四季神の物語
鎮守の森、四季社。長い年月が経過したそのボロボロの社の前で、侵すべからざる聖域で、いくつかの戦闘行為が行われた。猛暑、蝉の鳴く中で、復讐をしようとするもの、それを止めようとするもの、守ろうとするものが争っていった。
山田はじめには、はじめ罪を犯した四季神である夏姫を説得するという意志があった。が、四季裁として動かなければならないため、代々伝わる神殺しの神具『神尽き』を携帯していったために、擬似人格『神憑』に乗っ取られて暴走することとなった。姦姦蛇螺、山田九十九(+穢見ル)を打倒し、ようやく夏姫を屠れるというところで、楸紅葉が立ちふさがった。その『神憑』の特性を理解した紅葉・曼珠沙華・枯葉の複数人格による攻撃で敗北し、そこをまだ山田はじめとして行動していると誤解していた鎧生物ヒトーに助けられることとなり、彼を屠った。
「罪深き神々に、罰を」
『神憑』の眼は、幾多の邪魔者の存在を乗り越え、ようやくその本来の仕事を果たさんと四季社を見つめていた。
※
「俺は楸紅葉。自分で蒔いた種は、自分で刈り取らなきゃな。お前は絶対に通さない」
「押し通る」
その一方で、尾裂課長は楸紅葉と相対している。妻子を殺した忌むべき八百万、冬神を殺すため、走り続ける尾裂課長だったが、ヒトーからの情報で冬神は四季社に匿われていると知り、ここまで来たのだった。
――ヒトと交わっている罪深い神は、自らと一緒に暮らしている榎夏姫であり、いま目の前の四季社で祈祷しているとも知らず。
また、楸紅葉は焦っていた。そもそもの発端は、出雲中央政府で文福刑部卿に、春神の『朝までちぇりーぶろっさむ!』というアマチュアラジオを薦めてしまったこと。意図していなかったとはいえ、この騒動には自分に責任があると、彼女は親友である夏姫を守るために、四季社の前に立ちふさがる。
――夏姫の愛した人間が、尾裂課長と知らず。
山田はじめ(神憑)、尾裂課長、楸紅葉。役者の減っていく舞台で、四季神を巡る復讐の物語は終焉へと近づいていく。
※
「『管狐』? ああ、尾裂って狐狗里の者か」
楸紅葉は額の汗を拭いながら、さて、どこで見聞きしたものだったけっと思案を巡らせた。ああ、そうだ。何年前か忘れたが、たしか出雲中央政府の神無月(神在月)の飲み会で聞いたんだった。『里の後継者が巫女を連れて駆け落ちしたのじゃ』と酔っ払った狐神がのたまっていた。
弾丸のように飛んでくる管狐を弾きながら、できるかぎり、四季社の前からは動かない。
「狐狗里といえば反出雲の急先鋒じゃなかったか。それがどうして出雲の出先で働いている。里をそれほどまでに憎んでいたのか?」
「お前には関係のないことだ」
ぎりり、と目の前のサラリーマン風の男は歯ぎしりをする。
「それにしても、四季裁でもない、ただ狐術が使えるだけのヒトが、八百万の神様に抗おうなんていい気になるなよ」
「……その傲慢さが気に食わんのだ。尾裂流結界術『白面金毛』」
もう少し余裕があれば、世にも珍しい狐術を堪能できたわけだけど、さすがに曼珠沙華・枯葉と別人格の大技を使って、消耗が激しかった。四季裁さえ屠ればこの場は切り抜けられると思っていた。
一番負担のない紅葉の人格でいるのだけど、これも自分の季節ではないから万全ではない。
『白面金毛』
術者の血液を媒介として、空間に配置された管狐が三角形が三層ならぶ九芒星を形成する結界術。肉弾戦を主とする紅葉にとって、戦いづらい相手にあたってしまったのは不幸としか言えない。が、ここはどうやったって切り抜けなければならない。
捕縛しようとしているのだろう。こちらは四季社を前に動けないわけだから、その判断は正しい。あとで夏姫には何か奢ってもらうとして、ここは多少無理をさせてもらおう。
「楸曼珠沙華!」
指を高く上げ、秋の信仰の力を消耗しながら、曼珠沙華を生成する。触れれば、人間妖怪問わず効果のある神経毒が発動する。狐の数と同じ9つ生成し、こちらに飛んで来る結界に対して向かいうとうとしたその瞬間――
「そう来るならば、」
「へ?」
尾裂はわたしの動作を見ただけで結界を緊急解除し、曼珠沙華の精製がまだ完了していない段階で、生身でこちらに向かってきた。幼女形態である曼珠沙華では大人の物理的な力に対応できず、首を掴まれる。そのまま、持ち上げられて、脚が浮く。
「……か、かはっ」
曼珠沙華召喚は四季魔法のひとつ、いわば法則改変。その原理は、強い意志と説得力で、この世界を支配している法則を説き伏せること。「ああ、そうだ。そうだね、そこに曼珠沙華があるべきだ、ごめんごめん」と言わせることだ。が、こんな状態では……。
次々と曼珠沙華が消えていき、わたしは両手で彼の手首を掴んでいるが、こんな少女の力ではどうにもできない。
「調子に乗るなよ、人間風情が!」
近づいてきたなら逆に好都合だった。曼珠沙華から紅葉の形態に戻り、身体のバネを利かせて蹴りを入れようとする。が、大人の肢体になったのを見るやいなや、バックステップで距離を取られる。
「くそ」
――さすがは対特異性物の相談事業所なんてやっているだけのことはある。
そう認めざるをえない。おそらくはこれまでの問題解決の経験値と、狐狗里で培った狐術が最適化されて、目の前の敵の中で調和をしているのだ。形態変化をする度に消耗していくのでは、ジリ貧になってしまう。
「尾裂、どうしてそこまでこの仕事に拘る」
再び結界術を発動される前にダメ元で聞いてみたものの、これが彼の琴線に触れたのか、動きが一瞬固まった。そこで距離を詰めて攻撃――なんてこともできたのだが、純粋に理由を聞きたかった。なぜなら。
「四季神を裁くのは、文字通り四季裁の仕事だ。そいつに依頼をしたのなら、わざわざ事業所が出張る必要はない。なのに、お前は四季裁に依頼したにも関わらず、自分で四季神を殺そうとしている。なぜだ? そういう性癖か?」
「冬神に家族を殺された」
「冬神ぃ?」
目の前の男の言っていること、ひとつは理解できるが、ひとつは理解不能だった。たしかにこの奇想天街には数年前、柊憂姫の母親が裁かれる事件があって、未曾有の大雪害が起こったことがある。死者の数も公表されていたから、そこに巻き込まれてしまったのだろう。不幸なことだ、同情する。
だけど。
「冬神はそこにはいないぜ?」
「隠し立てをするな。ヒトーから聞いている」
「だっていまは夏だ。四季社には夏神が祈祷しているに決まっているだろ? 憂姫はちみ――おっと、居場所は俺だって知らないのに」
「……どういうことだ」
男は本当に戸惑っているようだった。うだるような暑さの中で必死に頭を働かせる。四季裁とこの男は『ヒトと交わった四季神』を裁くために動いているはずだ。にも関わらず、この男はその手で直接冬神を殺したいと言っている。
しかし、自分の知る限り、ヒトと交わっているのは、榎夏姫のはずだ。
――誤解?
『朝までちぇりーぶろっさむ!』から得られる情報は、『ヒトと交わっている四季神がいるかもしれない』ということと、『それは春神でもなく、秋神でもない』ということだ。
もしかして、憂姫の母親が禁忌を犯したから娘も当然そうするだろうと、冬神をそうだと思っているのか。俺たちなら、憂姫がそんなことをするわけがないと簡単に推測ができるが、外部から見れば、たしかに一番あやしいのは憂姫に見えるだろう。
そして、誰かが四季社に冬神が匿われているという嘘をこいつに伝えたんだ。
「まったくめんどくさい話だな」
憂姫は魑魅魍寮にいる。そして魑魅魍寮は出雲中央政府の捜査網に引っかからないステルス性を有している。この誤解を継続させたまま、この場を収める方法を俺は思いついた。
「おっけー、おっけー。わかった。夏神に挨拶しようとしたら襲われてたもんで応戦しちまったが、どうやら俺の勘違いのようだ。ここに冬神はいないぜ。ヒトと交わった罪深い神様はここにはいない」
「そうかといって引き下がるとでも思うのか?」
「そんな怖い顔するなって。証拠を見せてやる。祈祷中の四季神の生姿だ。で、この中に冬神がいなければ、お前はここで暴れる理由はない。そうだろ?」
男は渋々といったふうに頷き、俺は彼の奇襲を十分に警戒しながら、四季社に向かっていく。ボロボロの四季社、相対するのはおよそ九ヶ月ぶり。この街に信仰というものが生まれた頃からあると言われる、鎮守の森のコアと呼ぶべき存在だ。
「もっしもーし、楸さんだけど、お邪魔しまーす」
尾裂に見えるように観音開きの扉を開けると、そこには巫女装束の少女がいた。ひまわりのような明るい髪の毛に、小麦色の肌。座り込んで、魔法陣の中央で祈っていた彼女は、突然の来客に驚いたように顔を上げた。
「ひさ……、どうしたの?」
「おひさ。貴女に用があるヒトがいて――」
「……どうして、貴方がここに」
こんな夏姫の表情は初めて見た。絶望の淵に沈んだような黒い瞳で、床に手をついて呆然としている。口はわなわなと震え、その動揺に呼応するかのように魔法陣が力なく明滅する。
「夏姫? え、えっと、ほら、尾裂、ここに冬神はいないだろ? 隅から隅まで見ていいぜ、満足したら帰ってくれよ! って、尾裂?」
振り返ると、そのスーツ姿の男は膝から崩れ落ちて、まるで鏡写しのような表情で四季社の中を見つめていた。後悔を濃縮したような漆黒の瞳で、理解できないと言わんばかりに首を振っている。
「……夏姫。どうして」
腕が伸ばされる。
「どうしてそこで祈っているんだ、夏姫。それじゃあ、まるで夏神みたいじゃないか」
※
四季神を巡る復讐の物語は終焉へと近づいていく。
「まったくめんどくさい話だな」
\そーだそーだ!/
次回:神憑vs




