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暗黒騎士


 スリーチ王国、消滅。



「ど、ど、ど、どーすんの?」


「こっちのセリフだよ! どーすんのさ!」


 リンネの放った“凰炎壊砲”はメガキャノンタートルだけでなく、その直線上にあったスリーチ王国までも消し飛ばしてしまった。


「まあ、魔人族に奪われた国だし……問題ないだろ?」


「問題大ありだよ! 捕らわれてた人たちもいただろうに! 皆消し飛んだよ!」


「まあ、四十九日以内なら蘇生出来るし、問題ないだろ?」


「えっ? 蘇生できるの?」


 新たに判明した真羅の能力に、レイルシアは思わず問い返してしまう。


「うん。その手の魔術は向こうの世界じゃ結構あるから。難易度は高いけど……魔力は喰うけど……」


 極力やりたくない。真羅の顔がそれを物語っている。


 死者の蘇生など、この世界――いや、地球でもある種の禁忌だ。そう気軽に行っていいモノではない。


「まあ、それは後で調べるとして……相手は警戒してこっちには来ないみたいだ。こっちから行かないとな」


「魔将の所?」


「うん。精霊を連れてると変に警戒される。レイルシアは霊体化してついて来てくれ」


「分かった」


 指示通りレイルシアが霊体化して姿を消すと、真羅は生き残った魔将の下に歩みを進めるのだった。








 メガキャノンタートルの亡骸の隣には、一人の騎士が佇んでいた。


 漆黒の鎧に漆黒の兜を纏っており、腰には禍々しい漆黒の剣を提げてる。黒一色で身を固めたその様は、まるで御伽噺に出て来る暗黒の騎士のようだ。


「……」


 兜を被っているため素顔は分からないが、その姿は亡き同胞たちに黙祷をささげているように見える。


「こんにちは!」


 場違いな明るい挨拶が荒野に響く。

 

 現れたのは黒いロングコートを纏った青年。


 青年――真羅は相変わらず不敵な笑みを浮かべており、見ようによっては相手を小馬鹿にしているように見えるが、本人にその気はない。


「……さっきの炎は貴様がやったのか?」


 暗黒騎士が口を開き、低い声で真羅に向けて訊ねてくる。

 その声には静かなる怒りが籠められていた。


「さあ? 試してみる?」


 しかし、真羅は物怖じせず、普段通りの口調で、まるで友人に冗談を言うような物言いではぐらかす。


「……」


 暗黒騎士は黙り込むも、何かに気付いたように再び口を開く。


「貴様……日本人か?」


 暗黒騎士はこの世界の者が知り得ないはずの情報を口にする。


 しかし、真羅は――


「うーん。俺、クォーターだから四分の三が日本人だな」

 

 ――特に焦ることも、驚くこともなく、馬鹿正直に事実を教える。


「ほう……驚かないんだな?」


「驚く要素ある?」


 暗黒騎士の探るような言葉に対し、真羅はごく自然に本心からの言葉を紡ぐ。


「気を付けて!」


 両者の視線が交錯する中、突如、レイルシアが真羅を守るようにして、彼の前に姿を現す。


「アイツ、なんだかすごく嫌な気配がする」


 現れたレイルシアは、暗黒騎士を警戒するように鋭い視線を向けるが、その暗黒騎士は涼しい様子で驚きの言葉を放つ。


「“レイルシア”か」


「えっ!?」


 突然自身の名前を告げられ、レイルシアの顔に驚愕の表情が浮かぶ。


「どうしてボクの名前を!? キミはいったい何者だ!」


「ふっ」


 暗黒騎士は嘲るように冷笑すると、その兜を外す。


「久しいな。銀星の精霊……」


「おっ、お前は――!?」


 レイルシアの驚愕がさらに深くなり――


「――誰?」


 ズコッ!


 暗黒騎士が思わずズッコけ、真羅が肩を竦める。


「おい、知り合いじゃないのか?」


「いや、知らないよ! ボクに魔人族の知り合いなんていないもん!」


「確かにそうか……」


 神代に魔人族はまだ存在していないし、レイルシアは目覚めてから精霊の森を出たことはない。彼女の言う通り、魔人族に知り合いがいるはずがない。


「……くっ、だが、分からないのも無理はない。私は生まれ変わったのだ」


「生まれ変わる?」


 暗黒騎士の言葉にレイルシアが疑問符を浮かべていると、ここで真羅があることに気付く。


「お前……魔人族になっているが、日本人だな」


「えっ? どういうこと?」


 真羅の見抜いた真実に、レイルシアが困惑の表情に変わる。


「ふんっ、さて、なんのことだが……そう言えば自己紹介がまだだったな」


 暗黒騎士ははぐらかしながら兜を被り直すと、腰の禍々しいオーラを放つ剣を抜く。


「私の名は、ランスロット。最強の魔将、暗黒騎士ランスロットだ」


「ランスロット?」


 ランスロットと名乗った暗黒騎士に対し、真羅は首を傾げる。


 ランスロットと言えば、アーサー王伝説に出て来る円卓の騎士の一人で、別名として“湖の騎士”とも呼ばれる、日本でもかなりの知名度を誇る英雄だ。


 目の前にいる魔将は、その高名な騎士を名乗ったのだ。


「それ、本名じゃないよな? それともキラキラネーム?」


「はっ、かつての名などとうの昔に捨てた」


「そうかい。推定、田中太郎さん」


「なっ!?」


 真羅が適当に日本人っぽい名前を言うと、暗黒騎士から困惑の声が漏れる。


「なぜ! おれの真名を!」


「え?」


 暗黒騎士の言葉に、今度は真羅から困惑の声は漏れる。


「あー! 思い出した!」


 二人が困惑により固まっていると、レイルシアが声を上げて両手を合わせる。


「タロウだ! 三千年前に召喚されたタナカ・タロウ! いつも協調性がなくて、一人ぼっちだったタロウだ!」


 レイルシアは恐らくは暗黒騎士が思い出してほしくはないことまで思い出す。


「誰がぼっちだ! あんなリア充どもと仲良し小好しなんてしたくなかっただけだ!」


 暗黒騎士ランスロット改め、田中太郎が怒声を上げる。


「まあ、ランスロットでも、田中でも、どっちでも良いが、レイルシアが感じた嫌な気配は分かった」


 名前などどうでもいい真羅は、初めにレイルシアが感じた気配の正体を掴んでいた。


「出て来いよ。憑いているのは分かってる」


 そう言って真羅が太郎に向けて人差し指を指すと、彼の背後に闇の塊が現れる。


「よく気付いたわね」


 闇の塊は人型――妖しい色気を孕んだ美女の姿になる。


「オマエはッ!? “暗黒の精霊”!?」


 その美女の姿を見たレイルシアから、怒りと困惑の混じった声が響く。


「久しぶりね。銀星の精霊」


 暗黒の精霊と呼ばれた美女は、レイルシアを小馬鹿にするように妖しく微笑む。


「どうして!? オマエが!!」


 ただならぬ様子のレイルシアに対し、真羅が心配そうに肩に手を置いて宥める。


「落ち着いて、レイルシア」


 真羅の優しく落ち着いた雰囲気の声音に、レイルシアはハッと我に返る。


「ごめん……取り乱した……」


「良いって。それよりも、こっちは知り合い?」


 真羅の質問に対して、レイルシアは静かにこくりと頷く。


「アイツは“暗黒”の精霊……三千年前にボクはアイツに負けたんだ……」


 レイルシアから紡がれた断片的な真実に、真羅はあらかた事情を察する。


「なるほど……因縁の相手って訳か」


 真羅は暗黒の精霊を鋭い視線で観察する。

 

 見た目は人間で言うところのニ十歳前後。髪と瞳の色は暗黒の名に相応しい闇色。

 体つきも大変女性的であり、精霊というよりも淫魔(サキュバス)と言った方がしっくりする姿をしている。


「そんな熱い視線を向けないでよ。レディに失礼よ」


「それは悪かった。でもお前らに性別なんて概念存在しないだろ?」


 暗黒の精霊の発言に、真羅は小馬鹿にするような言葉を返してやる。


「あら? そんなことまで知ってるの? この世界に来たばかりなのに詳しいわね」


「生憎、お勉強はいっぱい頑張ったんでね。お前らみたいに“お寝んね”してる暇はなかったからな」


 暗黒の精霊の心無い称賛に、真羅すぐさま確信を衝いた皮肉を返す。 


「お寝んね? どういうこと?」


 真羅の皮肉にレイルシアが疑問を持つ。


「簡単に言うとな。レイルシア。君の戦いは無駄ではなかったって事だ」


「――ッ!!」


 この言葉の意味を理解した暗黒の精霊の整った顔が怒りに歪む。


「そいつはレイルシアと戦いに勝利こそしたが、それと同時に深手も負った。消滅するほどじゃないが、存在を保てないぐらいのダメージを――そう敗れたレイルシアと同じような状態だ」


「ボクと同じ?」


「ああ、だから厳密には言うと、“負け”ではなく、“相打ち”だったって事だ」

 

 真羅が暴いた真実。


 レイルシアは負けたわけでない。暗黒の精霊に対し、無視できないほどの深手を与えていたのだ。

 それこそ、自身と同じく休眠状態になる必要があるほどのダメージをだ。


「そして、お前はその時に出会った……戦いで瀕死になった田中太郎と」


 新たなる真実に、今度は兜の中で太郎の顔は歪む。


「田中太郎を見つけたお前は、ある取引を持ち掛けた。自身と契約して命を繋ぐため――いや、違うな。更なる力――闇の力を与える代わりに、女神の加護よって得た膨大な魔力を自分に分ける取引を……そしてその男はそれを受け入れた。今の話を聞く限り、他の召喚者と折り合いが悪そうだしな。助かるどころか、更にパワーアップ出来るなんて迷わず飛び付いただろう」


 太郎と暗黒の精霊は押し黙る。

 その沈黙は肯定であった。


「そしてお前らは約三千年の眠りにつき、新たなる力を得て目覚めた。田中太郎は闇の精霊の力――即ち魔人族の力を。そして、暗黒の精霊は光の加護の力、即ち女神の力の一端を得た。恐らく目覚めたのは数年前で、魔人族になった後は魔王軍に入り、その力で魔将になったんだろうよ」


 考察を言い終えた真羅は、深く溜息を吐く。


「どうだ? 当たらずと雖(いえど)も遠からず、と言ったところだろう?」


「「……」」


 完全に的を射ていた真羅の考察に、二人は何も言い返せなくなる。


「ボクは負けていなかった……」


「そうさ。君は負けてないさ」


 真羅の告げた真実の言葉は、レイルシアの心に自信を取り戻させる。


「何か言いたい事はある?」


 真羅は小馬鹿にするような笑みを浮かべて、太郎と暗黒の精霊に尋ねる。


 すると、黙っていた暗黒の精霊が徐に口を開く。


「随分と優秀な契約者を見つけたのね。銀星……」


 少々の嫉妬が籠った言葉に、それを聞いていた太郎の眉が兜の中で歪む。


「ボクの名前は“レイルシア”だ! 名前で呼べ! 暗黒!」


 レイルシアは自身の大切な名を誇らしげに叫ぶ。

 戦友に付けてもらったこの大事な名前は、彼女にとって宝物とも言えるものだった。


「それはごめんなさいね。でも一つ、私にも“アスタロト”って言う名前があるのよ。今後からはそう呼んでちょうだい」


 自慢げなレイルシアに対抗し、暗黒の精霊――アスタロトも隠していた自身の名前を名乗る。


「闇の精霊に名前!? タロウが付けたのか?」


「ほーん」


 暗黒の精霊の名乗った名前に対して、レイルシアは声を上げて驚くが、真羅は興味深げな反応をする。


「――アスタロトね」


 悪魔アスタロト。

 ソロモンの七十二柱の悪魔の一柱であり、序列二十九位。

 古代フェニキアの都市ビブロスの守護神である女神アスタルテが元の姿だとされているが、キリスト教の普及により悪魔へと落とされた存在である。

 右手に毒蛇を持ち、ドラゴンのような地獄の獣に乗り、隠された財宝をもたらしてくれる魔公爵。また、色々な秘密を知っており、それを教えてくれる悪魔でもある。


 何やら色々な秘密を抱えていそうな彼女には、ある意味ピッタリな名前だろう。


「お前にはお似合いの名前だな」


「――? ありがとう?」


 皮肉を込めた言葉だったが、名前の由来を知らないアスタロトは、意味も分からず素直に礼を返してしまう。


「しかし、ランスロットねー」


 真羅が小馬鹿にするような笑みを湛えて、太郎の兜に包まれた顔を見る。


「……なんだ?」


「ランスロット……女に誑かされた裏切者には相応しい名前だな」


「ッ!!」


 言葉の真意が分かった太郎から怒気が漏れる。


 ランスロットはアーサー王伝説において、アーサー王の王妃であるグィネヴィアの誘惑に負け、彼女と不倫をした挙句、その場を目撃した仲間の騎士を斬り殺してしまう。その結果、アーサー王派とランスロット派が対立して内乱を招いしてしまう。

 ランスロットは円卓の騎士の中ではアーサー王を凌ぐとも言われている一番の騎士だが、同時に内乱を引き起こした裏切りの騎士でもあるのだ。


 アスタロトいう女の誘惑に負け、仲間たちを裏切った男にはある意味相応しい名前だろう。

 

「おや? てっきり、その意味でランスロットを名乗ってるんだと思ったが、違ったのかな?」


「はっ! 何とでも言え! この名前にさしたる意味はない!」


「じゃあ、太郎って呼ぶよ」


「そう言う意味じゃねえ! チッ、もういい!」


 太郎は怒声を上げつつも剣を収める。


「ん? 闘(ヤ)らないの?」


 剣を収めた太郎に、真羅は訝しげな視線を向ける。


「戦う前に貴様に確認したいことがある」


「何を?」


 敵意を引っ込めたられたため、真羅も一時的に戦闘態勢を解く。


「貴様、私の部下になれ」


 確認と言っておきながら、太郎は真羅に対して命令した。


「何の冗談だ?」


「冗談ではない。私には戦力が必要なのだ」


「何のために?」


 真羅が尋ねると、太郎は再び兜を外して素顔を晒す。

 その表情は真剣そのものであり、冗談を言っているわけではないようだ。


「私の目的は――魔王を倒すことだ」


 太郎の口から衝撃の言葉が告げられる。


「はっ」


 真剣な表情で真意を告げた太郎を、真羅は鼻で笑う。


「おいおい、ランスロット卿。神様と仲間の次は、王様を裏切るのか? 笑えねー冗談だな?」


 真羅は呆れの混じった冷ややかな視線を太郎に送る。


「……現魔王の目的は人類の皆殺しだ」


「現魔王?」


 聞き慣れないワードに真羅が尋ねる。


「魔王は代替わりした、今の魔王は先代を殺して魔王の座を奪った。先代の目的はあくまでも人界の支配であったが、現魔王は違う……奴は暴君だ。弱者は全て皆殺しにする。例え同族であってもだ」


「うわー、そんな事があったのかー」


 太郎の告げた真実に、真羅は興味なさそうに棒読みで言葉を返す。


「私の真の目的は現魔王を打倒し、新たな魔王になること。そのためには戦力が必要だ。ついさっき、私の軍勢は消し飛ばされたがな……」


 太郎はメガキャノンタートルの亡骸に視線をやる。彼の部下は先ほどのリンネの一撃によって魔物ごと壊滅してしまった。


「だが、貴様がいれば、軍勢以上の戦力になる。貴様は魔王を倒すために召喚されたのだろう? なら、迷うことはないはずだ」


 太郎が真羅に向けて手を差し伸べる。


「私が魔王になれば、人間たちとの和平を約束する! 貴様の力を私に貸すんだ!」


「……」


 真羅は差し出された手を黙って見詰める。


 正直、真羅からしたら魔王などどうでもいい。親友の勇志たちが危なそうだったら助けようとは思っているが、魔王討伐に関しては興味が無い。


 真羅は太郎の隣で控えるアスタロトを見る。


「アスタロト……お前はどう思っているんだ?」


 太郎の目的は分かったが、闇の精霊であるアスタロトの目的が分からない。闇の精霊からすれば、どちらかというと、魔人族は闇の勢力側だ。積極的に戦う理由が分からない。


「魔王は、人も、魔物も、精霊も、全てを滅ぼす存在よ。私たちからしても奴は障害なの。討伐に関しては全面的に協力するわ。まっ、他の闇の精霊たちは知らないけどね」


「……」


 アスタロトの意志を聞いた真羅は少し考える素振りを見せると、懐から魔導品(アーティファクト)のカードを取り出す。


「返答の前に占わせてくれ」


 真羅がそう言うと、カードが自然に宙に舞い、円を描くようにしてかき回されていく。


「タロットカード?」


「いや、それを元にしたオリジナル」


「未来を占うのか?」


「ああ、だが俺のじゃない。お前のだ、太郎」


 真羅は宙で舞うカードを一枚引く。

 そして、引いたカードを周りの三人に見せつける。


「死神(デス)のカード」


 死神。

 タロットカードの十三番目。


 厳密に言うと真羅のカードはタロットではないのが、このカードに関しては意味はほぼ同じだ。


 死神のカード。その意味は――


「――失敗、終わり。これがお前の未来だ」


 計画の失敗よる死。それが田中太郎の未来。


 彼に未来はない。それが分かった以上、裏切り者などに力を貸す道理はない。


「悪魔に憑かれたお前に対する答えがこれだ」


 真羅の身体から魔力が迸る。


『――消えてなくなれ(アブラカダブラ)!』


 呪文が響くと、太郎とアスタロトに聖なる稲妻が降り注いだ。


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