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魔霊と旅立ち  


 エルフの村に来てから一か月がたった。


 真羅の籠っている書庫に行くことは、すっかりレイルシアの日課になっていた。


 本日も早朝にレイルシアが書庫を訪れると、真羅は見慣れない何かを抱えて書物を読み漁っていたが、彼女に気付くと徐に口を開く。


「そろそろ、この村を出よう思う」


 いきなりで不意を突かれたが、レイルシアも彼のこの頃の様子から、ある程度察せていたため驚きは小さかった。


「やっぱり行くんだね……出発はいつにするの?」


「ああ、そろそろと言っても、後一週間はここにいるつもりだから、旅に出る準備はしといてくれ」


「分かった、エルドラたちにも伝えとくよ。ところで――」


 レイルシアは真羅が抱えている何かに視線を落とす。


「――その抱えているのは何なの?」


 初めは枕か何かだと思っていたが、真羅が抱えているものをよく見ると生き物のようだ。


 ふさふさとした青白い毛並みにつぶらな瞳、猫と鼬を足したような見た目をしているが、手足にはムササビのような被膜を持っており、幻想生物である雷獣に酷似した見た目をしている。その生物は真羅に抱えられながら、甘えるように頬にすり寄せていた。


「ん? こいつか? ナルカミだ」


 真羅はレイルシアに見せつけるように、ナルカミと呼んだその雷獣のようなものを両手でつかんで持ち上げる。

 持ち上げれたナルカミは、そのつぶらな瞳で興味深そうにレイルシアを見詰める。


「かわいい子だね。触ってもいい?」


「……別に構わないが、ちょっとビリッとするぞ」


 そう言うと真羅は、ナルカミをレイルシアの前まで持ってくる。


 レイルシアはその愛くるしい容姿のナルカミに引き寄せられるようにして、頭を撫でようとしたが――


「――気安く触るな」


 ナルカミが口を開き、拒絶の意志を示した。


「しゃ、しゃべった!?」


 ナルカミをただの動物だと思っていたレイルシアは驚き声を上げる。


「そりゃあ、魔霊(まれい)だもん。言葉ぐらい話せるよ」


 真羅は当然だとばかりに、同意を求めるようにナルカミの頭を撫でた。


「僕たちは魔霊だ。主が話せる言語なら僕たちだって話せる」


「――マレイ?」


 真羅とナルカミが言った聞き慣れない言葉に、レイルシアは驚きつつも首を傾げる。


「そういえば言ってなかったな。ごめんごめん」


 真羅も忘れてたと謝罪しながらナルカミを肩に乗せる。


「魔霊っていうのはだな。俺が造ったオリジナルの疑似精霊だ」


「オリジナル? あの五人とは違うの?」


 あれからレイルシアは五色の御遣いたちと交流を持つようにはなったが、彼女たち以外にも疑似精霊がいたことに驚きながらも、その正体について尋ねる。


「御遣いたちは、俺の家に伝わる秘術で造ったんだが、こいつら魔霊は俺の独自の製法で造ったんだ。ほらっ、こいつをよく見てみ。御遣いとは構造が違うだろ?」


 そう言って真羅がナルカミを指差したため、レイルシアは目を凝らしてよく見るが違いが分からない。


「正直、何が違うんだが分からないんだけど……」


「難しいか……魔霊って言うのは略称でな。正しくは“魔術精霊”って言うんだ」


 真羅は右手でナルカミを持ち上げ、左手には何らかの魔法陣を展開する。

 展開された魔法陣から青白い雷が放電し始めると、ナルカミもそれに対抗するようにバチバチと同じ青白い雷を出す。


「魔術精霊ってのは簡単に言うと、魔術に命を与えて精霊化させた存在だ。ほら、この雷とナルカミは同じ魔術が基になってるから性質が同じだろ?」


 真羅がそう言うが、レイルシアにはナルカミと雷の共通点が色が同じぐらいことしか分からない。


 魔術精霊とは、真羅が言ったように神威家の秘術を応用し、魔術そのものに命を与えることで精霊化させたモノであり、彼は魔霊(まれい)と略して呼んでいる。


 真羅が展開している魔術は【神聖なる神鳴り】といい、常闇の精霊に痛手を与えた術、【聖なる神鳴り】の強化改良型であり、ナルカミはこの魔術を基にして生み出されている。


「【神聖なる神鳴り(ナルカミ)】はただの魔術じゃない、精霊の側面も持っている。魔術と精霊の二つの要素を併せ持つのが魔霊。すなわち、魔霊とは、意志を持ち、成長する魔術と言っていい」


 真羅の解説に、ナルカミはどうだと言わんばかりに得意顔で胸を張り、そのふさふさの胸部を見せつける。その愛らしい姿にレイルシアは非常に撫でまわしたくなったが、先ほど拒絶されているためここは堪える。


「とりあえず、シンラは非常識な魔術師ってことは分かったよ……その魔霊って子たちは他にもいるの? いるなら紹介して欲しいんだけど」


 レイルシアは真羅のやっていることの非常識っぷりを再認識し、深く考えることをやめた。


 ナルカミの様子からあまり歓迎はされていないようだが、レイルシアからすればまた一緒に旅をする仲間が増えるということになる。それならば旅に出る前に把握しておきたい。


「紹介か……千を超えた辺りから数えてないからな……名前とかはちゃんと憶えてるけど、何人いるかは正直、俺も把握してないんだよな……」


「えっ、そんなにいるの!?」


 想定外の数にレイルシアが驚きの声を上げる。

 彼女は精々十数人程度と考えていたが、その予想を軽く裏切られる。


「う~ん、一万人はいると思うんだけどな~。何なら自然発生もするし、紹介はし切れないな」


「えっ、自然発生もするの!?」


 真羅はさらっと言ったが、再びレイルシアが驚きの声を上げる。


 精霊を造るということ自体が非常識なのに、さらに自然発生までするのだ。驚かない方が無理な話である。


「宿してた術式や、行使した魔術の残滓なんかからな。何か知らないうちに生まれちゃってて……」


「新たな精霊が自然に生まれるって、それってもう女神さまを越えちゃってるよ……」


 レイルシアは驚愕を通り越して、もはや呆れてしまう。


 女神ストレイアですら、精霊は自身の力と意志によって生み出しているのに、それが自然に起こっているのならば、真羅は神の域を超えてしまっていることになる。

 彼の所業は、レイルシアの理解できる域は遥かに超えてしまっている。


「言ったろ、俺は“世界”だって」


 呆れかえっているレイルシアをよそに、真羅はナルカミを抱えながら得意げに笑っていた。


「俺はこいつら魔霊が生まれ住む世界そのものなんだよ」


 笑っている自身の契約者を見ながら、レイルシアは頭を抱える。


 真羅のことを少しは分かってきたと思っていたが、彼のことを理解するにはまだまだ時間がかかりそうだ。







 真羅とレイルシアが一週間後に旅立つことは、エルドラを通じてすぐさま村中に伝わった。


 顔見知りになったリアたち魔法使いには、旅立ちを惜しみ、中には引き留める者もいたが、真羅の意志は固かったため、納得して彼たちを送り出すことにしてくれた。その際に餞別として、旅に役立つ魔導品(アーティファクト)や魔法薬等を用意してくれた。


 しかし、他人の力に頼りたくない真羅は受け取りを拒否しようとしたのだが、親しくなった者たちの善意を無下にするのは悪いと内からエルマに指摘されたため、大人しく受け取ることにした。


 旅立ちの日の前日になると送別のための宴が開かれることになり、真羅はこれもまた拒否しようとしたが、流石にレイルシアに怒られて無理やり引きずられ参加することになった。

 

 初めの宴以降、村の外に出ることはなく、書庫に訪れた魔法使いたち以外との交流がなかったこともあり、真羅は村人たちからは印象はあまりよくないと考えていたが、レイルシアと契約した彼の話はこの閉鎖的なこの村では常に話題の中心になっていた。

 また、レイルシアが常闇の精霊との戦いのことを村中で話し回っていたこともあり、神話で語られた闇の精霊を撃退した彼の周囲の認識は聖人から英雄へと移り変わっていた。


 その影響もあり、宴が始まると真羅に村人たちが殺到し、初めの時以上にもみくちゃにされた。


「――やっぱり、参加するんじゃなかった」


 真羅は参加を後悔していたが、村人たちは大満足だったようだ。




 宴の翌日、旅立ちの日が訪れた。


 人目を忍んで潜む魔術師からすれば、目立つ行為自体に抵抗があるため、見送りは真羅の希望により、一部の顔見知りのみにしてもらった。

 そのため、村の東門に集まったのは、村長であるエルドラと書庫で交流を深めたリアたち魔法使いの面々だけだ。


「寂しくなりますな」


 エルドラが別れを惜しむように口を開いた。

 

 この一か月間、エルドラを含めたリアたち魔法使いとは神秘について語り合い、時には術を教え合い親睦を深めた。彼らはこの世界では唯一といっていい魔術師である真羅の同胞とも呼べる仲になっていた。


 彼らと別れるのは少し寂しさというものを感じるし、もっと神秘について共に探究したいという思いもあるが、それ以上に外の世界への好奇心の方が勝る。


 この世界には地球にはない、未知の神秘が溢れているのだ。一ヶ所に留まって研究を続けるより世界を回った方が得られるものは多いだろう。


「色々、世話になった。ありがとう」


 真羅は感謝を込めて頭を下げる。


 ここで得た知識は神秘のことだけではない。この大陸の地理やそこに住まう種族など様々なことも、エルドラの書庫を読み漁り学んだ。この知識は必ずこの旅にも役に立つものだろう。 


「感謝するのはこちらです。村を救っていただいただけでなく、この村では知り得ない知識を持ち込んでくれました。改めてお礼を申し上げます」


 エルドラもまた礼儀正しく頭を下げる。

 

 真羅はただの村を救った英雄というわけではない。他との交流が少ないこの村に、異世界である地球についての知識という、とても貴重なものをもたらしてくれた存在だ。彼らからしても皆、真羅に感謝しているのだ。


「そして、レイルシア様についてもどうか宜しくお願い致します」


「もう、エルドラは心配し過ぎだよ。一応、ボクはこの中だと最年長なんだよ」


「その割には末っ子感が強いがな」


「ひどい!」


 皆から笑い声が上がる。


 この村の住人にとってレイルシアは神聖な存在であると同時に、何処かほっておけない妹のような存在でもあるのだ。その妹の旅立ちに当然寂しさもあるが、それ以上にこの森から出ることができない彼女に成長の機会がもたらされたことを嬉しく思っていた。


「――さてと、行くか……」


 真羅は今一度に皆に頭を下げると、門から村の外に出た。


「――来い。ライド」


 そう呟くと、真羅の目の前に突如として漆黒の馬が現れる。


「おお! これがシンラ殿の魔術!」


「なんと緻密で複雑なんだ」


 リアたちが真羅の魔霊を目の当たりにし、感嘆の声を上げる。


 現れた馬は、見た目こそ黒いメンコと三つの星が描かれたゼッケンを付けた、艶やかな黒鹿毛のサラブレットにしか見えないが、彼もナルカミと同じれっきとした魔霊であり、名は【疾走する優駿(ライド)】という。

 この術は魔力によって移動用の馬を造り出すものだが、精霊化したことにより元の魔術よりも遥かに成長しており、戦闘能力も高くなっている。


 真羅はライドと呼んだ魔霊の馬の鞍にまたがり手綱を握る。


「こいつの名前はライド。結構友好的な魔霊だから、俺以外が乗っても大丈夫だ」


 そう言うと真羅は馬上から手を差し伸べる。


 ライドはナルカミとは異なり、真羅以外の者に触れられても嫌悪感を懐かない珍しい魔霊だ。そのため、真羅以外の者を運ぶ際に呼び出される魔霊だが、彼以外を乗せること自体が少ないため、機会にはあまり恵まれていない。


「みんな、行ってくるね!」


 レイルシアはエルドラたちに笑顔で手を振ると、差し出された真羅の手をがっちりと掴んだ。 


「よし、引き上げるぞ!」


 真羅はレイルシアを馬上へと引っ張り上げて後ろに乗せた。


「さあ、ライド。飛ばしていくぞ」


 久々に呼び出されたライドは、気合を入れるように嘶くと、大地を蹴り駆け出していく。


「いざ、亜人の国、ミナマンディーへ」


 駆けだしたライドは徐々に速度を上げていく。次第に彼らは黒い風となり、精霊の森の木々の合間をすり抜けるようにして東に向かって進んで行くのだった。 


 

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