彼女の信仰
――バリンッ!
冒険者ギルドの二階、ギルドマスターの執務室の窓を蹴破り、何者かが侵入してくる。
「うおっ!? なんだ!?」
ギルドマスターのモリスが驚きながら振り向くと、そこには二つの人影があった。
「よお、さっきぶりだな。ギルドマスター」
モリスの視線の先には侵入者――気絶した忍びを引きずったアルムが鋭い眼光を向けていた。
「アルム!? なぜ窓から!?」
「……」
侵入者の正体を知り、モリスが驚きつつも問い質すと、アルムが無言でレノーサを投げて寄こす。
「レノーサ!? 何があった!?」
モリスは慌てて受け止めると、思わず意識を失っているレノーサに問いかけてしまう。
「うざかったから気絶させた。一日もすれば目を覚ます……それよりもだ」
レノーサに代わってアルムが答えると、そのままドッと書類の載った机の上に腰を下ろす。
「どういうつもりだ?」
足を組み不遜な態度のアルムに、モリスは冷や汗をかく。
レノーサの諜報に気付かれたのだ。現在最も機嫌を損ないたくない相手――竜よりも恐ろしい者の逆鱗を踏んでしまった可能性が高い。
百戦錬磨のモリスにも流石に焦りを隠せない。
「いや……言い方を変えよう。オレもアンタと同じでまどろっこしいのは嫌いだ。単刀直入に聞く。何が知りたい?」
固まったモリスの様子を見たアルムが問い直す。
これは彼を気遣ったわけではなく、単にアルムが駆け引きを嫌っているためだ。
この問いに我に返ったモリスは、不機嫌ではあるもののアルムに敵意がないことに気付く。
「すまなかった。キミを害するつもりは――」
「――謝罪なんて求めてない。こんなウサギを使ったんだ。知りたい事があるんだろ? 答えてやるって言ってんだよ」
不機嫌なアルムは、まずは謝罪を行おうとしたモリスの言葉を遮る。
人間ごときの安っぽい謝罪など、彼女は興味がない。
忍びを使ってまで知りたいのなら、直接聞けばいいのだ。
ある程度なら事情を話してもよいと、主からも言われてはいる。
「分かった……では聞くが、キミの目的は何だ? どうして救世主さまの手伝いを?」
想定通りの問いに、アルムは特に考える様子もなく静かに口を開く。
「主の指示だからだ」
「主?」
アルムほどの実力を持つ者に指示を出している者がいることを知り、モリスは驚きを漏らす。
「そう主。オレの主であり、師であり、親でもある御方だ。その主が助けろと言ったんだ。だから救世主を援護する。理由なんてそれだけだ」
主である真羅の指示。
それは魔霊、いや、真羅の生み出した全ての精霊にとって絶対のものであり、それは全てに優先される。
隠すこともなく言い放ったアルムに対し、モリスは彼女の目を見る。
その目には一切の迷いや疑いは無かった。
「そうか……その主とやらは誰なんだ? キミの師匠ということは高名な魔法使いなのか?」
アルムの主に興味が湧いたモリスが尋ねる。
彼女ほどの使い手の師匠でもあるのだ。相当の達人であることは想像に難くない。
「それは言えない」
しかし、アルムは答えることを拒否する。
「なぜだい?」
「許可が無いからだ。主は表舞台に立つ事を望んでいない」
「そうかい……」
アルムが言えないと言った以上、モリスもこれ以上は聞かないようにする。
むやみに追及すればアルムの怒りを買ってしまう。
それでなくとも彼女が師と呼ぶほどの人物だ。敵に回すのは間違いなく悪手だろう。
「じゃあ次の質問をしよう。キミはどこから来たんだい? 出身は?」
「……」
話を変えるようにモリスが次の質問をするが、それを聞いたアルムは黙り込んでしまう。
「アルム君?」
「……出身なんて考えた事もない」
アルムたち魔霊は全て、真羅の研究室や自室などで造られるか、真羅の世界で自然発生するかのどちらかだ。
アルムは真羅が自室で生み出した魔霊であり、真羅の世界では“昼都”で主に活動している。それを出身を言っていいのかか分からないが、どのみち異世界のことであるため、正直に答えたところでモリスは理解ができないだろう。
「オレにある最古に記憶は、主の自室で寝覚めた時だ。それ以降の記憶なんて無い。質問の答えは“分からない”。あえて答えるなら、遠い所から来ただけと返しておこう」
考えるのが面倒になったアルムだが、どのみち許可がないので言うことができないうえ、人間ごときに答える義理はないため適当に答えることにする。
「……では別の質問をしよう。なぜ、キミの主は救世主さまのことを知っていたんだ? 救世主さまの召喚されたことが公表されたのは先日であり、キミがこの王都に来たのもつい先日と聞いている。キミの主が救世主さまを知っていたのは不自然だ」
アルムの答えを聞いたモリスは、何かを察したように深く探ることはせずに別の問いを尋ねる。
恐らく、主のことを親とも言っているため、彼女が捨て子でその主に拾われたのだとでも勘違いをしたのだろう。
アルムにとっては都合の良い勘違いだが、主に対する興味は増してしまったようで、その主についてを尋ねてくる。
「あー、そう言えば公表されたのは五日前なのか」
アルムが王都に来たのも冒険者になったのもつい四日前であり、救世主のことが発表されたのはその前日だ。それ以前に救世主のことを知っていたのは、アーセル王国の貴族や騎士団といった一部の者だけだ。
確かにこの国に来たばかりである彼女と、その主が救世主のことを知っていたのはおかしい。
「主は何でも知ってる。だから救世主の知っているのも当然だ」
理由は単純であり、主である真羅も救世主として召喚されたためであるのだが、そのことについては誰にも言わないように指示されているため、アルムは答えられる範囲で答えた。
当然、真羅の探究は道半ばであり、全てを知っているわけではないのだが、アルムにとって真羅は全知全能の神に等しい。
そのため、仮に召喚者でなかったとしても知っているのは当然だと、彼女は本気で思っている。
「そうか……」
答えになっていない答えに、モリスは困惑気味に息を吐いてアルムの目を見る。
彼女の目に宿っていたのは“妄信”であり、その様は狂信者のように見えた。
「それでは……キミは救世主さまについてはどの程度知っているんだ?」
モリスは再び話題を変えるように別の質問をする。
これ以上の追及は危険だと、長年の経験で覚っていた。
そのため、彼女が護衛を申し出た救世主についてを尋ねることにした。
「戦闘のド素人。女神の加護を受けただけの平和ボケしたガキで、取るに足らない雑魚」
アルムの回答は辛辣だった。
「……」
女神の使徒であり、この世界では信仰の対象でもある救世主に対し、暴言とも取れる発言にモリスは固まってしまう。
「ああ、そう言えば、二人ぐらい手練れはいたか……でも、現状だと勇者はお話にならないレベルだ。魔王打倒なんて夢のまた夢だろうな。まあ、だからオレが派遣されたんだが……」
実際のところ、勇者である勇志はまだまだ未熟であり、伸びしろはともかく、現状では戦力としては数えられない。
まともに戦力になりそうなのは、地球の魔術師である詩音とマリアぐらいであるが、その二人も戦闘の専門と言うわけではない。
アルムは主である真羅ならば、魔王ごとき簡単に撃ち滅ぼせると思っているが、その最大戦力が抜けている以上、魔将すら倒せるか怪しいと言わざるを得ない。
「確かに救世主さま方はまだ未熟だが……その発言は外では言わない方が良い。女神教団の者にでも聞かれれば事だぞ」
「ハッ!」
モリスが冷や汗を流しながら教団の名を出すと、アルムはそれを鼻で笑った。
「生憎だが、オレが信仰するのは主だけだ! ストレイアとかいう小神なんて興味ないね!」
「なっ!?」
神に対する明確な暴言。
それを聞いたモリスは驚愕の余り、抱えていたレノーサを落としてしまう。
「アルム君……キミは自分が何を侮辱しているか分かっているのか?」
「神代に比べて霊力の薄いこの時代で神なんかに祈ってどうになる? 祈れば女神が助けてくれるのか? 違うだろ? もし女神がなんとかしてくれるなら、救世主を召喚する必要なんて無いんだからな!」
「それは……」
「太陽は見守るだけだ。力なんて貸してくれない」
女神ストレイアは太陽となって世界を照らしている。
しかし、直接地上に干渉することはない。女神とは、人類を、生きとし生きるモノを、優しく照らして見守るだけの存在だ。
そもそも女神が地上に顕現して、魔王を倒してくれるのならば、救世主などは召喚する必要がない。
「……」
アルムの正論に対して、モリスは何も言い返せずに黙り込んでしまう。
その様子を見たアルムは、呆れるように溜息を吐く。
「まあ、アンタの信仰についてをどうこう言うつもりはない。信仰なんて自由なもんだからな……それで? 他に聞きたいことはあるのか?」
モリスの信仰になんて興味の無いアルムは、話を変えるように質疑の続きを問う。
「いや……もういい……キミの考えは分かった……これ以上はいい……」
これ以上、女神に対する暴言を吐かれたら堪ったものではない。モリスはこれ以上質問することを止める。
「そうかい。で? 約束は守ってもらえんの?」
質疑応答を終えたアルムは、最後に最も重要な要件を尋ねる。
「……」
モリスは言葉に詰まってしまう。
(彼女のような背信者を、女神の使徒たる救世主さまに会わせても良いのか?)
モリスは心の中で自問自答をする。
彼女が救世主の力になろうとしていることも、その行動理念も分かった。
しかし、アルムは女神を信仰していない。
女神の恩恵を受けているこの人界に住まう全ての人類は、女神を信仰して然るべきだ。
彼女のような“異端者”に、救世主の援護を任せても良いのか。
「……」
モリスは答えを出すことができなかった。
その様子を見たアルムは、不機嫌そうに机から飛び降りる。
「言っておくが……もし、依頼をしてくれないのなら――オレは冒険者を辞める」
「なっ!?」
アルムの一手にモリスは焦りを隠せない。
Sランクの実力者を手放すことは、この国にとっての損失だ。
それにアルムのような“異端者”を野放しにするわけにはいかないし、そもそも女神に対する信仰心が無い彼女を放置したら何をするか分からない。
何とかして首輪をつけておかなければ、人類にとっての脅威にもなりかねない。
「だってそうだろ? オレは救世主を援護するために冒険者になったんだ。その目的が叶わないなら、冒険者なんてやる意味がない」
アルムが言う通り、彼女が冒険者になったのは、召喚された救世主たちに正攻法で援護するためであり、それが叶わない以上、冒険者でいる理由など無い。
そもそも、冒険者になるというのは目的ではなく手段だ。勇志たちの援護をするだけなら勝手について行ってやればいい。
それに冒険者などというまどろっこしい手段は、ただの真羅の提案であり、指示ではない。そのため、なるべく尊重こそすれど絶対の方法ではないのだ。
「……分かった……話がきている救世主さまの護衛の依頼はキミを推薦しよう」
少なくとも救世主たちを害する気はないことは確かなようであるため、モリスは渋々だが折れることにした。
「言質は取ったからな。破ったら何をするか自分でも分からないからな。そこんところ忘れるなよ」
不敵な笑みを浮かべたアルムは、念を押すようにモリスを睨みつける。
「分かった……」
モリスは気圧されながら、アルムの言葉を肝に銘じる。
「ふん、話は終わりだな」
そう言うとアルムは、踵を返して蹴破った窓から外に飛び立った。
「……」
残されたモリスは力が抜けて椅子にもたれ掛かる。
なったばかりとはいえ、Sランクの実力者の威圧。
モリスも現役時代はAランク冒険者として腕を鳴らしていたが、それでもアルムの圧は恐ろしかった。
もしも彼女が敵だったとしたら、これほど恐ろしいことはないだろう。
「アルムの主……彼女ほどの手練れの師……敵だとは考えたくないな」
そう独り言つと、モリスは倒れているレノーサの介抱を始めるのだった。




