万の龍と集う魔
ひときわ大きな地震が起こると、この実験場の中央の地面が崩れ、龍とは比べ物にならないほど巨大なナニカが這い出て来る。
「……蛸?」
現れたのは、超巨大な白い蛸だった。
「えっ? あの龍って触手だったの?」
レイルシアが困惑しながら疑問を呟く。
どうやらこの化け物は、八本の触手の先が龍になっている蛸の魔物のようであり、これがこの遺跡に封印されていた化け物の正体のようだ。
「つーか、あいつ……赤くなってね?」
サラが巨大蛸の顔が赤くなっていることに気付く。
蛸は皮膚の色は白いのだが、顔の辺りが茹でられたように真っ赤になっているのだ。
「さっき、ギムレの霧を吸ったからな。本体のこいつも酔っ払っているんだろ」
泥酔の魔術を受けた龍たちと繋がっている影響により、蛸は酔っ払ってしまったようであり、その不気味な眼球は焦点が定まっていない。
「脳みそは龍頭ごとにあったみたいだが、消化器官とかは本体に繋がっているから影響は免れないだろうな。まあ、酔っ払ってるなら、こちらとしても好都合――」
「――キュシュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
真羅が酔っている隙に攻撃をしようと構えたその時、突如として蛸が底冷えするような不気味な咆哮を上げる。
「なんだッ?」
あまりの爆音に、サラは思わず耳を塞いでしまう。
「ん? 何かするつもりみたいだぞ」
真羅が興味深げに視線を向けると、蛸魔物の口元に魔力が収束していく。
「あっ、まさか――」
その行動の意味を瞬時に理解した真羅は、レイルシアとサラの腕を掴むと、地面を蹴って大きく横に跳ぶ。
その直後、蛸の砲身のような口から、圧縮された超高密度の魔力が解き放たれる。
それは極太の光線となって、先ほどまで真羅たちが立っていた地面を穿った。
「ははっ、とんでもねえ威力だな」
地面に空いた大穴を覗き込みながら、真羅は能天気に笑う。
「笑ってる場合かよ!」
サラは何故か余裕綽々な様子の真羅の手を振り払うと、警戒しながら魔力を滾らせて猫又を構える。
「今のはたまたま直撃コースだっただけで、狙いなんて定まってないよ。そんな焦んなくても冷静に対処すれば問題はないだろ」
一見すると楽観的に聞こえる考えだが、真羅の考察は間違っておらず、今の魔力砲は偶然彼らのいた位置に放たれただけで、蛸魔物は狙って放ったわけではない。
「確実に酔ってはいるんだ。隙を見せたら一斉攻撃を――」
「――キュシュルルルルルルルルルルルッ!!」
真羅が話している最中に、蛸魔物が魔力砲を放ってくる。
だが、やはり狙いはついておらずで、砲撃は明後日の方向に飛んでいったが、その一発だけでは終わらず、蛸魔物は魔力砲を何発も闇雲に乱射してくる。
「酒癖が酷い!」
蛸魔物は魔力砲を狂ったように吐きまくる。
完全に酔いが回っているようだが、この蛸は龍とは異なり酒癖がかなり悪いようだ。
「下手に動かず冷静に射線を見極めて避けろ!」
言葉通りに真羅は無駄に動くことはせず、自身に飛んできた魔力砲のみを冷静に見切って回避する。
「んなこと言ったって! この量を捌くのはきついぞ!――うおッ!」
文句を言いつつも、サラは蛸魔物の攻撃を見切って躱す。
しかし、横に跳んで避けた直後、狙ったように着地地点に魔力砲が放たれた。
「やばッ!」
とっさに身を捩って直撃こそ免れるも、魔力砲はサラの足元に直撃し爆発を起こす。
「うわぁッ!!」
爆風をもろに受けたサラは吹き飛ばされ、受け身も取れず地面に叩きつけられる。
「サラッ!」
衝撃により意識を失ってしまったサラに対し、レイルシアが悲鳴にも似た声で彼女の名を叫ぶ。
「待ってて! すぐ助けに――くッ!」
レイルシアが守りに入るべくサラの下に向かおうとするが、蛸魔物の出鱈目な猛攻により思うように身動きが取れない。
そんな中、真羅は不用意には動かず、冷静に魔物の動きを観察していた。
「狙ってやった訳ではないが……でもこの威力じゃあ迂闊に動けないな」
そう言いつつも、真羅の行動は早かった。
『――目覚めよ、幻の血。眠れる龍神よ。今ここに甦れ。――――幻血覚醒』
呪文の詠唱と共に神秘が顕現する。
身体が一瞬輝いたかと思うと、真羅から神々しい光が溢れ出す。
「龍気活性……」
ボソッと呪文ではない言葉を呟いたかと思うと、真羅の纏う光が一層強まる。
「レイルシア! サラを頼む! 奴は俺が何とかする!」
そう叫ぶと、またしてもレイルシアからの返答を待つことなく行動を開始する。
真羅は防御を捨て、一直線に蛸魔物に向かって走り出した。
「たかが八匹の偽龍で調子に乗るなよ! 今から“本物”を見せてやる!」
魔力砲の嵐を掻い潜って接近すると、溢れんばかりの光が真羅の拳に収束していく。
「――万龍戯襲!」
光と共に拳が突き出される。
そして次の瞬間、光が爆発的に増幅したかと思うと、真羅の拳が爆発する。
「これが本物の“龍”だ」
龍が顕現する。
それも一頭ではない。百、千、いや、それ以上の数の龍が爆発した拳から溢れてくる。
「文字通り、万の龍との戯れだ。特と味わいな」
龍たちは一斉に蛸魔物に襲い掛かる。
「――キュエッ!?」
酔っ払った状態の頭でも、目の前の光景が異常であることは理解できたのか、蛸魔物は困惑したような奇声を上げる。
しかし、万の龍を相手にどうすることもできず、為す術もないまま呑み込まれていく。
ある龍は爪で魔物の触手を切り裂き、ある龍は牙で頭部を嚙み千切る。また別の龍は火を吹き、そのまた別の龍は水を吐く。他にも雷を落とす龍、暴風を纏う龍、吹雪を放つ龍など、多種多様な万の龍はまるで戯れるように蛸魔物に襲い掛かる。
「凄い……いや、凄すぎる……」
介抱するべくサラに寄り添っていたレイルシアだが、目の前で起こっている異常とも言える光景に恐怖すら感じていた。
そう、異常なのだ。
真羅が起こしている神秘は、明らかに魔術の範疇を越えている。
もしもこの神秘を大規模な儀式を行い、膨大な魔力を懸けて顕現させたのならば、術理はともかく、納得はできただろう。
しかし、彼に目立った魔力の消耗がないどころか、この神秘を繰り出すのに術式すら編んでいない。
「キミは……本当に人間なの?」
魔物が蹂躙されていく様を呆然と眺めていたレイルシアの口から思わず零れる。
いくら魔術師とはいえ、人間には不可能なことがある。
しかし、真羅を見ていると、本当に不可能なことなど存在するのかとすら思えてくる。
「人間さ。“元”が付くがな」
レイルシアの呟きは真羅の耳に届いていたようで、彼は自嘲するように嗤る。
「まあ、人間である前に、元々混じってたからこんな事が出来るんだがな……」
意味深げな呟きだが、これはレイルシアの耳にまでは届かなかった。
真羅が嗤っている間にも、万の龍の猛攻は止まることなく蛸魔物に襲い掛かっている。
そして、絶え間なく戯れを続いていた万の龍だが、しばらくするとまるで幻であったのかのように消えてしまう。
後に残ったのは、見るも無残な姿になった魔物だけだった。
「ほう。まだ生きているのか」
万の龍の猛攻を受けた蛸魔物だが、まだ息があった。
「いや、“生きてる”じゃなくて“死ねない”が正しいな」
生きているのが不思議なぐらいの重症だが、蛸魔物は生きているのだ。
その持ち前の再生能力が、無理やりに魔物を生かしている。
「いっそ、死んだ方が楽だろうに……」
真羅は瀕死でも死ぬことのできない魔物に対し、憐みの視線を向ける。
この人工魔物に生存本能なるものが存在するのかは不明だが、こうなってしまえば、もはや生きているのが苦痛でしかないだろう。
「……いいだろう。その苦しみを終わらせてやる」
真羅の顔から表情が消える。
そして、天へと向け、掌を突き出した。
「さあ、集え。炎を司る魔霊たちよ……」
真羅の呟きに応えるように、彼の掌に炎が集まっていく。
多種多彩な炎は、まるで際限がないように膨大な数が集まっていき、巨大な火球を形成する。
そして、火球は次第に光すら焼き尽くす“黒”へと変貌していった。
「――集魔・獄炎!」
黒い炎が解き放たれる。
「俺の秘術の結晶で火葬されるんだ。光栄に思いな」
黒炎は蛸魔物を吞み込むと、一瞬で灰すら残さず焼き尽くしてしまう。
真羅はその様を見届けることなく、背を向けて黙祷する。
「人の業で生み出された魔物よ。安らかに眠れ……」
それだけ呟くと、真羅は興味を失ってしまったようで、どうでもよさげな表情を浮かべて、レイルシアとサラの下に向かった。
「サラは無事か?」
二人の下に来ると、真羅は何事もなかったかのように、レイルシアにサラの安否を尋ねる。
「う、うん。意識は失っているけど、軽傷だったから治療しといたよ――ってそうじゃなくて! さっきのは何なの!?」
あれだけのことをしたのにも関わらず、普段と変わらぬ様子の真羅に驚きつつも、レイルシアは先ほどの異常な神秘について尋ねる。
「さっきの? 万龍の事? それとも集魔?」
「両方!」
とぼけたことを抜かしている真羅だが、レイルシアの真剣な眼差しに気付くと、彼も表情を引き締めた。
「さっきの龍だがな……実を言うと俺は元から純粋な人間じゃないんだ」
「うん。さっきのを見て、キミを純粋な人間だと思う者はいないと思うよ」
レイルシアがもっともなことを言う。
「いや、そういう意味じゃなくて、俺は先祖に人外がいるんだ……見てろ」
そう言うと真羅は、自らの手に力を込めた。
すると、彼の爪が伸び、まるで龍の鉤爪のように変貌した。
「ほら、龍の爪。見ての通り、俺は龍神の血を引いているんだ」
「龍の? じゃあ、さっきのは先祖返りの魔法ってこと?」
「正解。幻血覚醒は、人外の血――幻の血を目覚めさせる魔術だ……更に言うと、俺は結構な数の人外の血を引いててな。その中でも特に濃い血の六種の人外になる事が出来る」
真羅は誇らしげに胸を張るが、レイルシアはどこか不安げな視線を向ける。
「おい。そんな目で見るな。濃いといっても、俺はほぼ人間だよ。あくまでも魔術で変身出来るってだけだから」
「いや、そうじゃなくて……キミは辛くないの? 他の種の血を引いているなんて、身体に何か影響とかないの?」
「あー、そっちか。優しいな」
レイルシアは人外の血を恐れていたわけではなく、真羅の身を案じていた。
人類とは異なる種属の血を引いているのだ。
どのような悪い影響が出るか分かったものではない。
「さっきも言ったが、俺はほぼ人間だ。大した影響はないし、この魔術みたいに術師としては利点の方が多いよ」
「そっか……良かった……ってあれ? でもさっきのって龍に変身したわけじゃないよね? 何をやったの?」
安堵したもの束の間、新たな疑問が出て来る。
先ほどの神秘は万の龍を生み出しこそしたが、真羅自身が龍に変身したわけではないのだ。
先祖返りならば、龍になることは理解できても、万の龍を造り出すということはどういった原理なのか分からない。
「俺の先祖はただの竜じゃなくて龍神――龍の神様なんだ」
「龍の神様?」
「そう。龍神ってのはただの龍じゃないからな。龍気と呼ばれる特殊な神秘的エネルギーを扱えるんだ。さっきの“万龍戯襲”はその龍気を活性化させ、万の龍に変えて撃ち出す技。幻血覚醒をしなちゃ使えない俺の必殺技さ」
自慢げに笑みを浮かべる真羅だが、「あっ、さっきので仕留め切れなかったから、必殺じゃなくなっちゃった」と、どうでもいいことにショックを受ける。
「そんなことができるなら、なんで最初からやらなかったの?」
レイルシアがふと思った率直だが当然の疑問を尋ねる。
「龍気って、本来は人間には扱えないモノだからな。疲れるんだ……めっちゃ」
先ほどと打って変わり、真羅はげっそりとした表情を浮かべる。
実を言うと痩せ我慢をしていただけで、魔力こそ大して消耗していないが、体力は大幅に消費してしまっていたのだ。
「次に敵が残っている可能性がある状況じゃ、極力使いたくはないんだ。今回はサラが危なかったから使ったが、正直もう戦闘はとてもじゃないが厳しい」
「そっか、デメリット自体はあるんだね」
消耗もなくあれをやっていたら完全な化け物だが、相応の代償はあるようで、レイルシアはどこか安堵したような笑みを浮かべる。
「それで、黒い炎の方はなんなの?」
「あー、あれは魔霊たちの力を束ねて放つ俺の奥義だ。全力ではないにしろ、加減なんて効かないし、威力がヤバイから俺も数える程しか使ったことはないんだ」
この自重という言葉を知らない魔術師が、唯一自重していることがこの“集魔”と言っていい。
彼が自分で口にしたが、魔霊たちを束ねて放つその力は計り知れず、加減を間違えれば、国一つぐらい簡単に消し去れるだけの威力はある。
「まあ、本来は収束した後に、更に増幅、圧縮してから放つんだが、遺跡ごと消し飛ばしかねないから、今回はそれはしなかったがな……」
「そうなんだ……って、まって! あの威力ってことは、それだけの強力な精霊を宿しているってことだよね? どういう身体の構造してるの!?」
これまたもっともな疑問である。
真羅は千以上の精霊を宿していると言っていたが、これ自体が異常なことだ。
本来、人間の体は、肉体も霊体も精霊を宿せる構造をしていない。
魔力を操れる魔術師だからこそ、精霊を宿すことを可能にしているのだが、それでも数体が限度である。
強力な高位の精霊ほど、宿すための負担が大きく、自分で生み出した疑似精霊とはいえ、これだけの数を宿すことは不可能なはずだ。
「あー、それについてだが――前に俺の身体は“世界”に変質してるって教えたよな」
「うん。よく意味は分からないけどね」
「そうだよな……」
レイルシアの言う通り、水や岩などの自然物や、獣や昆虫などの他の生物に変質したのならばともかく、世界という曖昧なモノに変質したと言われても意味が分からない。
真羅は少し考え込むと、何かを決意したようにレイルシアの手を掴む。
「シンラ?」
「言葉で言うより、見た方が理解し易いだろ。今から俺の正体を見せよう」
真羅がイタズラを仕掛けた子供のような笑みを浮かべたかと思うと、次の瞬間レイルシアの視界が光に包まれるのであった。




