海人族の村
翌朝。結局、真羅は一睡もしなかった。
「本当に大丈夫か?」
一晩中交代もせずに見張りをさせてしまったため、サラは多少の罪悪感を懐いてしまう。
「問題ないって、レイルシアもそうだが心配し過ぎだ。俺はそんなに柔じゃない」
真羅からすれば彼女の炎に一晩中魅入られていただけなので、余計な心配はされたくなかった。
実際、この程度で堪えるほど、彼は半端な鍛え方はしていない。そもそもエルフの里にいた際は、何日も徹夜で資料を読み漁っていたこともある。
高々一晩寝ないぐらい彼にとってはどうってことはないのだ。
「俺のことはどうでもいい。さっさと海人の村に行こうぜ」
昨晩のレイルシアもそうだが、これ以上身体のことについてふれられたくない真羅は、サラたちに出発を促す。
「大丈夫ならいいが……」
真羅の体調を疑いながらも、サラは毛布や魔導品を魔法の鞄にしまい、出発の準備をする。
因みにだがレイルシアは特にすることもないため、真羅の目の前で二度寝をしている。
真羅も旅道具は物置にしまってあるためすることがなく、サラの準備が終わるのを待っていた。
サラの準備が整うと、眠っているレイルシアを叩き起こして出発した。
そよぐ風からは潮の匂いが強くなっていた。
歩き始めてから数時間後、真羅たちの目の前には海が広がっていた。
「あそこが海人族の村だ」
先頭にいたサラが海辺にある村の入り口を指差す。
海人族の村だけあって、村の大部分は海上に面していた。
そのため、陸地から張り出した部分には、海の上に樽を浮かべ、その上に木材の足場を組む形で道が造られており、多くの建物は海の上に船のように浮かべられていた。
一見すると大半が海のため移動が不便のように見えるが、水中でも生活できる海人族にとってはこちらの方が都合が良いのだろう。
「海なんて久しぶりだよ」
目覚めてから初めて間近に見る海に、レイルシアは目を輝かせる。
おそらく彼女からすれば、数千年振りの海なので興奮するのは仕方がないだろう。
「海ね」
真羅はサラに従って村の中に入る。
「この村は前に来たことがあるからな。勝手は分かってるよ」
サラが自慢げに胸を叩く。
「そっか、じゃあここの案内も任せられるな。しかし、人の気配はあるのに、海上には全然いないな。何のために木を浮かべてんだか」
海上に道が造られているのに、村人がそれを使用している様子がない。これでは何のために道があるのか分からない。
「この木製の道は来客用で、住人は基本的に水の中を泳いで移動するんだ」
真羅の疑問にサラが答える。
海人族は亜人族の中でも唯一水中でも呼吸ができる種族であり、陸地でも活動はできるが、水中の方が生活がし易いようだ。
「なるほどな。しかし、村人が海の中じゃ、長の場所を訊けないな」
住人の大半は海の中にいるようで海上には姿が見えない。これでは道を聞くことすらできなそうだ。
「それなら、アタイが知ってるよ。ここの村の長老は顔なじみなんだ。案内は任せてくれ」
「そうか。それなら海に飛び込む必要はなさそうだな」
真羅たちはサラの案内でこの村の長老の下へ向かうことになった。
長老の家は村の一番奥の最も沖に近い所にあった。
幸いにも長老は在宅であり、海の中を探す必要はなかった。
「お久しぶりです。ベーラ長老」
サラは目の前の椅子に座っていた、老齢の海人族の女性に向けて頭を下げる。
「久しぶりですな、サラ殿。そちらのお二方が初めてですな。ワシはベーラ。この村の長を務めております」
ベーラは自己紹介をするとゆっくりと会釈をした。
「どうも。自分は真羅と言います。こちらはレイルシア」
真羅は自身とレイルシアのことについて紹介する。
因みにだが、レイルシアの興味は海に向いてしまっているようで、話には加わらず窓から外を覗いている。
「それで、どういった御用でこの村へ?」
ベーラは真羅たちを椅子に促すと用件を尋ねてくる。
「早速で悪いのですが、こちらについて何か知っている事はありませんか?」
真羅は懐から“深海の雫”を取り出してベーラに渡す。
「これは? まさか、深海の雫!?」
深海の雫を見たベーラは、目を見開いて驚く。
「やはり、ご存知でしたか」
ベーラの反応に真羅は確信を懐く。
「ええ、これは我が一族が代々見守り続けている海底遺跡の最深部の鍵と伝わっています」
「なるほど……と言うと、海底遺跡は貴方の先祖が?」
「はい。古代にこの地を治めていた王が、自らの財宝を隠すために、我らの先祖の力を借りて築いたと伝わっています。しかし、その最深部に強大な魔物が住み着いてしまったため、現在はそれを封じるために遺跡全体に強力な結界が張られており、何人も立ち入りを禁止されています」
「魔物ね……それは可哀想に」
ベーラの話を聞き、真羅は海人族の先祖に同情するように呟く。
海底に宝物庫を築くなど、この世界の古代の文明では、水中で自由に活動ができる海人族の力を借りなければ困難だ。
しかし、その肝心な宝物庫を魔物に乗っ取られてしまうとは、古代の王も海人族の先祖にとっても災難なことだろう。
「最深部にはその魔物を封じるために更に強力な結界で覆われており、深海の雫はその結界の入り口を開くための物と伝わっています」
「じゃあ、何で別の遺跡に深海の雫は収められていたんだ?」
これまで黙って話を聞いていたサラが疑問を口にする。
「深海の雫は、不用意に立ち入られないように海から離れた場所にある遺跡に収められていると伝わっています」
「なるほど。それをアタイが見つけたのか」
「そうですか、深海の雫はサラ殿が見つけたのですか……」
ベーラは驚きつつもどこか敬意を秘めた眼差しをサラに向ける。
「深海の雫は、そう簡単に手に入れられぬように強力な守護者が守っていると伝わっております。サラ殿、貴方はその守護者を倒したのですよね?」
「はい。その宝石はかなり強力なゴーレムが守ってましたよ。アタイも正直一人じゃ厳しかった」
「へー、サラもそうだが、あのクマさんも結構強いのか」
深海の雫を入手した経緯を知り、真羅はふと思った疑問を口にする。
サラと深海の雫を巡って言い争っていたウルズという男は、真羅の暗示に簡単に掛かっていたため、そこまでの実力があるとは思えなかった。
「ああ、ウルズは剣の腕はかなりなもんだぞ。魔法の腕はからっきしだがな」
「へー」
自分が口にした疑問にも関わらず、サラからの返答に真羅はどうでも良さそうに頬を掻く。
実際、あの程度の魔術で対応できるのならば、彼の脅威にはならない。
そもそも、いくら魔物相手に腕が立っても、対人戦が得意かと言われると必ずしもそうではない。
ある以上の力がある武芸者ならば、魔術師でなくとも一定の耐性は持ち合わせてあるものであり、耐性が全くない者など、真羅からすれば興味すら湧かない。
「まあ、深海の雫を手に入れたってことは、少なくとも海底遺跡の最深部までは行ける力があるって判断しても良いってことですよね?」
「ええ、もし深海の雫を持つ者が現れた場合、その者を遺跡に案内することになっています。その案内についてなのですが――」
「――お待ちください!」
ベーラの言葉を遮り、奥の部屋から紺碧色の美しい三又の槍を携えた海人族の青年が入ってくる。
「その者を遺跡に入れさせるなど、私は反対です! あの遺跡は生半可な者が入ってよい場所ではない!」
突然現れた青年が真羅を睨みつける。
「サラ殿とそちらの女性はともかく、その男からは魔力を全く感じられない。その程度の実力では無駄死にするだけ――ん? なっ! 魔力が全く感じられないだと!」
青年は自分の言ったことの違和感に気付いて困惑する。
どんな生物でも生きている以上は魔力を有している。
それなのに目の前にいる真羅からは全く魔力を感じられないのだ。
困惑している青年をよそに、真羅は彼を見定めるような視線を送ると、徐に口を開く。
「魔力は見せびらかすモノじゃない。内に秘めるモノだ」
その言葉に青年はハッとして、真羅を見詰める。
そして、彼は理解する。真羅は魔力が弱いのではなく、魔力を完全に制御して体外に漏らさないようにしていることに。
「――なるほど……先ほどの言葉は撤回しよう。キミ、相当に腕が立つようだ」
真羅の実力が計り知れないことを察した青年は、先ほどと打って変わって好戦的な笑みを浮かる。
「そう言う君こそ。魔法も槍もかなりのもののようだ。一度、術比べでもしてみたいな」
真羅もまた青年の実力を読み取って不敵な笑みを返す。
「コレッ! 自己紹介もせずにいきなり何をやっておるのじゃ」
二人の視線がバチバチぶつかり合っている中、ベーラが呆れたように青年を諫める。
「おっと、失礼。まだ名乗ってなかったな。私の名はリヒト。この“深海の槍”を受け継いだ当代の海底遺跡の守り人を務めている」
リヒトと名乗った青年は、その「深海の槍」という名の三又の槍を見せつけるように前に突き出す。
「久しぶりだな、リヒト。その守り人ってのは何なんだ?」
リヒトとは顔なじみのようで、サラは彼の言った「守り人」についてを尋ねる。
「そう言えば、話したことはなかったな。守り人は海底遺跡にむやみに立ち入らぬよう監視を行う者のことだ。そしてこの槍は、その当代の守り人に受け継がれる物で、守り人はこの槍をもって遺跡へ近づくモノを撃退する使命を持っている」
「じゃあ、リヒトの許可があれば海底遺跡に入れるってことか?」
「そうだ。海底遺跡に入るには、私の判断で決めることができる」
そう言うとリヒトは、真羅に視線を向けて再び好戦的な笑みを浮かべる。
「サラ殿の実力は知っているが、そちらのキミはどれほどの腕か分からない。私との立ち合いに勝利した場合に海底遺跡の鍵を開けよう。それでどうかな?」
「受けよう。それこそ願ってもいない事だ」
リヒトの提案に対して真羅は、特に考える素振りもなく即答する。
「では決まりだな。長老。陸の広場を使いますよ」
「分かった。守り人であるお前が決めたことじゃ。異存はない。好きに使うと良い」
好戦的な姿勢を崩さないリヒトに、ベーラは少々呆れ気味にだが、広場使用の許可を出した。
「こっちだ。ついてくると良い」
そう言って外に出たリヒトを、真羅は不敵な笑みを浮かべたまま後を追うのだった。




