進化の魔宝
気が付くとレイルシアは、真羅の手を握った状態で立ち尽くしていた。
「おかえり」
その言葉にハッと我に返ったレイルシアは、キョロキョロと周囲を見渡した後、自分が遺跡に帰還したことを理解する。
「戻ってきた?」
「そだよ。まあ、正確に言うと、俺の世界に行っていたのは意識だけだがな」
穏やかな笑みを湛えた真羅は、レイルシアの手を離して意識のないサラの状態を確かめる。
「ふむ、治癒は問題ないな。大きな怪我もないし、これならすぐ目を覚ますだろ」
それだけ確認すると、真羅は徐に地面に座り込む。
「さすがに疲れたな。魔霊の魔力を使う集魔は兎も角、龍気を扱う万龍はキツイな」
「……その割には上機嫌だね」
「そう見える?」
体力の消耗に反して、今の真羅は非常に機嫌が良い。
人外の血を持って生まれたはずの自身を、人で在ると断言してもらったことが余程嬉しかったようだ。
「――うっ、うう――ここは?」
真羅が気を良くしているさなか、意識を失っていたサラが目を覚ます。
「ここ? 遺跡の最深部だよ」
「遺跡……って! あの魔物はッ!?」
サラは自身が戦闘中に気を失ってしまったことを思い出して飛び起きる。
「おっと、心配するな。魔物はきっちり倒したよ」
「倒した? あの化け物を?」
「うん」
言葉の意味を呑み込めないサラは、困惑したまま真羅の顔をまじまじと見る。
「えっ? アタイってどのくらい寝てた?」
「うーん、五分ぐらいじゃね?」
「五分? そんな短時間で倒せたのか?」
「うん」
「二人で?」
「いや、レイルシアはサラのことを診てたから、戦ったのは俺一人だな」
「……そうか……」
あの強大な魔物を短時間で、しかも一人で倒してしまったという事実を告げられるが、サラの脳が理解を拒む。
実際に戦ったから分かるが、あの蛸魔物はそんな容易い相手ではない。一体どうやって倒したのか、サラには想像もつかなかった。
「俺も切り札を出したからな。正直、これ以上の戦闘は厳しいぞ」
「そうか……足を引っ張っちまったみたいだな。すまなかった」
「いや、俺の方こそ、切り札は確実に本体に撃ちたかったから、使うのが遅くなった。すまなかったな」
お互い謝罪し合うと、真羅は起きたばかりのサラの手を掴み立ち上がらせる。
「ありがと。それで倒した魔物はどうなったんだ? 他の白い魔物みたいに灰になったのか?」
立ち上がったサラは礼を言うと、ふと疑問に思ったことを尋ねる。
この遺跡に生息している人工魔物は、皆命を落とすと灰になって崩れてしまう。
強さや規模も他の魔物とは異なるあの蛸魔物はどうなったのか。
「あー、獄炎を使ったからなー。龍の頭は灰になったが、本体は灰も残さず消し飛んだと思うぞ――ん?」
サラの疑問に答えながら、真羅は何気なく塵一つなくなった蛸魔物の跡を見ると、そこに不気味に光る何かがあることに気付く。
「あれは――」
範囲を絞ったとはいえ、“集魔・獄炎”の威力は生半可ではなく、あの程度の魔物では灰すら残るはずがない。
不思議に思った真羅は、会話を中断し、足早に駆け寄ってその何かを拾い上げる。
「これは……」
それは不自然なほどドス黒い輝きを内包した水晶玉のようなナニカだった。
「まさか……!?」
ソレを除き込んだ瞬間、真羅の脳内に警鐘が鳴る。
――これはこの世にあってはならないモノだ。
「そうか……これが進化の魔宝……」
これが粘土板に描かれていた“進化の魔宝”だと、直感的に理解する。
「シンラ、急にどうしたの?――って、それはッ!?」
駆け寄ってきたきたレイルシアが“進化の魔宝”を見た瞬間、本能的に何かを感じ取り後退る。
「解るか? これが何か?」
「解らないよ……でも、とてつもなく嫌な感じがするよ……」
「無理もない……これは――」
真羅は何かを確信し、魔眼を輝かせて進化の魔宝を覗き込む。
「――魔神の力の一端だ」
「――ッ!? まさか!?」
告げられた真実に、レイルシアが驚愕の表情を浮かべる。
「魔神は封じられたはず! そんなモノが残っているはずがないよ!」
声を荒げて冷静さを欠いているレイルシアだが、本能では理解してしまっている。
これが紛れもなく、魔神の力を秘めていることに。
「ふむ……これはあくまでも力の一端――魔神の意志があるわけではない。心配するな、取り扱いにさえ注意すれば危険はないよ……多分……」
「多分って……本当に大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。厳重に調べるから、問題はないよ」
「いや……持ってるだけでも危ないんじゃ……」
少し常人と発想がズレている魔術師を、レイルシアは胡乱な目で見るが、本人は全く気にする様子はない。
「どうしたんだ? 二人とも?」
「ああ、ほら」
遅れてやって来たサラに、真羅は持っていた進化の魔宝を見せる。
「なんだ? これ? 見るからヤバそうだが……」
「これが進化の魔宝だよ」
「はあ? この明らかな危険物が?」
サラも本能的に進化の魔宝の危険性を感じ取ったようで、耳と尻尾を逆立て警戒する。
「まあ、危険物も危険物だな……でも、これを放置はできないだろ?」
「……できれば見なかったことにしたいけど……そう言う訳にはいかないよな……」
処理に困ったサラが頭を抱える。
実際のところ、魔神の力の一端など、一冒険者にどうこうできるものではない。
「そう言う事だ。俺はこの手のモノは専門だ。任せろ、厳重に管理するさ」
「本当に大丈夫か? どう見ても人に制御できるようなものじゃないが……というか、古代の連中は制御できなかったから、この遺跡に封じたんじゃないのか?」
「そんな連中と一緒にすんなよ。こう見えても――というか、どう見ても俺は一流の術師だ。そんな三流がしそうなミスはしないさ」
「あの化け物を倒したんだし、シンラの実力は問題ないと思うが……本当に大丈夫か?」
サラも真羅の実力は正確ではないにしろ、常人離れしていることは分かっている。
それでもこの進化の魔宝は、明らかに異常な力を秘めている。彼女の不安ももっともだろう。
「大丈夫、大丈夫。変な悪党に渡るよりは、俺みたいな研究者に渡る方が遥かにマシだろ」
「えっ? 研究者って、シンラって魔導師だったのか? 魔法師じゃなくて?」
真羅の自らが研究者という発言にサラが驚く。
真羅が自らを魔法使いとしか話していなかったため、サラは彼の戦闘力の高さから魔法戦闘の専門である魔法師と勘違いしていたのだ。
より正確に言うと魔術師なのだが、この世界の定義では魔法研究の専門家は魔導師であり、その定義に当てはめると真羅は魔導師になる。
「サラは俺を何だと思っていたんだ? 俺は“研究者”であり“探求者”だ。間違っても戦闘者でない」
「マジか……あの戦闘力で魔導師とか、魔法師たちの立場なくないか?」
「そうか? 研究にもある程度の力はいるだろ、今回みたいに」
「いや、誰が見ても、キミの力って明らかに常軌を逸してるからね」
「レイルシアまで……まったく、俺を何だと思って……」
サラだけではなくレイルシアにも指摘された真羅は、不貞腐れたように溜息を吐く。
真羅は幼い頃から両親や師に、魔術の探究には力が必要だと教え込まれているため、研究が専門だろうと魔術師である以上戦闘能力は必須だと考えている。
そのこともあり、魔法使いをわざわざ魔法師と魔導師に分けること自体、彼からすれば無意味なことだ。
「まあ、兎も角、これは俺が管理する。異論は認めない」
「まぁ、ボクにどうこうできるモノじゃないし、異論はないよ」
「同じく。アタイが持ってて暴発でもしたら嫌だし、管理してくれるってんなら異論はない」
レイルシアもサラも、進化の魔宝が自らの手に負えないモノだとは分かっているため、大人しく真羅に任せることにする。
「ありがと」
心の籠ってないお礼を告げると、真羅は進化の魔宝を懐にしまう。
(本当なら“シキ”の研究所に送りたいが……まあ、権能なら最初は俺が自分で調べた方が良いよな)
普段ならば研究対象は、真羅の世界の“火山”にある研究所に送るのだが、この進化の魔宝はその特異性から一端、物置に保管することにする。
「さて……では、お待ちかねの財宝だ。メインの進化の魔宝は手に入ったが、古代の王が隠したお宝はまだまだあるだろう」
「あっ! アタイらお宝目的で来たんだった! 今の戦闘ですっかり忘れてた……」
「忘れてたって……トレジャーハンターだろ……何で忘れんだよ……」
蛸魔物との戦闘によりトレジャーハンターとしての本分を忘れていたサラに対し、真羅は呆れるような視線を向ける。
根っからの魔術師である真羅からすれば本分を忘れるなど、どんな状況でも在り得ないことだ。というよりも、彼は常に神秘の事しか考えていない。
「お宝って言うけど、そんなのどこにあるの?」
辺りを見渡していたレイルシアが真羅に尋ねる。
地面こそ戦闘の跡でズタズタになっているが、周囲に財宝を隠せるような場所は見られない。
「また隠し扉でもあるんじゃないか?」
「いや、この空間にそんなものは無さそうだぞ」
同じく周囲を見た見渡したサラが適当に言うが、魔眼を輝かせた真羅がそれを否定する。
「俺が見た限りだが、扉は入口以外はない」
「よく分かるな。そんなこと……まぁ、お前の言うことだし、そうなんだろうが……じゃあ、お宝はどこに隠してあるんだ?」
「ふむ。あそこを見てみな」
徐に真羅は壁際の地面を指差す。
そこは何も変哲もない地面であり、特に怪しいものはない。
「――? 何もないけど……」
「そう見える? 何処か違和感がないか?」
「いや、特に……って、もったいぶってないで教えろよ!」
遠回しな言い方をする真羅に、サラが痺れを切らす。
「勿体ぶってる訳じゃないんだけど……まあ、いいや……あの場所な、さっき魔力砲が直撃したんだが傷一つないんだ」
「……つまり?」
「上手く隠されているが、結界で守られているんだ」
そう言うと、真羅は先ほど指差した場所に向かい、拳に魔力を集中させて地面を殴りつける。
――パキンッ!
何か硝子の様な物が割れたような音が響くと共に地面が砕ける。
「やはりな」
立ち上った砂煙の中、真羅が何かを確信したように呟く。
「おい! いきなり何やってんだよ!」
突然の行動にサラが驚くが、レイルシアは慣れてきたようで呆れたような顔をしている。
「ほら」
「ほら、って、何が――これは……魔法陣?」
砕かれた地面の下には白い魔法陣があった。
「これは宝物庫への入口。恐らく財宝は異空間に隠されている。上手く隠されてはいるが、俺の目は誤魔化せない……あ、別に魔眼で気付いた訳じゃないぞ」
宝物庫は巧妙に隠されてはいたが、この魔術師の目を欺くには及ばない。
真羅の見立てでは、宝物庫は彼の物置のように魔術的造られた異空間になっているようで、この魔法陣がその空間に繋がっているようだ。
「なんでそのうまく隠されていた魔法陣に気付いたんだ?」
「これは直感。経験則だな」
「へー、すげーな。アタイよりトレジャーハンターに向いてるんじゃないか?」
「いや……生憎だが、この手の結界は魔術師の分野だよ」
サラは魔法陣を見抜いたことに感心するが、真羅からすれば大したことではない。
様々な罠や仕掛けが施されている魔術師の工房に比べれば、隠蔽の結界だけなど対処するのは容易いことだ。
「さあ、行こうぜ。二人とも魔法陣の上に立ってくれ」
「分かった」
「上に乗ればいいの?」
サラとレイルシアが魔法陣の上に立つのを確認すると、真羅も遅れて魔法陣に乗る。
「よーし、準備はいいな?」
そう言うと真羅は、二人の了承を得る前に魔法陣を起動するのだった。




