虹の橋と不死鳥
真羅が顕言の呪文を紡ぐと、魔法陣から虹が溢れた。
溢れた虹は瞬く間に要塞を包み、半円状の光の膜を形成する。
それと同時にメガキャノンタートルの魔力砲が放たれる。
――ゴオオオオオオオオオオオオオッ!!!
生物とは思えない爆音のような咆哮と共に放たれた魔力砲は、蛸魔物の魔力砲を遥かの凌ぐ威力があり、一直線に魔法陣から溢れる虹の境界に直撃する。
虹に接触した膨大な魔力は、術式と衝突して一時的に拮抗するも、すぐに臨界を超えて大爆発を引き起こす。
これを見ていた魔人族たちは誰もが自分たちの勝利を確信するが、爆炎が晴れた瞬間、その表情が驚愕に変わる。
虹の境界は全く揺らぐことなく健在だったのだ。
「生憎だが、この虹は揺らがない。例え、世界の終わりの日であろうと壊れない」
真羅の誇る防御用の大魔術、【世界に架かる虹の境界】。
彼が生み出した傑作とも言える鉄壁の魔術。
「この魔法――魔術はいったい?」
この世界の魔法ではなく、異世界の魔術。いや、真羅の魔術。
一目見ただけでも分かる超高度な魔術。
思わず漏れたレイルシアの呟きを聞いた真羅が不敵に笑う。
「こいつを展開した以上、ここは安全だ。折角だし説明しようか」
メガキャノンタートルがもう一度、魔力砲を放とうと、再び魔力のチャージを始める中、真羅は呑気に魔術の解説を始める。
「まず、この魔術の基になっているのは、向こうの世界の北欧神話に出て来る世界を繋ぐ虹の橋だ」
「橋? 盾とかじゃなくて?」
防御の魔術で橋を基にしていると聞き、レイルシアは疑問符を浮かべる。
「そう、橋だ。だけどそれはただの橋じゃない。とても堅牢な橋で巨人族の侵攻を防ぎ続けた橋だ。だが、この虹の橋は世界の終わり――神々の黄昏の日には壊れてる。だから俺はこの橋を基にしつつも、別の可能性を求めた」
「別の可能性?」
「世界の終わりすら防ぎ切るにはどうすれば良いか。考えた結果、俺はこの橋が虹である事に可能性を見出した」
この時、二撃目の魔力砲がメガキャノンタートルから放たれる。先ほどよりも明らかに強化されたの魔力砲だが、虹の境界はその魔力砲を完璧に防ぎ切る。
「レイルシア。虹ってのは何時現れる?」
「えっ、“虹の精霊”セブンスは、確か“嵐の精霊”テンペストの後に生まれたから……雨上がりの空に架かるね」
「そう、虹ってのは雨の上がった空――嵐の後に架かるものだ」
二撃目が防がれたメガキャノンタートルが、苛立ったように三度の魔力を溜め始める中、真羅は不敵な笑みを絶やさずに解説を続ける。
「虹が架かるって事はつまり、嵐は過ぎ去ったって事であり、要は全ての攻撃を防ぎ切った後の“結果”が“虹”なんだ」
「全てを防ぎ切った結果が虹……それってつまり、結果が先に来てるってこと?」
「その通り! 察しが良いな」
「えへへっ」
こんな状況に関わらず、真羅に褒められたレイルシアは思わず照れてしまう。
「これは因果の逆転。この魔術が完成した時、そこで結果が確定するんだ。だからどんな攻撃が来ようと、“全てを防いだ”という結果が先に来る以上、如何なる攻撃をも防いでしまう。魔術に限らずどんな攻撃が来ようとも、この虹の橋を破る事は出来ないんだ」
「それって要は無敵ってことじゃ……」
「うん、無敵だよ。師匠にも破られた事は無いし。完璧な防御魔術だな。まあ、魔力の消費がデカいから滅多に使わないけどね」
エッヘンと胸を張る真羅に、レイルシアは頼もしさと同時に底知れない恐ろしさを感じる。
この完成度の魔術を、生まれてからたった十数年で完成させたのだ。
末恐ろしい事この上ない。
「消費が大きい分、使い勝手も悪い。だから普段はこいつを色ごとに七分割して使ってる。それが何度か見せた【虹の境界】だ」
「ああ、リヒトとの戦いの時とかに使ってた」
レイルシアは真羅がリヒトと決闘した際に、行使していた魔術のことを思い出す。
「七つの境界はそれぞれ別の特性を持たせていてな。赤色が物理防御、橙色が力の屈折、黄色が威力の減衰、緑色が攻撃の反射、青色が魔力防御、藍色が術式の解体、紫色が魔力の吸収と他の境界の強化。って感じだな。分割した分、燃費も使い勝手も良くなっている」
三度目の砲撃。
先ほどとは比べものにならないほどの膨大な魔力のチャージと、魔将による魔法による強化を受けたその魔力砲は、要塞どころか周囲の山々すら消し飛ばしかねない威力が籠められていたが、“全てを防ぎ切った”という結果の前には無力だった。
「でもそんなすごい魔術なら精霊にしなかったの?」
レイルシアがふと浮かんだ疑問を真羅に尋ねる。
「ああ、したよ。でも、精霊化によって更に強大になった力は、彼女自身でも制御し切れなかったんだ。だから、本来の魔術同様に七人に分けて安定化させた」
「確かにこんなすごい魔術だもんね。精霊になっちゃったらとんでもない存在になっちゃいそう」
「うん、能力的には無敵だったからね。どんな攻撃も受け付けない、ある意味最強だったからね。その分、あの子を苦しめてしまった」
当時のことを思い出したのか、真羅は反省するように頬を掻く。
「虹の境界はそれぞれ、赤の境界、橙の境界、黄の境界、緑の境界、青の境界、藍の境界、紫の境界という“七守”と呼ばれる魔霊になった」
「どんな子たちなの?」
「姿は戦乙女と悪魔を合わせた感じで、七姉妹は元は同じ魔術だから、見た目は髪と瞳の色が違うぐらいしか違いはないね。まあ、世界の守護が役割だから、基本的に会う事も無いと思うよ」
「へー、そっか。ばるきりー? あるこーん? っていうのは分からないけど、髪と瞳が違うだけの七姉妹って“七源の精霊”みたいだね」
「七源?」
聞き慣れない言葉に、今度は真羅が疑問符を浮かべる。
「そう言えば話していなかったね。七源の精霊は、闇以外の七属性を司る、女神さまが最初に自分を模して生み出した原初の精霊たちのことだよ。最高位精霊とも呼ばれているね」
「あー、属性を司る最高位精霊の事か。書庫で読んだっけ」
真羅はエルフの隠れ里の長老の書庫で読んだ書物に、七属性の精霊について記されていたことを思い出す。
「月光の精霊は空に上がって月になったけど、他の六人の精霊は地上に残ったって伝わってるよ。今は眠りについているみたいだけど」
「月の精霊が光属性を司ってるんだったな。推測だが、そいつが空に上がったせいで、人類の光属性の適性が低いんだろうな。後、闇属性だけは魔神や闇の精霊によって生まれた属性だがら人界に住まう者は適性が低いのか。魔界に住む魔人族は闇属性の適性が高そうだな。そもそも魔人族ってのは、太古の時代に魔界に移り住んで、魔神や闇の精霊の影響で変質した人類である可能性が高いし、精霊に直接導かれた訳じゃないから、一番最後に誕生した種族で――おっと話がずれたな」
話が逸れて属性から魔人族の考察に広がってしまったため、真羅は咳払いをして話を戻す。
「そう言えば、光の精霊に最高位精霊がいるって事は、闇の精霊にも最高位精霊はいるのか?」
今度は真羅が不意に思った疑問をレイルシアに尋ねる。
「……あまり思い出したくないけど……七罪の精霊と呼ばれる闇の最高位精霊がいるよ……まぁ、魔神と同じで封印されたみたいだけどね」
闇の魔神と並んで、光の精霊の宿敵である闇の最高位精霊のことを思い出したのか、レイルシアは苦虫を嚙み潰したような表情になる。
「神代に倒したはずの常闇の精霊も復活してたし、魔神とかの封印って、この約三千年間で弱まってないか?」
「不吉なことを言わないでよ! 本当にそうだったどうするのさ!」
真羅のふと思いついた考察に、レイルシアが悲鳴を上げる。
「精霊という存在はそう簡単に消えない。倒しても何れ時を経て復活するモノだ。封印ってのも永遠に続かない。何時の日か必ず解かれる……というか、レイルシアだって休眠して復活したじゃん。相手だって同じ事を出来ると考える方が自然だろ?」
「それは……そうだけど……」
真羅からすれば当然とも言える正論に、レイルシアは反論できず黙り込んでしまう。
「復活したならしたでそれで良い。悪さをしてるならまた倒して封印すれば良いだけだ。物事は案外単純だよ」
「シンラ……」
自身の契約者の頼もしい言葉に、レイルシアは心打たれる。
「それはそうと、気付いているか?」
「え? 何に?」
突然の問いにレイルシアは何のことだかわからず、問いを問いで返してしまう。
「あの亀のと付与術師の魔力が尽きた。三発目が全力の一撃だったらしいな」
真羅の言葉にレイルシアはメガキャノンタートルの様子を確認する。
彼の言う通り、メガキャノンタートルの魔力は底をついており、魔将と思われる魔力の一つもかなり小さくなっている。
「反撃開始だ」
――パチンッ!
真羅が指を鳴らすと、虹の境界が消える。
「さあ! 出番だ! ――リンネ!」
防御の魔術を解いた真羅は、親しみの籠った声音で誰かの名前を叫ぶ。
「待ってました!」
明るい声と共に、真羅の身体から巨大なナニカが飛び出す。
「リンネ! 参上!」
レイルシアたちの上空に現れたのは、燃え盛る炎を纏った紅金色の巨鳥。
「紹介しよう。彼女の名はリンネ。六血の一人で、“不死鳥”の幻血から生まれた魔霊だ」
「不死鳥――リンネ……」
その顕現したリンネのあまりの神々しさと美しさから、レイルシアは意図せずに見惚れてしまう。
「そう、見た目は美しいが、人の形態だと常に全裸なうえ、罵倒されて嬲られる事を何よりも快感に感じる、超ドMの変態。六血の問題児筆頭。不死鳥リンネだ」
「えッ?」
あまりにもひどいリンネの紹介に、レイルシアの口から変な声が漏れる。
「真羅ってばヒドイ。でもそれが良い!」
辛辣な紹介をされた当の本人は、何故か頬を赤らめて喜んでいる。
「な? 変態だろ?」
「う、うん……」
真羅の言葉に思わず頷いたが、レイルシアはどう反応すればよいのか分からずに困惑する。
「まあ、力は本物だ。心配ない」
「心配するのはそこなのかな……」
困惑状態で頭を掻くレイルシアをよそに、真羅は【逢魔の杖】を呼び出して、リンネの背に飛び乗る。
「うほっーい!! 久々の生真羅だー! いい……」
真羅が騎乗すると、リンネは突然絶頂する。
「うわー」
その様子を見たレイルシアはドン引きする。
「おっと、ドン引きするのはまだ早いぞ。リンネの真骨頂はここからだ。行くぞ! ケイン!」
そう言うと真羅は、姿勢を低くし騎乗姿勢を取ると、リンネの尻の部分に鞭を叩き込む。
「はんっ♡」
「本当の強化の仕方を教えてやる! 逢魔の杖が何故競馬の鞭の形をしているか! 答えはこれだ!」
真羅は鞭を持った腕を弧を描くように回転させ、何度もリンネに向けて鞭を叩きつける。
――風車鞭。
競馬において、直線で騎手が鞭を風車のように回して鞭を入れて馬を追う技術。
「逢魔の杖の強化は重ねるほど効果が倍増する! つまり! 魔霊はケインで叩けば叩くほど、神秘の格が上がり強くなる!」
レイルシアに解説をしつつも、真羅の風車鞭は止まらない。
「はんっ、あんっ、あんっ、あんっ、はんっ――」
鞭が当たる度、リンネから色っぽい卑猥な声が発せられる。
その度にレイルシアは口を開いてドン引きするが、その度にリンネの力は高まっていく。
「はんっ、あんっ――うっ――きた、きたきたキタキタキタキタキタキタッ!!」
何十回と鞭に叩かれたリンネの高揚は極限まで高まると、彼女の嘴に膨大な魔力は収束していく。
「いっくぞー! 喰らえー!! ――凰炎壊砲!!」
収束した魔力が膨大な火炎となり、メガキャノンタートルに向けて放たれる。
一瞬だけ世界から音が消えたかと思うと、次の瞬間に遥か彼方で大爆発が起こる。
リンネから放たれた熱線は、メガキャノンタートルを甲羅の砦ごと撃ち抜き、一瞬でその大部分を蒸発させると、遥か遠くの地に着弾し、まるで水爆が爆発したかのような巨大な爆発を起こした。
その爆発の威力は、軽くこの世界の大国を複数消し飛ばす規模だ。
「あうッ! 快感っ!」
「お疲れ。もう戻って良いぞ」
「雑な扱い! でもそれが良い!」
真羅は空いた手でリンネの頭を鷲掴みにすると、彼女を自身の中の世界に戻す。
「ふー、見苦しいモノを見せたな」
掻いてもいない汗を拭う動作をすると、ケインも自身の中に戻してレイルシアの前に降り立つ。
「ほんとだよ……なんてモノを見せるの」
「悪かったよ。でもこの場じゃ、あの子が最適だったから。それは事実だからね」
ドン引きしているレイルシアをよそに、真羅は悪びれることもなく不敵な笑みを浮かべる。
「亀は絶命。砦の連中もほぼくたばり、残っているのも虫の息。すぐに命は尽きる。だが――」
真羅の視線は熱線で跡ではなくメガキャノンタートルの西側に向いていた。
「さっきの一撃……察知して砦から飛び出した奴がいる。相当の手練れだ」
真羅の服装が変化する。
いつの間にか、真っ白の無地のワイシャツの上に、漆黒のロングコートを纏っていた。
「クロア、シロナ」
【漆黒の衣】
物理的、魔術的な外部からの干渉を防ぐ漆黒のロングコートの姿をした魔具精霊。
【純白の衣】
魔力の制御をアシストし、術の構築をサポートする純白のシャツの姿をした魔具精霊。
この姉妹魔霊は、言わば真羅の正装とも言える魔具であり、強敵と判断した時のみ身に纏う魔具である。
「この世界でなら、魔術を隠蔽する事なく行使出来る。久々に本気で闘れるかもな」
不敵な笑みを湛えた魔術師は、まだ見ぬ強敵に向けて静かに歩き出すのだった。
「ねえ、シンラ……」
「ん?」
「さっき爆破した方角……スリーチ王国があるはずの場所なんだけど……」
「えっ?」




