勘と直感
「うわぁー!?」
「きゃあー!」
意気揚々と飛び込んだ三人は、現在垂直落下していた。
「結界内だもんな。海水は中に入ってこないか」
遺跡内は海水が入っておらず、中に入った真羅たちはそのまま地下へと落ちていた。
『――浮かべ』
地面に衝突する直前に、真羅が魔術を唱えて三人を浮遊させる。
「うお!? 助かった。って、地面ギリギリ! あぶな!」
サラは目と鼻の先に遺跡の床が見えたことに驚きの声を上げる。
「遺跡の大半は地下だからな。そりゃ落ちるわな。つーか、レイルシアは飛べるだろ?」
「そうだ……そういえば、ボク飛べるんだった」
精霊は基本的に自在に飛ぶことができるが、突然のことにレイルシアはそのことを失念していた。
「それよりもよく見えたね。ボクは真っ暗で全然見えないよ」
「まあ、海底だしな。入口から少しだけ光が入っているが、この先は真っ暗だな」
真羅は唯一の光源である遺跡の入口を見上げるが、距離がかなりあり視界はほとんど暗闇に包まれている。
「アタイは猫獣人だがら夜目は利く方だが、月明りもないここじゃほとんど見えないや」
「まあ、海の底の遺跡だし、しょうがない。――ファイア」
真羅が指先に火属性の初級魔法で明かりを灯す。
「これで少しはマシになっただろ? って入口から梯子があるじゃん。本来はこれで降りるのか」
炎に照らされた遺跡の入口までの壁には梯子が取り付けられていた。
しかし、梯子は作られてからかなりの年月が経過しているようでボロボロだった。これではどのみち下りることはできなかっただろう。
「おい! それよりもこっちを見てみろよ。向こうに洞窟みたいのが続いてるぜ」
サラの声に真羅が振り向くと、彼女の指し示してる方に、遺跡の奥に通じていると思われる洞窟があった。
その洞窟は地下をそのまま掘ったような形状をしており、道は何の舗装もされていないが、火の明かりでは、先が見えないほど奥に続いていた。
「かなり先まで続いているな。まあ、こんなことに留まっても何もないし、先を急ごう」
「あっ、シンラ! 少し待ってくれ」
真羅が先に進もうとする制止すると、サラは持っていた魔法の鞄からランタンを取り出した。
「魔導品?」
「そう。火を出し続けてたら魔力を無駄に消費するだろ? こいつはただのランタンじゃなくて、魔法的なトラップに反応する機能がある。この場には打ってつけさ」
そう言うとサラは、ランタンに魔法で火を灯し、真羅とレイルシアに自慢するように前に出す。
「へー、罠も分かるんだ。便利な道具だね」
「魔力に反応するのか……この場所は大丈夫かもしれないが、エーテルが濃い場所じゃ使えなそうだな」
レイルシアは感心したようにランタンを眺めるが、瞬時に仕組みを理解した真羅は胡乱げな反応をする。
「霊脈の上で使うわけじゃないんだ。そんな心配するなって。アタイが先頭に行くから二人はついて来てくれ」
「分かったよ」
「りょーかい」
サラを先頭に三人は洞窟のような遺跡内を進んで行く。
しばらく歩いていると、突然ランタンの炎が激しく燃え始めた。
「ランタンが反応してる! 近くにトラップがあるぞ!」
サラの声に真羅は魔眼を凝らして周囲を見回す。
「地面に複数の魔法陣が埋まってる。数は十、雷属性の中級魔法。下手に触れると感電して丸焦げになるな」
真羅の魔眼が地面に埋まっている魔法陣を正確に見破る。
真羅の“神秘の魔眼”は魔力の流れを見抜くことができる。そのため、地面に隠されていようと正確な術式まで分かるのだ。
「よくそんなことまで分かるな」
「俺の眼は特殊なんだ。場所は分かったから撤去するぞ」
真羅は指先から魔弾を発射し、地面の魔法陣を正確に破壊していく。
「さすが! ランタンの反応も収まった。これで安心して進めるな」
「いや……ちょっと待って」
ランタンの火が収まったため、サラが先へ進もうとするが、今度は真羅が制止する。
「……」
何か警戒しているのか、真羅は無言でゆっくりと前に進み始める。
「どうしたの?」
「……」
レイルシアは突如黙り込んだ真羅に不思議そうに尋ねるが、彼は答えることなく進み続ける。
そして、真羅がそのまま一番奥の魔法陣の残骸を越えた途端、何の前触れもなく、天井を突き破って槍が飛び出しきた。
突然の出来事だが、真羅は特に焦ることもなく、右手の人差し指と中指を上に突き出し、槍を見ることなくその穂先を掴んで止めてしまう。
「やっぱりね。魔力の籠ってないトラップもあったな」
真羅は摘んだ槍をへし折ってその場に捨てる。
「何で分かったんだ? ランタンも反応してないのに」
突然ことに驚きつつも、サラは真羅に疑問を投げかける。
「ん? 勘」
「勘? えっ、そんな曖昧なもん判るのか?」
「おいおい、曖昧とは失礼な。魔術師の勘はそんな胡乱なものじゃないよ」
サラに自身の勘を曖昧と言われたため、真羅は少し不満げな表情を浮かべる。
「子供の頃から鍛えてるんだ。正直、五感で感じるより正確だよ」
「鍛えるって…勘なんて鍛えられるものなのか?」
「まあ、勘なんて天性のものだからな。センスがない奴は幾ら鍛えても出来ない」
「天性なのか……アタイには無さそうだな」
真羅の言葉にサラは残念そうな表情を浮かべる。
サラの強さは鍛練と努力で培われてきたものであり。自身に天性の才能があるなどと感じたことは一度もなかった。
「第六感とかその手のモノだから、実際にやってみないと出来るかは分からないな……ああ、でも、勘は無理でも、直感なら鍛えれば誰でもできるぞ」
「直感? 勘とは違うのか?」
「そう。勘は天性だが、直感は経験に基づくモノだからな。鍛練次第で出来るようになる。まあ、勘にしろ、直感にしろ、十分に鍛えれば、考える前に勝手に身体が動くようになるぞ」
「さっきのは何も考えずにやったのか?」
「何も考えてないってのはちょっと違うかな。そうじゃなくて、逆に常に考え続けてきた結果だな」
「逆に考え続けた結果? どういうことだ?」
意味がよく分からないといった様子のサラに対して、真羅は少し考える素振りをする。
「うーん。簡単に言うとだな……戦闘に限らず研究でもそうだが、常に考え続けることで、そのうち考える前に真実を得られるようになるんだ」
「ん? それはつまり……経験を積んでくことで習得できるってことか?」
「そんな感じ。これが出来るようになれば、戦闘では常に最適な動きができるし、研究でも直感的に正しいものが解るようになる。あっ、でも――」
真羅はふと何かを思い出したように頬を撫でる。
「――数学テストなんかで途中計算省いて答えだけ求めると、丸は貰えないから注意が必要だけどな」
適当な冗談なのか、本当に経験したことなのか、よく分からないことを宣う。
「ねえ。ボクにはその勘ってやつの才能はあるの?」
今まで黙って話を聞いていたレイルシアが、興味津々な様子で訊ねてくる。
「レイルシアにはあるだろ。逆に無かったら不思議だ」
精霊という神秘的な存在であるレイルシアだ。第六感が備わっていなかったら、それは何かのバグだろう。
「まあ、勘にしろ直感にしろ、一朝一夕で身につくモノでもないさ。機会があれば鍛練の方法でも教えてやるよ」
本当にその気があるのか不明だが、真羅は話を切り上げ歩みを進める。
「この辺を鍛えれば、いずれ真理を直観出来るようになるのかな……」
歩きながら何気ないように呟かれた真羅の言葉は、二人の耳までは届かなかった。
真羅の目指しているモノ――魔術師が求めているいるのは真理だ。
それを直観するということは、勘や直感よりもより高次の事柄であり、それこそ一朝一夕で身につくモノではないし、確実にできるという保証もない。
それでも可能性が僅かでもあるのならばやってみる価値はある。
今の真羅では真理を直観することはできない。
だが、現状でもこの先の罠の察知する程度のことぐらいは容易くできる。
「うん、分かった……これは勘だがこの先に罠はないよ」
真羅は研ぎ澄ました己の勘を働かせた結果、この先に罠の類いが存在しないことを理解する。
「本当か? 結局どの程度正確なのかはよく分からないんだが」
「心配ならそのランタンを使えばいい。二重で探知した方が正確だろう?」
未だに少し胡乱げにしているサラに対して、真羅は魔導品のランタンを指差す。
「それもそうだな。どのみち灯りは必要だしな。先頭はアタイが行くよ」
「頼むよ。もう罠はないと思うが、一応レイルシアは殿から後ろを注意してくれ」
「分かったよ」
真羅の指示によりサラが先頭、レイルシアが殿に着くと、遺跡の奥へと進んで行く。
真羅が言ったように、その先の遺跡内には罠はなかったが、洞窟の最深部と思われる場所に着くが、そこは行き止まりになっていた。
「道が無い……」
サラがランタンで照らしながら周囲を見渡すが、抜け道のようなものは存在しなかった。
「ふむ……」
真羅は壁を手で撫でると、何か納得したように頷く。
「シンラ? 何か分かったの?」
何かを理解したような表情を浮かべる真羅に対して、レイルシアは期待をするような視線を向ける。
「ああ、この先に大きな空間がある。二人はちょっと下がってな」
二人を壁から離れさせると、真羅は拳を構えて魔力を整える。
「――覇砕!」
ドカンッとまるでダイナマイトでも爆破したかのような轟音が洞窟に反響する。
真羅の放った魔拳が壁を破壊し、その衝撃で撒き上がった土煙が三人の視界を覆う。
「うおっ! 力業過ぎないか!?」
「ははっ、わるい。こっちの方が手っ取り早かったんでな」
強引な突破方法に対して、土煙が被ったサラが抗議の声を上げるが、真羅は特に悪びれる様子もなく愉快そうな笑い声をあげる。
「でもこれで先に進めそうだよ!」
こちらは直感的に危険を察して、霊体化することにより土煙をやり過ごしたレイルシアが、実体化しながら壁の向こうを指差した。
因みに土煙で視界をやられたサラは、その様子に気付いていない。
土煙が晴れてくると、破砕した壁の向こうから洞窟内に光が差し込んでくる。
「これで進めるな。行こうぜ」
真羅は二人の返答を待たずに、己の好奇心の赴くままに、光の向こうに飛び込んでいった。




