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彼女の魔力


 サラの準備が整い、海人族の村へと向かうことになった。

 

 実を言うと、ライドは魔霊化した際に、自動車やバイクなどの乗り物に変化する能力を得ているため、その能力を使用すれば、三人を乗せて運ぶことも可能なのだが、流石にそれは自重した。地球のリニア新幹線すら軽く超える速度で走る自動車など、明らかにこの世界の時代と文明にそぐわない。


 サラの案内によって旅路は順調に進んで行った。


「この調子なら明日にでも着きそうだな」


 先頭を歩いていたサラがそう二人に話しかける。


「意外と早いな。いや、地図で見ると軽く走れば一日で着きそうだったし、そんなもんか」


 この三人は常人ではなく、魔術師と精霊と高ランクの冒険者だ。別に急いでもいないので歩いて移動しているが、その速度は常人よりもかなり速い。


「つーか、この地図。大まか過ぎて距離が分からないな。まったく、サラがいて良かったよ」


 真羅は町で購入していた大雑把な地図を丸めて懐にしまう。


 事前にドルフィーの町で購入した地図だが、地球製の正確な地図に慣れている彼にとってはかなり不便に感じられる。人工衛星もGPSもないこの世界は、魔術師とはいえ現代っ子の真羅には辛い環境だ。


「さっそく役に立てたようで良かったよ。というか、二人とも結構体力あるな。普通の魔導師ならこの速度で移動してたらすぐにばてちまうのに」


 サラは全く疲れを見せない真羅とレイルシアに違和感を覚えるも、自分のペースに着いて来れることを素直に感心する。


 サラにはレイルシアも魔法使いと紹介したが、実際は肉体を持たない精霊だ。魔力の供給さえあればいくら歩いたところで疲れなど生じることはない。


 真羅もまたその実体は、魔導師ではなく魔術師だ。この程度で疲れを感じるような柔な鍛え方はしていない。





 

 その後、真羅たちは休むことなく歩き続けていたが、徐々に日が暮れてきたため、休息を取ることになった。


「もう日も暮れるし、野営場所はここでいいか?」


 サラはそう聞きつつも、返答を待つこともなく近くの木陰に腰を下ろす。


「まあ、どこでもいいだろ」


 そう言って真羅も適当な場所にどかっと座り込んだ。


「しかし、こんな何の目印もないだだっ広い平原をよく迷わず進めるな」


 これまでサラの情報を頼りに進んで来たが、この世界の道は日本の道路のように整備されたものではないうえ、目印となる物や看板も少ない。彼女の案内がなければ道に迷っていただろう。


「アタイは猫獣人だからな。鼻が利くんだ。一回通った道なら、なんとなく匂いで分かるんだよ」


「へー、俺も鼻は利く方だが、そこまでは分かんないな」


 人外の血を引いている真羅も常人よりは鼻が良いが、魔術も無しに匂いだけで道を辿ることはできない。これは獣人族特有の能力による特技であり、他の種族には不可能な芸当だろう。


「さて、火を起こすなら周りに燃え移らないようにこれが必要だな」


 サラは腰に提げていた鞄から黒い鍋のような物を取り出す。


「何それ? お鍋?」


 サラが取り出した物に、レイルシアが興味津々に尋ねる。


「これか? 焚火用の魔導品(アーティファクト)さ。底にある魔石に魔力を溜めることができて、火を付ければ魔力がある限り燃えることができるんだ。この鞄も魔導品(アーティファクト)で、シンラほどじゃないが、見た目以上に入るんだぜ」


「そうなんだ。便利だね」


「そんな珍しいもんでもないだろ? 見たこともないのか?」


 レイルシアの様子にサラが不思議そうに問い返してしまう。


「レイルシアは旅慣れてないんだよ。俺も似たような物は持ってるが、あんま使う機会に恵まれないから物置の肥やしになってるよ」


 サラの疑問に対して、真羅が代わり答える。


 数年前まで眠りついており、目覚めてからも精霊の森から出ることができなかったレイルシアに、旅の経験などあるはずもない。

 また、現代っ子の真羅も、焚火など林間学校以来の経験である。


「そうなのか。魔導師って言ってたし、研究がメインで野営の経験は薄いんだな」


 そう自分で納得したサラは、火を灯すべく魔力を整え始める。


「――火よ。灯れ。――――ファイア」


 サラが火属性の初級魔法で鍋のような魔導品(アーティファクト)に火を灯す。


「――ほう」


 サラの行使した魔法に、真羅は思わず息を漏らす。


「大したもんだな」


「ただの初級魔法だぜ? 火属性のヤツなら誰だってできるだろ?」


 真羅の称賛の言葉に対し、サラからすれば特段褒められることもしていないため、その意図が分からずと尋ね返す。


「魔力の練り方が、だよ。質が良い。かなり鍛えているみたいだな」


 この世界の住人は、真羅と同じく魔力回路を持たない。そのため、魔力の制御や質が、地球の術師たちと比べてどうしても拙くなってしまうのだが、サラは制御こそ甘いが質に関しては一級品であり、彼から見ても良く鍛えられていることが分かる。


「そう言ってもらえると嬉しいが…よくそんなことを見ただけで分かるな?」


「俺にはそういうのが見えるんだよ」


 真羅はサラに見せつけるように、瞳に魔力を灯して魔眼を輝かせる。


 黄昏の空と同じ色の瞳が煌き、彼女の紅水晶(ローズクォーツ)の瞳を覗き込む。 


「俺も魔眼を持っていてね。サラみたいに相手をどうこうする事は出来ないけど、色々なモノが良く見えるんだ」


 神秘の魔眼は魔法だけでなく、サラから発せられた魔法もはっきりと捉えており、その本質までも見ることができる。


「君の魔力は綺麗だ。俺が保証するよ」


 真顔でそんなことを宣う真羅に、サラは顔を赤らめて一瞬固まってしまうが、すぐに我に返ると――


「こんなんでそこまで褒められると恥ずかしいからやめてくれ」


 ――手を振りながら否定をした。


 真羅からすればただ事実を言っているだけだが、この不完全とはいえこの魔貌で発せられれば十分口説き文句になる。しかし、残念ながらそんな事実にこの男は気付いていない。


 ひと悶着あったが、その後軽い夕食を済ませた頃にはすっかり日も沈んでいた。


「この辺って見晴らしは良いが、魔物とかでるのか?」


 不意に真羅が食事の片付けをしていたサラに尋ねる。


「ああ、生息数は少ないからそんなに見ないけどいるにはいるぞ」


「じゃあ、見張りと火の番は俺がするよ。サラは休んでてくれ」


「それは助かるが……アイツは飯も食わずに何やってんだ?」


 サラの視線の先では、レイルシアが楽しそうに草原を駆けまわっていた。


 彼女にとっては、現代のものは全てが目新しいらしく、こんなどうってことない場所でも興味が尽きないらしい。


 因みに彼女は精霊なので、魔力の供給があれば食事の必要はない。


「レイルシアは俺と出会うまで、色々あって森の中にある里から出ることが少なかったからな……まあ、色々あるんだろ」


 レイルシアの正体についてはサラには秘密にしている。流石に信仰の対象である光の精霊であることを明かしたら、まともに接することが難しいと考えたため、エルフの里を出る前に二人で予め相談して決めていたのである。


「そうなのか。事情は聞かないでおくよ」


 そんなことはつゆ知らず、レイルシアについては人間の魔法使いと認識しているサラは、プライバシーに係わることなので深くは聞かないことにした。


 片付けを終えたサラは、魔法の鞄(マジックバック)から小さめの毛布を取り出すと、それに包まって横になる。


「じゃあ、休ましてもらうよ」


 そう言うと、野営には慣れているサラは、物の数分で眠りについてしまった。


「流石に慣れてるな」


 その様子を見ていた真羅が、感心したように呟く。


 彼女は眠ってこそいるが、その猫耳は周囲を警戒するようにピンッと立っていた。その様子なら、魔物等の気配を察知すれば、すぐに目を覚まして臨戦態勢に移れるだろう。


 サラが眠りについたことを確認すると、真羅は目の前の魔導品(アーティファクト)から燃え上がる炎を見詰める。


「綺麗なもんだ」


 魔導品(アーティファクト)に込められたサラの魔力に対して、真羅は美しさを感じていた。


 常人が見てもただの炎にしか見えないが、魔眼を通して見るとまた違ったように見えるようで、彼はその炎に見惚れていた。


「相手を魅了し恋焦がれさせる炎。彼女の魔力特性は、名付けるとしたら“恋火(れんか)”か……」


「――レンカ? 何が?」


 いつの間にか戻ってきていたレイルシアが、耳したその「恋火」という言葉について尋ねてくる。


「サラの魔力特性のことさ。名前を付けるとしたらそれが相応しいだろ?」


 真羅が得意げに笑う。


 魔力特性は千差万別であり、属性と異なり同じ特性は一つとしてない。言葉で表現する以上、同じになってしまうことはあっても、完全に同じということはないため、「恋火」という特性はサラだけの魔力の名前になる。


「相応しいかは分からないけど、サラの火は綺麗だと思うよ」


 魔眼越しではないため、レイルシアに真羅の見ている景色は分からないが、サラの魔力が籠められた魔導品(アーティファクト)の炎が綺麗であることは同意した。


「サラの魔力特性は“恋火”なんだよね? 生物は皆それぞれ固有の魔力特性を持つって教えてくれたけど、ボクの場合は魔力特性はどうなるの?」


 真羅によってもたらされた魔力特性の概念は、エルフの隠れ里にいた頃に聞いている。そのため、精霊である自身の魔力特性についても興味が出てきたレイルシアは、徐に彼に尋ねた。


「お前は“銀星”の精霊だろ? 魔力特性はそれ即ち“銀星”になる」


 レイルシアの疑問に対して、真羅は「何言ってんだ」という顔で答える。


 彼の言った通り、レイルシアは銀星の精霊であり、当然ながら魔力特性は彼女が司る銀星になるのだ。


 真羅からすれば、彼女の疑問はかなりとんちんかんなものに思えた。


「そっか、それもそうだね。ボクは銀星の精霊なんだし、そりゃそうか……ん? そういえば、シンラの魔力特性は何なの?」


「俺か?」


 尋ねられた真羅は、「そういえば言ってなかったな」と呟き、レイルシアに見せるように手の平に魔力を集中させた。


「俺の魔力特性は“始原”と“終焉”だな」


「え、特性が二つもあるの?」


 固有の魔力特性が二つあることに、レイルシアは驚いて思わず尋ね返してしまう。


「違う違う。言葉にした場合に始原と終焉になるだけで、特性自体が二つあるわけじゃない。というよりも、始原と終焉。つまりは始まりと終わり。この二つは同じものなんだよ」


「始まりと終わりが同じ?」


 真羅の言葉に、レイルシアは疑問符を浮かべる。


 始まりと終わりは対極のものであり、それが同一と言われても納得ができない。


「ああ、言い方が悪かったな。つまりだ。何か一つの終わりは新しい始まりだろ? 逆に新しく何かが始まるってことは、その前の何かが終わるって事だ。だからさっきも言ったがこの二つは同じなんだよ」 


「なるほど? それなら何とか分かるかな?」


 いまいち理解し切れないのかレイルシアは首を傾げたまま固まってしまう。


 それを様子を見た真羅は、「まあ、こんなものいちいち理解しなくて良いよ」と言うと、話は終わりだとばかりに、炎に向き直ってしまう。


「見張りならボクがするよ。シンラの魔力があれば寝る必要はないし、魔物の感知だって得意だよ」


 火の番をしながら休む様子のない自身の契約者に対して、レイルシアはその役目を引き継ごうと提案する。


「初めて会った日みたいに倒れたら困るからね」


 レイルシアはからかう様に言うが、実際に倒れてしまったのを目の当たりにしているため、これは本心からの言葉でもある。


 初めて会った日のことを思い返しながら彼女は、心配そうに真羅を見詰めるが、当の彼は不服そうに頬を膨らめていた。

 

「別に瘴気を中和したわけでも、闇の精霊と()り合ったわけでもない。心配しなくても、歩いただけだ。睡眠が必要なほど消耗はしてないよ」


 全身が変質してしまっている真羅は、肉体を魔術で維持している状態にある。そのため、肉体を維持する分の魔力が足りなくなってしまうと、睡眠等の回復手段が必要になるだが、現在は魔力は十分になるので、睡眠をしなくても問題はない。


「本当に大丈夫なの?」


「大丈夫だって! ほら!」


 それでも心配そうに見詰めてくるレイルシアに、真羅は体調が十全であることを示すため魔力を滾らせて答える。


「魔力は十分にある。それにレイルシアだって眠りたいだろ? リアから聞いてるんだぜ。目覚めてからは昼寝が楽しみになってるって」


「それは、そうだけど……」


 レイルシアは言葉を詰まらせる。


 目覚めてからエルフの里で平和に過ごしてきた間にレイルシアは、すっかり惰眠に魅了されてしまっていた。そのため、今ではすっかり昼寝が日課になってしまっている。


「分かったよ。見張りはお願い。ボクは先に寝させてもらうよ。辛くなったら遠慮なく言ってね」 


「分かったから、さっさと寝な」


 根負けしたレイルシアは、サラの隣で横になって眠りについた。


「まったく、心配し過ぎだ」


 契約精霊の心配をよそに、真羅は改めて炎に見詰める。


 そうして彼は恋火に魅せられながら、そのまま一夜を過ごすのであった。


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