月夜の下
日が暮れ、夜の帳が降りようとしている中、レイルシアが宿屋の窓から戻ってくる。
「ただいまー!」
「……」
真羅は“進化の魔宝”に手をかざしたまま、目を瞑り無言で何かを行っていた。
「なにやってるの?」
気になったレイルシアは背後から覗き込む。
「――ああ、お帰り。こいつの中身を探ってたんだが、どうにも見えてこないんだよな」
真羅は進化の魔宝を鷲掴みにすると、空いている方の手で頭を掻く。
「真っ黒だもんね」
レイルシアが的外れとも言い難いことを言う。
「……そう言う意味じゃないんだけどな。いや、間違ってもいないが……」
ドス黒い闇を内包している進化の魔宝は、その正体を中々に明かしてはくれない。
「町中歩き回ったから、ボクは疲れたよ」
「明日は早いし、もう寝たら?」
「そうするよ。おやすみ~」
レイルシアは欠伸をしながら霊体化して眠りにつく。
精霊は実体を保つにも魔力を消費するため、体力を回復する際には霊体化して休眠状態になるのだ。
「おう、おやすみー」
レイルシアが休眠状態になったことを確認すると、真羅は進化の魔宝を懐にしまう。
(俺もそろそろ寝るとするかな)
真羅が窓から町を見ると人影は少なかった。
この国の首都といっても、現代の東京のように夜でも明るく、活動している者が多いわけではない。
この世界の住民は基本的に日が暮れて暗くなれば眠りにつき、日の出と共に活動を開始する。
(昔は日本もこんな感じだったのかな……まあ、どうでも良いか)
何気なく思ったことをばっさり切り捨て、真羅はベットに倒れ込み横になる。
(そういや、サラは戻って来なかったな)
ふと家に帰ったサラが訪ねて来なかったことを思い出す。
進化の魔宝の調査に夢中だったため気付かなかった可能性もあるが、訪ねてきた気配はない。
どのみち、明日の朝に会うことになるし、気にする必要はないだろう。
そんなことを考えていると眠気が襲ってきたため、真羅はその感覚に身を任せて目を瞑り眠りについたのだった。
日付が変わる頃、窓から入ってくる月明かりが、突如現れた人影によって遮られる。
現れた人影は静かに窓を開き、音を立てずに部屋の中に侵入する。
「――ああ、来たのか……」
ベットに寝転んでいた真羅が徐に起き上がる。
「何か用かい? サラ?」
月明かりが侵入者の正体を明かす。
「分かってたのか? アタイが来るって?」
現れたのはサラであった。
彼女は先ほどとは異なり冒険用の装備は着けておらず、一見すると部屋着のようにも見える服装をしていた。
「来る前に目が覚めた。まあ、これも勘だな。だから用件までは分からないさ」
真羅はサラが来る直前に自然と眠りから覚めたのだ。何故かと言われても勘としか言えない。
「レイルシアは?」
「寝てるよ。霊体化してね」
「そうか……」
真羅は今朝のサラとは何かが違うことに気付く。
彼女の紅水晶の瞳からは、何か決意のようなものが感じられた。
「それで? こんな夜更けに何の用だ? 見送りにはちょっと早いよ」
「……まどろっこしいのは嫌いだ。単刀直入に言うぞ」
サラは一度深呼吸をすると、真っすぐ真羅の瞳を見る。
「――この一晩の想い出でいい。アタイを抱いてくれないか?」
「――はい?」
予想だにしていない頼みに、真羅は硬直する。
幸いというか、魔術一筋とはいえ、この言葉の意味が分からないほど真羅は子供ではない。
(どういう事だ? まだ出会って数日だぞ? 何故こんな事が在り得る?)
珍しく困惑する真羅は、こうなった経緯を必死に考察する。
しかし、この手の経験は不足しているため考えが纏まらない。
「一目惚れだったんだ。ここでシンラを間近に見た時に……」
「あっ!」
“一目惚れ”という言葉を聞き、真羅はある考えに至る。
真羅はサラの瞳を覗き込むと、あることに確信を懐き自身の顔を両手で覆う。
「そうか、サラは魔眼持ちだったな……眼が良い分、魅入られ易いんだな……」
そう、サラは真羅の魔貌に魅入られていたのだ。
「サラ……その感情はまやかしだ。俺の顔は君の魔眼のように魅了の力がある。基本的には術で影響が出ないようにしてるけど、サラみたいに魔眼を持ってて目が良い奴には影響が出てしまうんだ――」
「――分かってるさ! アタイも魅了の力を持ってるから……一目見た瞬間からアタイと同じだっていうのは分かってた……それでも……好きになっちまったんだからしょうがないだろ?」
「……」
サラから放たれた言葉に、真羅は言葉を失う。
彼女は魔貌を理解したうえで、真羅に惚れていたのだ。
「頼むよ……」
「……」
サラの縋るような声に、真羅は言葉に詰まってしまう。
何故ならば、真羅にはその願いを絶対に叶えられない理由があるのだ。
「あー、その……誠に申し訳ないんだけど……無理なんだ……」
「――ッ!!」
その言葉にサラの顔が今にも泣き出しそうな悲しげな表情に変わる。
「いや、サラに魅力がないとかじゃないんだ……」
「それなら! なんで!?」
「それは……その――」
真羅はこめかみを押さえながら、静かに言葉を紡ぐ。
「――生殖能力ないんだ。俺……」
「――え?」
意外な理由に今度はサラが困惑の声を上げてしまう。
真羅は全身が変質しており、魔術で身体を維持している。それはつまり、生物としてはすでに死んでいるのと変わらず、当然ながら生殖能力は機能していない。
「俺って全身が変質してるから、生殖以外も食事や排泄とかもしないし、魔力を回復するために睡眠は取るけどそれ以外は必要ないし、そもそも出来ないんだ……」
「――はあ?」
真羅の異常な生態にサラは言葉を失う。
身体が世界に変質している真羅は、全てが体内で循環し完結しているため、体外から何かを摂取したり、排泄したりする必要はない。
無論、肉体の魔力は別で存在しているため、消耗すれば睡眠による回復が必要なるが、肉体の維持を考えなければ、それすらも必要なくなる。
「代わりと言ってはなんだが……」
真羅は固まっているサラを抱き寄せると、そのまま徐に唇を奪った。
「――ッ!?」
突然のことにサラは更に困惑する。
「おやすみ。良い夢を」
困惑しているサラを無視して、真羅は彼女の耳元で囁く。
すると、サラは突如として強烈な眠気に襲われる。
「――また何処かで会おう」
サラが最後に耳にしたのは、そんな真羅の呟きだった。
眠りに落ちたサラを真羅はお姫様抱っこすると、静かにベットに寝かせた。
「見てるんだろ?」
真羅はサラに布団をかけると、背後の霊体化しているレイルシアに声を掛ける。
「あれ? やっぱり気付いてたの?」
悪びれる様子もなくレイルシアが実体化する。
「サラが入って来た時に起きたんだろ?」
「まあね。そりゃ、人が来れば気が付くよ」
「乙女の勇気を盗み見るのは、趣味が良いとは言えないぞ?」
「しょうがないじゃん。ボクも恋とかちょっと興味あったし……」
「へー、そんなんに興味あるんだ」
真羅が意外そうにレイルシアの顔を見る。
恋愛など本来生物ではない精霊には無縁なものだ。真羅から見ても恋色沙汰に興味を持つ精霊は珍しい。
「なんだよー。ボクだって一応乙女なんだぞー」
「ふーん」
「なに? その興味なさげな相槌!?」
「そもそもレイルシアは恋愛って何か分かってるのか?」
真羅は耳をほじりながら、興味なさげにレイルシアに尋ねる。
「分からないから興味があるんだよー。そう言うシンラは分かってるの?」
恋愛とは無縁そうな魔術師に、恋愛とは無縁の精霊が問いかける。
「そりゃ、解ってるよ。俺が魔術に向けてるモノが恋。神秘に向けてるモノが愛。師匠が言ってた」
「……」
何も解っていない真羅をレイルシアはジト目で見詰める。
この魔術師は、魔術に恋し、神秘を愛しているのだ。それは間違っていないのだが、それは一般的に言う恋愛とはまた違った概念だろう。
「まあ、そんな事はどうでも良い。目も覚めたし、もう出発しよう」
「え? もう行くの? サラはこのままでいいの?」
レイルシアは眠っているサラを見て真羅に尋ねる。
「大丈夫。宿代は初めに纏めて払ってあるから、サラが泊まっても問題ないよ」
「いや、そうじゃなくて……」
真羅が的外れなことを答えたため、レイルシアはこめかみを押さえる。
「サラとこんなお別れの仕方でいいの?」
「さっきも言ったが、別に今生の別れじゃないんだ。会いたければ、また会いに来ればいいだけだ。そんな気にするような事じゃないよ」
「はあー、シンラがいいならいいけど……」
レイルシアは諦めたように溜息を吐く。
「良いさ。善は急げだ。行こうぜ」
荷物は全て物置に置いてあるため、真羅は手ぶらで部屋の扉を開けて外に出る。
「あっ、ちょっと待ってよ」
人の話を聞かない魔術師が精霊の話を聞かずに行ってしまったため、レイルシア急いでその後を追うのだった。




