最深部の化け物
最深部は先ほどの広間とは異なり、白い森のあった場所のように明るかった。
地面は白い土で覆われており、天井には青空が広がっている。
そして、その空の中央には太陽までも輝いているため、とても海の中とは思えない。
「へー、東京ドームより広そうだな。行った事ないけど……」
辺りを軽く見渡した真羅は、地面を軽く蹴って白い土を撒き上げる。
「これも自然のものではない……さっきの植物と同じで人工のものかな? まあ、そこはどうでもいいか……」
早くも白い地面に興味を失った真羅は、今度は天井の空を見上げる。
「これは……天井に古代の空の映像を張り付けているのか。なるほど、あれは言わば巨大なスクリーンなんだな」
遺跡内に空が広がっている仕組みを解明した真羅は、天井にも興味を失ってしまうが、そこにレイルシアとサラも扉から中へ入ってくる。
「わぁー、ここも広いね! さっきの森より広いんじゃないかな?」
先に入ってきたレイルシアが、先ほどの白い森と大きさを比較する。
障害物がない分、彼女がこちらの方を広く感じているだけで、実際のところ真羅の見立てでは広さに大した差はない。
「ここも明るいんだな。もうランタンは要らないか」
青空が広がっていることを不思議に思うも、サラは周囲を警戒しながらランタンを魔法の鞄にしまう。
「ここが遺跡の最深部だよな? 例の化け物はどこだ?」
周りを見渡したサラが、この場に封じ込められているはずの魔物がいないことに疑問を覚える。
「あれ? 長老さんの話だと、ここに化け物がいるんだよね? どこにもいないよ?」
サラの言葉にレイルシアも疑問を覚え、目を凝らして周囲を見渡すが怪しいモノは何もない。
「いや、下を見てみ……いや、“見る“じゃなくて、“感じる“が正しいな」
二人が疑問に思う中、真羅は魔眼を凝らして地面の下を見ていた。
その眼には何かが映っているようで、彼は不敵な笑みを浮かべながら、徐に一歩を踏み出す。
「ここは恐らく実験場。そして、その実験の結果生まれた強大な化け物は、この中央――太陽の真下の地面で眠っている」
大よそを把握した真羅がゆっくりとした歩みで中心に向かって行く一方、レイルシアとサラは状況を上手く呑み込めずいた。
「ちょっと待って! 魔物は地面の下にいるの? それになんで眠っているって分かるの?」
細かい説明を省いた真羅に対して、レイルシアは疑問をぶつけるが、彼は足を止めず、振り返ることなく口を開いた。
「ああ、魔物は下に潜んでいる。そして、起きているのなら、もうとっくに襲い掛かって来ているさ。実際は休眠状態なんだろう」
疑問に答えながらも、真羅は歩みを止めない。
既に戦闘準備は万全のようで、二人の意見を聞くことなく、魔物に戦いを挑もうとしている。
「ちょっと待てッ! 不用意に近づくな! 魔物が起きたらどうすんだ!」
サラがもっともな事を叫びながら真羅を追いかけ、その肩を掴んで無理やり歩みを止める。
「何だよー」
「何だじゃない! お前は何をする気だ!」
「何って、先制攻撃をしようと……」
「攻撃って……まずはアタイたちに話すのが先だろ?」
「あっ!? ごめん、忘れてた」
「忘れたって……なんでそんな大事なこと忘れんだよ……」
あまりにも間抜けな理由で作戦を伝えなかった真羅に、サラは驚きを通り越してもはや呆れてしまう。
「ごめんね。俺ってこういう事は基本一人でやってきたからさ。重要なことを失念しておりました」
「たくよー、頼むぜ。アタイら仲間なんだから」
「仲間……そっか、仲間だよな。ごめん、気を付けるよ」
真羅は珍しく本心から反省する。
基本的に他人を当てにはせず、自分の力のみで物事を解決しようとする真羅にとって、仲間との連携はある意味では最も不得意なことと言ってもいい。
特に化け物退治などは、自身の力量を確認したいがために単独で行うことが多く、仲間と連携して行った経験などほとんどない。
そんな真羅だからこそ起こったミスであり、仲間の意志や作戦を伝え忘れるなど、死地に赴く状況では決してあってはならない過ちだ。
「分かったならいい――で、何をするつもりなんだ?」
「ああ、相手の正体が分からない以上、寝ている隙にこっちから先制攻撃を仕掛けて、飛び出してきたところに高火力で一斉攻撃をするのが一番だと思う。それでダメならその後は臨機応変に対応する。それで良い?」
「分かった。先制攻撃はお前さんがやってくれるのか?」
「おう。任せろ」
「よし、それで行こう。レイルシアもいいか?」
「うん。とりあえず、飛び出してきたら思いっ切り叩き込めばいいんだよね? 問題ないよ」
「じゃあ、一発ブチかましてくる。二人の準備しといてくれ」
若干レイルシアの認識が怪しいが、二人の了承を得た真羅は、再び歩き出してこの実験場の中心に向かう。
そして、太陽の真下に辿り着くと、地面の下の強大な魔力反応を確認する。
「人工といえ魔物は魔物。不浄なモノにはお前だな――ナルカミ」
真羅の掌に青白いが集まる。
「目覚めの一撃だ! くらえ! この子の神鳴りを!」
振り下ろされた掌と共に、雷が大地に迸る。
迸る稲妻は白い地面を穿ち、奥底に潜むナニカに襲い掛かる。
――ゴガガガガガガガガガアァァァァァ!!
地の底から怒声にも聞こえる咆哮が轟く。
「三秒後に飛び出すぞ! 1、2――」
真羅はカウントダウンをしながら上空に飛び上がり、二人の射線上から退避する。
「――3、今だ!」
三秒数えた後、合図代わりの巨大な火球を放つと、それと同時に地面から巨大な影が飛び出す。
「――銀星の光砲!」
「――フレアバースト!」
真羅の攻撃を皮切りに、レイルシアの銀色の魔力砲撃と、サラの高火力の火属性魔法も放たれる。
三人の一斉攻撃は、現れた巨大の影に直撃して大爆発を起こす。
「真面に入ったな」
真羅は確かな手ごたえを感じながら地面に着地する。
「やったのか?」
「……いや、まだだ」
爆炎で視界が悪くなっているため、相手の確認ができない中、魔眼を研ぎ澄まさせた真羅がサラの呟きを否定する。
爆炎が晴れると、そこには巨大な龍の頭が三人を睨みつけていた。
額に漆黒の宝玉を持つ白い龍。
首から下は地面に埋まっているため、その全貌は明らかになっていないが、頭だけでも以前に遭遇したレッドドラゴンに匹敵する大きさであり、その頭部からは明らかな怒気が放たれている。
先ほどの一斉攻撃を受けたにも関わらず、その龍は傷一つ負っていない。
「何!? 無傷だと!?」
あれほどの高火力を持ってしてもダメージが確認できないことに、サラが驚愕の声を上げる。
「いや、無傷って訳じゃない。見ろ」
真羅は僅かに焦げている龍の鱗を見つけて指差す。
その焦げた痕は、見る見る内に回復し、すぐに元通りに治ってしまった。
「奴は驚異的な再生能力を持っているんだ」
この龍は攻撃を受けて無傷だったわけではなく、受けた傷を瞬く間に再生してしまったのだ。
その証拠に白い地面に、先ほどの炎で焼かれた龍の鱗の破片が落ちている。
「さっきの攻撃で、頭の半分を吹き飛ばしたのを確認したが、煙が晴れる数秒で治ったみたいだな」
神秘の魔眼により、魔力の動きを視認したため、真羅はその脅威の再生能力を直接目の当たりにしてしまったのだが、不思議とその顔に焦りや驚きはなかった。
「人工の魔性ならば、こちらも同じ……古代の魔物と俺の魔霊。どちらが凄いか勝負といこうじゃないか」
魔術師の相貌に不敵な笑みが浮かぶ。
目の前に存在するのは、人工的に造られた魔物。
対して彼が従えるは、人工的に生み出した精霊。
この戦いは魔術師の研究成果の競い合いであり、言うなれば神秘の比べ合いだ。
古代の技術と真羅の秘術。どちらが優れているのかはっきりさせるための戦い。
真羅の歪な心に熱が生まれる。魔術師としての本能が疼いてくる。
(こいつと魔霊で戦いたい……俺の子供たちの方が強いと証明したい)
この男はどうしようもなく魔術師なのだ。
利己的で自己中心。
自分勝手で己の好奇心を優先させる人でなし。
自身の命よりも探究心の方が大事なのだ。
(さあ! 我が神秘をお見せしよう!)
真羅が魔術精霊たちを待機させ、一斉に襲い掛からせようとしたその時――
「――なあ、シンラ。何か手はあるか?」
背後から声がかかる。
自分の世界に入っていた真羅は、ハッとなって後ろに振り返る。
そこには真剣な表情のサラと、不安げな顔をしたレイルシアがいた。
(そうだ……今回は一人じゃない。仲間がいたんだ……何やってんだろ、俺)
早くも同じ過ちを繰り返そうとしていた真羅は、己を叱咤する。
これは普段行っている実験ではない。仲間と共に挑む戦いなのだ。
自分勝手な行動は慎まなくてはならない。
「シンラ。大丈夫? もしかして、さっきのに巻き込まれちゃった?」
レイルシアが急に黙り込んだ真羅の身を案じてくる。
不安げな表情を浮かべていたのは、彼が先ほどの攻撃に巻き込まれてしまったのではないかと心配してくれていたようだ。
「悪い。ちょっと考え事をしてた」
真羅は素直に謝り、二人の方に向き直る。
「おいおい、しっかりしてくれよ。お相手さん、今にも襲い掛かってきそうなんだぜ?」
「分かってるよ。それにちゃんと手もある」
「本当か!? どんな作戦だ?」
「簡単だ。奴が再生するなら、再生を阻害する術を使えば良い――ほい」
真羅はパチンッと指を鳴らすと、二人に魔術が付与される。
「温かい。なんだこれ?」
無詠唱で魔術が行使されたため、サラは何が起きのか理解できず真羅に尋ねる。
「二人に再生阻害の術を付与した。これで攻撃すれば奴は再生できない――って、来るぞ!」
真羅が二人に説明していると、こちらの様子を窺っていた龍が動き出す。
白い龍は仰け反るように大きく息を吸い込むと、漆黒の竜の吐息を吐き出してくる。
それに対し、真羅は水月を抜刀する。
「――海断!」
唐竹に振り下ろされた水月が、漆黒の竜の吐息を斬り裂く。
真羅の放ったのは魔闘技――“海断”。
海や炎といった形のない物を斬る技であり、真っ当の手段では防御が困難な竜の吐息をも断ち切ることができる。
「闇属性の吐息だと!?」
初めて目にする攻撃にサラが戸惑いの声を上げる。
「そんなに珍しいのか?」
「当たり前だ! 炎や吹雪なら見たことあるが、闇の吐息なんて聞いたこともない!」
「ふむ……」
冷静に考えてみると、確かに闇の吐息などおかしい。
闇という定義があやふやのモノを体内で生成して吐いているのだ。
ぱっと見ではよく分からない。
「喰らってみるのが一番だが、それもそれで危険だしな……そうだ」
真羅は物置からメモ用紙を取り出すと、それを持って龍の側面に回り込む。
「おい! 下手くそ! 何処狙ってやがる! 悔しかったら当ててみろ!」
真羅の挑発を理解できたのか不明だが、龍はレイルシアとサラから狙いを外し、彼に向けて闇の吐息を放つ。
「よっと」
吐息を真羅は上空に跳んで躱すと、闇の奔流にメモ用紙を落とす。
ヒラヒラと落ちていくメモ用紙に闇の吐息が掠めると、何とメモ用紙自体が朽ち果ててしまった。
「なるほど。あれは呪いに近いのか。いや、この世界では闇属性のエネルギーというのが正しいか」
この世界のおける呪いや呪術は全て闇属性魔法に分類されており、この龍が吐いているモノは正に闇のエネルギーそのものと言っていいだろう。
竜の吐息の正体を見抜いた真羅は、水月を構える。
「手品の種は割れた。もうそいつは通用しない。どのみちもう撃たせないがな」
再び吐息を吐こうと龍が大きく息を吸い始めるが、真羅はその隙を見逃さない。
彼は予備動作もなしに跳躍すると、水月を横一文字に振るう。
「――伸斬」
放たれた斬撃は明らかに水月の刀身以上の範囲を斬り、息を吸い込んでいた龍の首を一撃で斬り裂いてしまう。
「――炎痕」
その後に透かさず追撃が行われ、水月の刀身が切り裂かれた首の断面に突き刺される。
すると、刺し貫かれた首の断面が炎で焼かれたように黒く焦げていった。
「この魔闘技は傷口を焼くように再生を阻害する。胴体からの再生はできない」
この追撃の意図は、身体から頭部の再生が行われることを防ぐためであり、真羅は次に落とした頭を睨みつける。
「レイルシア! 落ちた頭を狙え!」
真羅は斬り落とした龍の頭部を指差し、レイルシアに攻撃を指示する。
「分かったよ! ――銀星砲!」
その意図を汲んだたレイルシアから銀の極光が放たれる。
銀光の奔流は龍の頭を呑み込み、完全に消し去ってしまう。
「やったー! 勝った!」
勝利を確信したレイルシアから喜びの声が上がる。
「アタイの出番はなかったな。さすがだぜ!」
少し残念そうなサラだが、その言葉は紛れもない本心からのものだった。
勝利に浮かれる二人だが、真羅だけはこの状況にどこか違和感を覚え、地面の下を魔眼で見詰める。
「まだ終わりじゃない!」
真羅の嫌な予感が的中し、大地が再び震え出した。




