海人族の戦士
海人族の村の入り口近くにある広場に、真羅とリヒトは距離を取って向かい合っていた。
海風に乗って話が広がったのか、騒ぎを聞きつけた多くの村人が海から顔を出して、こちらの様子を窺っている。
「海底遺跡なんだろ? 海の中じゃなくて良いのか?」
海底の遺跡内の戦闘を考慮して、真羅は海中での決闘を提案するが、リヒトは首を振って否定する。
「心配せずとも遺跡内は結界によって海水は入ってこない。戦闘は陸でのものを判断したい」
「そっか。まあ、別にどっちでも良いけど……」
未熟な魔術師では詠唱が阻害されるため、水中戦を苦手としている者も多いが、真羅は魔術師として一流を自負している。
海中だろうが空中だろうが、戦闘は問題なく熟すことができる。
「改めて名乗っておこう。私はリヒト。守り人のリヒト」
「なら、こちらも名乗ろう。魔法使いの真羅だ」
リヒト対して、真羅も名乗り返す。
魔術師と名乗らなかったのは、単に正体を秘匿する魔術師の性故だ。
「さて、早速始めようか」
リヒトが深海の槍を構えたのを確認すると、真羅のどこからともなく現れた杖をその手に握る。
「やろうか……ケイン」
現れたその“ケイン”と呼んだ杖だが、それは魔杖というよりも競馬で使われる鞭のような形状をしており、真羅はそれを右手に構える。
「では、行くぞ!」
真羅が杖を構えたことを確認したリヒトは、槍を魔杖のように突き出して呪文の詠唱を始める。
「――水よ! 切り裂け! ――――ウォーターカッター!」
短く切り詰めた呪文によって、水属性の下級魔法である「ウォーターカッター」が顕現する。
水の刃が真っ直ぐに真羅に向けて飛んでくるが、彼に避ける様子はなく、静かに左手を突き出すと――
『――止まれ』
――ただ一言呟く。
それだけで魔法はその場で静止してしまった。
「何?」
「柔な魔法だ。俺が調教してやるよ」
そう言うと真羅は、構えていた杖を鞭のように振るい、静止している魔法に叩きつけた。
すると、ウォーターカッターの魔法は反転してリヒトに向けて飛んで行く。それも明らかに威力が増しした状態でだ。
「くっ!」
想定外のことに一瞬だが、リヒトの回避が僅かに遅れて隙が生じる。
それを見逃さず、真羅は呪文詠唱を開始する。
「――――ウォーターカッター」
顕言のみの詠唱。
リヒトの放ったものと同じ魔法だが、 跳ね返したものと同じく、明らかに威力は上だ。
これだけで真羅とリヒトの魔法の技量の差は明確だが、別にこれは魔術比べではない。
「この程度!」
避けた位置に向けて的確に放たれたため、回避は不可能と冷静に判断したリヒトは、今度は避けることなく槍で魔法を弾き消してしまう。
「やはりその槍、魔導品の類いか」
その様子を観察していた真羅が確信する。
深海の槍は魔導品であり、魔法を掻き消すことできる何らかの力が籠められている。
「迂闊に近づかない方が良さそうだな」
真羅は後ろに跳んで距離を取る。
このまま接近戦に持ち込んでも良いのだが、これはあくまでも海底遺跡へ挑戦権を駆けた試験なのだ。それでは魔術師としての本領を見せることができない。
『――雷よ、穿て』
真羅は人差し指から雷を放つが、これもリヒトの槍によって防がれてしまう。
「“魔術破り”か」
魔術が槍に触れた瞬間に術式が崩れたこと確認した真羅は、深海の槍が秘めている力が“魔術破り”だと確信する。
魔術破りとは、その名の通り魔術を破ることに特化している魔導品や魔具の総称であり、対魔術において絶大な力を発揮する。
深海の槍は、この魔術破りの力を持っているようで、魔術師からするとかなり厄介な特性だ。
「どの程度まで破れるのか。――水月、止水!」
真羅は左手で水月を抜刀すると、その勢いのままリヒトに向けて投げつけた。
しかし、水月の不可視の刃は、深海の槍に当たった瞬間に歪み崩れてしまう。
「水月でも駄目か……となると大抵の術は通じないってことか」
「理解したか。この“深海の槍”に魔法は通じん!」
通常、魔術破りで破ることができるのは、同階位かそれ以下の魔術までであり、階位Ⅵに当たる【霊刀水月】が破られたということは、深海の槍は階位Ⅶ以上の力を持つ魔術破りが籠められていることになる。
リヒトの言った通り、これならば大抵の魔術は防ぐことができるだろう。
しかし、真羅もこの程度の魔術破りなど、地球にいた頃に何度も対峙している。これしきのことで戦いに不利になるということはない。
「槍で触れなければ魔術破りは発動しない。これならどうだ?」
そう言うと真羅はケインを左手に持ち替えて、右手の指先から五種の魔弾をマシンガンのように連続で発射する。
「甘い!」
しかし、リヒトはその場で槍を高速回転させ、襲い来る魔弾を全て撃墜してしまう。
「――やるな」
その槍捌きに真羅は思わず声を漏らす。
これが通常の槍であったのならば、こうも簡単に魔弾を捌くことはできないだろうが、深海の槍の能力とリヒトの技量が合わせることで完全に防がれてしまった。
「今度はこちら番だ! ――水よ! 突き穿て! ――――アクアランス!」
魔弾を全て弾いたリヒトは、槍の先から水属性の中級魔法を放ってくる。
「――――アクアランス」
真羅も同じ魔法を顕言のみの詠唱で放ち、リヒトの魔法を相殺する。
「本業の魔法使い相手では分が悪いか」
魔法が簡単に相殺された様を見たリヒトは、魔法の撃ち合いでは不利と判断し、魔力を整えて別の呪文を発動する体勢に移る。
「――霧よ。惑わせ。――――ミラージュミスト」
短い三節の呪文が唱えられると、霧がリヒトの身体を包み広がっていく。
そして、次第に霧は人型に纏まっていき、複数のリヒトが現れる。
「実体を持った分身か」
「「「その通り! さあ、この数相手にどこまでやれるかな!」」」
現れた複数のリヒトが槍を構え一斉に襲い来るが、真羅は焦ることもなく、冷静にケインを真正面に突き出す。
『――藍の境界』
日本語の詠唱と共に、藍色の魔法陣が浮かび上がり、揺らめく藍色の障壁が展開される。
リヒトの生み出した霧の分身たちは、顕現した藍色の障壁を破らんと槍を振り下ろすも、槍の穂先が障壁に触れた瞬間に分身たちは霧散して消えてしまう。
「分身が消えただと!? 何だその魔法は!?」
この世界には存在しない魔術を見せつけられた本体のリヒトは、戦闘中にも関わらず真羅に尋ねてしまう。
「俺のオリジナルの防御の魔術さ」
尋ねられた真羅もまた戦闘中にも関わらず、自慢げに言い放つ。
「これは魔術防御用の術だ。別にこれは殺し合いじゃあないからな。特別に教えてやるよ」
簡単に術を明かされたため、リヒトは訝しむような視線を向けるが、数回行使すれば見抜かれるようなことなど、真羅からすれば隠すようなことでもない。
この魔術は【虹の境界】という真羅の生み出したオリジナルの魔術であり、虹の七色に準えた、七つの異なる特性を持った障壁を展開する術である。先ほどはその内の「術式解体」の力を持っている【藍の境界】のみを限定展開し、リヒトの魔法を解体したのだ。
「随分と余裕だな」
リヒトは真羅の言動を余裕と捉えたのか、深海の槍を隙なく構え、その穂先を向けてくる。
真羅は槍術に関しての心得はないが、凄腕の魔術師である母から魔闘技を前提とした武具の扱いは一通り習っている。そのため、リヒトの構えからが魔闘技のように魔法の付与を前提にしていることは理解できた。
「――激流よ! 我が槍に宿れ! ――――エンチャント・ストリーム!」
真羅の想定通り、リヒトは槍の穂先に水属性魔法を付与すると、一瞬で距離を詰め、激流を纏った鋭い突きを放ってくる。
それに対し、真羅はケインを鞭のように振るって迎撃する。
水月の時とは異なり、ケインは槍に触れても崩れることなく、リヒトの一撃を弾き返した。
「その魔杖、ただの魔具ではないな」
「ああ、こいつは特別でね」
ケインは魔術を強化することができる魔具の魔術精霊であり、魔術としての名は【逢魔の杖】という。
元が魔具ではあるが、精霊化したケインは神秘の格は大魔術に匹敵する。たとえ魔術破りの力を持つ深海の槍でも、魔霊である彼を壊すことはできない。
「でも、この距離は厳しいかな」
武器の能力的に接近戦は不利とした真羅は、地面を蹴って大きく後ろに跳ぶ。
「逃さん! ――深海槍術、流撃!」
しかし、リヒトはそれを許さず、水魔法が付与された槍を大きく振りかぶると、勢いをつけて投擲してくる。
『――赤の境界!』
神速の投擲に回避は困難と判断した真羅は、ケインを振るい【虹の境界】の七つの守りの内、「物理防御」の特性を持った【赤の境界】を展開する。
――ガキンッ!
赤色の障壁が鈍い音を立てつつも、貫かれることなく深海の槍を弾き返す。
(やはりケインで強化すれば境界で防げるのか)
真羅の防御の魔術である【虹の境界】の階位はⅦに相当する。彼の推測にはなるが、深海の槍に込められた神秘とは同格であり、通常ならば破られていたはずだ。
「深海の槍で破れぬとはな。そんな防御魔法は初めてだ」
「俺の自慢の防御の魔術だ。魔術破りぐらいで破られたら困る」
さも当然のように言い放った真羅だが、内心ではほっとしていた。
【虹の境界】で深海の槍を防げる確証はなかった。
今回、防ぐことができたのは、魔術を強化することができる【逢魔の杖】を通して行使したためであり、これによって深海の槍の魔術破りよりも階位が高くなり防ぐことができたのだ。
(だが、読めた。深海の槍は【藍の境界】と類似した力を持っている)
真羅は今の攻防で深海の槍に込められた魔術破りの正体を見切っていた。
深海の槍は、【藍の境界】と同じく術式分解の力を秘めており、槍で触れた魔術を分解してしまう能力を持っている。しかも、真羅の魔眼による解析では、それ以外にも何らかの力も秘めていることが分かる。
(しかし、どうしたものか……)
魔霊たちの攻撃ならば深海の槍の力を凌駕することができるが、これは殺し合いではなく試験だ。魔霊たちを大量に呼び出して、数の暴力で勝利したとしても意味がない。
「まだまだ行くぞ! ――水よ! 覆い隠せ!――――インビジブルヴェール!」
真羅が考え込んでいる隙に、リヒトは弾かれた槍を回収すると、新たな呪文と共に自らの身体を不可視の水で包む。
「止水と似たような術だな」
水月の止水モードに似た、周囲に溶け込み自身を覆い隠す水の魔法。
(付与していたことから分かっていたが、やはり自分の魔術は阻害しないのか)
深海の槍ごと魔法で包んでいるが阻害されている様子はない。おそらく付与もそうだが、自身の行使する魔法には影響が出ないような仕組みになっているのだろう。
「だが、姿が見えなくなっても。俺の前では意味はない」
真羅は黄昏の空のような瑠璃色の魔眼を輝かせる。
彼の魔眼は神秘を見抜く。いくら不可視の水膜を纏っても、この魔眼の前では魔力の塊が丸見えである。
「――ダイ!」
真羅の誰かの名前を叫ぶと、履いている靴が武骨な作りの茶色いブーツに変わる。
そして、背後に回り込み一撃を喰らわそうとしていたリヒトの突きを躱すと、その勢いのまま深海の槍の柄に向けて回し蹴りを放ち、水膜を纏った彼を弾き飛ばす。
「――何っ!?」
不可視の一撃を見切られるとは思いもしていなかったのか、弾き飛ばされたリヒトは驚きの声を上げながらも辛うじで受け身を取る。
「彼の眼に隠遁の類いは効かないぜ」
「そのようだな」
不敵な笑みを浮かべる真羅に対して、リヒトは魔法を解除して姿を現すと好戦的な笑みを返す。
両者共に逆境に燃える質のようで、戦闘狂の素養が見え隠れする。
「ならば、真っ向勝負だ! 行くぞ! ――深海槍術、波斬!」
リヒトは槍を両手で構えると大地を蹴り、押し寄せる波をも切り裂いてしまうような鋭い一撃を放ってくる。
「なんの!」
それに対し真羅は空に跳び上がって回避したかと思うと、そのまま空中に静止した。
「その靴も魔具か!」
「正解」
魔霊ダイ。魔術としての名は【天地の靴】であり、どんな物でも足場にすることができる魔具である。
【天地の靴】は、例え水上や空中でも、大地の上を歩くように行動することが可能であり、このように空中で静止することなど朝飯前だ。
「今度はこっちの番だな!」
真羅は両手で【逢魔の杖】を構えると、空を蹴りそのまま一直線にリヒトに向かって叩きつける。
しかし、その一撃はリヒトの深海の槍によって容易く受け止められてしまう。
「まだまだ!」
受け止められることは真羅も想定済みであり、ケインで鍔迫り合いをしたまま空中で片足で踏みとどまると、逆の足に魔力を込めて蹴りを放つ。
「くッ」
鍔迫り合いの最中に不意に飛んできた一撃に、リヒトは大きく体勢を崩してしまう。
その隙を見逃さず、真羅は魔力を整え呪文の詠唱に移る。
「――――ウォーターボール!」
至近距離からの魔法に今度はリヒトも防ぐことができず直撃してしまう。
魔法喰らったリヒトは吹き飛ばされこそしたが、威力の低い下級魔法だったため大きなダメージにはならなかったようで、すぐに体勢を整えて槍を構え直す。
「やるな。分かってはいたが、かなりの手練れだ」
「有難う」
リヒトからの称賛に真羅は素直に礼を言うと、徐に水月を抜刀し、その刀身をケインで軽く叩いた。
「よし。じゃあ今度はこっちから行かせてもらう!」
そう言うと真羅はケインを手放すと、水月を両手で上段に構えた。
「何をするつもりだ? 深海の槍にその魔法は効かんぞ?」
深海の槍に通用しないはずの水月を構える真羅に対し、リヒトは怪訝な視線を送る。
「今回は強化済みだ。さっきみたいにはいかないさ。――水月、流水」
真羅は水月を流水モードにすると、リヒトに向けて唐竹に斬りかかった。
真羅の一撃は深海の槍によって受け止められる。しかし、先ほどとは異なり水月は崩れることなく鍔迫り合いに持ち込んでいた。
「やはりケインで強化すれば崩れないな。でも流水で叩き斬れないとは、かなりの業物だ」
水月の術式が崩壊しないことを確認すると、真羅はさらに斬撃を放つが、今度は深海の槍の穂先で受け止められてしまう。
「魔法使いなのに中々の剣捌きだ。だがその程度では私の槍術を破ることはできん!」
リヒトは激流の如く鋭い突きを連続で放ってくる。
「――水月、止水」
それに対し真羅は、流水の斬撃は有効でないと悟り、水月を再び止水の不可視の状態に切り替えて反撃する。
暫しの間、両者の互角の攻防を繰り広げていたが、徐々に真羅が押され始める。
「くっ、最近研究ばっかりだったからな。なまったな、こりゃ」
エルフの里にいた頃は研究に熱中する余り、剣術や魔闘技の鍛練を疎かなっていたため、真羅の僅かに剣撃が鈍くなってしまっていた。
里で過ごした時間は非常に有意義なものであり、後悔は全くないが、少しぐらいは剣の鍛練もしていた方が良かったと思い直す。
「――深海槍術、海嵐」
真羅が自らの行動を顧みていると、リヒトがその隙を見逃さず、嵐のような怒涛の連続突きを放ってくる。
「――水月、震水!」
全ての突きを回避するのは困難と判断した真羅は、勝負をつけるべく、水月を片手に持ち替えて、水月を破壊に特化した震水の状態に切り替え、リヒトの攻撃を迎え撃つ。
深海の槍の穂先と、水月の切っ先が激突する。
――キンッ!
両者の衝突の結果、水月が押し負けて弾きと飛ばされる。
「勝負ありだな」
リヒトは無防備になった真羅の首筋に穂先を突き付ける。
「だな。俺の勝ちだ」
しかし、真羅の左手にはいつの間にか一振りの刀が握られていた。
白い柄に金色の装飾が施された不可視の刀身を持つ刀。
「霊刀水月・真打」
――パキンッ!
そう真羅がその名を告げると、深海の槍の柄の部分が真っ二つに斬り裂かれて地面に落ちた。




