第19話:魔導の軍勢と、忍び寄る王国の影(前編)
魔導の城塞の最上階に、穏やかな朝の光が差し込んでいた。
巨大な天蓋付きのベッドには、絶対的な支配者であるセトを中心に、五人の極上の少女たちがその肢体を投げ出している。彼女たちの透き通るような肌は、一様にセトの与えた黄金色のマナの余韻によって極彩色の艶を帯びていた。
「ん……ぁ……セト、様……」
最初に身じろぎをしたのは、昨夜、王国の呪縛から完全に解放され、新たなる影の眷属として迎え入れられた暗殺者、シオンだった。
彼女はゆっくりと紫色の瞳を開き、自らの胸元――下腹部に深く刻み込まれた黄金の魔力紋を指先でなぞった。かつてそこにあった、彼女の感情と痛覚を封じ込めていた漆黒の呪印は跡形もなく消え去っている。代わりに体内を巡っているのは、セトの『聖地創生』から絶え間なく供給される、太陽のように甘く、そして暴力的なまでに温かい生命のマナであった。
(これが……朝。私が、自分の意思で迎える、初めての朝……)
王国の暗殺者として、影の中で冷たい命令だけに従って生きてきた彼女にとって、この温もりはあまりにも刺激的すぎた。セトの腕の中に抱かれているという事実だけで、彼女の魔力回路が歓喜に震え、子宮の奥底からトクリ、と甘い蜜が溢れ出す。
「目が覚めたか、俺の可愛い影よ」
頭上から降ってきた低く威厳のある声に、シオンの肩がビクンと跳ねた。
見上げると、すでに目を覚ましていたセトが、傲慢な笑みを浮かべて彼女を見下ろしていた。その圧倒的な支配者の瞳と視線が交差した瞬間、シオンは抗いようのない服従の快楽に脳髄を痺れさせ、自らセトの広い胸板に頬を擦り寄せた。
「はいっ……おはようございます、我が主。私の影は、今日もあなた様をお守りするために、城塞の隅々まで行き渡っております……っ」
「良い心がけだ。お前が展開した影の索敵ネットワークのおかげで、この城塞は文字通り、蟻一匹の侵入すら許さぬ不可侵の領域となった」
セトがシオンの艶やかな黒髪を撫でると、彼女は喉の奥で子猫のような甘い声を鳴らした。感情を殺されていた凄腕の暗殺者は、たった一夜の洗礼で、完全にセトの魔力なしでは生きられない従順な雌へと調教されきっていた。
「あぁんっ……朝からセト様のマナが、すっごく濃いよぉ……」
「んんっ……セト様、わたくしも……わたくしにも、おはようの口づけを……っ」
シオンの甘い声に呼応するように、ミリアやエレナ、そしてクロエたちも次々と目を覚まし、主の寵愛を求めてセトの逞しい身体へとすり寄ってくる。
死の荒野の真ん中とは思えない、狂おしいほどに甘く、濃密な朝の情景。
しかし、その至福の時間を破るように、寝室の重厚な扉が勢いよく開け放たれた。
「セト様! おはようございますわ! ……ああっ、皆様で朝からなんと羨ましい……っ! ですが、今はどうか中庭の工房へお越しくださいませ!」
そこに立っていたのは、真鍮製の『魔導構築機』を背負い、興奮で頬を真っ赤に染めたフィアナであった。彼女の瑠璃色の瞳は、研究者としての狂気と、セトへの狂信的な愛情でギラギラと輝いている。
「朝から騒々しいな、フィアナ。何ができたというのだ」
セトが五人の少女たちを従えながらゆっくりと身を起こすと、フィアナは弾んだ声で答えた。
「クロエの魔石プラントから供給される無限のエネルギーと、セト様の農業魔術の究極の融合……! 我が国の軍事力を決定づける『自律型魔導兵器』の量産体制が、ついに整いましたの!」
数十分後。
身支度を整えたセトとヒロインたちは、城塞の中庭――かつて黄金の果樹園が広がっていた場所の隣に新設された、巨大な『魔導工房』へと足を踏み入れた。
そこは、フィアナの構築機によって黒曜石と大理石で緻密に組み上げられた、美しくも無機質な工場空間だった。しかし、一般的な王国の兵器工場とは根本的に異なる点があった。
工房の床には、金属の部品や炉ではなく、極めて純度の高いマナを含んだ『黒土』が一面に敷き詰められていたのだ。
「兵器の量産と言ったが、炉も金型も見当たらんぞ。まさか、この土から生やすとでも言うつもりか?」
セトの問いに対し、フィアナは自信満々に胸を張り、手のひらに乗せた奇妙な物体を掲げてみせた。
それは、金属の光沢を放ちながらも、微かに脈打っているように見える『種子』だった。
「そのまさかですわ、セト様! わたくしが王国の自律型ゴーレムの設計図を元に、クロエの魔石と、セト様からいただいた『鉄冥樹』の因子を掛け合わせて錬成した、人工の生体兵器の核……『機巧の種子』ですの!」
フィアナは興奮気味に解説を続ける。
「王国のゴーレムは、金属を鍛造し、一つひとつに複雑な魔法陣を刻み込むため、莫大な時間とコストがかかっていました。ですが……この種子をセト様の農業魔術で『発芽』させれば、大地から直接、完全な武装を施された兵士が『収穫』できるのですわ!」
「ほう。金属と魔術の数式を、植物の成長因子として圧縮したというわけか」
セトは傲慢な笑みを浮かべ、フィアナの手からその金属の種子を受け取った。
「面白い。お前の異端の叡智が、俺の『開墾』をどこまで加速させるか、見せてもらおう」
セトは工房の黒土が敷き詰められた区画へ歩み出ると、その『機巧の種子』を一つ、無造作に土へと落とした。
そして、彼自身の内側から溢れ出す、太陽のような圧倒的な黄金マナを大地へと叩き込む。
「起動せよ。――『豊穣の神域・兵刃展開』」
ズゴゴゴゴゴォォォォッ!!
セトの詠唱とともに、大地が爆発的な鳴動を上げた。
黒土に落ちた金属の種子が、セトの規格外のマナを強引に吸い上げ、瞬きする間に凄まじい勢いで発芽を開始する。
しかし、土から生え出てきたのは植物の芽ではなかった。
それは、鋭い金属の光沢を放つ鋼鉄の『腕』であり、『兜』であり、『剣』であった。
「なっ……!? 土の中から、鎧を着た騎士が……生えてきましたわっ!?」
かつて王国で幾多の兵器を見てきたエレナでさえ、その常軌を逸した光景に悲鳴のような驚嘆の声を上げる。
バキバキと金属の関節が組み上がる音を立てながら、たった数秒のうちに、身長二メートルを超える重装甲の機械騎士が、黒土の中から完全に姿を現したのだ。
その装甲は『鉄冥樹』由来の漆黒と、セトの魔力を象徴する黄金のラインで彩られ、手には身の丈ほどもある巨大な大剣が握られている。頭部のバイザーの奥では、単眼のセンサーがセトの魔力に呼応して黄金色に発光していた。
「す、素晴らしいですわ……っ! 装甲強度、魔力伝導率、ともに王国の最新鋭ゴーレムの五百パーセントを計測! そして何より、動力源はセト様の『聖地創生』と完全にリンクしているため、結界内であればエネルギーは事実上無限ですの!」
フィアナが自らの最高傑作の誕生と、それを一瞬で具現化したセトの強大さに、両脚をガクガクと震わせながら歓喜の絶叫を上げる。
「あぁっ……! セト様のマナが、無機物であるはずの機械にすら、絶対的な命を吹き込んでいる……っ。わたくし、その圧倒的な力を見ているだけで、頭の奥が真っ白に……っ!」
フィアナは恍惚とした表情でセトの足元に崩れ落ち、そのブーツにすがりついて荒い息を吐いた。
機械騎士は、主であるセトに向かって重々しい動作で片膝をつき、完璧な忠誠の姿勢をとった。
「なるほど。これにクロエの魔力プラントを直結させ、一気に種を撒けば……一日で一万の軍勢を『収穫』することも可能というわけだ」
セトは満足げに頷き、跪く機械の騎士を見下ろした。
これでもう、このハーレム王国はただの堅牢な拠点ではない。その気になれば、大陸全土を蹂躙できるだけの圧倒的な軍事力を手に入れたのだ。
その時だった。
セトの背後に静かに控えていたシオンの影が、突如として大きく波打ち、彼女の紫色の瞳が鋭く細められた。
「……ご主人様。城塞の外部、私の影の索敵領域の果てに、大規模な生体反応を検知しました」
シオンの報告に、その場にいた全員の空気がピンと張り詰める。
「ほう。規模と所属は?」
「生体反応、およそ一万。……掲げられている軍旗の魔力波長は、間違いなく王国の『討伐軍』です。死の荒野の深部に突如現れた巨大な魔力ドーム……つまり、この城塞を『特大の異端汚染源』と断定し、殲滅に来たものと思われます」
「一万の、討伐軍……っ!」
エレナが息を呑む。
王国がそれだけの軍勢を死の荒野に派遣するということは、本気でこの地を地図から消し去るつもりだということだ。
しかし、その報告を受けたセトの唇には、焦りどころか、狂気すら孕んだ傲慢極まりない笑みが浮かんでいた。
「一万だと? 俺の領地を肥やすための肥料としては、少々物足りない数だな」
セトは新造された機械騎士の装甲を軽く叩き、遥か彼方、灰の嵐の向こう側を睨みつけた。
「フィアナ。大至急、この工房の黒土すべてに種を蒔け。クロエ、魔力プラントの出力を最大まで引き上げろ。エレナ、防壁をいつでも反転攻撃に転用できるよう準備しておけ。シオンは引き続き敵の動向を影から監視しろ」
「「「「はいっ、我が主!!」」」」
王国の軍勢一万という脅威を前にしても、彼女たちの瞳に恐怖はない。
あるのはただ、自分たちの絶対的な主であるセトの力が、かつて自分たちを迫害し、見捨てた王国をどれほど無惨に蹂躙するのかを見届けたいという、狂信的な期待と興奮だけであった。
「さあ、見せてやろう。王国が追放した底辺職の『農業』が、どれほど残酷に世界を開墾するのかを」
追放された農業魔術師と、彼に心身すべてを捧げた極上のヒロインたち。
彼女たちの愛と魔力によって産み落とされる無敵の魔導軍団が、ついに王国軍との全面戦争に向けて、その恐るべき胎動を始めたのであった。




