最前線の要塞
魔人族との戦いの最前線、ノーテット帝国。
これより北の魔界に近い土地は全て魔人族に占領されており、人類の国は滅ぼされてしまっている。
その人類と魔族の境界には、巨大な要塞が築かれていた。
「ほー、これがフォーリス要塞か……デカいな」
そんな要塞の裏門の前で、真羅は興味深そうに見上げていた。
「帝都に寄らずに要塞に来るなんて……そんなにコレを見たかったの?」
同じく興味津々な様子で要塞を見上げていたレイルシアが尋ねる。
真羅とレイルシアはサラと別れた後、ノーテット帝国の帝都には立ち寄らず、ドルフィーの町から直接このフォーリス要塞に来ていたのだ。
「いや、要塞が気になったのは事実だけど、先にこっちに来たのは、単にその方が面白いって思ったからだ」
「面白い? 要塞が?」
「うーん、要塞が面白いって言うよりな……これは勘だけど、何かが起こるぞ」
「何かが起こる?」
真羅の曖昧な回答に、レイルシアは首を傾げる。
「まあ、楽しい事とは限らないけどね」
意味ありげに微笑む真羅に対して、レイルシアは胡乱な視線を向ける。
彼の“勘”自体は曖昧なものではなく確かな技能であることは、海底遺跡で見せつけられたが、それでも“勘”という不明瞭なものを言われても、レイルシアはいまいち理解が及ばない。
「まあ、認識阻害の術で兵隊さんには気付かれないから、自由に回らせてもらおう――ん?」
話の途中で真羅は何かを察知したようで、要塞のある北側、その先に鋭い視線を向ける。
「どうし――あっ?」
問いかけようとしたレイルシアも何かを察知したようで、その整った顔が険しいものに変わる。
「レイルシアも気付いたか?」
「うん……まだかなり遠いけど、巨大な魔力の塊が近づいて来ている」
「ここじゃあ見難い。上に行こう」
遠くに魔力を感じた二人は重力に逆らって宙に浮くと、要塞の最上部に降り立つ。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
最上部からの景色を一望することもなく、真羅は遠見の魔術で遥か北を見る。
「……亀?」
遠見の魔術を使用した真羅の目に映ったのは、島のように巨大な亀だった。
「何あれ? 魔物? デカすぎない? 島亀?」
真羅の驚きつつも、思い当たった怪物の名を口にする。
アスピドケロンとは、中世ヨーロッパの伝承で登場する怪物であり、島と誤認するほど巨体を誇る海亀、もしくはクジラや巨大魚と伝わっている。
ここは陸だが、その魔物は海を泳ぐためのヒレと平らな甲羅という海亀の特長に加え、遺跡で対峙した蛸魔物が小さく見えるほどの巨体を持っているため、まさにアスピドケロンと呼ぶに相応しい見た目をしていた。
「あれは!?」
視力を強化したレイルシアも、魔物を捉えることができたようで驚愕の声を漏らす。
「知ってるのか?」
「うん。あれは神代の戦いで猛威を振るった超巨大魔物――“メガキャノンタートル”だよ」
「巨砲海亀? ははっ、大砲でも積んでいるのか?」
レイルシアによって明かされた魔物の名称に対して、真羅は笑いながら冗談交じりに尋ねる。
「……ヤツは口から特大の魔力砲を放つんだ。まともに喰らえば、ボクたち光の精霊でもただじゃすまない……」
「へー、そんなヤバイ奴なのか」
冗談が強ち間違っていなかったため、真羅は笑みを消す。
「まさか、生き残りがいたなんて……」
レイルシアは驚愕しながらも悔しげに拳を握る。
あの魔物が生きているということは、彼女の仲間が仕留めそこなったということだ。
レイルシアは改めて戦いに最後まで参加できなかった自身の情けなさを実感していた。
「恐らくだが、仕留めそこなった訳じゃない。奴は神代に君の仲間が封印した魔物だろう」
不甲斐なさを感じているレイルシアの様子を見た真羅は、慰めるように魔物を考察する。
「えっ、どうしてそんなことが分かるの?」
「そりゃ、奴の数千年の年月を感じないからだ。封印も解かれて間もない」
「誰かがその封印を解いたってこと?」
「ああ、恐らく奴を使役している魔物使いが犯人だろう……しかし、あのクラスの魔物を使役するとは、かなりの手練れだな……勇志達には荷が重いな」
あの歩く災害のような魔物を使役してしまうとは、魔人族にはこの世界で最高峰の魔物使いがいるのだろう。
恐らくは魔将だろうが、これほどの相手は未熟な救世主たちでは確実に対処できない。
「ん? 要塞内も騒がしくなってきたな」
見張りが魔物の存在に気付いたようで、要塞内が一気に騒がしくなる。
「しかもあの甲羅に砦を築いているな。魔力もかなりの数あるし、正に移動要塞だな」
よく見てみると、メガキャノンタートルの甲羅の上に砦が築かれており、その中には魔人族の軍勢が控えていた。
真羅の言う通り、まさにあの魔物は移動する要塞だ。
「砦の中に強い魔力が三つ。これが魔将か」
真羅は魔物の背の砦の中にいる強大な力の持ち主を感知する。
超巨大魔物に加え、魔将が三人。それに魔人族の軍勢までいるとなると、どうやら本格的に人界への侵攻を再開したことが窺える。
真羅が冷静に観察していると、突如としてメガキャノンタートルの口が開く。
「大変だ! 魔力砲を放とうとしてる!」
異変を察知したレイルシアが慌てて声を上げる。
「こんな要塞、一発で消し飛んじゃうよ!」
「それだけで済めば良いな……」
真羅が黄昏色の魔眼を光らせ、意味ありげな事を呟く。
「砦の中にいる推定魔将が亀を強化してる……あの様子じゃ、後ろの帝都ごと吹き飛ぶぞ」
「え!?」
告げられた事実に、レイルシアは再び驚愕する。
無理もない。ただでさえ半端ない威力の魔力砲を魔法で更に強化されていたのだ。
神代でのメガキャノンタートルの脅威を経験しているレイルシアにとって、この恐ろしさをより理解しできてしまう。
「かなりの腕の付与術師だな……強大な魔物使いと強化の達人。なるほど、良い組み合わせだ」
真羅は思わず感心してしまう。
強力な魔物を使役する魔物使いと、それをより強くすることができる凄腕の付与術師の組み合わせ。相手にするならかなり厄介だ。
「感心してる場合!?」
こんな状況でも平常心を崩さない真羅に対して、レイルシアは思わずツッコんでしまう。
しかし、こんな状況でも余裕を崩さない真羅を、レイルシアは頼もしく感じていた。
何か手があるのだろう。レイルシアは期待に満ちた瞳を真羅に向ける。
「そうだな……レイルシア、あれ防げそう?」
「えー」
まさかの他力本願。レイルシアは呆れを通り越し、思わず放心してしまう。
「高位精霊だし、あれぐらいちゃちゃっと防いでよ」
「ムリムリ! キミを一人を守るぐらいなら何とかなるけど、完全に防ぐのは無理!」
「だよねー」
大した期待もしていなかったようで、真羅は慌てふためくレイルシアの様子を見て「ははっ」と笑う。
「何笑とんねん!」
再びレイルシアの渾身のツッコミが炸裂する。
「ははっ、ごめんごめん」
一頻り笑ったところで、真羅の表情が真剣なものに変わる。
「……どうする? 逃げるか?」
「いや……それはできない」
真羅の提案に対し、レイルシアは首を振って断る。
「ボクらが逃げたら、この要塞の人――いや、この国の人々が犠牲になってしまう」
「……」
強い意志の宿ったレイルシアの瞳。
彼女の意志は固い。真羅はそれを理解する。
「そうか……分かった。俺が何とかしよう」
「え? できるの?」
「うん」
あまりにも軽く告げられた事実に、レイルシアは再び固まる。
「どうとでもなるぞ」
「えー、じゃあなんで逃げるなんて言ったの?」
「面倒だから」
「そんな理由で人を見捨てないでよ!」
あまりにも薄情な契約者に、レイルシアは怒声を上げる。
「いや、見捨てる気はなかったぞ。逃げても手なら幾らでもあるし」
「じゃあ早くなんとかしてよ!」
「了解」
そう言うと、真羅は要塞の正面に飛び降りると、大きく息を吸い込み。
「――全員ッ!! その場を動くなッ!!」
爆音に匹敵する大声が放たれる。
呪文ではないが、力ある言霊が要塞内にいる人々の動きを縛る。
「そのままじっとしてくれ」
魔術師の言葉は力を持つ。
例え呪文詠唱でなくても、理を歪めて神秘を顕現させてしまう。
魔術師として高みにいる今の真羅にはそれだけの力がある。
「人たちの動きが止まった? 何をしたの?」
同じく要塞の正面に降り立ったレイルシアが何を行ったのかを尋ねる。
「ちょろちょろ動かれると守り切れない。だから止まってもらった。今から魔術でこの要塞を丸ごと守る」
レイルシアの質問に答えた真羅は、息を整えると同時に魔力を高める。
「今から行使するのは“大魔術”。階位はⅩ。俺の持つ魔術の中で最高の防御だ。特と御覧じろ!」
そう叫ぶと、真羅は呪文を唱え始める。
『――七色の虹よ。其は嵐の過ぎ去った空に架かるモノ。世界が終ろうとも巨人の侵攻を防ぐ七色の橋』
歌うように紡がれる呪文は何の短略もない真詠唱。
『――決して壊れず、煌き輝く光の橋。決して朽ちない光の奇跡。例え世界が終わろうと、決して消えない真実の虹』
真羅の頭上に七つの魔法陣――赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色の魔法陣が現れると、それらが一つに合わさり、虹色の魔法陣を形成する。
『――新たなる虹の橋よ、架かれ! ――――世界に架かる虹の境界!』
その時、世界に虹が溢れた。




