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魔物の襲来 


 アーセル王国の王都を出たアルムは、高速で飛行してものの数分で目的地にたどり着く。


「ここが何とか村か……魔物はこの裏の森の近くにいるんだったな」


 到着したネラル村には立ち寄らず、精霊の森の方に歩いて向かう。


 精霊の森の目の前に来ると、アルムは目を瞑って周囲の魔力を探る。


「北東の方に七つの魔力の塊がある。こいつがターゲットかな?」


 依頼書によると、毎夜に森からグレイウルフが現れて村の家畜を襲っているとの事だ。

 グレイウルフは夜行性であるため、日中は薄暗い森の中で過ごす生態であり、アルムが探知した反応はターゲットである可能性が高い。


「とりあえず、攻撃するか」


 獲物を発見したアルムの判断は速かった。人差し指に七つの光の球を形成すると、それらを弾丸のように高速で放つ。

 当然のように、人である可能性は考慮していない。彼女も魔霊であり、主同様に常識的な部分は欠如しているのだ。


 光弾は木々を撃ち抜き、見事に森の奥にいた魔物たちの頭部を撃ち抜いた。


「全弾命中。感触からするとターゲットで間違いなかったな」


 魔霊であるアルムは、直接目視しなくても魔弾の感触だけで相手を確認することは容易い。


「魔力も霧散したな。全頭くたばったか」


 七頭のグレイウルフが全て討伐された事を確認すると、アルムは警戒を緩めず、更に広域の反応を探る。


「ここから北に複数の魔力反応……これは人間か? そう言えば、この辺に騎士団の拠点があったんだったな――ん?」


 人間には興味のないアルムがその場を立ち去ろうとした時、彼女の探知範囲に強大な魔力反応が現れる。


「かなりデカい魔力だが、大きさからすると人類種ではないな……まあ、面白そうだし、行ってみるかな」


 魔力の持ち主は恐らくは強大な魔物であろうが、アルムは散歩にでも行くような感覚で鼻歌まじりでその反応の下に向かうのだった。








 アーセル王国騎士団、精霊の森監視用駐屯所。


 精霊の森には多くの魔物が生息しているため、それらが近隣の村に被害が出ないように監視する目的で建てられた駐屯所だが、現在はかつてない危機に陥っていた。


「大変だ! ドラゴンだッ! ドラゴンが現れたぞッ!!」


 駐屯所に襲来したのは、赤き竜。

 レッドドラゴンと言われるSランクの魔物。


 (ドラゴン)とは言わずと知れた魔物の頂点であり、一体でも町や国に甚大な被害をもたらす災害にも等しい存在だ。

 そんな存在が突如として精霊の森から現れたのだ。


 駐屯所で待機していた騎士たちは大慌てで臨戦態勢に入る。


「狼狽えるなッ! 我らは誇り高き王国騎士団! 周囲に被害が出る前になんとしても奴を食い止めるのだ!」


 騎士団の部隊長がパニック状態の騎士たちを叱咤しながら指揮を執る。


(クソッ! なんでこんな所にドラゴンがいるんだ!)


 鋭い視線で剣と盾を構える部隊長だが、内心では困惑していた。


 本来(ドラゴン)という魔物は人界と言われるこの大陸には生息していない。

 稀に魔界から飛来してくることはあるが、この大陸の中央にあるアーセル王国の国土まで来た例は今までにない。


(そう言えば……先日に救世主様が撃退した魔将はドラゴンを連れていたと聞く……奴はその生き残りか!?)


 部隊長の推測は正しい。

 このレッドドラゴンは魔将であるシャルアが連れて来た魔物であり、真羅が討伐した個体とは別物である。

 この個体は切り札として、森の奥に待機させられていたのだが、主を失ったことでその支配から解放され自由になり、森の奥から出て来たのだ。


(考えるのは後だ! まずは奴をなんとかしなくては!)


 部隊長は先陣を切ってレッドドラゴンに斬り掛かる。


「はあッ!」


 強者故の余裕なのか、レッドドラゴンは部隊長を全く警戒しておらず、彼の剣は防がれることもなく吸い込まれるようにその側頭部を捉える。


 ――ガキンッ!


「くっ!」


 しかし、彼の持つ鋼の剣では、かなりの硬度を持つレッドドラゴンの鱗を傷付けることはできなかった。

 むしろ、斬りかかった剣の方がダメージを受け、刃こぼれをしてしまっている。


「ならば魔法だ! 皆! 魔法を使って攻撃するんだ!」


 部隊長の指示を受けた騎士たちは、各々が得意とする魔法の詠唱に入る。


「「「――――サンダーボール!」」」


「「「――――ウインドカッター!」」」


 魔法による雷球や風刃などが一斉に襲い掛かるが、レッドドラゴンに傷一つ付けることはできない。


「――グルルルルッ」


 大したダメージこそ与えられなかったが、レッドドラゴンにとっては不快なものではあったらしく、明らかな怒気が騎士たちに向けられる。


「「「――――フォースアップ!」」」


 遠距離攻撃魔法に続いて、身体能力強化の魔法を使用した騎士たちが斬り掛かるが、レッドドラゴンの鱗を貫くことはできない。


「クソッ! なんて硬さだ!」


 思わず騎士の一人が悪態をつくが、皆も同じ気持ちだろう。

 騎士たちの魔法は効かず、強化された剣による攻撃も受け付けない。

 

 騎士たちが攻めあぐねていると、レッドドラゴンが大きく息を吸い始めた。


「あれは、まさか!? 竜の吐息(ドラゴンブレス)だッ!! 避けろッ!!」


 レッドドラゴンが吐息(ブレス)を放とうとしていることに逸早く気付いた部隊長は、騎士たちに退避を命じるが、一足遅かった。


「ゴアアアアアアアアアッ!!」


 レッドドラゴンの口から灼熱の火炎が放たれる。


 射線上にいた騎士の数名は回避は不可能と判断し、盾を構えて迎え撃つが、一瞬で火炎に飲み込まれる。

 

「「「ぐあああああああああッ!!」」」


 火焔に巻き込まれた騎士たちの絶叫が響く。


 火炎の吐息(ブレス)が止むと、高温で融解した地面に餌食となった数名の騎士が倒れていた。


「くっ! 何て威力だ!」


 その威力を目の当たりにした騎士の一人が思わず声を上げる。

 しかし、それも無理もないだろう。火炎の吐息(ブレス)は、射線上の地面だけではなく、その奥にあった駐屯所の壁と建物までも焼き尽くしていたのだ。


「怪我人を撤退させて回復魔法を! 急げ!」


 部隊長が火炎の吐息(ブレス)の餌食となった者たちを治療するように指示を出す。


 魔法が付与された強固な鎧を纏っていたおかげで命だけは無事のようだが、全身に大火傷を負っているため、すぐに治療をしなければ死んでしまうだろう。


「無事の者は奴の足止めを! 私に続け!」


 部隊長はレッドドラゴンの気を引くために、魔法で身体能力を強化すると、刃こぼれした剣に魔力を込めて斬り掛かる。


「これでもダメか!」


 これは今の彼に出せる最大の一撃だが、それでもレッドドラゴンに傷をつけることは叶わなかった。

 

 部隊長は優秀な騎士ではあるが、冒険者でいうところのランクはB相当であり、(ドラゴン)を単独で討伐するのにはSランクの実力が必要であり、彼らでは明らかに役不足だ。


 それでも彼らには王国騎士としての誇りと使命がある。


 もしこの魔物を倒せなければ、周囲の村に甚大な被害が出ることは明白であり、最悪の場合王都にも被害が出るだろう。

 それだけは何としても阻止しなくてはならない。


 騎士たちが命を懸ける覚悟を固めた、その時――


「――赤い竜(レッドドラゴン)? 魔力の正体はこいつか」

 

 突如として、ローブを纏った少女が現れる。


 フードは被っておらず、金糸のような髪を風になびかせながら、まるでピクニックにでも来たかのように陽気な声音で笑みを湛えている少女――アルムはサングラス越しにレッドドラゴンを見る。


「その様子じゃあ、知性は無いようだな。まったく、知恵の無い竜なんてデカいトカゲと変わらないのに……」


 怒りによって興奮状態のレッドドラゴンを観察し、知性も理性もないことを覚り、アルムは残念そうに溜息を吐く。


 高位の竜――真竜と呼ばれる(ドラゴン)には知性があり、中には人類を超える知恵を持つモノも少なくない。

 竜の強み、戦闘における厄介な点はそこであるのだが、目の前のレッドドラゴンにはそれがない。これではアルムの言う通り、大きいだけの火を吐くトカゲだろう。

 しかし、それでも人類にとっては十分脅威であり手に余る。


 アルムにとって援護対象の人間以外は関心がなく、生き死などどうでも良い。

 だが、彼女にとって弱い者いじめは不快な事でしかなく、意味もなく騎士たちを襲っているこの竜には嫌悪の感情しか浮かばない。


「別に食うために襲ってんなら見逃そうとも思ったが……ただ嬲るために襲ってんなら――気に食わないな」


 ――殺意。


 騎士たちの背筋に冷たいものが奔る。

 自分たちに向けられたモノでもないのに、周囲の騎士たちは強制的に死を覚悟させられた。


 しかし、レッドドラゴンは不快そうに唸るだけであり、特に気にした様子がない。


 これは強者故のプライドではない。 

 これは生まれてこの方、天敵に出くわしたことがない無知さ故。

 この竜としてはまだ幼く、アルムの力が分かっていないのだ。


 アルムは騎士たちを無視し、ゆっくりとレッドドラゴンの下に歩いて行く。


紅輝(ルビア)の剣……」


 静かに呟くと、アルムの手に光り輝く剣が現れた。


 光の剣を手にしたアルムは大地を蹴り、レッドドラゴンの頭上に跳び上がる。


 空に振り上げられた輝く剣は、太陽の光と交わり周囲を明るく照らす。


「くたばれ、阿呆」


 太陽を背にしたアルムは、暴言を吐きながら剣を振り下ろす。

 彼女を脅威として認識していないレッドドラゴンは、先ほど同じく回避も防御もしない。


「ガァ?」

 

 今まで感じたこともない感覚に、レッドドラゴンの口から間抜けな声が漏れる。


 輝く剣はレッドドラゴンの鱗を容易く裂き、その首を斬り落としたのだ。


「本当に阿呆だな」


 アルムは悪態をつきながら地面に着地すると、目の前に落ちたレッドドラゴンの頭部を蹴り飛ばす。


 その無慈悲な一撃により、微かにあった命の息吹は完全に消え去った。


 一拍遅れてレッドドラゴンの胴体が崩れ落ちる。

 その様子を一瞥することもなく、アルムは剣を肩に担いで森の方に視線を向ける。


(こいつは魔将が連れてた魔物のようだが……)


 精霊の森であった魔将の襲撃については、主である真羅から聞いていたが、アルムには腑に落ちない点があった。


(話を聞く限り、シャなんとかという魔将が魔物使い(モンスターテイマー)とは考えにくい。かと言って、一介の魔人族が阿呆とはいえ竜を使役できるとも思えない)


 本来、(ドラゴン)というものは凶暴であり、人間はもちろん魔人族であっても使役することは困難なのだが、どういう訳かシャルアはこの魔物を二体も連れていた。


 恐らくだが、これは彼の魔法ではない。


 魔拳を得意としていた武闘派のシャルアは自身の手で直接戦う事を好んでいたため、その彼が魔物を使役する魔法を極めようとするのは考えにくい。


(こりゃ、別で魔将クラスの魔物使い(モンスターテイマー)がいるな)


 彼女の推測になるが、シャルアの他の魔将の中に優れた魔物使いがおり、その者がレッドドラゴンを使役する魔法を使用した可能性が高い。


(そいつが魔界から魔物を人界に連れてきている。それなら、近いうちにガキたちとぶつかるな)


 もし魔物を使役している魔将が人界に来ているのならば、そう遠くないうちに救世主たちは戦うことになるだろう。

 幼いドラゴンの一匹ぐらいなら未熟な勇者たちでもどうにかなるかもしれないが、魔人族と魔物の軍勢が相手となれば、アルムも援護する必要が出て来る。


(それまでにあのガキどもと接触できる地位を用意しないといけないのか……どうしたものかね……)


 アルムは頭を掻きながら、再び溜息を吐く。


 地道に冒険者としてランクを上げようと考えていたが、それでは間に合わない可能性が出て来た。

 昇格が間に合わない場合は、隠れてついて行くぐらいしか方法がなくなってしまう。


 アルムが腹いせにレッドドラゴンの死体を蹴っていると、先ほどまで固まっていた部隊長が近づいてくる。


「あのドラゴンを一撃で倒すなんて……君は一体何者なんだ?」


 呆然とした様子の部隊長だったが、ふと我に返ると、レッドドラゴンを一撃で葬ったアルムを警戒するように尋ねてくる。


「あー、オレの名はアルム。Fランクの冒険者だ」


 雑な内容の自己紹介だったが、それを聞いた部隊長は目を丸くして驚く。


「まさか! ドラゴンを一撃で倒すような君がFランクとは! 普通はSランクでもおかしくないのに! なんでそんなことになっているんだ!」


「え? そりゃ、昨日なったばっかだし……」


「なっ、これほどの実力で新人なのか!」


 再び驚きの声を上げる部隊長を見て、アルムは面倒くさそうに肩を竦める。


「急いで本部とギルドに報告しなければ!」


 騒ぎ立てる部隊長の様子に、アルムは面倒事になってしまったなと、憂鬱そうに空を見上げるのだった。



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