第19話:魔導の軍勢と、忍び寄る王国の影(後編)
城塞に隣接する巨大な魔導工房。
そこに敷き詰められた極上の黒土の上へ、フィアナの『魔導構築機』から無数の金属の種子がパラパラと音を立てて撒き散らされていく。
「クロエ! 地下の魔石プラントの出力、限界まで引き上げなさい! これよりセト様の御力によって、一万の軍勢を一斉に『発芽』させますわ!」
フィアナが通信用の魔力管に向かって叫ぶ。
遥か地下深く、黄金の魔石に囲まれた深淵の最下層。
そこで魔力プラントのコアとして稼働している闇精霊のクロエは、自らの体内を駆け巡る異常なまでの魔力流動に、身をよじって甘い悲鳴を上げていた。
「あぁっ、あぁぁぁっ……! はいっ……! 私の、中の魔力が……セト様の結界に、全部、全部吸い上げられて……っ!」
彼女の褐色の肌に浮かび上がった黄金の魔力紋が、狂ったような速度で明滅を繰り返す。
王国に繋がれていた頃の、ただ命を削られるだけの苦痛とは違う。セトという絶対的な主のために自らの魔力核を極限まで酷使されることは、彼女の書き換えられた魔力回路にとって、脳髄が焼き切れるほどの強烈な快感であった。
「ひぃっ……ん、あ、あぁぁっ……! もっと……私の全部を、セト様の国のために、搾り取ってぇぇぇッ!」
クロエの子宮の奥底から放たれた莫大なエネルギーが、魔力水路を逆流し、地上で待つセトの足元へと怒涛の勢いで流れ込む。
「良い悲鳴だ、クロエ。お前が搾り出した極上の養分、確かに俺の種へと注ぎ込んでやる」
セトは傲慢な笑みを深め、クロエから供給された無尽蔵のエネルギーと、自らの圧倒的な生命力を重ね合わせた。
そして、一万の『機巧の種子』が撒かれた黒土に向かって、両手を大きく翳した。
「喰らい尽くし、芽吹け。――『豊穣の神域・万軍収穫』!!」
ズゴゴゴゴゴォォォォッ!!!
城塞全体が、いや、周囲の死の荒野そのものが震え上がるような激しい鳴動が響き渡った。
セトの掌から放たれた極大の黄金マナが黒土に浸透した瞬間、一万の種子が一斉に発芽を開始する。
バキバキ、ガシャン、と金属が軋み、組み上がる無機質な音が、狂乱のオーケストラのように工房内に反響した。
土の中から、鋼鉄の腕が、兜が、そして巨大な刃が次々と生え出てくる。
それらは植物の成長という概念を魔導工学的に極限まで圧縮した、まさに『命を持った兵器の収穫』であった。
「す、すごいですわ……っ! 生産ラインの構築、部品の鋳造、魔力回路の刻印……本来なら数年がかりの工程が、セト様の農業魔術によって、たった数秒に圧縮されて……っ!」
フィアナが、目の前で次々と立ち上がる漆黒と黄金の機械騎士の群れを見つめながら、恍惚とした涙を流す。
彼女の背中のデバイスは、一万体もの兵器との同時リンク処理により限界を超えた熱を発し、その熱が直接彼女の神経を甘く焼いていた。
「あ、あぁぁっ……! セト様の圧倒的な力が……わたくしの数式を、完全に凌駕して……っ! 脳が、溶けちゃいますわぁっ……!」
フィアナは耐えきれずにその場にへたり込み、自身の太ももをきつく擦り合わせながら、雌としての嬌声を上げた。
「エレナ! 生まれたばかりの俺の苗たちに、お前の盾を分け与えろ」
「はいっ……我が主……っ!」
セトの号令に、エレナが弾かれたように前に出る。
彼女は自身の胸元――『白銀の聖域』のコアである魔力紋を強く押さえ、祈るように両手を組んだ。
「私の命も、聖なる力も……すべては、セト様の軍勢のために……! 『領域拡張・白銀の恩寵』……っ!」
エレナの体内から純白の光が放たれ、立ち並ぶ一万の機械騎士たちの装甲へと次々に浸透していく。
それは、かつて彼女が王国の民を守るために使っていた神聖防壁を、セトの侵略兵器を強化するための装甲コーティングへと転用する、完全なる堕落の儀式であった。
「ひぅっ……あ、あぁっ……! 私の魔力が、一万の騎士たちと繋がって……っ。セト様のマナが、彼らを通して私の中に逆流してきますわっ……!」
エレナは自らの魔力核が、一万の兵器の鼓動と完全に同調する異常な感覚に、白目を剥いて激しく身悶えした。
かつての清廉潔白な聖騎士としての自我はもうどこにもない。あるのはただ、セトの生み出した軍勢を己の力で覆い尽くし、共に蹂躙の快楽を分かち合いたいという、狂信的な庇護欲と淫蕩だけであった。
「ふむ。見事な畑が仕上がったな」
セトは、わずか数分で黒土の中から完全に起立した、一万の魔導軍勢を見渡した。
漆黒の装甲に黄金のライン、そしてエレナの恩寵による白銀の光のオーラを纏った、完全無欠の機械騎士団。それらが一糸乱れぬ動きで、一斉にセトに向かって片膝をつき、巨大な剣を地に突き立てて忠誠を誓う。
「ご主人様。外部の監視を続けている私の影から、報告があります」
その時、セトの足元の影から音もなく這い出してきたシオンが、恭しく頭を垂れた。
彼女の紫色の瞳は、任務を報告する暗殺者の冷徹さを保ちながらも、その奥底には主の声を待ちわびる雌犬のような熱い欲望がゆらゆらと揺らめいている。
「王国の討伐軍、およそ一万。……先陣を切る指揮官は、どうやら貴族派の重鎮、ガリウス将軍のようです。彼らの会話を影から拾いました」
シオンは一切の感情を交えず、しかし絶対の忠誠を込めて、王国軍の動向を口にした。
「『辺境の地に湧いた異端の砦など、我が軍勢で一息に踏み潰してくれる。あの障壁を砕き、中に隠れている反逆者どもを全員串刺しにして王都に晒し首にしてやろう』……と、そのように喚いております」
その報告を聞いた瞬間。
セトの足元に侍っていたフィアナ、エレナ、ミリア、そしてシオンの瞳に、極寒の殺意と、それ以上にドロドロとした狂信の炎が灯った。
「下等な王国の豚どもが……セト様の創り上げたこの絶対の聖域を、踏み潰すですって……?」
フィアナが、蕩けた表情から一転、冷酷な魔女のように唇を歪める。
「許せませんわ……セト様を愚弄し、私たちのこの至福の国を脅かそうとするなど。……セト様、どうか私に、あの愚か者どもを血祭りに上げる許可を……!」
エレナもまた、かつての上官であったはずのガリウス将軍に対し、微塵の情も見せずに処刑人の笑みを浮かべた。
しかし、セトは慌てる様子もなく、ただ退屈そうに肩をすくめた。
「串刺し、か。王国の連中らしい、芸のない農業だ。害虫の駆除すら満足にできんとはな」
セトはゆっくりと工房の出口――外部へと繋がる巨大な防壁の門へと歩みを進めた。
その後ろを、一万の機械騎士たちが地鳴りのような足音を立てて付き従う。
「俺の国を害虫どもに踏み荒らされる趣味はない。あいつらがこの結界に指一本触れる前に、俺の『作物』たちで綺麗に刈り取ってやる」
セトが指を鳴らすと、城塞を覆っていた巨大な結界の一部が、外の荒野に向けてゆっくりと開口し始めた。
「行け。俺の愛しき伴侶たちの魔力を宿した、一万の鋼の刃よ。死の荒野に迷い込んだ王国の雑草どもを一本残らず刈り取り、この大地の新たな『肥料』に変えろ」
ガシャン、ガシャン、ガシャン……!!
セトの冷酷な命令に応え、無機質な機械騎士の軍勢が、黄金の瞳を一斉に赤く発光させ、開かれた結界の門から死の荒野へと進軍を開始した。
王国軍一万に対し、完全なる魔力と神聖防壁を纏った鋼の軍勢一万。
追放された無能な農業魔術師による、世界を震撼させる最初の『大収穫祭』が、今まさに血塗られた幕を開けようとしていた。




