魅惑の炎と魔狼
遺跡を出た真羅たちは、リヒトと合流して海人族の村へと戻ると、村長であるベーラに遺跡の真実を伝えた。
「――ッ……そうですか……遺跡にはそんな秘密が……」
ベーラは遺跡内で人工的に魔物が造られていたこと知り、一瞬だけ驚愕するもすぐに冷静さを取り戻して目を瞑る。
「まさか、伝えられていた魔物が人工的生み出されたモノだったとはな……それを討伐してしまうとは流石だな」
リヒトもまた驚きの表情を浮かべつつも、化け物を打倒した三人に称賛の言葉を送る。
「いや、伝わってる化け物を倒したのはシンラだよ。アタイはただの足手まといだったさ」
「それを言うならボクもだよ。正直、シンラ一人で事足りたよね」
サラとレイルシアは居心地が悪そうに真羅に視線を向ける。
実際、彼の力を考えれば一人でも十分であったであろう。
「戦闘力を評価されてもな……さっきも言ったが、俺は研究者だぞ。そんな事を褒められても嬉しくないよ……」
皆の視線に対して、真羅は不服そうに頬に手を当てる。
研究や魔術の腕を評価されるのならばともかく、戦闘力を評価されても喜べない。
「というか、本体を潰したのが俺ってだけで、二人も龍頭は落としただろ? そんな謙遜する事もないだろうに……」
「いや、あんなスゴイ技を見せられるとね……正直、自信なくしちゃうよ……」
レイルシアは遺跡の蛸魔物を倒した二つの技を思い出して身震いする。
真羅の見せた“万龍戯襲”と“集魔・獄炎”は、精霊であるレイルシアから見ても常軌を逸した力を持っていた。
彼が規格外なのは、レイルシアも理解しているつもりだが、その認識も上方修正する必要がありそうだった。
「まぁ、ともかく、礼を言わせてくれ。これで私は安心して遺跡の守り人として役目を終えることができる」
リヒトは深海の槍を持ったまま頭を下げる。
遺跡の化け物を倒され、進化の魔宝を回収したとなると、遺跡の守護という守り人の役目も必要がなくなる。
「おいおい。何言ってんだ? 化け物を倒したとはいえ、人工魔物は今も生まれ続けているんだ。遺跡の監視は今後も必要だろ? あの遺跡がある限り守り人の仕事は無くならないさ」
「むっ……確かにそうだな……先祖代々続いていた守り人の役目が、私の代で終わるとなると少し寂しくなると思ったが……秘密が明かされたとしても役割は終わらぬか……」
「そりゃそうだ。先祖代々継いできた使命ってのは、そう簡単には終わらないさ」
感慨深そうにしているリヒトに、真羅は何処か共感するように呟いた。
真羅は先祖代々続いている魔術師の家系の出身であり、彼は生まれ持った使命というものが、一生に渡って自身を縛り続けるということを身をもって理解している。
守り人という役割は今後もリヒトを縛っていくのだろうが、彼も真羅もそれを不幸だとは思っていない。
(俺が魔術師である事を誇りに思っているように、リヒトも守り人である事に誇りを持っている。彼がどう思っているかは興味がないが、今後も変わらず使命があるってのは幸福な事だろうよ)
心の中でそう思うと、真羅は自身のことについて考える。
(俺の使命は真理に至ること……本来ならば俺の代で終えるのは不可能な事だ……だが、俺は必ず至る! 子孫がじゃない。この俺の手で真理に至ってみせる!)
片時も忘れたことのない己の使命。
リヒトの様子を見た真羅は、それを再確認して決意する。
そんな中、黙っていたサラが思い出したように口を開く。
「あっ、そう言えば、言い忘れていたんだけど、お宝についてはどうするんだ? 元は遺跡の物だし、アタイたちが全部持っていくわけにはいかないよな?」
今回見つけた財宝だが、元々は古代の王の物であり、現在この遺跡を管理しているのは、この村の海人たちだ。黙って勝手に持っていくにはいかない。
「それについてはお気になさらず。我々はあくまでも遺跡の監視が使命であり、所有権を持っているわけではありませんから、見つけた財宝の類いは全て持って行って構いませんよ」
「本当か! ありがとう! ベーラ村長!」
村長であるベーラからの許可を貰い、サラが歓喜の声を上げる。
「本当に良いのか? 山ほどあるし、全然持って行っても構わないぞ?」
「いえ、お気になさらず。我々は基本的には自給自足をしておりますので、お金や財宝は必要としていないのですよ」
「そうか、それなら遠慮なく――って、よく考えたら俺も神秘金属以外は要らないや」
無欲な海人たちに真羅は感心するも、自身も大半の財宝は不必要だと気付かされる。
「うん。ボクもお宝は要らないかな」
同じく無欲な精霊が同意する。
「シンラが必要なやつ以外はサラが持って行ってよ」
「なんでお前らそんなに欲がないんだよ! 浮かれてるアタイがバカみたいじゃないか!」
無欲な者たちに囲まれたため、サラは喜んでいた自身が恥ずかしくなってくる。
「欲が無い訳じゃないぞ。俺が持ってても使い道がないだけだ。まあ、古代の物だし、歴史的な価値があるなら研究サンプルとして少し欲しいが、多量には要らないな。だから九割ぐらいはサラが持って行ってくれよ」
「九割もかよ。本当にいいのか? レイルシアも?」
「全然いいよ」
「マジか……」
お宝はここにいる者たちで山分けにするべきだと考えていたサラは、その大半を手にすることになり困惑してしまう。
「気にするなよ。元々、深海の雫を手に入れたのはサラなんだ。君がいなかったら俺達は遺跡の存在すら知らなかったんだから――というか、もう休ませてくれない? そろそろ限界です……」
突然、真羅が部屋の壁に寄り掛かる。
“万龍戯襲”を使用した代償としてかなり体力を持っていかれたため、実際のところ彼はフラフラであり、現在はただ痩せ我慢をしているだけである。
「これは気付かずに失礼しました。魔物との戦闘の後でしたよね。さぞお疲れでしょう。どうぞ隣の部屋をお使いください」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
ふらつきながらも真羅は隣の部屋へと入っていき、目の前にあった座布団に倒れ込んた。
「――スー」
そして、早くも寝息を立てる。
「本当に限界だったんだね……」
その様子を見ていたレイルシアが静かに呟く。
レイルシアは真羅が規格外の超人だと思っていたのだが、そんな彼でも疲れを感じ、限界があることが分かり、少し安堵する。
(どんなに強くても、シンラは人間なんだ。契約精霊としてボクが支えないと――)
レイルシアもまた、自分の契約精霊としての役割を再確認する。このまま、真羅に負担ばかり掛けるようでは、何のために彼と契約したのか分からなくなってしまう。
「村長。アタイたちも休ませてもらっていいか? アタイも結構ダメージをもらっちまってて、正直キツイんだ」
「ええ、どうぞ。二階に二部屋ありますので、そちらをお使いください」
「ありがとう。アタイたちも休もう。レイルシアもかなり消耗してるだろ?」
「そうだね。ボクも疲れたよ。それじゃあ、ベーラさん、部屋を借りるね」
疲れが溜まっていたサラとレイルシアも、それぞれの部屋で休息を取るのだった。
白銀に輝く夜の月の下、とある建物の上に一人の少女が立っていた。
長い桜色の髪をツインテールし、露出の多い丈の短い衣類を纏い、爪にはカラフルなネイルが施されている。
いわゆるギャルと呼ばれるような者の格好をした少女だが、通常の人間とは異なり、紅い炎を宿した瞳が闇の中に輝いていた。
「……」
炎を宿した瞳が街を見下ろす。
人の気配はない。しかし、人ならざるモノたちの気配がそこら中にあった。
「……」
炎を宿した瞳が魔性たちを見下ろす。
少女は魔性たちを気にする様子もなく、意志の強そうなその瞳が夜の街を見据えていた。
「――ここで何をしている」
少女の背後から声がする。
「……」
その声に答えることなく、少女は静かに振り返る。
そこにいたのは一人の少年。狼のような獣耳を持つ灰色の髪の少年。
その表情は明らかな敵意があった。
「だんまりか?」
獣耳の少年は苛立ったように吐き捨てる。
しかし、少女は何も答えない。
「もう一度聞くぞ――こんな所で何をしている?」
「……」
やはり、少女は何も答えない。
「質問を変えよう――何故、主の招集に応じなかった?」
怒気を含んだ少年の問い。
「……」
それでも少女は何も答えない。
しかし、返答の代わりだというように、敵意を持った瞳で少年を睨みつける。
「――答えろ! アキュ!」
アキュ――そう呼ばれた少女は、ようやく口を開く。
「――アキュート」
「あん?」
「あーしの名前は“アキュート”だ。略すな、“マミル”」
少女――アキュートは怒気を含んだ口調で名乗る。
「それで? このキュートなあーしに何の用だ?」
「とぼけるな!」
マミルと呼ばれた少年の手が獣のそれに変化し、その鋭い爪をアキュートに向ける。
「俺の役目はテメェみたいなのを八つ裂きにすることだ。そのご自慢の顔を二度と主に見せられないくらいズタズタにしてやるよ」
「――ハッ!」
マミルは牙を剥き出しにして威嚇するも、アキュートはどこ吹く風といった様子で鼻で笑う。
「やってみろよ! この犬っころ!」
「誰が犬っころだッ! このクソガキがッ!」
安い挑発に乗ったマミルの鋭い爪が風を斬る。
魔力の籠められた爪撃は竜巻となり、アキュートに襲い掛かる。
竜巻はアキュートを呑み込み、その身体を細切れにする。
「ハッ! ざまぁねえ――あ?」
ズタズタになったアキュートを嘲るように嗤うマミルだったが、ここで違和感を覚える。
「手応えがねえな……偽物か」
「そうだよ。マヌケ――」
細切れになったはずのアキュートが、桜色の炎を発して竜巻を焼き切ったかと思うと、マミルの頭上から声がする。
そこには無傷のアキュートがマミルを嘲るように見下していた。
「お前はもう、あーしに魅入られている。その爪があーしに届くことはない」
「ハッ! くだらねぇ! 俺を魅入ることができるのは主だけだ! テメェごときに魅入られるかよ!」
アキュートの桜色の炎とマミルの狼爪が激突し、激しい衝撃が周囲を揺るがす。
その事態に気付いた夜の街から無数の目が輝く。
どうやらこの程度で狼狽するモノはこの場にはいないようであり、スポーツでも観戦するように、二人の戦いに興味深げな視線が向けられていた。
月夜の下、見る者を魅了する桜色の炎と、全てを切り裂く激しい爪撃が幾度となく衝突する。
両者の力は拮抗しているようで決着が着く様子はない。
「――チッ、腕が上がってやがる」
マミルは不機嫌そうに吐き捨てる。
認めたくはないが、アキュートの技量は以前より増していたのだ。
「ふんッ、“八戒”だからってデカい顔してんじゃねーよ。今のあーしは“九天”にも引けを取らない」
「ふんッ、何が“九天”だ! あんなのテメェらが勝手に決めたもんだろ。その程度でオレたち“八戒”に勝てるとでも思ってるのか?」
「勝てるさ! それをこの場で証明してやるよ!」
「……そうか……なら、俺も本気で噛み千切ってやるよ……」
アキュートの物言いに、怒りが一定のラインを越えたのか、マミルは冷静さを取り戻す。
瞳孔が縦に割れ獣のそれに変わる。
どうやらマミルは今までは本気ではなかったようで、その様子を見たアキュートは嘲るのをやめて真剣な表情に変わる。
両者が再び激突しようと、建物の屋根を蹴ろうとしたその瞬間、二人の間に揺らぎが生じる。
「これは!」
「まさか!」
揺らぎからは虹色の影が現れた。
それを見たアキュートとマミルは直ちに戦闘を中止し、片膝を着いて頭を垂れる。
「「主!」」
二人の歓喜を含んだ声が重なる。
虹色の影に気付いた周囲の魔性たちも姿こそ現さないが、皆二人と同じようにその場で頭を垂れていた。
現れた虹色の影は形を変えて人型になると、少々呆れるように肩を竦める。
「――仲が良いね。二人共」
人型になった虹色の影は、周りの戦闘痕を見て呑気なことを宣う。
「その御姿は? 影だけではありませんか?」
影のみの姿であるその人物に、マミルは疑問を覚えたのか頭を垂れたまま尋ねる。
「ああ、これ? ちょっと疲れたから眠りが深いんだな。普段と違って意識が薄いんだよ」
「なるほど……お疲れのところ申し訳ありません……そんな中、何故こちらに?」
「うん。それ何だけど……」
虹色の人型は、形のない瞳をアキュートに向ける。
視線を向けられたアキュートは、先ほどまでの不敵な態度とは対照的に、恐怖によるものかブルブルと肩を震わせていた。
「あー、別に怒ってる訳じゃないよ。ただ来なかったから心配になってね。様子を見に来たんだ」
虹色の人型は、アキュートの傍に歩み寄ると、目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「大丈夫? 何処か調子でも悪いの?」
自身を案じているだけだと知り、アキュートは安堵の息を吐く。
「皆も良いよ。顔を上げて」
虹色の人型の言葉により、マミルを含めた周囲の魔性たちが一斉に顔を上げる。
ただ一名、アキュートを除いて。
「おい! アキュ! 主が“顔を上げろ”と言ったんだ。俯いてないで顔を上げろ!」
しかし、アキュートは顔を上げない。
唇を噛み締めたまま、目を閉じて俯いたままだ。
「心を覗くのはしたくない。自分の口で言ってくれる方が助かるんだけど」
その言葉を聞いたアキュートは徐に顔を上げる。
「……だって――」
虹色の人型の目の部分を見ながら、アキュートは静かに言葉を紡ぎ始める。
「――あれを救うための招集でしょ? 嫌ですよ。あんな女のためになんか……」
「なるほど……」
短い言葉だったが、それだけで虹色の人型はアキュートの心情を理解する。
「あの“特性”……確かにアキュートと似ているからな……アイデンティティの問題だもんな。そりゃ、彼女を助けたくはないよな」
虹色の人型は徐にアキュートの頭を優しく撫でた。
「――ッ!?」
自身が処されても仕方がないと考えていたアキュートは、突然慰められたことに驚く。
「でもね。恋心を焚きつける火と、相手を魅せて呑み込む炎じゃあ、役割も理も異なるんだ。気にする事はないよ」
「主……」
アキュートは涙ぐんだ瞳で、虹色の人型を見上げる。
「アキュートは俺にとって必要だよ」
「――ッ!」
その言葉を聞いたアキュートは、思わず虹色の人型に抱き着く。
「おっと、アキュートは甘えん坊だな」
アキュートを受け止めた虹色の人型は、子供をあやすように頭を撫でる。
「……」
その様子を見ていたマミルは、アキュートに羨ましそうな視線を向ける。
そのことに気付いた虹色の人型は、空いている手で彼に手招きをする。
「マミルも来なよ」
「――ッ! はい!」
許可を得たマミルは、飼い犬が主人に甘えるように、虹色の人型の下にすり寄る。
虹色の人型は慣れた様子でマミルの頭を撫でると、彼は「くーん」と子犬のような可愛らしい声を上げてしまう。
しばらく二人を撫でていた虹色の人型だが、突如としてその姿が薄れていく。
「そろそろ起きる時間だ……」
虹色の人型は二人から手を離して立ち上がる。
アキュートとマミルは名残惜しそうに人型を見詰めるが、その姿は更に薄れていく。
「それじゃあね。良い夜を――」
そう言い残すと、虹色の人型は完全に消えてしまう。
「「……」」
後に残った二人は、気恥ずかしそうにお互いを見合う。
「――チッ、主が咎めないのなら仕方がない。命拾いしたな」
マミルはそう吐き捨てると、アキュートの反応を待つことなく、屋根を蹴って月夜に向けて飛び出して行った。
「ふん、命拾いしたのはそっちだろ」
アキュートもそう吐き捨てると、建物の屋根の上に座り込む。
「……へへっ、主に撫でられちゃった」
アキュートの顔に無垢な笑みが浮かぶ。
「主はあーしのことを必要としてる……」
目を瞑りアキュートは静かに胸に手を当てる。彼女にとってそれは最も幸福な事であった。
「久しぶりに“闘技場”に行ってみるか……もっと強くなれば、主が更に必要としてくれるはず」
新たな決意を秘めたアキュートは立ち上がり、そのまま夜の街へと消えていく。
その様子を銀色の月は静かに見下ろしているのだった。




