第8話 湖にて③
腕を組み、わずかに眉を寄せながらウェンティは考え込む。
胸の奥で何かを測るように、意識が静かに沈んでいく。
(まだ影響はない……か…。)
「どうした?出来たぞ。入って見ろ。」
声に引かれ視線を上げると、マーベリックが寝床を軽く叩いている。
布と骨組みで簡単に作られたそれは、外の冷えた空気とは切り離されたような空間を形作っていた。
「ん?まさしく一人用じゃの。」
身を屈めて中に入り、そのまま背を預ける。体が収まるぎりぎりの狭さだが、逆にそれが落ち着きを生む。
「魔道士にとっちゃ必需品なんだ。これは。」
「ほぅ…これはいいな。」
布越しに伝わるわずかな温もりに、自然と息がゆるむ。その様子を見て、マーベリックの口元がふっと緩んだ。
「お気に召したようで。」
そのまま腕を枕代わりにし、天井代わりの布をぼんやりと見つめながら、ウェンティが声を落とす。
「なぁ…マーベリック。」
「なんだ?」
「お主はなぜ、旅をしているのだ?」
問いに、マーベリックの動きがわずかに止まる。
「……。」
一拍置いて、力を抜くように息を吐く。
「旅をしているのは冗談だ。」
「冗談?」
マーベリックは顔を伏せる。指先がわずかに額に触れ、言葉を選ぶように視線を落としたまま続ける。
「時代の流れには逆らえない。」
その気配に、ウェンティは体を起こす。
「テセルスで何があったのだ?」
視線の先、空の色がゆっくりと沈みはじめている。明るさがわずかに薄れ、境目の曖昧な光が広がっていく中で、マーベリックは低く答えた。
「魔力の低い者は外に出された。それだけだ……。」
「外に…追放されたと言うことか?」
問いに、マーベリックはふっと笑う。どこか乾いた音を含んだ笑みだった。
「まぁ、そういうとこだ。」
わずかに肩をすくめる。
「ただ……。」
言葉を探すように間が落ちる。
ウェンティは視線を外さず、そのまま見ている。
「恨んじゃいない。必要なことだ。」
小さく息を吐き、続ける。
「ルーフェンスは正論を言ってる。」
「ルーフェンス?」
「ああ。テセルスの代表だ。一番偉いやつだな。」
言葉が途切れると同時に、空は完全に色を変え、薄闇がゆっくりと広がっていく。
ひとつ、またひとつと光が浮かび上がり、視界の奥に静かな星が滲みはじめた。
「一つだけ…心残りがある。」
「心残り?」
「俺にはテセルスに来た時から教えていた者が二人いた。まぁ…弟子というのかもしれんが。」
ウェンティはそっと寝床から抜け出し、マーベリックの隣に腰を下ろす。距離が近づき、声の温度がわずかに変わる。
「その二人は何て言う名だ?」
「アストラとウェズリー。」
夜の空気の中で、その名が静かに落ちる。
「二人はとても優秀だ。俺なんかよりな。」
その言葉のあと、わずかな間が流れる。
「優秀だが直したい部分があった。」
視線は遠くを向いたまま、記憶をなぞるように続ける。
「アストラは感情が高ぶると歯止めがきかなくなる性格だ。周りが見えなくなる。」
一度息を挟み、少しだけ声が落ちる。
「ウェズリーは慎重が故に半歩遅れる時がある。それが致命傷になりかねない。」
静かに聞いていたウェンティは、わずかに首を傾けながらマーベリックを見る。
「お主は二人をちゃんと見ておったのじゃな。」
その言葉に、マーベリックは少しだけ目を伏せる。
「すまんな。こんな話をするつもりはなかった。」
ウェンティはゆっくりと首を横に振る。
「わしはお主を知りたかった。お主も話して少しらくになったのではないか?」
そのままの距離で、静かに言葉が届く。
「そう…だな。」
わずかに肩の力が抜ける。
「だいぶ暗くなっちまったな。」
荷物を探り、小さなランプを取り出すと火を灯す。
揺れる光が手元を照らし、そのまま寝床の上に吊るすと、淡い光が内側に広がっていく。
「ここだけ部屋みたいじゃの。」
ウェンティは再び中に潜り込み、光に包まれた空間に身を沈める。
「ああ。小さいけどな。」
その様子を見て、マーベリックの表情がふっと緩んだ。




