海底遺跡へ
「ありがとう。ミズキ」
真羅は手に持った刀に礼を言うと、鞘に納めるように自身の掌に収納した。
【霊刀水月・真打】
水の性質と切断の概念を併せ持った刀の魔具であり、魔霊としての名をミズキという。
真羅の魔具精霊たちも中でも最もよく使用する刀であり、正に彼の愛刀と呼ぶに相応しい魔霊だ。
「やられた。さっきのわざと弾かれたな?」
斬られて二つに分かたれた深海の槍を両の手で持ちながら、リヒトが静かに近づいてくる。
「ああ、その時に魔具の刀で斬ったんだ。刀身が見えなかったから気付かなかっただろ」
落ち込んでいる様子のリヒトとは対照的に、真羅は誇らしげに胸を張る。
水月と深海の槍が激突し弾かれた瞬間、逆の手で構えていた【霊刀水月・真打】で槍の柄の部分を斬り裂いていたのだ。
「しかし、深海の槍が斬られるとは……」
余程ショックだったのか、リヒトは肩を落として溜息を付く。
代々守り人に受け継がれてきた、深海の槍を自身の代で失ってしまったのだ。落ち込むのも無理はない。
「ちょっと借りるぞ」
落ち込んでいるリヒトをよそに、真羅は真っ二つになった深海の槍をひったくると、その切断面を合わせて一言呟く。
『――直れ』
槍の切断面が僅かに輝いたかと思うと、元通りに修復された。
「はい。直ったぞ」
いとも簡単に深海の槍を修復したのを目の当たりにし、リヒトを目を見開いてポカンと間抜けな表情をしてしまう。
「なっ! そんな簡単に直せるのか!?」
あまりにもあっさりと修復してしまったため、リヒトは驚きの声を上げながら深海の槍を凝視する。
「おいおい。この手の物は専門だぜ。作るのも直すのも、得意分野だ」
魔術師である真羅からすれば、魔導品の作成や修理などは通常の業務ではあるのが、こうも簡単に元通りに直せるのは、彼の魔術が卓越しているからである。
魔術師ならば誰でもこのようなことができるというわけではない。
「そうか……かたじけない」
「このくらいのことは礼を言われるようなことじゃない。つーか、斬ったのは俺だし、俺が直すのが筋だろ」
頭を下げて感謝の言葉を告げるリヒトに対し、真羅は大したことでもないと礼を拒絶した。
彼にとっては本当に造作もないことであり、本心から礼を言われる筋合いはないと考えている。
「そんなことよりもだ。俺は遺跡に入るに値するか?」
真羅からすれば、これは海底遺跡への挑戦権を懸けた試験だ。大事なのはこの結果であり、強引に話を変えて合否を尋ねる。
「ああ、守り人として、貴殿を遺跡に入ることを許可しよう」
「ありがとう……そう言えば、レイルシアとサラは戦わなくていいのか?」
許可を得た真羅は、村の住人と一緒に戦いを見守っていた、レイルシアとサラの方に視線をやりながら、彼女たちについてを尋ねる。
これが遺跡への挑戦権を懸けた試験ならば、彼女たちもリヒトと立ち合う必要があるだろう。
「サラ殿は以前この村の付近に現れた凶暴な魔物を退治してもらったことがあるから、彼女の実力を知っている」
「そんなことがあったのか……って君がいれば魔物なんて簡単に倒せそうだが?」
サラは冒険者であり、依頼を受けて魔物を退治することに関しては疑問はないが、この村にはリヒトがいるのだ。
彼ならば大抵の魔物に対応できるだけの実力がある。わざわざ冒険者ギルドに依頼する必要はないはずだ。
「ああ、訳があって私が村を離れることができなかったため、冒険者ギルドへの依頼を出したところ、サラ殿が依頼を受けてくれたのだ」
「そっか……でもレイルシアはいいのか?」
サラについては納得したが、レイルシアとは初対面だ。彼女の実力については知る由もないはずだ。というよりも、真羅でさえ彼女の力については正確には分かっていない。
「レイルシアは一目見ただけで只者でないことが分かる。秘めたる魔力が明らかに人間離れしている」
「あー、まあ、アイツはそういうの隠すの下手だからな」
隠し切れていないレイルシアの体内に満ちる魔力を見ながら、真羅は頭を抱える。
真羅の魔術精霊たちにとって、魔力の制御などは必須項目であり、皆当然のように習得している。
彼の契約精霊ならば、力の隠し方ぐらいはしっかり身に付けてほしいものである。
「おーい! シンラ!」
今まで戦いを見守っていたレイルシアとサラが、こちらに走り寄ってくる。
「スゲーな、シンラ! リヒトってかなりの達人だったのに!」
二人の激闘を観戦していたためか、興奮気味のサラが真羅の肩をバシバシ叩く。
「ありがとう。でも勝てたけど、純粋な剣技だけだったら歯が立たなかっただろうな」
決闘に勝利した真羅ではあったが、戦いを振り返ると、自身の至らなさが目立った。
魔術や魔霊たちは問題はないが、魔闘技無しの剣術は拙い部分も多い。
最後はそれを逆手に取り武器を弾かせて虚を突くことで勝利を得たが、リヒトの槍術はまさに達人の域にあり、ただの剣術だけで勝負を行ったら勝つことは難しかっただろう。
「そこは魔法使いだし仕方がないだろ。というか、魔法使いなのに剣技の心得があったのか? そっちの方が驚きだな」
「多少はできるが、本物の達人と比べたら素人に毛が生えた程度だよ。俺の剣技なんか」
驚いているサラに対し、真羅は自身の剣技の拙さに半ば呆れていた。
彼の母は魔闘技の達人であると同時に、武術の達人でもあった。そんな武芸百般の母と比べると、真羅の剣技など子供だましに等しい。
「最近は研究ばっかで修行をさぼってたからな。仕方ないが、これに関してはいずれ手を打たないとな…」
この世界の魔法使いの主な役割は後方からの魔法による支援であるため、接近戦に関しては重要視されていない傾向にあるが、真羅は魔術師だ。
現代の魔術師にとって接近戦は必須科目であり、戦闘において何時でも悠長に呪文を唱えられるとは限らないため、魔術師は敵に接近された場合の対処法を各々持っているものである。
真羅の場合は剣技以外にも、接近戦に対応する術は持ち合わせているが、母に最も重点的に仕込まれたのは剣術であり、それが現状活かせていないことは問題だ。
(体術に関しては母さんに匹敵していると自負はあるんだがな。まあ、剣に拘ってはいないとはいえ……はてさて、どうしたものか……)
「シンラ、大丈夫?」
真羅が黙り込んで思考を巡らせていると、レイルシアが心配そうに覗き込んでくる。
「ああ、ちょっとこの戦いを反省していただけだ。気にするな。そんなことよりもだ」
レイルシアの心配をよそに、真羅はリヒトに向き直り不敵な笑みを浮かべる。
「許可を得たなら、早速案内を頼みたいのだが?」
「構わないが…戦いの直後だ。休息を取らなくていいのか? 魔力を消費しているだろ?」
早々に遺跡に乗り込むつもりの真羅に対し、リヒトは彼の身を案じる。
お互い大したダメージはないが、それでも戦闘の直後だ。いきなり魔物の巣窟に挑むのは無謀だろう。
「試験で消耗するほど柔じゃないよ。それに殺し合いじゃないんだ。お互い大した術は使ってないだろ?」
「……まぁ、キミがいいならいいが、二人はいいのか?」
問題なさそうな真羅は一先ずおいて、リヒトは一緒に行く二人に問う。
「アタイは大丈夫だ。というより、古代の遺跡なんて、今すぐ行きたくてうずうずしてるよ」
「シンラがいいならボクもいいよ」
「分かった。なら早速案内しよう。構いませんね。長老?」
三人の意志を確認したリヒトは、戦いを見守っていたベーラに問いかける。
「ああ、構わないよ。我々は遺跡の内部に立ち入ることは許されていないが、守り人が認めたなら異論はないよ」
ベーラは村の長として三人の挑戦を許可すると、真羅たちの方に向き直る。
「御三方、ご武運をお祈りいたします」
「ありがとうございます。その遺跡は必ず攻略してみせますよ」
ベーラの激励に対し、真羅は不敵な笑みをもって答える。
「長老の了承も得たな。さて、三人とも、水中呼吸は可能か?」
ベーラの許可を得たリヒトは、三人に水中呼吸ができるかを確認する。
海底遺跡はその名の通り、海底にあるため、ダイビングの道具でもない限り、水中で呼吸ができなければたどり着くことができない。
「俺とレイルシアは問題ないが。サラは大丈夫か?」
魔術師である真羅にとって水中で呼吸する術などいくらでもある。変質している魔術師である彼からしたら、そもそも呼吸の必要すらあるのか怪しい。
レイルシアも精霊であり、生物ではないため呼吸は必要ないため水中でも問題なく活動できる。
「アタイはダメだな。なんか道具を貸してもらえるとありがたい」
「分かった。ならこの水中呼吸の指輪を使うと良い」
「魔導品か。助かる」
リヒトが懐から魔導品の指輪を取り出してサラに渡す。
どうやら水中でも呼吸が可能になる道具のようで、来客用にいくつか常備しているようだ。
「そういえば、君たちは魔法を使っていないようだが、どうやって水中で息をしているんだ?」
真羅がふと思った疑問を口にする。この村の住人は海中で生活しているようだが、潜水用の道具や魔法を使っている様子はない。
「私たちには海の精霊“マリン”様の加護があるからな。海人族は水中でも生活ができるのだ」
「あー、加護があるのか、なるほどな」
精霊の加護と聞き、真羅は頷きながら納得する。
(おそらくは、マリンとかいう精霊の影響で変質した人類が海人族なんだろうな。海に適合しているのはそのためか)
地球出身の一般人からすれば、精霊の加護で水中で呼吸ができると言われても、普通は理解が及ばないだろうが、魔術師である真羅からすれば、この説明で十分に理解することができた。
「準備は既に万全に整えてある。シンラが大丈夫なら、さっさと行こうぜ!」
トレジャーハンターの血が騒ぐのか、テンションの高いサラの声に真羅の思考が戻される。
「サラ殿。そんなに慌てなくても遺跡は逃げないぞ?」
逸る気持ちを抑えられないサラをリヒトが諫める。
「分かってるって! でもわくわくするだろ! 古代の遺跡だぜ? ロマンがあるよな!」
興奮気味のサラに対して、レイルシアはどこか寂しげに俯いていた。
「マリンか……懐かしいな」
どうやら、懐かしい同胞の名を聞いて感慨に耽っているようだ。
レイルシアの呟きを聞き逃さなかった真羅は、静かに彼女の頭を撫でる。
「シンラ?」
「何でもないよ。早いとこ遺跡に行こうぜ」
レイルシアの声を聞くと、真羅は何事もなかったかのように、先導してくれているリヒトと燥いでいるサラの後を追って海へと向かっていった。
「あっ!、ちょっと待ってよ!」
真羅に少し遅れてレイルシアもリヒトらの後を追うのだった。
リヒトの案内を受け、村から離れ海中を進むこと十数分。
真羅たちの目の前には上部に扉が付いた大きな岩が現れた。
「アレが遺跡の入口か? なんか遺跡っていうには小さくないか?」
水中呼吸の指輪の効果により、水中でも会話が可能になったサラが疑問を口にする。
「あれはあくまでも入口だ。遺跡の大半は海底の中に埋まってしまっている」
リヒトも精霊の加護により水中でも会話が可能であり、サラの疑問について答える。
「なるほどね。埋まってるのか。でも何でそんなデカい物の大半埋まってるんだ? 地殻変動でも起きたのか?」
「恐らく意図的に埋めたんだろ。魔法を使ってな」
更なる疑問を覚えたサラに対して、今度は真羅が答えを考察する。
「海底に埋まって入るが、遺跡全体に何重にも結界が張られているのを見るに、余程隠したいものがあるんだろう」
「つまりはよっぽど大事なお宝が眠っているってことか! かー、血が騒ぐぜ!」
真羅たちがやり取りをしている間に、彼らは遺跡の入口へと辿り着く。
「この扉が入口だ」
「へー、ここにも厳重な結界があるな。どうやって入るんだ? 強引に突破するのか?」
「いや、今から扉を開く。見ていてくれ」
そう言うとリヒトは深海の槍を構え、扉の中心部の鍵穴のような場所へ狙いを定める。
「深海の槍よ! 遺跡への扉を開け!」
リヒトの声に呼応するように深海の槍が輝くと、彼は槍を扉の中心部の穴に突き刺して鍵を開けるように捻った。
すると、深海の槍を中心に周りの結界が緩み、その一拍遅れて入口の扉が開いた。
「あー、深海の槍の魔術破りって、入口の結界を破る鍵になるのか」
「その通りだ。代々受け継いできた鍵を、キミに折られた時は本当に焦ったぞ。危うく遺跡に入れてやることができなくなるところだったのだからな」
「それは悪かった。無事に直せて良かったよ」
どうやら深海の槍はただの武器ではなく、海底遺跡の鍵の役割も担っているようだ。
先ほどはそんな槍を叩き斬られたのだ。リヒトのショックが大きかったのも仕方がないだろう。
因みに言葉のわりに、真羅の表情に反省の色は見られない。
「では、健闘を祈る」
「ああ、遺跡の謎は暴いてやるから、期待して待っててくれ」
リヒトに対して真羅は不敵な笑みを返すと、傍にいたレイルシアとサラの手を掴む。
「二人とも準備はいいな?」
「問題ないよ。大丈夫」
「ああ、ワクワクが止まんねーよ」
二人の顔を確認した真羅は手を掴んだまま、まるで地面でも駆けるかのように海中を蹴ると、遺跡の入口に突っ込んでいった。
「いざ! ダンジョン攻略だ!」
こうして三人の海底遺跡攻略は始まるのだった。




