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深海の湖


 真羅の案内で白い森の中を進んで行くと、これまた自然のものとは思えない湖が現れた。


「ここか……」


 湖に辿り着くと、真羅は足を止める。


「おーい! 一人でどんどん進んで行くなって!」


「待ってよー!」


 真羅の後を追いかけて、サラとレイルシアも茂みの中から姿を現す。


「おー、ごめんごめん」


「本当に反省してるの?」


 全く反省の色が見えない真羅に対して、レイルシアが疑惑の視線を向ける。


「ごめんてば……それよりも、ほら見てみ」


「えっ、湖?」


「本当に遺跡の中かよ!?」


 建築物の中にあるには、あまりにも不自然なものである湖を目の当たりにし、レイルシアとサラが驚きの声を上げる。


「ユキが言うには、この湖の中が怪しいらしい。ふむ……」


 真羅は湖の水を手ですくい口に含む。


「……海水だなこれ。外の海と繋がってんのかな?」


 湖の水質を調べるため、真羅は魔眼を凝らして水の中を見詰める。


「なるほど……ユキの勘が当たったな。この湖の底に何かある」


「地下への入口か?」


「多分な……水中呼吸の指輪はまだしてるな?」


「ああ、してるぞ。じゃあ早速」


「おう。潜ってみるか」


「え? いきなり行くの?」


 得体の知れない湖に、躊躇なく潜ろうとしている二人に対して、レイルシアは再び驚きながら、二人の顔を見詰める。


「眺めていてもしょうがないだろ? 俺が先行するからついて来てくれ」


 そう言うと真羅は、またしても二人の了承を得る前に動き、躊躇うことなく湖に飛び込んでしまった。


「よし! アタイたちも行くぞ!」


「あーもう! ちょっと猪突猛進過ぎないかな!」


 ノリノリで飛び込んだサラと対称的に、レイルシアは無鉄砲な二人に対して頭を抱え、警戒しながら湖に潜る。


 水の中は遺跡外の海水よりも透明度が高く、魔眼で感知している真羅はともかく、サラとレイルシアでも底まで見ることができた。


「外から見た時も思ったが、遺跡内のくせに広過ぎないか?」


 真羅の言葉通り、湖は遺跡内とは思えないほどの広さを誇っていた。

 それに湖の中には、生物が全く見られず、水生の魔物も見られない。


「水清ければ魚棲まず、と言うが……ここまで生物がいないのは人工湖だからかな?」


「ああ、遺跡の中だから人工だよな。魔物がいないのはありがたいが……」


「いや、ちょっと待って! あそこを見て!」


 真羅とサラが湖内を観察していると、レイルシアが何かを見つけて底の方を指差す。


 レイルシアの指差す方を見てみると、そこには白い“何か”がいた。


「あれは……白い、シーサーペント?」


 湖の底にいたのは、とぐろを巻いた巨大な白い海蛇だった。


「白いデカい蛇か。縁起が良さそうだが……強力な魔物なのか?」


「ああ、シーサーペントは多くの船を沈めている海の暴れん坊だ。軍用の大きい船ですら木っ端微塵にする強大な魔物だが……あんな真っ白いシーサーペントなんて聞いたこともないぞ」


「ふーん。多分あれも人工の魔物かな? それにあの下に何らかの魔法陣がある。恐らくそれを守っているんだろうね」


「じゃあ、その魔法陣が地下への入り口なのかな?」


「十中八九そうだろうな」


 真羅は魔力を高めて戦闘態勢に移行する。サラとレイルシアも同様に身構えて、白いシーサーペントの様子を窺う。


「アイツ……寝てないか?」


 サラが獣人特有の高い視力で観察すると、シーサーペントはとぐろを巻いたまま目を閉じて寝ていた。


「寝てるな……でも下手に近づくと気付かれるだろうな。どうするかな?」


 その言葉とは裏腹に、真羅は不敵な笑みを浮かべており、シーサーペントに向けて掌を突き出した。


「何をするつもりだ?」


「ここから攻撃すれば簡単に倒せると思ってな。シーサーペントの弱点って何?」


「弱点? 確か雷属性に弱いが、こんな水中で雷魔法を使ったらアタイたちまで感電しちまうぞ」


「雷、水中……打って付けの子がいるな」


 サラからシーサーペントの弱点を聞いた真羅は、自らが宿す魔術精霊の中から、この場において最適な者に思い当たる。


「出番だぞ、アンナ……」


 真羅が誰かの名前を呼ぶように呟くと、突き出された掌から青白い雷が発生する。


「よし、やれ」


 真羅が命じると、青白い雷は水中で拡散することなく、優雅に泳ぐ魚のようにシーサーペント目掛けて迸る。


「この子の雷は水中でも正確に伝わる」


 魚の如き雷が、シーサーペントに直撃した瞬間、まるで魚雷が命中したかのような大爆発を引き起こす。


「これぞ魚雷の魔術。兵器である通常の魚雷とは異なり、文字通りの魚の如き雷だ。これなら水中でも正確に相手に食らわせることができる。この場にピッタリの術だろ?」


「「……」」


 自慢げに胸を張る真羅だが、レイルシアとサラはそのあまりの威力に唖然としていた。


 ――アンナ。


 魔術としての名は【深海の雷】であり、海などの液体内でも正確に雷を操ることができる魔霊だ。


 アンナの引き起こす爆発には、ある程度の指向性があり、今回の爆発は威力の大半が上へと逃がされているため、真羅たちの所には届くことはなかった。


 だが、直撃したシーサーペントは木っ端微塵になっており、湖の底の地形が一部変化してしまっている。


「ん? どうした? 威力はここまで来ないように調整したけど、何かまずかったか?」


「いや、まずいというか……魔法陣も消し飛ばしてないか?」


「そこは調整してあるから無事なはずだよ。早く行ってみようぜ」


 真羅はサラたちの返事を待つことなく、シーサーペントが守っていた魔法陣の方へと泳いで行ってしまった。


「なー、レイルシア。薄々思ってはいたが……アイツって、かなりとんでもないヤツなんじゃないか?」


「あー、そうだね……ボクはもう考えないようにしてるから、サラも気にしなくて良いと思うよ」


「まぁ、考えても無駄な気がするし、そうするよ」


 二人は真羅の規格外っぷりに驚きを通り越して、もはや呆れてしまったが、考えても仕方がないと察して、大人しく真羅の後を追いかけることにした。


 その頃、真羅は爆発で撒き上がった岩などを払いのけて魔法陣を発掘しており、二人が追いついた時には、掘り起こした魔法陣の上に立っていた。


「ほらな。魔法陣は無事だろ?」


「あれで本当に調節できてたんだな。疑って悪かったよ」


「別に良いよ。それよりもだ」


 真羅はサラとの会話を切り上げて、早速魔法陣の解析を行う。


「ふむ……やはり、これは移動用の魔法陣だな。魔力を流すだけで起動できるみたい」


「じゃあ、このまま三人で地下に行けるのか?」


「ああ、起動させるから、魔法陣の上に乗ってくれ」


 言われるがまま二人は魔法陣の上に乗ると、真羅は魔力を流して魔法陣を起動させる。


 魔力が行きわたると、魔法陣は光り輝き出す。

 そして次の瞬間、三人は見覚えのない場所へと転移させられた。


「到着ー、恐らく遺跡の地下二階でーす」


 気の抜けるような声でガイドのようなことを宣う真羅だが、その言葉とは裏腹に周囲を鋭く警戒していた。


(座標は湖よりも更に下。周囲に敵性反応なし。レイルシアとサラも無事。床、壁、天井、周りは人工的に造られた物のようで、素材は大理石に近い異世界の素材。長年整備されていないようだが、倒壊の心配はなし。この先は一本道だが、奥に強大な魔力反応があり。恐らくだが、この遺跡を支える魔力炉がある――)


 状況を一通り整理すると、真羅は警戒を僅かに弱めて、遺跡の奥を見詰める。

 ここには魔力灯がないため真っ暗だが、彼の魔眼はこの奥にある魔力発生源を正確に感知していた。


「サラ、また灯り点けてもらっていい?」


「分かった。ちょっと待ってろ」


 サラが再び魔導品(アーティファクト)のランタンを取り出して火を灯す。


 ランタンが周囲を照らすと、真羅が解析した通り床は大理石に似た素材で造られており、先ほどの森とは異なり、人工の建造物の内部だということが分かる。


「ここからはちゃんと遺跡って感じだね」


「そうだな……ついでに言うと、この先にこの遺跡の核になる魔力炉があるっぽいぞ」


 真羅がそう言うと、サラはランタンで先の道を照らす。

 

「魔力炉って、この遺跡の結界を維持してるやつか?」 


「ああ、古代のモノだが、魔力の感じからして状態は良さそうだ。こんなのはこっちに来てから初めて感じるな。昔の方が高度な技術があるってのも面白い話だが……」


「神代に近い方が女神や精霊たちの力が強いと聞く。現代では失われてしまった魔法技術が数多くあるって話だ。それにさらっと流したが、さっきの転移魔法って、そのロストテクノロジーの分類になるぞ」


「そうなのか。じゃあ、この先には未知のお宝で溢れかえっているかもしれないのか? それは楽しみだな」


「違いない。こういう遺跡にはロマンがあって良い。よし! アタイが先頭で行くから二人はついて来てくれ!」


 トレジャーハンターの血が騒ぎ出したサラを先頭に、真羅たちは遺跡の奥へと進んで行く。


 この道には罠の類いは設置されておらず、サラのランタンが反応することはなく、真羅の探知にも引っ掛かることはなかった。


 真羅たちは警戒しながらしばらく進んで行くと、目の前に金属で造られた扉が現れた。


「デカい扉だな。ここが“深海の雫”が鍵になるっていう扉か?」


「いや、違うな」


 目の前に現れた扉に、サラは村で聞いた遺跡の最深部かと疑うが、後ろにいた真羅がそれを否定する。


「この扉に鍵は付いてないよ。所々錆びついているけど……」


「本当だ。古いせいか錆びが酷いね。これじゃ開けるのも一苦労しそうだよ」


 この扉はかなりの年月放置されていたのか、錆が酷く開けるのは容易ではないだろう。


 どうしたものかとサラとレイルシアが考えていると、真羅が静かに扉に手を添える。


『――開け』


 ただ一言の短い詠唱。


 しかし、それだけで神秘は顕現し、錆びついていた扉が、ゴゴゴッと音を立てながら開き始めた。


「鍵が付いていようがいまいが、扉なんて魔術で簡単に開けられるさ」


 魔術師とって、扉の重量や状態は関係ない。魔術的な処置が施されていない普通の扉など、魔術で簡単に開けることができる。


「そんな便利な魔法があるんだな。アタイにも教えてほしいぜ」


「機会があれば教えるよ……それよりも、もうランタンは要らなそうだ」


 扉の向こうからは光が差し込んでおり、それと同時に巨大な魔力の塊も感じられる。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか。二人とも用心しろよ」


 真羅たちは警戒を強めながら、扉の向こう側に視線を向けるのだった。


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