冒険者ギルド
人界の中央にある大国、アーセル王国。
魔人族の侵攻から暗い雰囲気が漂っていたその王都だが、現在はいつになく活気に溢れていた。
町行く人々には笑顔が溢れ、敬虔な女神の信奉者は場所を選ばず祈りを捧げている。
冒険者ギルドもその例にもれず活気に満ちていた。
ギルド内は人で溢れていたが、その大半は併設されている酒場で昼間から酒を飲み、周囲の迷惑など考えずに陽気に騒いでいた。
そんな中、冒険者ギルドの扉が静かに開かれる。
「騒がしい所だ……」
そう呟いたのは、魔法使いがよく好んで使うフード付きのローブを纏った人物。
フードから覗く長い金糸のような美しい髪と、ローブ越しでも分かる胸部の膨らみから女性であることは分かるが、フードを深く被っているためその容貌を拝むことはできない。
ローブの女は周囲を一瞥すると、すぐに興味を失ったのか、一直線に受付に向かって歩き出す。
「はーい! 冒険者ギルド、アーセル王国支部へようこそ!」
この国では珍しい獣人の受付嬢が、ローブの女に気付き笑顔を向ける。
「冒険者に登録したいのだが、それはここでいいのか?」
ローブの女がフードを取る。
女の正体は、十代半ばぐらいの歳の少女であり、その幼さの残る容姿には不釣り合いな黒いサングラスを身に付けていた。
「はい。冒険者の登録ですね。ここで出来ますよ」
受付嬢は背後の棚から羊皮紙で作られた書類を取り出して、少女に差し出す。
「こちらに必要事項のご記入をお願いします。字は書けますか?」
「ああ、問題ない」
少女は受付に置かれていたペンを手に取ると、差し出された書類にすらすらと書き始める。
三十秒ほどで記入を終えると、少女は受付嬢に書類を渡す。
「これでいいか?」
「確認します……はい、問題ありません。少々お待ちください」
書類を確認した受付嬢は、受付の奥に行くと、印刷機のような魔導品の中にその書類を入れる。
すると、その魔導品から手の平サイズのカードが出て来る。
「はーい。お待たせしました」
受付嬢は魔導品から出て来たカードを少女に手渡す。
「こちらがギルドカードになります。冒険者の証であり、身分証にもなりますので、無くさないように気を付けてくださいね」
少女は渡されたギルドカードを受け取る。
「以上で冒険者登録は完了になります」
「ん? 随分と簡単だな。試験や面接はないのか?」
あまりにもあっさりと登録できたためか、少女は思った疑問を口にする。
「はい。登録には試験や面接はありません。登録自体は犯罪者でもなければ誰でも出来ます。しかし、ランクの昇級の際は面接だけでなく、昇級用の依頼があるので気を付けてください」
「そうか。憶えておくよ」
疑問が解消した少女は、ギルドカードを一瞥すると懐にしまう。
「では次に、ランクと受けられる依頼について説明します」
「頼む」
「はい。まず冒険者のランクについてですが、FランクからSランクの七段階あり、初めはFランクからスタートします。ある一定の実績を積むと昇級用の依頼を受けてもらい、それを達成したら面接があります。その面接を通して人柄や素行も問題なしと判断されれば無事昇級になります。最高はSランクですが、現在この国にはいませんし、世界的に見ても五人しかいません。SSランクも存在するのですが、現在このランクの冒険者は存在せず、歴史上でも三人しかいませんので、例外中の例外ですね」
「へー」
少女はどうでも良さそうに聞き流しているが、受付嬢はこれが仕事のため構わず説明を続ける。
「また、依頼にもランクがあります。こちらもFランクからSランクがあり、受けられる依頼は自身のランクと同じかそれ以下のランクの依頼だけですので注意してください」
「依頼のランクってのは、大体その討伐する魔物のランクって考えていいのか?」
完全に聞き流していたわけではないようで、少女は思ったことを質問する。
「はい。その考えで間違っていません。しかし、全ての依頼が魔物の討伐ではないので、様々なものを複合的に考えて依頼のランクは決められているので注意してくださいね」
「なるほど……」
少女は納得したように呟くと、ギルドの壁に取り付けられた巨大な掲示板に視線をやる。
「依頼ってのは、あの掲示板にあるやつか?」
「はい。あの掲示板――依頼板と言いますが、あちらに貼り付けられている物が依頼になります。あなたはまだFランクの依頼しか受けられないので注意してくださいね」
「分かった」
「説明は以上になります。何か聞きたいことはありますか?」
「いや、大丈夫だ。早速、依頼を見てみるよ。ありがとう」
少女は礼を言うと、真っ直ぐ依頼板に向かう。
「Fランクは……端っこか」
Fランクの依頼を見つけ、少女はその依頼を確認しようとした時、背後で酒を飲んでいた男に声をかけられる。
「おっ、嬢ちゃん新入りか? おじさんが色々教えてやろうか?」
酔いが回っているのか顔が真っ赤になっている男は、下心丸出しの笑みを浮かべて近づいてくる。
「こんな昼間っから酒とは……随分と良いご身分だな」
少女は嘲るような笑みを返すが、完全に酔っ払っている男は気することなく酒を呷る。
「そりゃ、めでたい事があったんだ! こんな時ぐらい昼間っから飲みまくっても、女神サマだって許してくれるさ!」
「めでたい事?」
酔っ払いの話など聞き流そうとしていた少女は、気になる単語に反応する。
「なんだ、嬢ちゃん知らないのか? 救世主サマが召喚されたって話? 昨日に公表されたんだぜ!」
「救世主?」
疑問符を浮かべる少女に、酒で気を大きくした男が饒舌に語り始める。
「そうさ! 神話から伝わる救世主の召喚する魔法が使われたんだ! それで魔王を倒してくれる勇者サマたちが現れたのさ。公表されたのは昨日だが、もっと前から召喚されていたみたいで、先日に竜とか魔物の軍勢を連れた魔将が精霊の森を通って襲撃して来たみたいだが、救世主サマたちが撃退しちまったみたいなんだ!」
「竜を連れた魔将を……」
「ああ! 魔将もそうだが、上位竜を一撃で葬ったそうだ! こんなの有名な王国騎士団長のグランやSランク冒険者たちにもできないぜ! ほんとっ、女神サマと救世主サマに感謝だよな!」
大声で語る酔っ払った男に同調して、周りの酔っ払い共も騒ぎ始める。
「女神サマ、バンザーイ! 救世主サマ、バンザーイ!」
「「「バンザーイ!」」」
男はもはや少女のことなど眼中になく、周り者たちと再び陽気に酒を呷り始める。
「救世主ね……くだらない……」
男たちとは対照的に少女から発せられた呟きは冷たかった。
「ただのガキどもに何を期待してるんだか……」
少女の呟きは誰の耳にも留まらなかったが、その発言には救世主たちへの侮蔑が含まれており、明らかに彼女の私怨が籠っていた。
苛立ちを覚えた少女は、依頼板の依頼書を適当に取ると、そのまま受付に持って行く。
「この依頼を受けたい」
「はい! Fランクの魔物、グレイウルフの討伐ですね! 場所は……ネラル村付近、精霊の森の近くですね」
受付嬢は少女が先ほどとは異なり、不機嫌そうな表情を浮かべていることに疑問を持つも、得意の営業スマイルで対応する。
「グレイウルフ? 狼の魔物か?」
「おや? ご存知ないのですか?」
少女が自分で持ってきた依頼の魔物の詳細を知らないことを不思議に思うも、受付嬢は親切に説明する。
「グレイウルフは灰色の毛並みを持つ狼型の魔物です。力こそ通常の狼と大差はありませんが、大きさは一回り大きいです。また、グレイウルフは群れで行動する魔物ですので、今回の討伐目標は五匹以上ですね」
「期間は?」
「ええっと……こちらに記載されていますが、一週間以内に報告をお願いします。王都からネラル村は三日ほどかかるので、明日には出発した方がよろしいかと思います」
「分かった。明日の朝に出発することにする」
「はい! ではグレイウルフの討伐、よろしくお願いします!」
依頼を受けた少女は、足早に冒険者ギルドを後にした。
ギルドから出た少女は、活気に満ちた都に行きかう人々を憎らしげに睨みつける。
「……邪魔くさい――はあー」
まるでゴミでも見るような視線を周囲に向けた後、少女は頭を押さえながら大きな溜息を吐く。
「なんでオレがこんな事を……いや、それだけ期待されてるって事だよな」
少女は自分に言い聞かせるように呟くと、覚悟を決めたように前を向く。
「必ず主の期待に応えてみせよう!」
自身の決意を口にすると、少女の顔からは苛立ちが消えていった。
「とりあえず、まずは軽く冒険者として名を上げるか……」
頭を切り替えた少女は再びフードを被ると、静かに人込みに消えていくのだった。




