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宿屋にて


 ドルフィーの町を一通り観光し終えた頃には、すっかり日も暮れしまったため、真羅たちは近くにあった宿屋へ泊ることにした。


 魔霊は外に出ているだけで魔力を消費するため、ライドは真羅の中へと戻っている。そのため、宿屋へはレイルシアと二人で泊まることになった。


 真羅はアーセル王国の王城にいた際に無属性であることを理由に、サイトなどの貴族が絡まれることも多く、陰口ぐらいは謎の体調不良程度で済ませてやっていたが、直接絡んでくる者たちは鬱陶しかったため、二度と絡んでこないように暗示をかけて黙らせるついでに、賠償金として彼らの個人的な資産の七、八割を頂いている。

 そのため、真羅が王城から出た頃には彼のこと悪く言う者はいなくなっていた。また、そのこともあったため、彼の持つ軍資金は数十年は遊んで暮らせるほどはある。



 因みに真羅とレイルシア、男女二人ではあるが、魔術師と精霊。間違いなど起こるはずもないので、同じ部屋に泊まっている。


 長い間眠りについていたレイルシアにとっては、現代の世界を見て回るのは初めてのことであり、当然ミナマンディー連合国に来るのも初めてのことだった。そのため、観光の際に最も興奮していたのはレイルシアであり、歩き疲れてしまったのかすでに眠ってしまっている。

 

 真羅はというと、異世界の国、それも亜人たちの住む町ということで多少の興奮はあったものの、よくよく考えると亜人族は変質した魔術師――変質者と大差がないため、その点は早々に冷めてしまっていた。それでも、この国の文化や歴史には現代の地球とは異なり、魔法が生活の一部として根付いていたため、好奇心を刺激され退屈とは無縁であった。


 現在、真羅は宿屋のベットの上に座り込みカードを弄っていた。


「ふむ。そうか、やはり鍵だったか。それでどうだった?」


 真羅はカードをシャッフルしながら誰かに問いかける。


 どうやら、魔霊と会話をしているようだが、霊体化しているのか姿が見えないため、傍から見れば独り言と言っているようにしか見えない。


「分かった。今後はその調査を行うことにしよう。ありがとう……もう、戻っていいぞ。忙しいところ悪かったな」


 真羅が礼を言うと何者かの気配が消える。報告をしていた魔霊が彼の内に戻ったようだ。


「さて、何処へ向かうべきか……」


 そう呟くと、真羅はシャッフルをやめてカードの束から一番上の物をめくる。


「――海のカードか……」


 引いたカードに描かれていたものは海。


 タロットには存在しないはずのカードだが、彼は特に疑問に思うこともなく、そのカードを手の平で弄ぶ。


「向かうべきは……さらに東かな」


 そう独り言ちると、手の平のカードが自然と山札の中へと戻り、そのまま束ごと真羅の懐へと消えていった。


「さて、俺も寝るとするか。子猫が来る前にね……」


 意味深なことを呟くと、隣のベットでレイルシアが眠っていること確認し、真羅も横になり眠りについた。








 女神の化身たる太陽が沈み、その眷属たる光の精霊たちの化身である星々が夜の闇を照らしている。


 夜もすっかり更け、皆がすっかり寝静まった頃、真羅たちが泊っている部屋の窓に一つの影が映った。


 この部屋の窓には鍵は付いていないため、その影は静かに窓を開き中へと侵入する。


「……」


 影は黙ったまま薄暗い周囲を見渡し、音を立てぬように真羅のベットに近づく。


「すー、すー」


 真羅が安らかな寝息を立てていることを確認すると、彼の上に馬乗りになり両腕を押さえて顔を覗き込んだ。


「――うーん……何?」


 腹部に違和感を覚えた真羅は、寝ぼけまなこでその正体を確認する。


「こんばんは、お兄さん」


 その時ちょうど開けられた窓から月明かりが入り込んできて影の正体を暴く。


 露わになったのは、赤毛に桃色の瞳、猫の耳と尻尾。そう、先ほど揉め事を起こしていた猫獣人の少女だった。


「ああー、いらっしゃい~」


 目覚めたらいきなり馬乗りにされていた状況だが、真羅はこうなることが分かっていたかのように平然と適当なことを言い放つ。


「おや、驚かないんだね。それとも寝ぼけているのかい?」


 驚きもせずに平常運転の真羅に、少女は意外そうに問いかける。


「来るのは分かってたからな。まあ、長話も面倒だ。一応聞いておく――俺に何か用?」


 身動きを封じられた状態の真羅だが、特に焦りもせずに問う。


「アタイも長話は嫌いでね。単刀直入に言おうか――アタイの虜になれ!」


 少女は真羅に強めの口調で命令すると、桃色の瞳を妖しく輝かせる。


 明らかに魔力の宿った行為だが、これに対しても真羅は焦ることなく冷静に彼女を観察し、その意味を見抜く。


「――魔眼か」


「なぁっ」


 見抜かれるとは思っていなかったか、少女が驚きの声を上げる。


「そんな驚くことか? 眼に魔力を宿した時点で分かるだろ? まあ、あの熊男が魔眼殺しを着けていた時点で気付いたがな」


 先の少女たちの揉め事に介入することになったのは、真羅が彼女の瞳、魔眼に興味持った結果であり、彼女が魔眼持ちであることは早々に見抜いていたのである。


「なら! 抵抗される前に!」


 少女は驚きつつも、真羅が魔法の類いを行使する前に先手を打って魔眼を発動させる。


 しかし――


「ふあ~、無駄だよ」


 ――魔眼を受けたにも関わらず、真羅は平然と欠伸をしている。


「なっ、なんで!?」


 魔眼に対して相当な自信を持っていた少女は、全く意に介していない真羅を見て困惑の声を上げる。


低位魔術崩壊ローミスティックブレイクの一種だな」


 少女の疑問に対して、真羅は律儀に答える。


 魔眼が効かなかった理由は、真羅の言った通り低位魔術崩壊の現象である。彼の宿している神秘の方が彼女の持つ神秘(まがん)よりも位格が上であるため、魔眼の効果がかき消されてしまったのだ。


 そもそも基本的に格上の魔術師に対して魔眼は効果が薄いというのは、地球の魔術師界隈では常識である。彼からすればは疑問に思われることの方が疑問である。


「その眼、“魅了の魔眼”だな」


「そこまで分かるのか!?」


 魔眼の詳細まで見抜かれるとは思っていなかったのか、少女は驚愕の声を上げる。

 

「見れば解るし、そもそも「虜になれ」って言った時点で魅了の類いだろ?」

 

「……」


 真羅の言葉に対して、少女は押し黙る。


 彼もまた魔眼の持ち主であり、その名を「神秘の魔眼」という。


 魔力等の神秘的なエネルギーを視認することのできる魔眼であり、術式などに関わらず神秘的なモノを見抜くことができる。そのため、他人の眼を見れば、その者が魔眼を持っているかの判断から、その魔眼の性質までも見抜くことができるのだ。


「それはそうと、不法侵入の子猫にはお仕置きが必要だな」


 そう言うと真羅は呪文を詠唱し始める。


『――汝は獣。その姿は獣へと堕ちる』


 二節の呪文。


 短いが呪文だが、籠められた神秘はすぐに顕現する。


「――にぁッ!?」


 突如として少女の姿が、ポンッと気の抜けるような音と共に猫へと変わってしまう。


「にぁ、にぁー!?」


 猫となった少女は再び驚愕の声を上げようとするが、口から猫の鳴き声しか発せられない。


 ――変身の魔術。


 お伽話や神話などに度々登場する動物等に変身する魔術。

 この魔術は飛行や召喚の並んで、魔術の代表とも言える術だ。


 この魔術師はたった二節の呪文でを発動させてみせたが、これは真羅の技術があってこそであり、本来は変身する獣の皮などを触媒にして行使する魔術である。


「さてっと、よっと」


 困惑している猫を抱え上げると、真羅は再び呪文の詠唱を始める。


『――動くな』


 今度は一節のうえさらに短い呪文。


 しかし、効果はしっかり発動しており、猫となった少女は身動きが取れなくなってしまう。


「今夜は枕にでもなってくれ」


 そう言うと真羅は猫を枕と取り換えて、それを枕代わりにして横になる。


「おやすみ~」


 困惑により固まっている猫をよそに、真羅はすやすやと眠りについてしまった。






 


(いったいどうなってるんだ!?)


 猫獣人の少女――サラは困惑していた。


 先日、古代の遺跡を探索し、その最深部で手に入れた宝石。それをめぐって同業者と言い争いになってしまった。


 事前にお宝は最初に見つけた者の物と決めてあったが、この宝石を手に入れた時には取り合いに発展してしまった。そのため、仕方がなく魅了の魔眼で事を収めたが、本日の昼間にその同業者が魔眼対策をして現れ、再び言い争いになってしまい、終いには暴力沙汰までに発展するところだった。


 そんな時に、ちょうど物陰から人間族の青年がこちらを窺っていたため、彼には悪いがこれ幸いと、彼に注意を逸らした隙に逃げ出した。

 その際にはしっかりと宝石を握り締めていたはずなのだが、完全に撒いた後に確認すると、いつの間にかただの石ころにすり替えられていたのだ。


 ここでふと、あの場から逃げ出す際に青年が何か呪文のようなものを呟いていたことを思い出し、その時に何らかの魔法を行使してすり替えたのではないかと考え、彼を探し出すことにした。


 この国では人間族も黒い髪も珍しいため、少し時間はかかったが見つけ出すことはできた。


 しかし、見つけた際には、銀髪の人間族の少女と黒髪の馬獣人の男の二人と一緒に行動しており、サラの魔眼は複数の相手に同時に魅了することはできないため、青年が一人になるタイミングを見計らって後をつけることにした。


 その結果、宿屋で青年たちが眠りについた後にこっそり忍び込み、魔眼の力で宝石の有りかを聞き出すことにしたのが、現状は姿を猫に変えられて枕にされている。


(猫になったこと自体も訳が分からないのに、身動き一つもできない!)


 サラが猫になってから十分程度時間が経ったが、未だに現状を理解できていない。


 真羅が行使した魔術は二つ。相手を獣に変身させる魔術と、相手を金縛りにする魔術。どちらも規模こそ小さいが、彼の卓越した技量によってかけられた術だ。そう簡単には解くことはできない。


 金縛り状態のサラの視線の先では、横になった真羅が寝息を立てて眠っている。


(というか……こいつの顔、めっちゃ整ってない?)


 困惑を通り越してた冷静さを取り戻したサラは、目の前の真羅の顔を眺める。


 濡れ羽色の艶やかな黒髪。美形揃いのエルフ族にも勝るとも劣らない中性的で整った顔立ち。


 正直、サラにとって物凄く好みの顔をしている。


(いやいや、今はそんなこと考えている場合じゃない! どうやったら元に戻れるんだ!)


 どうにか真羅の頭から抜け出そうと体を動かそうとするが、指一本動かすことはできない。


(くそー! どうしたらいいんだ!?)


 サラの奮闘空しく、夜は明けていくのだった。 


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