期待と憂鬱
「――アルム……君にやって貰いたい事がある」
玉座に腰掛ける真羅が、目の前で跪く金髪金眼の少女に告げる。
「はい! オレに出来る事なら!」
金髪金眼の少女――アルムは顔を上げると、その黄玉のように美しい瞳を真羅に向け、真剣な表情で彼の言葉を受け入れる。
「ははっ、元気が良いな」
やる気に満ちたアルムに対し、真羅は屈託ない笑みを浮かべる。
「どんな任務でも必ずや成し遂げてみせましょう! ――それで何をすればいいんですか?」
「ああ、それなんだが……」
真羅が指を鳴らすと、アルムの前にスクリーンが現れる。
そのスクリーンに映し出されていたのは勇志たち、真羅のクラスメイトの写真だった。
「彼らの援護をしてやって欲しい」
「援護? 具体的にはどのようにすれば?」
抽象的な内容の任務を告げられたため、アルムは真羅に詳細を尋ねる。
「そうだな……基本は見守るだけで良いんだけど、ヤバそうだったら助けてやって欲しい」
「見守って、助ける? それはつまり……長期間に亘り、主から離れて行動するって事ですか?」
先ほどのやる気に満ちた表情が一転し、アルムは顔をしかめる。
「ははっ、そんな嫌そうな顔をするなよ。それに君が選ばれたのは、六血と八戒の会議による結果だよ」
「アイツらめ……」
自分に白羽の矢が立った原因を知り、アルムは六血と八戒に対して憎しみの感情を懐く。
「ふむ……選出したのは彼らだけど、最終的に決めたのは俺だよ。まあ、正直に言うと、初めから君にお願いしようとも思っていたんだけどね。君以外にこの仕事は熟せないと思っているから」
「――ッ! そこまでの期待をオレに……」
自身が期待されている事を知り、アルムの表情は先ほどとは打って変わって歓喜に満ちたものになる。
「主が決めた事ならば異論はありません。その任務、必ずや成し遂げてみせましょう!」
「うん、ありがとう」
真羅は親愛を込めた笑みを浮かべると、玉座から立ち上がってアルムの頭を撫でる。
「主っ、恥ずかしいですよ……」
言葉とは裏腹にアルムは抵抗などは一切せず、心地よさそうな目を細めて真羅を受け入れる。
「アルム。期待してるよ」
何気なく放たれた真羅の言葉は、確かにアルムの心を満たしていくのだった。
アルムが目を開くと、見慣れない天井が視界に映る。
「夢か……」
部屋の窓から差し込む朝日によって、自身が眠りから覚めたことを理解する。
「これが睡眠か……初めての経験だ」
アルムはベットから体を起こすと、机に置いてあったサングラスを掛ける。
「魔霊であるオレが眠るとは……主と離れて行動するってのは面倒な事が多いな」
昨日に冒険者ギルドを後にしたアルムは、近場の宿を取ると魔力を生成するために眠りについた。
本来、精霊というモノに睡眠は必要ない。魔霊も同様であり、好んで睡眠を取る者はいるが、アルムはその例に入らず、睡眠というものを今まで行ったことはなかったのだ。
「主の魔力がないってのは不便だな。普段どれだけ主に依存していたか身に染みて分かるな」
アルムは主のありがたさを噛み締めると、ベットから降りて壁に掛けてあったローブを纏う。
「憑代は……問題ないか……さすが主の作った人形だ」
魔霊は自身で魔力を生成できるとはいえ、主である真羅から離れて行動するには、肉体を持たない以上、魔力を常に消費している状態であり、戦闘などで魔力を消耗することを考えると長時間の単独行動はできない。
生みの親である真羅の血肉を憑代として受肉すれば魔力消費を抑えられるため、その問題を解決できるのだが、全身が変質している真羅の肉体は、本体から切り離してしばらくすると消滅してしまうので、これを憑代として使うことはできない。
今回アルムが憑代としているのは、変質前の真羅の血と髪で作られた人形であり、これによって彼女は長時間の単独行動を可能にしているのだ。
しかし、この方法にもデメリットがあり、消費した魔力を回復するためには、睡眠や食事という生物と同じような事をしなくてはいけなくなる。
魔霊である彼女からすれば面倒な事この上ない。
「このまま主のクラスメイトに近づこうとしても、確実に城の兵に門前払いされる。他の奴らなら間違えなく兵を始末して近づくだろうが、それじゃ任務失敗だからな。はあー」
アルムは自身の兄弟たちを思いながら溜息を吐く。
もしも他の魔霊たちならば、邪魔だと思えばまず確実にその者たちを排除するだろう。
それこそ道行く人々を鬱陶しいと感じれば、即座に吹っ飛ばすだろう。
「人間を攻撃せずにまともに会話できるのなんて、オレ以外だとライドくらいか?」
アルムは自分が選ばれた理由を何となく理解する。
魔霊というのは基本的に人類というものを見下しているし、中には下等生物として侮蔑して者も少なくなく、相対すれば会話の余地なく攻撃する者がほとんどだろう。
「オレは人に対してもまあまあ社交的……って言っていいのかは分らんが……まあ、ギルドで攻撃する事なく依頼を受けるまで行ったし、他の奴じゃ無理だな……はあー」
アルムは再び溜息を吐く。
真羅に期待されている事は嬉しいが、仲間のコミュニケーション能力が壊滅している事に頭が痛くなる。
「ライドの奴は……近距離戦しかできないし、やっぱりオレが適任なのか……はあー」
アルムは三度溜息を吐く。
「主から離れる事がこんなに心細いなんてな――でも、主とは常に繋がってるし、魔力が切れても帰るだけだしな。他の奴にはない経験ができると思えばいいか。主にも重宝してもらえるだろうし」
気持ちを切り替えると、アルムは懐から魔銃を取り出す。
魔導品であるサングラスと共に真羅から授かった物であり、彼女にとって宝物と言っても良い大切な物だ。
「この魔銃を授けてくれるなんて……とんでもなく栄誉な事だな。任務が終わったら他の奴に自慢してやろ。ぜってえ羨ましがるだろうな」
魔銃を眺めながらアルムの顔から笑みが零れる。
この魔銃は真羅が愛用している物であり、魔霊の誰かに貸し出すなど初めての事だ。これは彼からの信頼の証と言っても良いし、それだけ期待されている証拠でもある。
「さて、主の提案では、まずは冒険者になって名を上げて、救世主たちに近づきやすい立場を得る……だったな」
自らの正体を明かして直接援護するという手もあるが、これは真羅によって禁止されている。
魔霊の存在は、幼馴染である詩音にすら明かしていない真羅の最高機密であり、可能な限り誰にも知られなくはない事だ。
そのため、真羅の提案した作戦は、アルムを冒険者として潜り込ませて、ある程度の名声と地位を得てから近づくというものだった。
打倒魔王を掲げている以上、魔物の討伐を生業とする冒険者とは必ず関わりが出て来るはずであり、救世主が冒険者の手を借りる事態になった際に、アルムが高ランク冒険者になってれば接触はしやすいだろう。
高ランクの冒険者にはそう簡単になれるものではないが、真羅はアルムの実力ならば容易いとみている。
これはそれだけアルムの実力を真羅が評価している事でもあり、彼女にとってはとても誇らしい事であった。
「地道にランクを上げていくのは面倒だな……実力を示せば一気にランクアップできないか……魔将でも攻めて来てくれるとありがたいんだが……」
思考が物騒になっているが、実際のところ実力だけではランクアップは難しい。
受付嬢が説明していたが、ランクを上げるには実績だけでなく試験もあるのだ。いくら実力があっても一気にランクを上げることはできない。
魔人族の将でも討伐できれば特例で昇格させてもらえるかもしれないが、主である真羅が一人倒してしまっているため、警戒してこの人界の中央にあるアーセル王国までは攻めてこないだろう。
「やっぱ地道にやっていくしかないのか……まあ、お仕事だし仕方ないか……」
アルムは覚悟を決めると、部屋の扉に向かう。
「魔霊である事も覚られないようにしないとな。これも面倒だが町では魔力を抑えないとな」
フードを深く被ると、アルムは気配を消して静かに宿を後にした。




