勇者の決意
――時は遡る。
勇志はアーセル王国の王城の庭園で、月に向かい黙祷をしていた。
「真羅……」
勇志の口から親友の名が呟かれる。
精霊の森で魔人族の襲撃があってから一週間の時が経っていた。
襲撃があった時、勇志は皆を先導して森の近くの騎士団の拠点まで撤退したのだが、皆の中に真羅だけがいないことに気付いて一人で森に戻ろうとした。
魔人族たちの追撃がなかったことから、真羅がたった一人で残って魔人族を食い止めていることは想像に難くない。
しかし、それは騎士団長であるグランによって止められた。
魔将がいる以上、一人で向かうなど自殺行為であり、負傷した仲間がいるため、騎士団と宮廷魔法師の増援を待つように説得される。
負傷しているグランの言葉に勇志は冷静さを取り戻すと、真羅の生存を信じて待つことにした。
翌日になっても真羅が戻ってくることはなく、同時に魔人族も現れなかった。
増援が到着すると、勇志と増援部隊を中心に調査隊が組まれ、真羅の救援と魔人族の調査が行われた。
勇志は真羅の生存を信じて真っ先に魔人族の襲撃があった場所に向かうが、そこには隕石が衝突したような巨大なクレーターが出来ていた。
そして、そのクレーターの近くには、真羅が使っていた剣の欠片と外套の切れ端が発見された。
周囲を魔法で探知しても、魔将を始めとした魔人族の姿はなく、また同時に真羅の姿もなかった。
魔法師たちの魔法による調査を行った結果、こう結論付けられた。
真羅は一人残って魔人族たち相手に善戦するが、魔将に大地を抉るほどの大魔法を使用されて敗れてしまう。
しかし、魔人族たちにかなりのダメージを与え消耗させていたため撤退にまで追い込んだ。
この結論を聞き、勇志は膝から崩れ落ちた。
生きているのならば騎士団の拠点に戻ってくるはずであり、怪我をしていて身動きが取れないのならば、騎士団と魔法師たちによる調査で発見できるはずだ。
それでも彼の姿が見つからないということはつまり、魔将の大魔法によって消し飛ばされてしまった可能性が高い。
魔人族に捕まってしまった可能性もあるが、残忍な魔人族がわざわざ脅威となる人間を生かすとも考え難い。
こんな事実は受け入れられない。頭が理解を拒む。
しかし、結論は変わらず、真羅の姿はない。
放心状態になった勇志は、騎士に体を支えてもらいながら拠点へ帰還する。
その際に調査隊のメンバーによって、クラスメイトたちに調査の結果が告げられる。
その結果を聞き、皆がショックを受ける。
なんせ、クラスメイトの一人、友人が戦死したのだ。
この世界に召喚され、現実味がない状況にどこか浮かれ気味だった皆だが、これによって残酷な現実を突き付けられたのだ。
女神によって力を与えられた救世主でも、命を落とす時は落とす。
しかし、不思議なことに心が折れる者は一人もいなかった。
普通、このような状況になれば、大半の者は立ち直れなくなりそうなものだが、気弱な者も含めて誰一人として挫けなかった。
後に宮廷魔導師の一人に聞いてみたところ、女神の加護によって心まで強靭になっているのではないかと推測された。
心までも強化されていた勇志はすぐに立ち直り、皆にもう一度真羅の捜索を提案するが、消耗している状態での調査は危険だと諭されて断念し、後の調査は増援で来た騎士団たちに任せることになった。
その後、勇志たちは王城まで撤退する。
いくら心が強靭になったとはいえ、悲しみやショックが無くなるわけではない。召喚者たちは皆、与えられた自室に引き籠ることになった。
勇志も例にもれず、しばらく自室に籠っていたが、ふと何気なく真羅の自室に向かった。
もしかしたら、何事もなかったかのように真羅がいるのではないだろうか。
思えば彼には不思議なところがあった。一緒にいると何か不思議なことが起こることがあった。
それこそ魔法のような現象が。
彼は「気のせいだろ」と何かをはぐらかすように言っていたが、今思えばミステリアスと一言では片付けられない“何か”が彼にはあった。
今回もいつものように、ごく普通に部屋に戻っているのではないだろうか。
淡い期待を持ちながら真羅の自室に向かうが、当然そこには誰もいない。
改めて現実を突き付けられる勇志だったが、真羅の部屋にあったあるモノに視線がいく。
机の上に置かれた鞘に入った剣。
真羅に与えれたミスリル製の長剣だ。
王城での訓練を一通り終えた救世主たちには、実践訓練の前にそれぞれに適した装備が与えられた。
勇志にオリハルコン製の宝剣が与えられたように、召喚者の中で最も剣技に優れていた真羅には、ミスリルの剣が与えられたのだ。
真羅は召喚されて間もない頃は、無属性と診断されたため、一部の者たちから無能と蔑まれていたが、その剣の才能を開花させてからは、彼を侮辱する者はいなくなった。
本人は「親が剣道やってたから少し齧っただけ」と言っていたが、素人目に見ても彼の剣技は卓越していた。
この国の英雄である騎士団長のグランから見ても天才と絶賛され、騎士たちの評価は勇者である勇志よりも高かった。
真羅は自分に剣才はないと謙遜していたが、彼の才能は誰が見ても明らかだった。
そんな彼だからこそ、魔将たちを撃退できたのだろう。
真羅の剣を手に取ると、勇志は人気のない夜の庭園に向かった。
夜空には雲一つなく、月明かりが整えられた庭園を照らしている中、勇志は静かに目を瞑った。
そして、今に至る。
「真羅……」
再び親友の名を呟くと、勇志は目を開き、手に持っていた剣を鞘から引き抜く。
真の銀によって鍛えられた剣が月光を反射する。
本来の主が戦場で手にすることはなかったが、紛れもない真羅の剣。
「ごめん……僕にもっと力があれば……」
親友の犠牲によって救われた自身の命。
自らにもっと力があれば救えたかもしれない親友の命。
勇志の目から涙が零れる。
あの時からずっと我慢していた涙。
本来ならば泣き崩れたいほどの悲しみだが、芽生えた勇者としての自覚と、加護によって強化された心がそれを許さなかった。
「真羅……」
目元に涙を溜めたまま、勇志は顔を上げて夜空の月を見る。
「僕は必ず魔王を倒してこの世界を平和にする! 君の命を、決して無駄にはしない!」
天へと昇った親友への誓い。
この時、勇志は気付かなかったが、彼の手に浮かぶ紋章が淡く輝いていた。
この日、勇者は目覚めたのだが、それは知る者は誰もいなかった。
――同時刻。
「ん? 何か言ったか?」
エルドラの書庫で書物を読み漁っていた真羅は、振り向くことなく、傍で寝転がっていたレイルシアに尋ねた。
「ん~、何も言ってないよー」
レイルシアは眠そうに欠伸をしながら答える。
「そうか。何か言われた気がしたが、気のせいか」
「シンラさ~、もう一週間ぐらいぶっ通しで読んでるんだもん。幻聴でも聞こえたんじゃない?」
「――? 魔力は十分にあるし、問題は無いんだがな……だけど確かに休息は必要か……これを読み終わったら仮眠を取るか」
「ようやくかー、さすがにボクは疲れたから寝るよー。おやすみー」
「ああ、おやすみ」
そう言った真羅だが、結局朝までぶっ通しで書物を読み漁るのだった。




