第7話 湖にて②
足元の草を踏み分けながら湖のほとりへ戻ると、空の色がゆっくりと沈みはじめ、昼の名残が水面に薄く残っていた。
「ここで朝まで過ごすのか?」
「ああ。」
視線を巡らせると、少し離れた場所に並ぶ二本の木が目に入る。枝の重なり方と風の抜け方を見て、
「あそこにするか。」
二人は足元の感触を確かめながら歩き出す。草の擦れる音が静かに続き、足を止めた場所で風の流れが少しだけ和らぐ。
「何をするのじゃ?」
「寝床を作る。」
「寝床?」
背中から荷物袋を外し、肩の力を抜きながら地面に置くと、手探りで中身を引き出す。薄い布と数本の棒を取り出し、手の中で重さと感触を確かめる。
「寝床といっても雨よけ、風よけ程度だけどな。」
「ふーん…。」
ウェンティがしゃがみ込み、両手でほおづえをつきながら、手元の動きをじっと追っている。
その視線を感じながらも、マーベリックは手を止めず、棒を組み合わせていく。
カチャカチャ――
棒を差し込むたびに、乾いた音が小さく響く。接合部を押し込み、歪みがないか指でなぞりながら確認する。
「この棒は魔鉱石というやつを加工して作ってあるんだ。」
「まこうせき?」
ウェンティが首を傾ける気配が横で揺れる。
「魔鉱石は今俺達がいる山脈から取れる。」
地面に棒を差し込み、角度を調整しながら組み立てを続ける。土の硬さを足裏で感じ取り、少し体重を乗せて固定する。
「対黒影にも使われてる。」
「くろかげ…?敵なのか?」
手の動きを止めずに振り返ると、ウェンティの視線が真っ直ぐこちらに向いている。
「黒影知らないのか?」
ウェンティが小さくうなづく。
「わからないから聞いておる。」
(世間知らずの貴族……。)
(いや…世間知らずとしても黒影知らないとかありえない…。)
頭の片隅に引っかかる違和感をそのまま流し、指先の動きに意識を戻す。
「黒影というのは敵だ…人類のな。」
布を広げるための位置を測りながら、声は落ち着いたまま続く。
「黒い影のようなものだ。影の濃さによって強さが変わる。」
「人を襲うんじゃな?そいつらは。」
ウェンティの声にわずかな緊張が混じり、空気が少しだけ引き締まる。
「ああ。影が濃くなればなるほど獰猛になり、人を襲う。」
組み上げた骨組みに布を当て、端を留める位置を指で探る。
「影が薄いと徘徊やその場に立ち尽くしているだけで、危険性はなかった。」
布の端を引きながら、張り具合を調整する。
「時間が経てば勝手に消えるからな。」
「まさしく…人類の敵じゃな。」
ウェンティの言葉に応じるように、マーベリックは布を広げ、棒にくくりつけていく。指先に伝わる布の張りと風の抵抗を感じながら、結び目を締める。
「そうだな。だから人類は対抗勢力を作った。」
結び終えた箇所を軽く引いて確認し、次の箇所へと手を移す。
「魔法特化の魔都テセルス。」
風が布を揺らし、わずかにたわむのを押さえながら位置を整える。
「物理特化の剣聖国イヴァルナ。」
手を離した瞬間、布が音もなく張りを保つ。
「東と西に分けてな。互いに自分の領地の黒影を駆逐している。」
最後の結び目を締め終え、全体を見渡すと、簡素な寝床が形を成している。
布を軽く叩いて歪みを直し、余った端を整える。
「黒影を駆逐出来るのは魔法と魔鉱石の武器だけだ。」
指先に残る感触を確かめながら、結びをもう一度締め直す。
「イヴァルナは魔鉱石を加工して専用の武器を使っている。」
横で腕を組んだウェンティの気配が、少しだけ深くなる。
「なるほど…逆に言えばそれでしか対抗手段がないというわけじゃな?」
「ああ、そうだ。」
湖の水面に風が吹き、小さな波が重なりながら静かに広がっていく。




