昇格と追跡者
レッドドラゴンを討伐した三日後。
アルムは冒険者ギルドの応接室に呼び出されていた。
駐屯所にいた部隊長は、レッドドラゴンの撃破後すぐに通信魔法で騎士団の本部と冒険者ギルドに報告をした。
この事態に本部とギルドは大変困惑した。
なにせ、ドラゴンというSランクの魔物が自国内に現れたかと思ったら、それがすぐに討伐されたのだ。
それも、その討伐を行ったのは先日冒険者になったばかりの新入りだという。
本来ならば、大規模な討伐隊を組み、Sランクの冒険者の手を借りて、ようやく対処できるようになるレベルの事態だが、それがものの数分で解決したのだ。
困惑しない方が無理があるだろう。
「ったく……オレは暇じゃないってのに……」
応接室のソファに腰掛けたアルムは、不機嫌そうに悪態をつく。
レッドドラゴンを葬った後、依頼内容にはないことであったため、すぐに駐屯所を去ろうとしたのだが、その場にいた騎士に呼び止められてしまった。
当然の事と言えるが、魔霊であるアルムからしたら、人間ごときに指図をされるのは相当に気に入らない。
不貞腐れるようにテーブルに足を乗せていると、部屋の扉が開かれる。
「すまない。待たせたね」
現れたのは壮年の男性。
背丈は高く筋骨隆々、顔には一文字の傷があり、まさに歴戦の戦士と言った風貌の男が、アルムを見定めるように鋭い視線を向けてくる。
「おせーよ。つーか、誰だアンタ?」
人間ごときに見定めるような視線を向けられたアルムは、不機嫌さを隠そうとせずに男を睨みつける。
その際に僅かに漏れた殺気に、男の顔が一瞬歪んだが、それはすぐに不敵な笑みに変わる。
「ははっ、これは大物だ。自己紹介が遅れたね、アルム君。わたしはモリス。この冒険者ギルド、アーセル王国支部のギルドマスターだ。よろしく」
モリスと名乗った男は、笑顔で手を差し出し握手を求めるが、不機嫌なアルムはそれを無視する。
「おやおや、いきなりフラれたな。こりゃ」
アルムの不遜な態度を見て、モリスは茶化すように肩を竦める。
荒くれ者も多い冒険者ギルドの長である彼にとって、この程度は気にならないどころか、むしろ好感が持てるようで、入室した時と打って変わり楽しげな笑みを浮かべていた。
「ギルドマスターとやらがオレになんの用だ?」
笑みを浮かべるモリスに対し、苛立ったアルムが冷ややかな視線を向けながら訊ねる。
「おっと失礼。挨拶はこの辺にして本題に入ろうか」
モリスはアルムの対面の席に座ると、笑みを消して真剣な表情に変わる。
「まどろっこしいのは嫌いだし、単刀直入に聞くが、キミがレッドドラゴンを討伐したというのは本当かい?」
想定通りの問いに、アルムは一瞬顔をしかめるが、すぐに観念したように息を吐く。
「ああ、あのトカゲを殺したのはオレだよ。何か問題でもあるか?」
「そうか……それについてなんだが少々問題があってね」
モリスが頬を掻きながら、もったいぶったような言い回しをする。
「アレを放置すれば周囲にも影響が出ただろ? 依頼にはなっていないとはいえ、討伐すんのは悪い事じゃない。何が問題なんだ?」
「いや、討伐したことは問題じゃない。むしろよくやってくれた。事前に災害を防いでくれたんだ。礼を言わせてくれ」
「?」
モリスの言葉にアルムは首を傾げる。
依頼にない魔物を勝手に討伐したことについて咎められる可能性もあると考えていたが、どうやらそれは問題ではないらしい。
では、いったい何が問題なのか。
アルムが疑問符を浮かべていると、モリスが懐から何かを取り出してテーブルに置く。
それはここに来る前にギルドに預けたアルムのギルドカードだった。
「問題なのはキミの扱いだよ。新人であるキミがSランク以上の活躍をしたんだ。このままFランクにしておくわけにはいかなくてね。これはさっきキミから預かったギルドカードだが……」
「ん? なんか変わってるな。ランク……S?」
ギルドカードをよく見ると、ランクの部分がFからSに変化していた。
「そう、このギルドマスター、モリスの名において、今からキミをSランクと認定する」
「昇格? 試験や面接があんじゃなかったのか?」
アルムは冒険者ギルドに登録した際の説明を思い返しながら尋ねる。
受付嬢の説明では、特別な依頼と面接の結果によって、昇格の有無が決まると言う。
アルムは現状達成した依頼は一つだけであるし、何より冒険者となってから数日しか経っていない。
そんな自分を昇格してもよいのか、些か以上に疑問が残る。
「本来ならばそうなんだがね。今回の場合は特例だよ。キミは自分がどれだけのことをしたか理解しているのかい?」
「あ? アホなトカゲを一匹始末しただけだが?」
アルムは別に特別なことはしていないと思っているが、この世界におけるドラゴンは天災に例えられる魔物であり、通常の魔物とは一線を画す存在だ。
魔霊である彼女と人間の間には、大きな認識の齟齬があるだが、アルムを人間だと思っているモリスはその齟齬に気付くことができない。
「ふむ……キミにとってはただのトカゲかもしれないがね。我々にとっては災害に匹敵する脅威でね。それを討伐したキミは本来、英雄と呼ばれるべき存在なんだよ。そんなキミをFランクのままにしとくわけにはいかないだろ?」
「ふーん。昇格はその報酬ってわけか」
「いや、これは当然の処置であって報酬ではない。報酬は別で用意させてもらうよ」
「報酬ね……」
魔霊であるアルムには金銭欲も物欲もないため、正直報酬など貰っても嬉しくはない。
彼女――いや、全ての魔霊は、主である真羅の役に立つことだけが至上の喜びだ。主以外の者から称賛されても何とも思わない。
ここでふと、アルムは当初の目的を思い返す。
自身の目的は救世主たちの援護であり、冒険者となったのもそのための地位を確保するためだ。
そして、今、その地位がいとも簡単に手に入った。ならば、後は本来の目的を果たすだけだ。
「報酬というのなら一つ頼みがある」
「頼み? いったいなんだい?」
「前に救世主が召喚されたって公表されただろ? そいつらの助けが必要になった時、オレに依頼を回してほしい」
「救世主の? 確かに騎士団から近々大規模な作戦があると聞いている。その時に高ランクの冒険者の力も必要となるだろうが……」
モリスは少し考え込むと、アルムの顔を見る。
彼女の顔は先ほどの不機嫌な表情とは変わり、何時になく真剣なものになっていた。
「……分かった。生半可な者では足手まといになってしまうからな。その時になればキミへの依頼を検討しよう」
「……どーも。報酬はそれだけでいい」
目的は果たしたと、アルムは立ち上がり部屋から出ようとする。
「待て、どこに行く? 成果に見合った報酬は用意するから、ちゃんと後から受け取りに来い」
「ああ、分かったよ。くれるって言うなら貰うよ……話はもう終わりでいいだろ? オレは暇じゃないんだ。これで失礼させてもらう」
そう言うと、アルムは返事を待たずに応接室を後にした。
「まったく、何を生き急いでいるんだか」
部屋に残されたモリスは溜息を吐く。
「名誉も金にも関心がないのか……何を思って、救世主さまの手伝いをしたいと思ったのか……」
モリスからすればアルムの行動原理が分からない。Sランクの地位を与えた際も嬉しそうではなかったし、英雄と称えられることや、報酬にも興味が無いように見える。
そんな彼女が救世主の援護を申し出たのだ。
了承はしたが、本当に推薦していいのか不安になる。
「冒険者の登録には名前や年齢ぐらいしか記載しないからな……彼女の素性が分からない……調査が必要だな」
そう言うとモリスは背後に視線を向ける。
「キミはどう見えた?」
モリスが何もない空間に問うと、その場が黒い靄が発生し、中から人影が現れる。
現れたのは、黒いに忍び装束に身を包み、長い黒髪を一つに纏め、口元を布で隠した、まるで忍者のような恰好をした少女であり、頭部に兎の耳を持つ獣人のようで、その耳が周囲を警戒するようにピンと立っていた。
「……他のSランク冒険者と比べると、見劣りするように見えました。正直、とてもドラゴンを倒したとは思えません……ですが――」
少女の兎耳のふわふわの毛が逆立つ。
「――一瞬漏れた殺気は、今までにないほど恐ろしく感じました」
「レノーサもそう感じたかい? わたしもだよ」
モリスはレノーサと呼んだ少女の感想に共感する。
彼が入室した際に向けた見定めるような視線が余程気にくわなかったのか、アルムが漏らした殺気は強烈であり、背後で控えていたレノーサまで恐怖を感じてしまったようだ。
「しかし、彼女の目的ぐらいは知りたいものだ。あの様子じゃ素直に話してくれないだろうし……調査を頼めるかい?」
「はい。任務とあらば遂行するだけです」
「くれぐれもバレないようにしてくれよ。彼女の機嫌を損ねたくない」
「分かっていますよ。彼女は先ほどの魔法に気付いていないようでしたし、感知能力はあまり高くないのでしょう」
「本気で隠れたキミを見つけられる者なんてこの世に数える程しかいないよ」
レノーサの魔法は光属性に次いで珍しい闇属性であり、闇に潜むことに特化している。
それは歴戦の冒険者であるモリスであっても感知できないほどであり、他のSランク冒険者であっても彼女の存在に気付いたことはない。
「ではね。頼んだよ」
「了解」
そう言うと、レノーサは再び闇の中に消えていった。
「行ったね……」
レノーサが退室すると、モリスは深く息を吐いてソファに身を投げ出す。
「さて、レノーサなら問題はないだろう。これからは救世主さまの護衛やらで忙しくなるんだ。人手が増えるのは嬉しいが、本当に彼女が信用に値する人間なのか、見極めなくてはな……」
心労が溜まっているのかモリスは大きな溜息を吐くと、僅かな間だがソファの上で休息を取るのだった。
冒険者ギルドを後にしたアルムは、宿に戻らず王都をぶらぶらしていた。
「あのウサギ、あれで隠れているつもりだったのか?」
薄暗い路地裏に来たアルムは、先ほどの出来事を思い返しながら、モリスの背後に立っていたレノーサのことを疑問に感じていた。
「あれじゃ、“マミル”あたりの方の隠蔽の方がマシだぜ」
冒険者ギルドの応接室で魔法で隠れていたレノーサだが、魔霊であるアルムの目にははっきりと捉えられていたのだ。
その件について指摘しなかったのは、彼女の存在に全く脅威に感じず、何のためにいるのかよく分からなかったからだ。
「恰好は“アヤメ”に似てたけど……忍者ってやつか? この世界にもいたんだな……」
レノーサの正体を適当に忍者だと決めつけると、もう興味を無くしたようで、今後のことについてを考え始める。
(問題を一つ解決したし、主に連絡をした方が良いな)
冒険者として名を上げるという目標は、早くも達成することができた。Sランク冒険者という地位があれば、堂々と救世主たちの援護ができるだろう。
良い報告ができれば、真羅からお褒めの言葉が貰えるだろう。そう考えると気分が良くなってくる。
「ふふっ」
思わず口から笑みが零れる。
真羅に直接褒められることは、魔霊にとってこの上ない喜びだ。
現在、魔霊の数は千を越え、万に届く勢いで生まれている。ここまで数が増えてしまうと、魔霊一人一人の真羅と接する時間が減ってしまう。
アルムも直接話したのはこの間が久々だった。
再び主と話ができる。それだけで気分が高揚してくるが、それに水を差す者が現れる。
「……」
背後に気配を感じる。
(折角、良い気分だったのに……)
アルムは再び不機嫌になる。
相手は魔法を使用して完全に気配を消しているが、それだけでは魔霊を欺くことはできない。
魔術から生まれた魔術精霊は、神秘エネルギー、特に自身を構成する要素である魔術には敏感であり、例えどんな隠蔽の魔法も、彼女たちの前では無意味になる。
気分を害されたアルムは、相手の意表を突くように地面を蹴って屋根の上に跳び上がる。
「――!?」
突然のことに相手も驚いたようで、僅かに魔力が乱れる。
だが、相手も相当な手練れのようで、焦ることなく姿を隠したまま自身も屋根の上に跳び上がる。
「?」
しかし、屋根の上には誰もおらず、追跡者は見失ってしまったと一瞬困惑してしまう。
それはこの場では致命的だった。
「動くなよ。ウサギ」
追跡者の背後から抑揚のない声がする。
「――気付いていたのですか?」
追跡者――レノーサは言われた通り身動きを取ることなく、いつの間にか背後に回っていたアルムに問いかける。
「それはどの事だ? ギルドでの事を聞いているのか?」
「!?」
その言葉にレノーサは動揺する。
今まで魔法を使用して隠れた自身に気付いた者などいなかった。それは騎士団の精鋭やSランク冒険者たちであってもだ。
自身の魔法に絶対の自信を持っていたレノーサは、忍びとしては珍しく動揺してしまった。
「あの程度を隠れてるなんて言わねーよ。それよりもだ……躾のなってないウサギにはお仕置きが必要だよな?」
そう言うとアルムは、背後からレノーサの首筋を雑に撫でると、徐にその首に嚙みついた。
「ッ!?」
突然のことにレノーサは困惑する。
しかし、それも無理もない。何の脈絡もなく首筋に噛みついてきたのだ。
たとえ獣人であっても、会話の最中に本当に噛みついてくることなど、余程頭のとち狂った者でないとしてこない。
「別に殺しはしないさ。しばらく動けなくなってもらうぞ」
アルムはレノーサの首に嚙みついたままそう言うと、そのまま魔力を血と共に吸出し始める。
「あっ、あっ――」
初めての感覚にレノーサから色っぽい声が漏れた。
噛みつかれているが、痛みは全くなく、むしろ快感に似た気持ちよさを感じる。
しかし、快感が強くなっていくにつれ、次第に意識が薄れていく。
「ごちそーさん」
アルムが口を離す頃には、すでにレノーサは意識を失っていた。
吸血による魔力の強奪。
アルムは吸血鬼ではないので、吸血した相手を眷属化するような力は持っていないが、相手の魔力を吸収ぐらいは容易く行える。
というよりも、普段こそ真羅の魔力を得て活動する魔霊だが、主がいない場合は他の生物の魔力を喰らう。それは仮初の肉体を持った今のアルムでも変わらない。
彼女らにとって人類は非常食でしかないのだ。
(まじーな。主の魔力ほど上等なものなんてないか……こんなケダモノに期待するだけ無駄か)
アルムは心の中で悪態をつくと、レノーサの首根っこを掴む。
「めんどーだが、問い質さないとな」
そう独り言つと、アルムはレノーサを引きずって屋根の上を移動するのだった。




