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猫獣人のサラ


 翌日、朝日と共にレイルシアは目覚めた。


「ふあ~、よく寝た~」


 レイルシアは欠伸をしながらベットから体を起こす。


 本来、精霊である彼女に睡眠は必要がないのだが、里のエルフたちと暮らすうちに好んで睡眠を行うようになったのだ。


「おはよう、シンラ。もう朝だよ――って、そのネコは何?」


 レイルシアが眠っている真羅の方に向くと、彼の頭には枕の代わりに赤毛の猫が敷かれていた。


「もう朝か……おはよう」


 彼女の声を聞き、真羅も欠伸をしながら起き上がる。

 

「枕が猫になってるけど、どうしたの?」


 別に真羅ならば枕を猫に変えても不思議ではない。レイルシアは今まで散々彼に驚愕されてきたため、今さらこの程度のことでは驚かなかった。


 それでも疑問には思うため、寝ぼけているのか、覚醒しているのか、曖昧な状態の真羅に尋ねた。


「あー、この子猫ね……枕にね……夜に……変化(へんげ)した」


 案の定、真羅は要領を得ないことを宣う。


「えーと……夜に忍び込んできたから枕にしたと?」


 一ケ月の付き合いで真羅のことを段々理解してきたレイルシアは、彼の言葉を何とか翻訳する。


「そーいうこった」


 まだ寝ぼけているのか、適当な返事が返ってくる。


「キミって朝弱いんだね」


 レイルシアは寝ぼけている真羅を見て確信する。


 エルフの隠れ里にいた時は、真羅はほぼ毎日徹夜で書物を読み漁っていたため、今回のように朝に起きるというのは滅多になかったが、どうやら彼は元々夜型人間のようで、朝は苦手らしい。


「別に朝が苦手ってわけじゃない。そもそも俺は変質の影響で通常、睡眠は必ずしも必要ってわけじゃない」


 レイルシアの言葉に対して何の前触れもなく唐突に覚醒した真羅はベットから立ち上がる。


「いい加減、反省しただろうからな。戻してやろう」


 そう言って真羅がパチンッと指を鳴らすと、ポンッとコミカルな音を立てて、猫が少女の姿へと戻った。


「――やっと……戻れた」


 元の姿に戻った猫獣人の少女サラは、安堵の声を漏らすのであった。






「それで、その子は何なの? 昨日の猫獣人の子みたいだけど……」


 突然、猫が少女になったことには驚いたが、いい加減に耐性がついてきたレイルシアは、冷静を装って真羅に尋ねる。


「昨日の夜にあの宝石を取り戻しに来たんだよ。その時に返り討ちにして猫にした」


「……なるほど」


 レイルシアは真羅ならばそのくらいは朝飯前だろうと、深くは考えずに納得することにした。


 因みに、先ほどまで猫の姿にされていた少女は、未知の体験にすっかりと縮こまってしまっており、床に正座で座らされていた。


「取り敢えずだ。君のことを教えてもらっても良いか?」


 委縮してしまっている少女に対し、ベットに腰かけて彼女を見下ろす形で不敵に微笑んでいる真羅が、これ以上縮こまらないように出来る限りの穏やかな口調で名前を尋ねる。


「えーっと、はい。アタイは猫獣人族のサラ。トレジャーハンターをしている冒険者です」


 猫にされたことが相当に堪えたのか、猫獣人の少女――サラは縮こまりながらも素直に答える。


「そう言えば、こっちは名乗ってなかったな。俺は真羅。こっちはレイルシアだ」


「レイルシアだよ! シンラと一緒に世界を巡っている途中だよ! よろしくね!」


 淡々とした真羅と明るいレイルシア。対照的な二人が短い自己紹介を済ませる。


「あのー、もうこんなことはしないって誓うから、あの宝石を返してくれないか?」


 反省の色を見せながらも、サラは宝石の返還を求めてくる。


「あれなら、おいしそうだったから食べちゃったよ」


 真羅が(あなが)ち間違ってもいないことを宣う。


「そんな冗談言わずにさ。頼むよ。本当に苦労して攻略した遺跡(ダンジョン)から手に入れた物なんだ」


「へー……ダンジョンにあったのか」


 サラの必死な頼みに真羅は仕方ないと、舌の魔法陣から宝石を取り出すべく、口の中に手を突っ込む。


 その様子を見ていたサラは、「冗談じゃなかったのか」と驚愕するが、真羅は構わず宝石を口から取り出した。


「別に返すのは構わないんだが、君はこれが何なのか分かっているのか?」


「え、古代の遺跡(ダンジョン)の最深部で見つけたただの宝石だけど?」


 真羅の問いに、サラは首を傾げながら答える。


 彼女の答えに対し、「やはり分かっていないのか」と、真羅は呟きながら宝石を手の中で弄る。


「それだけじゃないよ。これは“深海の雫”といってな。何処ぞの扉の鍵なんだ」


「深海の雫? 鍵?」


 真羅の言葉にサラは驚きつつも尋ね返す。


「そう鍵だ。俺はこの鍵を使って入る場所に興味がある。だから、返すのはそこを調べた後になるが良いか?」


 どのみちこのまま返す気はないため、完全に無駄な問いである。


 現状返す気はないことを理解したサラは、少し考え込むように猫耳を動かすと、少し顔を赤らめながらも真羅の顔に視線を向ける。


「だったらさ。アタイと組まないか?」


 徐に口を開いたサラが、真羅に提案を持ちかける。


「君とか?」


 サラの真剣な表情に対して、真羅は彼女を見定めるような視線を向ける。


「アタイはこう見えてもBランクの冒険者なんだ。そこそこ腕は立つし、この辺の地理にも詳しい。組んでも損はないはずだ」


「へー、Bランクなんだ。それって結構高かったけ? 俺は冒険者じゃないから分からないや」


 真羅は興味があるのかないのか雑な問いを投げる。


「冒険者じゃなかったのか……。冒険者のランクはFからAまであって、その上にSとSSランクがあるけど、Sランクは英雄クラスのバケモンでギルドには数人しか所属してない。SSランクに関しては、歴史的にも数える程しかいない大英雄クラスの存在で現在は誰もいないから、実質Aが最上位でBはその次のランクだよ」


「へー、意外と凄いんだな、サラって」


 冒険者ギルドのランクについて知り、真羅は素直に感心する。


 サラの言った通り、冒険者の階級は下からF、E、D、C、B、Aまでの六つがあり、その上にSとSSランクがある。サラのBランクは第四位の階級ではあるが、SとSSが例外的な階級であるため、実質ニ番目のランクに当たる。


「アタイはお宝探しばっかりしてるから、Aランクへの昇級は遅れてるが、実際はA相当の実力はあると自負してるよ」


「じゃあ、何で熊男を言い争ってたんだ? そんなに腕があるなら実力で黙らせりゃ良かったじゃん」


 真羅の物騒な発言に、サラだけでなくレイルシアも若干引き気味になる。


「あのウルズのヤツか。アイツもBランクで結構腕が立つんだよ。お宝を見つけた時にも言い争いなったから魔眼で黙らせたんだけど、魔眼の効果は一日しかもたないし、アイツも魔眼殺しで対策してきたから、あの時は分が悪かったんだ。だから囮にさせてもらった。すまなかった」


 昨日の囮にした件について、サラは改めて謝罪する。


「その件はいいよ。奴は暗示をかけたから今回の一件は忘れてるだろうし、面白いお宝に出会えたしね。組むって話も構わないよ。俺たちはこの辺りについて全然知らかったからちょうど良い。レイルシアもそれで良いか?」


「シンラが良いなら、私も良いよ」


 真羅の決定にレイルシアも特に迷うこともなく賛同する。


 彼女からすれば自分が原因で彼を争い事に巻き込ませてしまったため、申し訳なく思っていたこともあり、今回の裁量に関しては口を出すつもりはなかった。


「改めてになるが、俺は魔術――魔導師の真羅だ。主に神秘の研究が本業だが、戦闘もそこそこいける。宜しく」


 自己紹介をしながら笑みを浮かべた真羅は、サラに手を差し出して握手を求める。


 魔術師と言いかけたが、この世界における立ち位置としては、研究をメインで行う魔導師と言った方が分かりやすいと判断したため、厳密には異なるがそう名乗った。


「ああ! よろしくな! シンラ」


 真羅の笑顔を見て僅かに顔を赤らめながらも、サラは正座をやめて立ち上がり、彼の手をがっちりと掴んだ。


 真羅は文武両道の完璧イケメンの勇志を隠れ蓑にしているためにあまり目立ってはいないが、彼に勝るとも劣らない美男子であり、勇志とは別ベクトルの中性的で整った顔立ちをしている。


 これは真羅が魔性の血が色濃く出ている影響であり、普段は(まじな)いで目立たないようにしているが、本来の彼は性別問わず魅了してしまう妖しい色気を秘めた魔性の容姿――魔貌の持ち主である。


 魔貌について代表的な話では、ケルト神話に出てくるフィオナ騎士団のディルムッド・オディナが有名だろう。

 彼は妖精によって付けられた魔法の黒子によって、彼の意志に関係なく女性を魅了してしまう呪い(しゅくふく)を持っていたと伝わっている。


 しかし、真羅の魔貌はディルムッドのものとは異なり、人外の魔性の血の先祖返りによって発現しているものであり、妖精等の祝福などではなく、人を惑わし喰らうための妖の特性に起因している。


 また、この魔貌はあくまでも不完全な先祖返りであり、魔術的な対策をしていれば周りに影響を及ぼさないようにできるのだが、魔眼を宿しているサラは常人よりも神秘的なモノに対して敏感であるため、この(まじな)いの効果が薄くなっている。

 そのため、彼女は魔眼を行使して彼を魅了しようとした結果、不完全な魔貌を深く覗き込んでしまい、逆に魅入られてしまっている状態にあるのだ。


 因みにだが、この事実については両者共に気付いていない。


「それとだが、俺は占いも得意でね。大まかな行先については見当がついている」


「へぇ、占いもできたのか」


 サラも思わず感心したように声を漏らす。


 この魔法が一般的に広まっている世界では、占いの信憑性や精度は高い分、地球よりも特殊な能力や才能が必要になってくるため、占い師という職業は少ない。また、占い師で戦闘まで熟せるという者はほとんどおらず、優秀な者は大半が国家などに所属しているため、冒険者など一般人が関わることはない存在だ。


「向かうは東。東の海だ」


 昨晩に行ったカード占いの結果、ここより東にある海に向かうべきと出ていた。


 真羅の占いの結果を聞いたサラは、猫耳を撫でながら少し考え込むと何かを思い出したように口を開く。


「――東というと……確か、ニ、三日ぐらい歩いた所に海人(うみびと)族の村があるな」


「海人か……」 


 海人族はその名の通り、主に海辺で生活している亜人種であり、海の精霊の加護を受けて変質した人類である。その容姿は耳が魚のヒレのような形状をしており、その手足には水かきを持つなどの特長がある種族だ。


「海人族の村ね。案内を頼めるか? サラ?」


「おう。そこの村にはギルドの依頼で立ち寄ったことがある」


「じゃあ、決まりだな」


 真羅はベットから飛び降りて伸びをすると、隣に置いてあったの荷物を内なる物置に収納する。


 事前に物置について説明を受けていたレイルシアは驚かなかったが、荷物が突然に消える様を見たサラは驚き目を丸くする。


「おい。荷物が消えたが、一体何をしたんだ?」


「あー、これね。これは【内なる物置小屋】って言ってね。異空間に物を収納できる魔法だ。だから、荷物があっても基本的に手ぶらで旅ができる」


「へぇ、そんな魔法の鞄(マジックバック)みたいなことをできるのか。魔導士ってのは色々できるんだな」


 サラが魔導士という理由で納得したが、実際のこの世界の魔導士ではこの手の魔導品(アーティファクト)の作成はできても、道具を使用せず身体一つでこの芸当を行うのはかなりの難易度であろう。


「アタイの魔眼も効かなかったし、シンラも冒険者になったらどうだ? ギルドに所属しとけば色々恩恵があるし、お前さんの腕ならすぐにAランクになれるだろうさ」


「あー、それは面倒そうだから、やめとくわ」


 冒険者についてだが、初めに旅に出る際に冒険者として行動する案もあったにはあったのだが、金銭面は困っていないうえ、Fランクから始まる以上、階級を上げていくのにも時間を有するため、もし仮に冒険者ギルドに所属したとしても、あまり利点を感じることはないので、真羅は早々にその案を破棄している。


「そっか。まぁ、それは自由だしな。レイルシアも冒険者ではないのか?」


「うん。ボクも冒険者ではないよ」


 サラの問いに、ベットから降りて伸びをしていたレイルシアが答える。


 精霊であるレイルシアは人類に対しては中立の立場であり、国家や組織などに属する気はない。そもそも契約精霊である以上、分類上は真羅の使い魔になるため、彼が属していない以上、彼女がどこかに所属することはないだろう。


「旅に必要な物は一式、物置に入れてある。もう何時でも出発できるが、サラの準備はどうだ?」


「私は今回の遺跡の調査についてギルドへの報告しなくちゃいけないからな。後一日まってほしいな」


 どうやらサラは昨日にあのウルズという熊獣人の男と揉めていたせいで、遺跡の調査の依頼についての報告がまだ完了していないようだ。


「分かった。じゃあ、明日の朝にこの宿屋の前に集合でいいか?」


「ああ、それで構わない」


「ボクもまだこの町を見てみたいし、明日出発には賛成だよ」


 二人が賛成したため、「じゃあ、決まりだな」と真羅は深海の雫を物置に収納する。


「俺達はこの町に来たばかりだからな。今日一日はまた観光をさせてもらうよ」


「おーけー、アタイは報告を済ませたら、すぐに準備にかかるよ」


 意見がまとまった真羅たちは、部屋の扉を開けて外へと向かう。


「じゃ、また後でな」


 その後、サラを別れた真羅とレイルシアはドルフィーの町を再び観光するのであった。


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