第9話 流れ星
マーベリックが腰を上げると、草を踏むわずかな音が夜の静けさに溶けた。
「少し周りを見てくる。」
「わしも行く。」
続くようにウェンティも立ち上がる。見上げれば月が出ており、淡い光が足元をぼんやりと照らしていた。
「黒影がいる可能性があるからな。周りをよく見てくれ。」
ウェンティは小さくうなづき、そのまま歩き出すマーベリックの後を追う。
湖の畔を回りながら、テセルスの方角へと足を進める。水面に映る月が揺れ、足音に合わせてわずかに歪んでいく。
「ここまで霧が届いてないからな。自分の目で探さないといけない。」
「霧?霧で黒影の居場所がわかるのか?」
歩幅の差を詰めるように、ウェンティが少し見上げながら問う。
「霧は自然のじゃない。魔力で作られたやつだ。」
「水の魔道士が魔力で霧を作る。作り出された霧は特殊で黒影を探知出来るんだ。」
「魔力を使って探知する。なかなか考えたものじゃの。」
ウェンティは感心したように息を漏らす。
「ただ、範囲は限られる。使う魔道士の魔力にもよるけどな。」
「広い範囲は難しいということか?」
マーベリックは軽くうなづく。
「ああ。ただテセルスには魔鉱石の結晶があってな。それを増幅装置として霧の範囲を広げている。」
「結晶…。」
足を止めるでもなく、歩きながら思考を落とし込むようにウェンティは言葉を零す。
「テセルスの地下にあるんだ。一度だけ見たことがある。」
「その結晶を増幅装置として一部の魔力を強化している。結晶がそこにあるからテセルスを作った。が正しいかもな。」
「増幅させるのは魔力だけなのか?」
腕を組み、わずかに視線を細める。
「するどい質問だな。」
マーベリックはふっと笑いながら言う。
「正直まだ全貌は見えていない。魔力を増幅させるのは間違いないぐらいだ。」
「なるほど……。」
マーベリックは前方を指し示す。
「この先からテセルスが見える。行ってみるか?」
「見たい!」
言葉と同時に、ウェンティの足取りが軽くなる。
斜面を上がり、視界が開けた先で、ウェンティは一歩前に出る。
「あれか?テセルスは。」
振り返りながら指差したその先――暗がりの向こうに、建物の影が幾重にも重なっている。
「ああ。あれだ。あれが魔都テセルス。」
視線を滑らせると、輪郭の中にぽつり、ぽつりと灯りが滲み、窓から漏れる光が夜の中に広がっていた。
ところどころで細い煙が立ち上り、空へと溶けていく。その奥、他を見下ろすように高い塔が闇の中にそびえていた。
「ここからでは小さいが近くで見たら大きいんじゃろ?」
風が頬を撫で、ウェンティの髪を揺らす。
「かなりでかいぞ。周りを1周するのに一日かかるかもな。」
腰に手を当てながら、マーベリックは遠くを見据える。
「そんなに大きいのか……。」
その時、テセルスの中からひとつの光が打ち上がる。淡い耀きを帯びた光は尾を引きながら、ゆっくりと夜空へと昇っていく。
「あれは…なんじゃ…流れ星が空に向かって上がっておる…。」
「あれは射出魔法で打ち出された魔道士だ。」
「魔力で目的地まで飛ばす。あの光は魔力の光だ。」
二人の視線は、上へと伸びていく光を追っていた。
「魔力は…あんなに綺麗に光るのか?」
見入るように、ウェンティが呟く。
「魔力は魂と同じだ。」
「魂の光……。」
「赤の耀き…青の耀き…それぞれ違う。」
視線の端で、もうひとつの光が反対方向に打ち上がる。
「反対にも…今度は赤い光じゃ……。」
赤い光が帯を引きながら夜を裂くように昇っていく。
「探知したら昼夜問わず、魔道士は向かう。」
「それが俺達の使命だからな。」
ウェンティはその光を見つめたまま、ゆっくりと言葉を落とす。
「使命……。」
しばらくの静寂のあと、マーベリックが踵を返す。
「さ、戻るぞ。」
名残を残すようにもう一度だけテセルスを見つめ、ウェンティはその背中を追う。
寝床へ戻ると、ウェンティはそのまま中へと潜り込む。
「マーベリック。わしが奥に詰めればお主も半分くらい入るぞ?」
体をずらしながら、外側に空間を作る。
「いや、大丈夫だ。今日はお前が使っていい。」
ウェンティは一度中央に戻り、わずかに間を置く。
「…すまないな。」
その言葉に、マーベリックの口元が緩む。
「明日はここから先に行くのだろう?」
「そうだな。とりあえず集落は見つけた。まずはそこに行く。」
「その先は?」
寝床に横になり、腕を枕にしながらウェンティが視線だけ向ける。
「決めてはいない。」
少し空を見上げながら続ける。
「ただ、この山脈の北側は俺は何も知らないからな。ぐるっと見て回るのも悪くない。」
「テセルスが見ていたのは言わばこの山脈の内側。いろいろ記録を見てもそうだった。」
「外側にも世界はあった。あの集落が証拠だ。」
一度振り返り、視線を向ける。
「あの集落までお前を送る。お前も探してる人がいるんだろ?」
すぅ…すぅ…
静かな寝息が返ってくる。
(なんだ…寝てたのか……。)
わずかに目を細め、その寝顔を見る。無防備に力の抜けた、どこにでもいる少女の表情だった。
マーベリックはそっとマントを外し、肩に触れぬよう気をつけながら、静かにその体にかける。
ふぅ、と小さく息を吐き、視線を夜空へと上げる。
やわらかな風が頬を撫で、その流れの中で、ウェンティの前髪が静かに揺れていた。




