けると、真羅は両手を天へと掲げた。
真羅から解放されたレイルシアは、ボロボロの魔物化太郎に近づく。
「タロウ……」
その顔に悲しげな表情を浮かべて、かつての仲間の名を口にする。
彼の身体は見る見るうちに再生していき、この様子ではあと数秒で完治するだろう。
「キミがこの世界に来て、何を感じて、何を思っていたのか……ボクには分からない……」
レイルシアの魔力が静かに高まっていく。
「でも、今のキミをこのまま放置をできない……止めさせてもらうよ!」
かつての仲間を討つ決意と共に、レイルシアの身体から光が溢れ出す。
「せめて、キミが安らかに眠れることを祈るよ! ――光の星牢!」
銀の光が空へと上がる。
その光は魔物化太郎の頭上に集うと、巨大な銀色の星を形成する。
「――星よ! 落ちろ!」
レイルシアが叫びと共に、銀の星が落ちる。
落下した星は、その勢いと浄化の力で魔物化太郎を押し潰しながら拘束する。
「グギャギャギャギャッ!?」
押し潰されている魔物化太郎から、気色悪い悲鳴が上がる。
「今だよ! シン――ッ!?」
身動きを封じたレイルシアは、真羅の方に視線を向けると、その目に映った光景に絶句する。
真羅の頭上には、レイルシアの技とは比較にならないほどの魔力が籠った黒い雷が収束していた。
「ありがとう、レイルシア。危ないから霊体化して俺の中に入ってくれ」
真羅は感謝の言葉を告げると、頭上の雷に更なる魔力を送り込む。
「まさか!? それって!?」
真羅が何を行うとしているのかを察したレイルシアは、霊体化しながら急いで彼の中に飛び込む。
「手向けの一撃だ。受け取れ」
黒い雷が収束し、バスケットボールサイズまで圧縮される。
「――集魔・冥雷!」
真羅が両腕を振り下ろすと、黒い雷球が高速で放たれる。
撃ち出された黒い雷は、一直線に魔物化太郎に向かって行き、彼に接触する次の瞬間――
――凄まじい光と共に全てを消滅させた。




