自分で蒔いた種は、自分で刈り取らなきゃな。お前は絶対に通さない。
『尾裂課長、私たちは冬神の居所を知っています』とヒトーに言われ、鎮守の森までやってきた。その間、ヒトーとは一言も口を聞くことはなかった。が、この無表情な鎧生命体が、私の復讐劇に必要な情報を握っていることだけは確かだった。
鎮守の森、目的の四季社では壮大な戦闘が繰り広げられていた。目の前に溢れる、赤、赤、赤。彼岸花のようなそれに埋もれるように、見覚えのある百鬼夜高の夏服を纏った少年が立っていた。手には、神器『神尽き』を携えて。
対して相手は、見覚えのない少女だった。紅葉色の鮮やかな髪をしていて、紅葉のあしらわれた着物を纏っている。指は天を指していて、そこにはめまいがするほどの大量の彼岸花が咲き誇っていた。
「なんちゃって☆ さすがにもう無理だから――」
と、少女は瞬きの間に老婆に変わっていた。鮮やかな髪の色と着物は、一瞬にして枯れたような色になり、腰の曲がった老婆がそこには立っていた。
「……どういうことだ」
ヒトーを見やるが、彼は無表情だ。
「楸枯葉じゃ、以後、お見知り置きを。そして逝ね」
私は聞いた、楸という姓を。それは出雲中央政府、文福刑部卿の知り合いであり、『朝までちぇりーぶろっさむ!』というアマチュアラジオを薦めた人物。この奇想天街の秋の神。
「そうじゃな。そして倒木の衝撃で、お主がわざわざ貯めこんだ曼珠沙華の毒が撒き散らされる。神経毒をひとつひとつ、その大振りな鎌で切り裂くつもりかえ」
周囲に撒き散らされた季節外れの彼岸花。秋神ならばそれを生成することは可能だろう。
「実り行く季節、死に逝く季節、暑さと寒さ、日差しと翳り、その多面性が『秋』という季節じゃ。『刈り取る者』ならそれくらい憶えておきなさい。そして、その総称こそが『楸秋姫』、以後、お見知り置きを」
四季裁山田はじめの周囲にあった大木の根元が灰色に濁り、彼目掛けて四方から倒れこんでいく。
「征け、管狐。尾裂流結界術『殺生石』」
状況はわからないが、戦うべき相手はわかる。この秋神は四季裁の邪魔立てをしているのだ。その向こうにある四季社に潜む冬神を守るために。
わたしのベルトから飛び出した管狐は、その尾を岩のように硬化させ、楸の背後から一撃を加えた。「かはっ、」という声とともに倒れこむ老婆。四季神といえども、物理的に干渉する一撃は効いたらしい。
これであの秋神が精製したらしい夥しい量の彼岸花は消滅した。が、倒れゆく大木だけは物理現象として起こっているため、キャンセル出来なかったようだ。
「はじめ君!」
鎧の巨体が飛び出していた。間一髪ではあったが、倒木の衝撃はあの鎧で受け止め、四季裁は無事のようだった。私は額に浮かんだ汗を拭って、一息つく。
そして、秋の神を見つめた。
「その社に隠しているものを渡してもらう」
「あ、誰だ、お前?」
起き上がったのは、創英角ポップ体で『秋の神様!』と書かれたTシャツにタイトなジーンズに身を包んだ女性だった。鮮やかな紅葉色の短髪。ガラの悪そうな眼でこちらを睨みつけてくる。
いつかの五穀豊商店街『居酒屋ぽっぽ』で起こった暴力事件を思い出す。たしかあのとき昏倒していた八尺様(0.八尺様)はこうLINNEで伝えてくれた。
『見慣れない奴が店を潰す勢いで酒を飲んで、挙句いまは金がないとか言い出したんだぽ。問い詰めたら、出雲中央政府に請求してくれればいいからって出ていこうとするから、八尺になって懲らしめてやろうと思ったら、めっちゃ強かったんだぽ_(:3」[_]』
『人型で何の特異生物かはわからなかったんだぽ( ˘ω˘) 』
『でも、髪は鮮やかな紅葉色だったんだぽ!₍⁽⁽(ી( ・◡・ )ʃ)₎₎⁾⁾』
結局犯人は捕まらずじまいだったが、おそらくこの秋神のことをいっていたのだろう。
「天網恢恢相談支援事業所、尾裂課長だ。文福刑部卿から通報を受けた。お前が、楸だな?」
「いかにも、と言いたいところだけど、あっちゃーだな。俺は楸紅葉。自分で蒔いた種は、自分で刈り取らなきゃな。お前は絶対に通さない」
「押し通る」
――ひまわり、ほたる。もう少しだ。
もう少しで。
※
「はじめ君、大丈夫か!?」
「……うぅ」
自分の身体が鎧で構成されていることを呪ったことはあまりなかったが、そのおかげで役に立ったこともほとんどない。冬は寒いし、夏は暑い。動けば邪魔だし、首はよく取れる。
が、いまばかりは頑丈な身体でよかったと思う。
私の身体にのしかかっている大木を退け、せっかく小谷間まどかが磨いてくれている鎧に傷がついてしまって少し落ち込む。幸いにして凹みは修復可能なレベルだから、事情を話せば彼女は修理してくれるだろう。
起き上がろうとするはじめ君に手を貸そうとしたが、いまは全身が真夏の太陽の光を浴びて灼熱状態になっているので、手を引っ込める。
「……」
彼は手に大鎌を持っていた。たしか彼が魑魅魍寮に越してくるときに、ひとつだけ黒い袋に覆われた棒状のものを運びこんだ記憶があった。それがこの大鎌なのだろう。代々受け継がれる『四季裁』としての役目。
私と小谷間まどかが出した推論は間違ってはいなかった。対四季裁用に警戒させておいた姦姦蛇螺が送ってきた『1』というメッセージ。『ヒトと交わっている四季神がいる』という情報のみで、尾裂課長を連れず、鎮守の森に即向うことのできる人物は、彼しか居ない。
「夏姫さんは説得できましたか」
しかし、この状況はなんなのだろう。秋神と名乗っていた楸と交戦し、彼女はあの四季社を守っているように思えた。
まるで尾裂課長を止めるために動いていた彼が、ただ機械的に四季社の夏姫さんを殺そうとしていたかのような。
「説得? どういうことです。罪を犯した神は排除しなければ」
「君は、誰だ?」
立ち上がる少年。虚ろな眼、糸で繰られたマリオネットのように人体の構造を無視した立ち上がり方。その声音は抑揚がなく、人口音声のように聴こえた。
「『魔女の遺産』ですか。私は『神憑』。罪を犯した神を屠る道具」
「乗っ取られて――」
春が終わる頃、魑魅魍寮に越してきた新しい住人、小谷間ともえ。その中に住まう稲荷いのという神性存在。それと同じようなかたちになっているというのか。内なる存在の義務感に押し負けて。ということは、いまこの状況は、はじめ君が夏姫さんを説得しようとしているわけではなく――。
「邪魔をしないでいただけますか」
「いえ、通せませんね」
こんな存在に夏姫さんを殺されたとあっては、魑魅魍寮で待っている憂姫に顔向けができない。ここに小谷間まどかはおらず、彼女の好む『鎧殻装着』はできないが、それでもここで私は立ち塞がらなければならない。
稲荷いのの攻撃も、あの大木の衝撃も防いだ、この頑丈な鎧なら。逆に小谷間まどかが居ない分、内部にヒトがいるというネックを突かれることもない。
はじめ君が奇妙な笑みを浮かべる。
「鎧、あなたじゃ私に勝てませんよ」
「やってみなければわからないでしょう」
「そうですか、では」
こつん。と大鎌の先が私の胸を小突いた。どんなものが来るのかと構えていたが、その程度かと私は驚いた。たしかにこの大鎌さえなければ、山田はじめという少年はただの痩せた人間であり、こんな大ぶりの武器を扱えるような筋力じゃ――。
「あ、あれ?」
なんてことはない攻撃。けれど、私は自分の意志に反して、膝から崩れ落ちていた。私を見下ろして、山田はじめが大鎌を肩にかける。
「鎧、あなたは特異生物ではありませんね」
「なに、を」
「死者の魂を鎧に定着させたのでしょう。どちらの魔女が知りませんが。よってあなたはヒトではなく、特異生物ではなく、ただの魂が定着し、魔女の呪いが残存しているだけの、金属の塊です」
「……思い、出せない」
「それほど長い期間、魔女の呪いが残存していたのでしょうね。おっと、最近、同種の魔女に新たに編まれた形跡がありますが。まあ、いいでしょう」
不意に小谷間まどかのことを思い出した。彼女がこの胸の紋章に触れると、妙な力がわき、自分が自分でないような気がして、記憶も曖昧になっていた。
胸の紋章。これが私を動かしていた。
「『神つ樹』はあらゆる法則改変をキャンセルアウトするものです。あなたというマリオネットの糸を掻っ切ったとでも言えばわかりやすいですかね。もっとも、まだ意識が残っているあたり、魔女の呪いの強さに驚いていますが、じきに途絶えるでしょう」
「わたしは」
伸ばした腕。手首から先のガントレットがぽろりと落ちる。地面から離れた物体は当然、重力に従って野に落ちるのだと言わんばかりに。肘から先が地面に落ち、ヒトー=ヴァン=フェッセンデンという意識も陽炎のように儚いものになっていく。
「……ま、まどか」
※
「ヒトーさん?」
「……どうしたのじゃ?」
「ヒトーさんに選んでもらったメガネが割れ――」
わたしは魑魅魍寮の玄関に辿り着いたころだった。小谷間ともえ(稲荷いの)を背負ったまま、真夏の猛暑の下でここで歩いてくるのは、ひ弱なわたしにとって心が折れそうになる仕事だった。ようやく寮まで帰ってきた――というところで、メガネにピシリと罅が入った。
「おい、見るのじゃ、まどか」
玄関に上がって靴を脱ごうとすると、視界がすべて凍りついていた。息も白い。外は酷暑だ、メガネは温度差に耐え切れなかったんだろうか。
「……なんだ、おかえり」
幽鬼のように廊下に立っていたその白い影は、この街の冬の四季神、柊憂姫だった。いつもの芋ジャージではなく、白い着物を着ている。長い銀髪は結われており、雪結晶の簪で止められていた。
「憂姫、どうしたの、それ」
「……仇を取るの」
次回:七十話。




