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エルフの少女と属性適性 


 常闇の精霊との戦いの翌日。エルフの村では宴が開かれた。


 闇の精霊の脅威を祓ってくれた真羅への礼のために行われた宴である。

 また、真羅がレイルシアと契約したことは、村長であるエルドラと通して村中に瞬く間に広まってしまった。


 この世界において光の精霊とは、女神の眷属であり、神話において魔神とその眷属である闇の精霊や魔物と戦い世界を救った神聖な存在として信仰の対象になっている。


 堅苦しいことが苦手なレイルシアの要望により、彼女は村の一員として気軽に接してもらっているが、本来ならば神殿や社に収まって祈りを捧げられるような存在だ。


 そんなレイルシアと契約した真羅は、一種の聖人に近い存在とされ、宴の際は祭り上げられもみくちゃにされた。


「――もう二度と家の外には出ない」


 そんなこともあり、真羅はまるで引きこもりのような発想に至り、宴の翌日からエルドラの家の地下にある書庫に籠るようになった。


 村長であるエルドラの家はこの村の中では一番大きく、その地下にある書庫もかなり広さを誇っていた。


 壁一面に設置された棚には、書物が所狭しと並んでおり、真羅の探究心を大いに駆りたてた。

 知識の宝庫であるこの書庫では、大陸や国の歴史についての書物もあるが、その大半は魔法などの神秘に関わるものであり、真羅はすべて余さずに読むことを心に誓った。


 まず初めに真羅は入口付近にある本から読むことに決める。

 書庫内の本は綺麗に整頓されており、ジャンルごとにきっちりと整理されて収められていた。

 入口付近の棚に収められていたのは魔法の属性についての書物であり、真羅は一番端にあったものを手に取る。


「属性とその適性についてか」


 その本の表紙には、「魔力と属性への適性についての考察」と書かれていた。


 この世界に召喚された際の恩恵で、真羅はこの世界の文字であっても問題なく読むことができる。仮に読めなくても、自前で翻訳や解読の魔術を使用できるので問題はない。

 

 真羅は手に取った本を読み始めると、ものの数分でその一冊を読み終えた。


「ふーん。この世界でも魔力特性と属性適性の概念があったんだな」


 本の内容はタイトル通り魔力の属性適性についての考察だった。


 属性についてアーセル王国の王都にいた際、人の魔力はそれぞれ属性を持っていると教わった。魔法の研究者である宮廷魔導師により詳しく聞いた際には、“属性は生まれつき本人が保有する魔力の特性”であると言っていた。


 この考えは間違っている。


 現代魔術学において属性というのは、魔力特性とは異なるものであり、五大元素に基づく、火、水、風、地、空の五つとそのどれにも該当しない、無の六つのことを示している。


 この世界における属性の分類は五大元素ではなく、神と精霊の力に由来する、火、水、風、土、雷、木、光、闇の八つとそれ以外の無属性が属性となっている。


 そして、魔力特性とは、その者が持つ固有の魔力の性質のことであり、人によって異なり、似た特性があっても全く同じものは存在しない。


 魔力属性とはこの魔力特性から適性を判断して分別されるものであり、属性自体を魔力の特性というのは間違っている。

 従って、この世界において一般的な考えである本人の持つ“魔力の属性”という考え方も違っており、本人の持つ“魔力の属性適性”という方が正しいだろう。


 この本の内容を要約すると「魔力には属性とは異なったそれぞれの固有の特性があり、属性はあくまでも、その特性に基づく八属性への適性のことを指している」という考察が書かれていた。


 王城にいた頃に属性を判定する魔導品(アーティファクト)をこっそりと調べたが、あれは流された魔力に対して、一定以上の適性を示した属性に反応する仕組みになっていた。より厳密にいうと、流された魔力の八属性に対する適性を十段階に評価し、七以上の数値を示した属性に反応するものだ。


 真羅で例えると、彼の魔力の八属性に対する適性は全て十段階中の六であったため、どの属性も反応しなかったのだ。


 ちなみに地球における基準による真羅の魔力の属性適性は、五大属性全てにおいて平均以上の適性と判断されており、特段高いわけではないが低いわけでもないという適性だ。


「この世界じゃ、一般的な考えじゃないのにな。さすがエルフの長の書庫といったところか」


 さっそくこの世界では一般的に広まっていない情報を知れたことで、この書庫に対する期待が膨らむ。


 真羅が次の書物に手を伸ばそうとした時、入口の階段から足音が聞こえてくる。


「失礼します」


 礼儀正しくノックがされた後に扉が開けられる。

 

「こちらにおられたのですね。シンラ殿」


 現れたのはエルフの少女。


 昨日に助けたリアという名のエルフの魔法使いだ。


「ああ、君か……リアだったか。目が覚めたんだな」


 リアは闇の瘴気の侵食を受けたため真羅が治療を行って村まで運んだのだが、昨日までは眠ったまま目覚めてはおらず、言葉を交わすのは初めてである。


「はい。昨日は助けていただき、誠にありがとうございます」


 リアは礼儀正しく頭を垂れて礼を言う。

 

「ああ、後遺症は出てないようだな。無事で何よりだ」


 真羅は安堵したようなことを言うが、彼女の安否については心配していなかった。


 応急処置とはいえ、完璧な治療を行ったので、助かったのは彼からすれば当たり前だ。むしろ、今日まで目覚めていなかったことの方が不思議なくらいである。


「はい、シンラ殿は命の恩人です。あなたがいなかったらレイルシア様共々命はなかったでしょう」


 実際、真羅がいなければレイルシアは常闇の精霊にやられていた可能性が高いし、リアに関してはあのまま瘴気を放置していれば命に係わっていただろう。

 

「それで何の用だ。礼を言いに来ただけか?」


 真羅からすれば、リアの命を救ったのはたまたまであり、特段礼を言われるようなことをしたとは認識していない。


 正直に言えば、彼女の容態よりも、この書庫の書物の方が彼にとっては重要だ。ただでさえ、昨日は宴で余計な時間がかかったのだ。無駄な時間は掛けたくはない。


「いえ、何かあなたのお力になりたいと思いまして、何かお手伝いできることはないでしょうか?」


「手伝いって……」


 急に力になりたいと言われても、他人の力を借りること好まない真羅にとってはありがた迷惑なことである。


「特には――いや、確か……」

 

 ここでふと昨晩のエルドラとのやり取りを思い出す。

 彼から、リアは若いがこの村では一番の魔法の使い手であると聞いていた。


 真羅は彼女よりもエルドラの方が明らかに力が上だと見抜いているため「貴方よりもか?」と尋ねたが、彼は自分はすでに一線を退いていると言ってはぐらかされてしまった。

 

「リア、君はこの本についてどう思う?」


 真羅は若手かつ魔法の腕が立つエルフであるリアに、魔力属性についての意見を求めてみる。

 彼女の認識次第では、今後の神秘について議論を交わす価値があるかもしれない。


「――これは……魔力の属性適性についての考察ですね。以前に私も読んだことがありますが、これは正しい考えだと思います。世間では属性は魔力の特性という考えが一般的ですが、魔力の特性は属性とは別であり、魔力の特性は人ぞれぞれで誰一人として同じものはないと考えています。まぁ、これは私の自論になるのですが……」


「――正解」


 リアの意見に、真羅は思わず呟いてしまう。


 彼女は属性適性のことだけではなく、固有の魔力特性についても把握しているらしい。


 アーセル王国の宮廷魔導師と宮廷魔法師も誰一人として、この考えに至っている者はおらず、皆揃って属性を魔力特性と勘違いし、無属性とされた真羅のことを、貴族のように表立って侮蔑する者はいなかったが、内心で見下していた。


「リア、君の考えは正しい。その考察を踏まえて自分の特性はどのようなモノだと思っている? ああ、答えたくない場合は言わなくても良いが……」


 真羅はリアの考察を肯定し、魔力特性についての意見も求める。


 しかし、魔力特性とは、個人のDNA情報のように自身のプライバシーに関わる内容のため、気軽に他人に教えていいものではない。そのため、真羅は返答の強要をしなかったが、この世界に来て初めてまともな神秘の話ができると目を輝かせていた。


「私の属性は風と雷のニ属性だと言われていますが、私自身の魔力特性に名を付けるならば“嵐”。魔力特性は“嵐”と仮定しています」


「――正解」


 真羅は再び呟く。


 リアと出会った際に治療のため彼女の魔力を調べたが、その際に分かった魔力特性は、嵐という表現が

正しい。魔力特性は人それぞれであるため、言葉にすれば同じ特性の者もいるが、厳密にいうと全く同じ特性というのは存在しない。


 それでも彼女の特性からは暴風や雷雲を生み出すことに長けており、名前を付けるとしたら「嵐」という言葉が相応しいだろう。


「君とは気が合うかもしれない。今後の考察や意見について聞かせてもらっても良いか?」


「――はい! 是非とも!」


 その後も真羅はリアと議論や情報交換を行った。


 これをきっかけに村の魔法使いたちに話が広がり、書庫では度々家主のエルドラを含め、彼らと交流するようになった。

 終始、蚊帳の外にされたレイルシアは不機嫌そうに頬を膨らませていたのだが。








 真羅がエルフの村にやってきてから一週間がたった。


 相変わらず真羅は書庫に籠って情報収集を続けており、リアたち魔法使いたちとの交流こそあるが外に出ることは全くなかった。 

 真羅は本日も変わらず書庫内の書物を読み漁っており、彼の隣ではレイルシアがその様子を退屈そうに眺めていた。


「そう言えば……前に変質について教えてくれたけど、結局シンラは何に変質してるの?」


 ひたすらに黙読を続ける真羅に痺れを切らしたのか、レイルシアがふと以前から気になっていたことを問いかける。


 出会った日に尋ねた際には、軽率に話せないと断られてしまったが、今の彼らは精霊契約をした仲であり、ある種の運命共同体と言ってもいい関係だ。

 今なら答えてくれるのではないかと、レイルシアは期待を膨らませ、キラキラした瞳を真羅へと向ける。


「ん? ああ、俺の変質についてね……別に構わないけど……」


 問いかけられた真羅は、どこか歯切れの悪いように口を開く。


「やっぱり答え辛いことなの?」


「いや、そういう訳じゃないんだけどな……」


 真羅は頬を掻きながら、そっと本に栞を挟んで閉じる。


「一言でいうと、俺は“世界”に変質している」


「――? 世界?」


 真羅からの答えに、レイルシアは意味が分からず疑問符を浮かべる。


「まあ、言ってもよく分からないよな……実際に見せてやれれば理解できると思うんだが……それもちょっとな……」


 説明し難いことなのか、どうしたものかと、真羅は頭を掻きながら暫し考え込む。

 

「前にもちょっと言ったが、変質には主に二通りのパターンがあって、生物か無生物に変化する場合があるんだ」


「生物と無生物? それって犬や猫みたいな他の生物になる場合と、水や鉱石みたいな無生物になる場合があるってこと?」


「そう、よく聞いてたな。偉いぞ」


 真羅に褒められて、レイルシアは「えへへっ」照れくさそうに笑う。


「身体の一部分程度ならあまり問題が無いが、他の生物に変質した場合よりも、無生物に変質した場合は生命活動に支障が出ることが多いんだ。例えば、岩石に変質した場合、爪や皮膚の一部ぐらいなら良いが、心臓みたいな重要な臓器なんかが岩石になったらもう生きてられないだろ?」


「たしかに――私は精霊だがらよく分からないけど、生き物がそうなったら生きていけないね」


 そもそもレイルシアは生物とは異なる自然の化身である精霊だ。実体化はしているが、体内は生物のように臓器があるわけではないので、例えが少し分かり辛かったようだ。

 

「だから魔術師は、重要な部位が変質した際は、魔術で元の肉体を維持するんだ。まあ、無生物に変質した時点で生物としては死んでるみたいなもんだけどな」


 生物が無生物になるということは、それ即ち“死”だ。


 無生物に変質してしまった魔術師は、すでに人間としては死んでいると言えるだろう。

 真羅は笑っているが、レイルシアの胸にはある不安が募る。


「そして、俺だが。その無生物に全身が変質してしまったから、その全身を魔術で維持してるんだ」


「――ッ、それって大丈夫なの?」


 レイルシアの不安は的中する。


 真羅は以前に自分の全身が変質していると言っていた。それは自分が生物としては真っ当に生きていけないということである。

 彼は常に全身を変質という病に侵され、魔術で維持しなければ生きていけないということだ。


 しかし、真羅はレイルシアの心配を特に気にする様子はなく、笑顔のまま話を続ける。


「ああ、俺の場合は常に肉体を維持してるから問題は無いよ。戦闘時や消耗している時は、部分的に肉体化を解いてしまうことはあるけど、一時的な事だし、全身の解除はやった事が無いな。まあ、どうなるか推測は出来るけど、気軽には試せないからね。だから、直接見せて説明してやることも難しいんだ」


 肉体化を解除することは、真羅にとって死に等しい。身体の末端だけなど部分的に解除する分ならば問題はないが、それだけでは説明することは難しい。

 無論、魔術師である真羅にとって生物的な死など大した問題はない。たとえ自身の身体が無生物になろうと、自己を維持しているのならば、魔術師としては生きていると言えるからだ。


 実を言うと、もっと簡単で分かりやすく変質を見せる方法はある。

 レイルシアを霊体化させて真羅の中へ宿ってもらい、直接その目で彼の正体を見ればよいのだ。


 しかし、それをすれば真羅はともかく、彼の精霊たちは黙っていないだろう。なんせ、彼の精霊たちは異物を拒む傾向にある。契約して日が浅いレイルシアでは、常闇の精霊の二の前になってしまう可能性が高い。


「まあ、俺の変質については機会があれば見せるよ」


 これから一緒に行動する以上、真羅の変質を見る機会はいくらでもあるだろう。


 レイルシアは腑に落ちない部分はあるものの無理やり納得することにした。


 彼女の心配をよそに、真羅は再び本を開いて読み始めるのだった。


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