青空の円卓
空の果て、天上の頂にて輝くは眩き太陽。
七色の輝きの下、広がるは白き雲海。
そんな地上よりも天に近い雲の上に異質な物体が置かれていた。
木製の円卓と十四個の椅子。
そして、その椅子の幾つかには人影が見える。
当然のことだが、本来雲の上に乗ることなどできない。そんなことができるは物語や空想の中だけだ。
にも関わらず、それらはそのふわふわと柔らかそうな雲を踏みしめている。
そんな誰もが一度は空想する“雲の上に乗る”という夢のような環境にも関わらず、円卓に集っている者の中には表情の優れない者がいる。
「……遅い」
苛立ったような声を吐き出したのは、軍服を纏い左目を眼帯で隠した女。
外見はまだ僅かに幼さが残っていて、少女から大人の女性へと移り変わろうとしている年頃に見えるが、露出した片目を瞑り不機嫌そうに腕を組んでいる様は、纏っている軍服と相まって“教官”といった雰囲気を醸し出している。
「ふぉっふぉっふぉ。焦んなさんな、お嬢。皆が時間通りに集まったことなど一度としてないじゃろうて」
軍服の女を諫めるように、向かいの席にすわっていたふさふさの白い髭を蓄えた仙人のような風貌の老人が声を出す。
「老師。お嬢はやめていただきたい。そもそも私と貴殿の年齢は然程変わらない」
「ふぉっふぉ。時間も歳もここでは些細なことじゃ。焦らず気長に待っていれば、そのうち集まるじゃろう」
「……この非常時にそんな悠長なこと言っていられませんよ」
老人の言葉に対し、軍服の女は呆れと諦めが入り混じった溜息を吐く。
「ふぉっふぉ。そういえば、“アンヤ”の姿が見えんが奴はどうしたんじゃ? 先ほどまでワシの隣に座っていた気がしたんじゃが……」
「アンヤなら連絡の着かなかった者を呼びに行った」
老人の疑問に答えたのは、彼の右隣りに座っていた白装束を纏った美青年。
この世のモノとは思えないほど整った凛々しい顔に、服越しでも分かる無駄をいうモノが一切存在しない鍛え抜かれた身体。艶やかな白髪からは老いといったものが一切感じられず、目を瞑り瞳が隠されていることにより一層彼の神秘的な風貌を引き立てている。
唯一、不自然さを覚えるのは、頭部に神々しい金色の角が生えていることぐらいだ。
「あ~、そういえばそんなこと言ってたの。すっかり忘れていたわい」
「しっかりしてくれ。まだボケるような年齢ではないだろう」
「いや~、すまんすまん。最近は物忘れが激しくての~」
「……」
冗談交じりに笑う老人に対して、白装束の青年は瞑想でもしているかのように、目を瞑ったまま表情を一切変化させない。
「今のそいつに何を言っても無駄だぜ」
行儀悪く姿勢を崩して座っている“狼のような耳”を生やした少年が嘲るような笑みを浮かべる。
「衝動的に命令無視って勝手に吹っ飛ばしちまったんだ。そいつのクソ真面目な頭ん中は自責の念で破裂寸前だろうよ」
「……」
小馬鹿にするような物言だったが、白装束の青年は口を閉じたまま全く反応を示さない。
「何だ? 喋る余裕もないのか? せっかく白装束なんて着てるんだ。主の前で腹切りでもしたらどうだ? ああん?」
獣耳の少年の言葉には嘲りだけでなく明確な怒りと敵意が含まれており、今にも殴り掛かりそうな攻撃的な空気を纏っているが、それでも白装束の青年は一切の関心を示さない。
「やめなよ、犬っころ。このままだと“ライ”が本当に切腹しかねない」
今にも飛び掛かりそうな獣耳の少年を、隣に座っていた少女が諫める。
「誰が犬だッ! この変態女ッ!」
可憐さと美しさが両立した老若男女問わず魅了してしまう美貌、紅蓮に燃え盛る炎と眩く輝く黄金が織り交ざった長髪を三つ編みにし、人には備わっていないないはずの翼をその背に生やしている姿は、ここが雲の上であることも相まってまさに人ならざる“天使”だ。
そんな天使のような美少女を、獣耳の少年が変態と形容したのは、何も彼女の言葉に憤慨したからだけではない。
「つーか! 何でいつもいつも裸なんだ! 服ぐらい着ろや! この変態ッ!」
そう、この少女は全裸なのだ。
一糸纏わないその肢体には背の翼と同じ色の羽毛が生えているが、全身を覆うものではなく腕や腰回りなどの一部に装飾のように備わっているだけであり、とても服の代わりとしては用をなしていない。
隠すべき部分を堂々と曝け出しているのにも関わらず、少女に恥じらいといった概念は一切存在していない。
「変態とは心外だな。着る必要性を感じないから着ていないだけだ。それにわたしの体に恥ずべきモノなど存在しないさ」
などと堂々と言ってのける美少女は、己の体を見せつけるように両腕と両翼を広げる。
それに伴い、完全に曝け出された胸部の双丘も己を誇示するかのように大きく揺れる。
男性に限らず女性ですら虜にしてしまうその美しい肢体だが、この場では誰一人として興味すら示していない。
「死ねよ変態女。その羽根と胸抉んぞッ」
「今日はやけに吠えるな。発情期か? それともわたしの体は、坊やには少し刺激が強すぎたかな?」
「ガルルルッ!」
少年が獣のような唸り声を出して威嚇する。
標的を完全に白装束の青年から翼を持つ少女に変え、今まさに飛び掛かろうとしたその瞬間、少年の目の前にシャボン玉が現れ、パンッと音を立てて弾けた。
「うおっ?」
目の前で炸裂したシャボン玉に獣耳の少年の体が僅かに弾き飛ばされる。
「~シャボン玉飛んだ♪ 空まで飛んだ♪」
歌が響く。
聞く者全て魅了し引き込むような美しい歌声。
それに合わせるようにして再び何処からかシャボン玉が飛んでくる。
「~雲をも越えて♪」
飛んできたシャボン玉は歌に共鳴するように宙に踊り、空席だった椅子の上で静止する。
「~弾けて消えた♪」
――パンッ!
シャボン玉が弾ける。
それと同時に空席だった椅子に一人の海碧色の綺麗な髪の少女が現れる。
「やあやあ、みんな、元気? 私さまが来たよ!」
現れた少女は場違いな満開の笑顔を咲かせてウインクを決める。
「いきなり何しやがる!」
シャボン玉に弾かれた獣耳の少年が吠える。
ガルルッと低い唸り声を出して威嚇するが、現れた少女は笑顔を絶やさない。
「おー、わんちゃん! 久しぶり! 相変わらず血気盛んだね!」
「テメーが先に仕掛けてきたんだろうがッ! つーか誰がわんちゃんだッ!」
「わんちゃんはわんちゃんでしょ」
「殺すぞッ、魚女」
「もうー、ひどいなー」
少年が魚女と言ったように、少女の下半身は魚のソレであり、耳もヒレのようになっていて、まさに“人魚”といった姿をしている。
「遅いぞ」
眼帯の女が咎めるように言い放つが、人魚の少女は悪びれる様子はない。
「いや~、ごめんね。私さまってば水生だから雲の上まで来るのは大変なんだよ。それに1、2……まだ他に5人も来てないじゃん」
少女が言ったようにまだ円卓には一四席ある椅子の内の六つが空席であり、この場には彼女を含めて八人しかいない。
「バカ二人が遅刻なんていつものことだろ、メイド女が連れに行ったわ。つーか、俺を無視するな!」
「あー、あの2人か……まあ、めったにこないからね……アンヤとローシュは?」
「ボクならここにいるよ!」
老人の隣の席から赤黒い影が揺らめくと、真紅の瞳の少女――アンヤが現れた。
「フウちゃんとローくんを呼びに行ってたんだ。って、あれローくんは? 先に呼びに行ったんだけど――」
「――すまない。遅くなった」
アンヤの隣の席に音もなく白髪の美丈夫――ローシュが現れる。
「気にするな。お前は“ヤツ”の監視をしているのだ。連絡が届かないのは仕方ない」
不機嫌そうにしていた眼帯の女だが、彼の事情を知っているのか、特に気にする様子はない。
申し訳なさそうに頭を掻くローシュの後ろの方からどこからともなく複数の人影が現れる。
「シキ様とサクヤ様をお連れしました」
メイド服を纏った礼儀正しそうな銀髪の女性が礼をする。
整えられた艶やかな髪とその服装から瀟洒な印象と受ける女性だが、その華奢そうな両の腕で二つの人影を引きずっている。
右手では彼女とは対照的で手入れのされていないぼさぼさの白髪で目の下にクマができた白衣の若い女が何やらブツブツ呟いており、左手には額から二本の鬼ような角の生やした桃色の髪の幼女が酒瓶を抱えて幸せそうに眠っている。
「御二方、席に御着きくださいませ」
そう言うとメイド服の女性はその細腕からは想像もできない膂力で、引きずっていた二人を開いている席に放り投げた。
「うおっ!」
「くか―っ!」
突然投げられた二人は開いていた席に頭から激突する。
「いきなり何をするのだ。吾輩の偉大な頭脳が狂ったらどうするつもりだね!」
白衣の女はぶつけた頭は擦りながら文句を言うが、メイド服の女性は特に気にした様子もなく優雅に一礼する。
「無理やり連れてこられたうえにこの扱いとは……キミは親しき中にも礼儀ありという言葉を知らないのかね?」
「はて? そのようなモノは存じ上げませんね」
「まったく吾輩は研究が忙しいというのに……」
白衣の女はこの扱いに慣れているのか、ブツブツと文句を言いながらも席に着く。
「――う~ん、あれ~ここどこ~?」
席の上でひっくり返っていた桃髪の幼女がようやく目を覚ます。
「おはよう、酔っ払いの未成年飲酒ちゃん。会議の時間だ、シャキッとしてくれ」
「ぶー、妾は子供じゃないよう」
ローシュの軽口に対して、桃髪の幼女はぶーぶーと文句を言うが、その酒瓶を抱えた様はどう見ても未成年飲酒にしか見えない。
「ようやくそろったな、待ちくたびれたぜ」
メイド服の女性が開いている席に着くと、着物を着崩して纏っている妖艶な美女が口を開く。
身に纏う色香とその美貌、着物から見え隠れする豊満な胸など、老若男女問わず惑わしてしまうような姿から“傾国の美女”という言葉がふさわしい女性だが、頭には狐のような耳を生やし、臀部からは無数の金色の尾が生えている。
「あれ~? セツがまだ来てないよ~」
「彼女は欠席。今回も代理はメイド長」
桃髪の幼女の問いに、今まで黙っていた天狗の面を着けた忍装束の女が答える。
忍装束の上から外套を羽織っており、顔を含め一切の露出がないため性別の判断が難しいが、胸部の膨らみや声音から女性であることが分かる。
彼女が欠席者と代理のことを告げるが、それでも空席は一つあり、まだ一人足りない。しかし、それを気にする者はこの場にはいなかった。
「それじゃ、会議を初めたい――が、その前に良い知らせがある」
狐耳の女性の言葉に周りは訝しむような視線を送るが、彼女はニヤリと笑みを浮かべる。
「我らが主は今回の件を踏まえて――ワタシたちを積極的に使っていく方針に決めたそうだ」
その言葉に対し、皆が驚きに立ち上がって歓声を上げる。
「マジかっ! やったぜッ!」
先ほどまで不機嫌そうにしていた獣耳の少年が歓喜の遠吠えを上げる。
他の者も皆同じように歓喜の表情を浮かべてざわついているが、白装束の青年だけは表情を変えず目を閉じたままだった。
その様子に気付いた狐耳の女性は、彼の心中を察して今度は苦笑を浮かべる。
「いつまでしょぼくれてんだお前はっ、いい加減気持ち入れ替えろよ! つーか、別に主はお前を責めはしねーよ。むしろ”よくやった”って称賛してたぞ」
「――ッ、本当か!」
青年は思わずといったように、他者たち同様に目を見開く。
「ウソは言わねーよ。さっき連絡がきたときに伝言を頼まれたんだよ」
「そうか……主は……すまない、感謝する」
「気にすんな。つーかお前に礼を言われると気持ち悪いからやめてくれ」
青年は律儀に頭を下げて礼を言うが、狐耳の女性は顔をしかめて辛辣なことを放つ。
「ほっほっ、浮足立っているところ悪いが、そろそろ会議を始めんか?」
老人が髭を撫でながら、騒がしくなったこの場をを諫める。
「だな。面倒事はとっとと片付けるか」
狐耳の女性が老人の言葉に同意すると、浮かれていた皆も大人しく席に着いた。
「では、これより血戒円卓会議を始めよう」
七色の太陽が燦燦と輝く空の中、広がる雲海の上にて、ここに集った十三人による円卓会議が開かれた。




