『罪深い』じゃない、『気に入らない』だろ? 言葉は正しく使いな
奇想天街の鎮守の森――、四季を操る四季神が祈りを捧げる場所、四季社。蝉鳴く盛夏の神域で、生死を賭けた戦闘を繰り広げている2つの影があった。
ひとつは百鬼夜高の夏服を纏った山田はじめ――の精神に上書きをされた『神憑』。四季裁として、ヒトと交わるという大罪を犯した夏神を葬るため、大鎌『神尽き』を振るう。
その神器に与えられた能力は2つ。ひとつは『神憑』。身体能力で劣り、魔法も使えない人類が、神々を屠るために用意された擬似人格。
もうひとつは『神つ樹』。法則改変を原理とする四季神(八百万の神々)の魔法行使に対して、歴史という川に凛然と生える大樹のように、あらゆる法則改変を受け付けない。
「しぶといですね、そろそろ飽きてきました」
「秋だけに?」
その大鎌の一撃を身軽にかわしていく、紅葉色の髪をした神の名は『楸紅葉』。奇想天街の秋の神であるが、仕事のない季節は出雲中央政府に入り浸っている飲兵衛の神。創英角ポップ体で『秋の神様!』と書かれたTシャツにタイトなジーンズ。片手には煙草。背負ってきたデイパックからは『大魔王』の瓶が飛び出している。
大鎌の『神つ樹』の能力の前では、四季神はじめ八百万の神々が行うあらゆる魔法行為がキャンセルアウトされる。当然、人々の信仰によってかたちづくられている彼らにとって、それは文字通り致命傷となるのだが、楸は大鎌の攻撃をすんでのところで躱し、受け流すにしても、脚を蹴りあげてスニーカーの底で対応していた。
「何故です」
「出雲中央政府に居れば、いろいろ知恵がつくんだよ。こんなローカルに篭った『神憑』の戦術なんてお見通しさ。俺には勝てないよ」
「ちがいます。何故、夏神を守るのですか」
「友達だからさ」
大鎌を蹴りで弾いた楸は、この奇想天街に猛暑をもたらしているボロボロの社を振り返る。人間が人間としての歴史を紡ぎ始め、その信仰心で神々を創りだしたころから、あの社はこの街にある。
「夏姫は太陽みたいな娘だ。小さな頃からいつだって周りに元気を振りまいて、あの凍りついたような憂姫すらも解かして見せた。春神のラジオが炎上したときも、春神の彼神が寝取られたときも、復縁した三日後にもっかい寝取られたときも、春神が寝取られるまでもなく振られたときも、あの娘はいつだって周りを明るくさせたんだ」
鮮やかな紅葉色の髪をかきあげ、その神は笑う。
「だから、どんな事情であれ、あの娘が『自分の幸せ』のために輝いているのなら、それを助けてやるのが、俺達の役目だ」
「故に罪深い神を匿うのですか」
「『罪深い』じゃない、『気に入らない』だろ? 言葉は正しく使いな」
大鎌の攻撃をいなせるからといって、楸の不利には代わりはない。が、彼女は山田はじめに攻撃をすることはなく、防御一辺倒に対応していた。ときたま、大きな動作の隙を狙って顎に拳を叩きこもうとするが、躊躇するように彼女は拳を引っ込めていた。
――さすがに教授のお子さんを傷つけたら、怒られそうだよなあ。
「隙が出来ましたね」
感情のない声で『神憑』が囁き、楸は「しま――っ」と言葉にならない声を上げた。大鎌は横薙ぎに、秋神の首を刈り取るかのように迫っている。咄嗟に回避をしようとしたが、軸足をスニーカーごと踏まれていて、逃げ場がなかった。
――あっちゃあ。さすがに舐めプしすぎたかな。
『神憑』は神を刈り取るためだけに存在する擬似人格。人体の制約のいくつかを完全に無視した合理的な動作で、全力をもってしてその鎌を横薙ぎに振り抜いた。
「……なに」
「ふぅ、危なかった」
『神憑』は目の前で起こったことが信じられなかった。確実に首は取っていた。あのタイミングでは回避はもう間に合わず、防御のための魔法行為だって、この鎌の前では無力と化す。しかし、『楸紅葉』と名乗った、おちゃらけた秋の神は、その大鎌を振りぬいても健在だった。
小さくなっていたからだ。外見年齢20歳過ぎの紅葉は、いまは10歳前後まで小さくなっている。そのせいで、確実に首を狙った攻撃が空を斬ったのだ。
「楸曼珠沙華、いご、おみしりおきを!」
「なんだと」
「まったく紅葉はお調子ものだからねえ。それにしても『かみつき』だからって容赦なさすぎない!? おこだよ!」
少女が人差し指を高く上げると、空間に曼珠沙華の花弁が生成されていくのがわかった。「いっけー!」とその人差し指を、私に向けると、弾丸のようにそれが突撃してくる。
「効きませんよ」
両断。大鎌の歴史的位置座標は絶対であり、それを阻害するような法則改変、すなわち魔法の効果は無効となる。紅葉はそれを熟知していたようだが、この少女の人格にはそれが受け継がれていなかったということだろうか。
「あー。ちょっとでも触れれば神経毒だったんだけどなー」
しょんぼりする少女だったが、再び指を高くあげる。
「それじゃー、食欲の秋だからね、もいっちょ、おかわりー!」
次に咲いた曼珠沙華の数はふたつ。それが四季姫の指の指揮によって放たれる。両断。「もいっちょ、おかわりー!」4、16、32、64……、倍々に増えていく彼岸花の嵐。直撃はまだ受けてはいけないが、両断した彼岸花の破片が私の左右にうず高く積まれていく。
「もういっちょ、」
「……このままでは」
「おかわりー!」
もはや計数できないほどの彼岸花の塊が隕石のごとく、私に落下してくるのがわかる。『神憑』は八百万の神々に匹敵する運動能力を与える。『神つ樹』はあらゆる魔法行為を無効にする。しかし、そのどれでも対応ができない、ただただ頭の悪い物量に私は飲み込まれていく。
「あれー、もうお腹いっぱい?」
「……まだだ!」
おそらくは1,024。ひとつひとつが軽い花弁で出来ていることが助かった。それに私の運動能力を考慮して、走って回避ができないレベルまで広範囲に展開し、疎であったことも幸いして、ぎりぎり直撃は受けずに済んだ。
だが、楸曼珠沙華は無邪気に笑う。
「もういっちょ、おかわりー!」
空間を喰らい尽くすように尋常ではない数の彼岸花が咲いていく。まるで焔のようなそれは群峰のようにみっしりとかたまり、ひかりを遮る。
「なんちゃって☆ さすがにもう無理だから――」
ぽん、とおそらく2,048の焔が魔法のように消え、少女が笑みが消える。
「こうするんじゃな」
背丈こそ変わらないものの、可愛らしかった曼珠沙華の顔には無数の皺が刻まれ、腰を深く曲げた老婆が現れた。髪は黄土色に乾いており、魔法で編んだのか着物を纏って、杖をついている。
「楸枯葉じゃ、以後、お見知り置きを。そして逝ね」
ぎしっ。
大地が揺れたような気がして、私は周りを見回した。この四季社を取り囲んでいる大木が軋んだ音だと知り、それが私に向かって倒れこんでこようとしているのがわかる。右を見、左を見ると、四方八方から私に向かって大木が――。
大鎌を構えるが、そもそも物理的実体である大木に対しては、普通の鎌以上の効果がないことに気づく。
「そうじゃな。そして倒木の衝撃で、お主がわざわざ貯めこんだ曼珠沙華の毒が撒き散らされる。神経毒をひとつひとつ、その大振りな鎌で切り裂くつもりかえ」
「お前は――!」
「出雲中央政府に居るとな、いろいろ知恵がつくんじゃよ」
老婆がくつくつと笑う。
「実り行く季節、死に逝く季節、暑さと寒さ、日差しと翳り、その多面性が『秋』という季節じゃ。『刈り取る者』ならそれくらい憶えておきなさい。そして、その総称こそが『楸秋姫』、以後、お見知り置きを」
瞬きの間に、老婆は幼女へ、そして女性へと変貌していく。
「それじゃあ、ばいばい☆ な、飽きなかったろ?」
私の視界が黒く塗りつぶされていく。
次回:四季神編長すぎてもう20話になりかけようとしているけど、後もう少しだけ続くんじゃ。あと、えみるさんが連作短編のつもりだったのにと嘆いていました。




